元々人の名前を憶えるのが苦手であるが、最近は思い出すのも億劫に
なりつつある。何かの拍子にかなり最近まで一緒に仕事をしていた人の名前を
忘れて、思い出すのに時間がかかったり、新しく入った同僚の名前をなかなか
憶えられなかったり、先行きが不安な状態である。
ただ、視覚的に得た記憶は維持されやすく、頭に入り易くもあるために、人の
名前を聞いて憶えようとはせずに、名簿などを別途確認することで記憶をとどめて
いる。なお、文字は文字でも活字やPC上などの画一化された文字の方が具合が
良い印象。
よくよく考えてみると、昔から耳から(音として)得た情報は中々頭に入らず、
学校の授業内容等もメモやノートをまめにつけたり、教科書に注釈を入れなければ
頭に入らず、入ったとしてもすぐに抜けていく性質だったので、それが少しばかり
ひどくなっただけ、と言えるかも知れない。と言うか、その程度であって欲しい。
会話の上では話の前後の流れは流れとして記憶できるが、固有名詞的な単体の
ものが登場してくると少々怪しくなる。いずれにしても世間話程度であれば何ら問題
はない(はずである)が、いかに元々頼りない能力であったとはいえ、衰えを
認めずにはいられなくなるような、この体たらくは我ながら何とも情けないような、
気恥ずかしいような、居たたまれない気持ちになる。
老いたなんて思うのはまだまだ10年早い。
なりつつある。何かの拍子にかなり最近まで一緒に仕事をしていた人の名前を
忘れて、思い出すのに時間がかかったり、新しく入った同僚の名前をなかなか
憶えられなかったり、先行きが不安な状態である。
ただ、視覚的に得た記憶は維持されやすく、頭に入り易くもあるために、人の
名前を聞いて憶えようとはせずに、名簿などを別途確認することで記憶をとどめて
いる。なお、文字は文字でも活字やPC上などの画一化された文字の方が具合が
良い印象。
よくよく考えてみると、昔から耳から(音として)得た情報は中々頭に入らず、
学校の授業内容等もメモやノートをまめにつけたり、教科書に注釈を入れなければ
頭に入らず、入ったとしてもすぐに抜けていく性質だったので、それが少しばかり
ひどくなっただけ、と言えるかも知れない。と言うか、その程度であって欲しい。
会話の上では話の前後の流れは流れとして記憶できるが、固有名詞的な単体の
ものが登場してくると少々怪しくなる。いずれにしても世間話程度であれば何ら問題
はない(はずである)が、いかに元々頼りない能力であったとはいえ、衰えを
認めずにはいられなくなるような、この体たらくは我ながら何とも情けないような、
気恥ずかしいような、居たたまれない気持ちになる。
老いたなんて思うのはまだまだ10年早い。