秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 14  SA-NE著

2018年01月04日 | Weblog


有里の好きな海沿いの道を走りながら、少しだけ沈黙が続いた。
コンビニで買ったホットコーヒーの小さな飲み口を折りながら、有里がポツリと呟いた。

「あのね、この前言い出せなかったんだけど、お父さんがね…」
僕は有里の横顔を見た。コートを脱いだ有里は少し痩せて見えた。

「末期の胃ガンでね、あと3ヶ月だって言われて、私あの時頭が混乱してて…」
僕は言葉が見つからなかった。有里はあの時にそんな悲しい現実の選択に苦しんでいたんだ。
父親を安心させたくて、縁談の話を断らなかった。

僕は自分の生い立ちを理由にしながら、僕から去った有里をどこかで責めながら、自暴自棄になっていた。
ふと、母さんに前に言われた言葉を思い出した。

「智志っ、見た事や聞いた事が真実ではないのよ。優しくしてくれた人が、善人とは限らないのよ
あなたは幼稚だから、もっとしっかりしなさいっ」

有里は二つ年下だけど、僕よりずっと大人だった。
「わたしが一人っ子でなかったら、運命って変わっていたと思うんだ。
母が初めて授かった赤ちゃんが死産だったのよ…」

僕は自分の短絡さ加減に呆れながら、黙って有里の顔を見ていた。
僕は自分の境遇ばかりを話し、有里の生い立ちを、深く訊ねたことがなかった。

「僕はダメな男だね」と消えそうな声で応えた僕の隣で、有里は子供みたいな無邪気な顔で、
ナビを設定しながらはしゃいでいた。

「しんみりしないで笑ってよ、今日が一日限りの記念日なんだよっ」
有里は無理に微笑っているみたいだった。

沈んでいく太陽は、ゆっくりと僕達を照らしていった。
僕はクローバーのキーホルダーを有里の掌にのせた。

有里は「一生のお守りにするね」と素直に悦びながら、
「一日を私に下さいってお願いしたから、明日の朝の8時で24時間だからねっ」
有里の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめた。僕は目を反らすことが出来なかった。

遠く海の見えた部屋。僕は夢心地の中、互いの全てを確かめるように、一つの夜を初めて一緒に過ごした。

二週間後、
三年ぶりに東京本社に戻ってきた裕基から、結婚報告のポストカードが届いた。
ボールペンで添え書きがあった。

婿養子ですが、名字は暫く佐藤で宜しく!
写真には純白のウェディング姿の花嫁に並んだ車椅子の父親が写っていた。
教会のステンドグラスを背景に並んだ二人は、別世界の見知らぬ他人に見えた。

有里は僕の
手の届かない場所に行った
偶然の神様は悪戯をする
奇跡みたいな悪戯をする

僕は有里を、今でもずっと愛している。

飛行機の窓から
四国の山々が遠ざかる。
あの山の点の様な場所で、母は誰を愛したんだろうか。

「お彼岸はね、あの世と、この世の人がね、心を通わせる唯一の時間なのよ
次回会うのは、お彼岸ねっ」

美香さんの顔が、浮かんだ。
僕はシートを少し倒して、また浅い眠りについた。











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