秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 20  SA-NE著

2018年01月14日 | Weblog


美香さんの後ろから、僕は少し緊張しながら、山下サワコと書かれた部屋に入って行った。
畳の部屋で色白の細面な人がパイプベッドを背もたれにして座っていた。
僕達に気づくと、すぐに見ていたテレビをリモコンで消しながら
慌ててリモコンをテーブルから落とした。

美香さんがリモコンを拾いながら、駆け寄って声を掛けた。
僕は部屋の入り口なのか部屋なのか判らない空間に、突っ立っていた。

「初めまして、山野美香です」
「あ~、面倒をかけて来てもらってすみません。息子から聞いてなあ~」

山下さんは寒いから早く炬燵に入ってと、炬燵布団の端を浮かせる様に数回持ち上げて
僕に手招きした。カーテンから漏れた僅かな陽射しの中で、埃が舞うのが見えた。

「山野のともさん、亡くなったんじゃなあ、びっくりしたなあ」
「ありがとうございます。みんなにお悔やみ言われて、有難いです」

美香さんは深くお辞儀をしていた。
さっきまで、チョコレートを食べながら、お喋りしていた横顔とは
別人みたいに、真顔になっていた。

山下さんは、炬燵に掴まりながらゆっくりと立ち上がり、小さな冷蔵庫から、清涼飲料水を2本取り出し、テーブルに置いた。
しげ爺さんの家にあった物と同じ小さな瓶の飲み物だ。この村の老人は嗜好品が似ているのかなと、ふと思った。
飲んで下さいと勧められ、僕はとりあえず、軽くお辞儀をした。

「こちらの方が志代の息子さんの森田さん?」
僕を顔をじっと見てから、美香さんに促すように聞いた。

「目元はお母さんとそっくりじゃなあ、シヨに会ったみたいで、なんか嬉しい、妙な気分がするわ」
と言って、目を細めて、微笑った。

「美香ちゃん、わたしのことは、覚えてないで…?」
「え…初対面ではないんですか?私、山下さんと、初対面だとばかり思ってました」
美香さんは、瓶の蓋を開けながら、返事をした。

僕は二人のやりとりを、黙って聞いていた。
「美香ちゃんのお母さんとシヨとわたしは、同級生なんよ」
美香さんは、驚いた顔で僕を見た。

ぽかんとしていた僕達とは対称的に、山下さんは淡々と話し始めた。
「中学を卒業するまで、何をするのも3人一緒でねぇ、よその集落のお祭りにまで遊びに行って
どこに現れるか判らないから、祖谷のオグロモチって言われてね~」

「オグロモチって何ですか?」
美香さんは、飲み物を一口飲んで、不思議そうな顔をして、聞いた。

僕はしげ爺さんの時と同じで、訳の判らない方言が出たら
どうしようかと、少しビクビクしながら聞いていた。

「オグロモチは、もぐらっ。祖谷ではもぐらのことをオグロモチって言うのよ」
山下さんは笑って答えた。「3人でくっ付いて遊んだ、今思えばあの頃が一番楽しかったんよ。

街に憧れたり、卒業したら知らん世界が待っとるようで、村から出たいし、3人でもおりたいし
結局わたしは町の高校を卒業して、大阪の銀行に就職してあっちで結婚して
美香ちゃんのお母さんはしもに就職しとったけど途中から村に戻って役場に入って
シヨは親を看るって最初から村に残って、3人バラバラになってなあ

私は身体の具合がずっと悪くて、大阪の病院の近くの娘夫婦と同居させてもらったんじゃけどなあ
娘も孫の世話に忙しいなって、大阪のケアハウスにって言われたけど、やっぱり終いはこっちでおりたい思うて
半年前からお世話になっとんよ、長男の嫁に気を遣って暮らすより、ここが楽でなあ~
長男は嫁を貰って嫁に盗られるけんなあ~」

山下さんは湯飲みの中の飲みかけのお茶で、クスリ袋から取り出した、小さな錠剤をひとつ飲んだ。
そして、僕の顔を食い入るように見ながら言った。

「何でシヨは、森田のままなん?シヨは東京でわざわざ、婿養子とったん?なあ、なあ、森田さん?」
僕は両手で膝を擦っていた。











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