秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 19  SA-NE著

2018年01月11日 | Weblog


車のラジオからは、途切れ途切れに、パーソナリティーの声が流れていた。
「阪神大震災から18年、○○特集○○○○あの震災○○な○んです○」
車がカーブを曲がる度に聞き取れなくなる。

「どうして、ラジオが途切れるんですか?」
と聞くと、美香さんはお土産のチョコレートを食べながら、
「山だから電波が届かないからよ~単純なことには、都会の人は弱いよね~」
と呆れ顔で微笑った。不意に母に言われた言葉を思い出した。

「智志、コンピューターにばかり頼っていると、単純なことにも気が付かなくなるわよ。
人間の根源は五感なのよ。五感を研ぎ澄ませる意識を常に持ちなさい」

母は不思議な人だった。母の天気予報は、テレビよりも確実で、
子供の頃傘を持たされたら、必ず午後から雨が降ったりした。
母の五感は、この場所で育ったから培われたのだと、美香さんの横顔を見ながら思った。

「これから、私の母親の入所している施設に行くんだけどね、
あれから私の携帯に施設の職員さんから連絡があってね、森田くんのお母さんの同級生が、施設に入所していてね
面会に来てた家族から森田くんが祖谷のご先祖様を訪ねて来た話が出たんだって
でね、どうしても会いたいからって本人が言っているって」

「なんで、僕の話題がそんなところまで、広まるんですか」
僕は真顔になって、聞いた。美香さんは顔色を変えないで、淡々と話を続けた。

「村人のネットワークシステムみたいな感じね。導火線に点いた火が次から次に広がっていくみたいな
内容が意地悪に付け加えられたりして不愉快なこともあるけど、逆に緊急の時は物凄く助かるしね」
美香さんは、施設に着くまで20分余り、ずっとお喋りをしていた。

美香さんのお母さんが認知症が酷くなる前のお正月に、お雑煮の具材に丸ごとの里芋と
長方形のままに切ったお豆腐を十文字に重ねて置いた。遂に母さんは狂った!お雑煮の炊き方を忘れた!認知症だ!と騒いでいたら

それは祖谷の昔のお雑煮だったと後で判って、認知症の進行を早めてしまった後悔の話や
昔ご主人とハート村を訪れたのに「あいつは全く他のことを考えていたんだわ!!馬鹿じゃないの!
お陰で六年も取り遺されたわ~」と笑って話した。

冬枯れの殺風景な景色を過ぎた辺りから、家が数軒立ち並び、左前方の小さな谷の向こう側に大きな建物が見えた。

「忘れないでね、復習しておくね。森田くんは今年で31才。お母さんが40才で産んだ子供。
絶対にお年寄りは年齢を聞いてくるからねっ、それと何処に住んでるとか、仕事は何をしているとか
嫁はいるか、子供は何人か、男の子はいるかとか、職務質問よりしつこく聞かれるからね。
とにかくお母さんが誰と繋がっていたか、何かしらは手掛かりになる筈だから、行くよ~」

美香さんは車から降りて、すぐに両手を上に高く挙げて、大きく伸びをした。
雲を薄く掃いた様な隙間から、うっすらと冬の陽射しが見え隠れしている。
三社そばで聞いた、スローテンポな鐘の音が、空のスピーカーから降り注ぐ協奏曲みたいに流れていた。
















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