ーサラの鍵ーELLE S'APPELAIT SARAH
2010年 フランス
ジル・パケ=ブランネール監督 クリスティン・スコット・トーマス(ジュリア・ジャーモンド)メリュジーヌ・マヤンス(サラ・スタルジンスキ)ニエル・アレストリュプ(ジュール・デ。ユフォール)エイダン・クイン(ウィリアム・レインズファード)フレデリック・ピエロ(ベルトラン・テザック)
【解説】
ナチス占領下のパリで行われたユダヤ人迫害、ヴェルディヴ事件を題材に、過去と現代を交錯させながらユダヤ人一家に起こった悲劇を描く感動的な社会派ドラマ。世界中で300万部を売り上げたタチアナ・ド・ロネの原作を基に、『マルセイユ・ヴァイス』のジル・パケ=ブランネール監督が映画化。『イングリッシュ・ペイシェント』などのクリスティン・スコット・トーマスが、アウシュビッツについて取材するジャーナリストを好演。次第に解き明かされる衝撃の事実とラストに胸を打たれる。
【あらすじ】
1942年、ナチス占領下のパリ。ユダヤ人一斉検挙によってヴェルディヴに連れてこられた人々の中に、少女サラはいた。それから60年後。パリに暮らすアメリカ人ジャーナリストのジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)は、アウシュヴィッツに送られた家族を取材するうちに、かつて自分のアパートで起こった悲劇を知ることとなる。(シネマトゥデイ)
【感想】
<ナチス占領下のパリで行われたユダヤ人迫害、ヴェルディヴ事件>を全く知りませんでした。
ウィキペディアによると、「1995年7月16日大統領就任直後に第二次世界大戦中、フランス警察が行ったユダヤ人迫害事件であるベルディブ事件に対して、追悼式典に出席した上で、始めてフランス国家の犯した誤りと認めた」のだそうです。
この映画は、1942年7月に起きたヴェルディヴ事件で、フランス警察によってアパートから強制的に連れ出されるユダヤ人スタルジンスキ家の悲劇と、現代のフランスで生きるアメリカ人女性ジャーナリストで、ホロコーストの取材を続けるジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)の物語が交錯して語られていきます。
サスペンス仕立てで、観客を飽きさせません。
前者の物語の主人公はスタルジンスキの長女サラ(メリュジーヌ・マヤンス)です。
「その日」は突然やってきました。
噂はあったのでしょう。
父親は地下室に隠れていました。
でも、警察は家族全員を連れて行くというのです。
サラはとっさに弟のミッシェルを納戸の中に隠し鍵をかけました。
「きっとすぐに出して上げる。約束するから静かに待っていて」と。
☆ネタバレ
警察は乱暴に母もサラも連れ出しました。
地下室に隠れていた父親も見つかり、ベルディブ競輪場に連れて行かれました。
サラはミッシェルを隠したことを後悔し、警察官にミッシェルを連れれてくるように頼んだけれど無視されてしまいました。
両親にも「おまえが隠すからだ、お前の責任だ」と罵倒されます。
人々はここで数日間放置され、収容所に送られました。
収容所では、男と女子供が先に引き離され、それから数日して母と子供が引き離されました。
サラは友達になった女の子と収容所を逃げ出し、近くの村へたどり着きます。
でも、一緒に逃げた女の子はジフテリアにかかっていました。
農家のテザック夫婦が二人を助け、亡くなった女の子をフランス警察に引き渡しますが、サラは匿ってくれました。
二人を助けてくれたテザック氏
そのうえ、サラの訴えを聞いてパリの自宅にも連れて行ってくれました。
ところが、アパートには新しい住民が入居したばかりでした。
サラは片時も放さなかった鍵で納戸を開けますが、もちろん遅過ぎたのです。
この出来事がサラの心に暗い影を落とし、生涯にわたってサラを苦しめ続けます。
賢く働き者の女性に成長したサラは、育ててくれたテザック夫妻にも黙って家を出ていき、その後アメリカに渡りました。
さて、もう一方の主人公ジュリアです。
フランス人の夫とティーンエージャーの娘の3人暮らし。
この度、夫の祖母の思い出のアパートを改装して住むことになりました。
でも、ジュリアの心はうつろです。
ヴェルディヴ事件をライフワークのように追っかけていますが、歴史の闇に葬られ、人々から忘れ去られようとしているこの事件をいくら取材しても、それで何が得られるのか、まるで、底なし沼に落ちていくようです。
諦めていた妊娠がわかり、ジュリアは喜びますが、夫も娘も赤ちゃんを望んではいませんでした。
さらに落ち込むジュリア。
取材の過程で、彼女の改装中のアパートが、1942年7月までユダヤ人のスタルジンスキ一家が住んでいたことがわかります。
スタルジンスキ夫妻は収容所で亡くなったことが確認されましたが、子供たちーサラとミッシェルの消息は不明になっていました。
夫の父に聞くと、8月引っ越したばかりのときに、ユダヤ人の少女が飛び込んできて、納戸を開け、幼児の死体があったことを話し始めました。
このことは、父と祖父だけの秘密でした。
祖父とテザック夫妻の手紙のやり取りがあり、それが貸金庫に残されていました。
そこには、美しい娘に成長したサラの写真がありました。
成長したサラ
子供を産む決心をし、ジュリアはサラを追ってアメリカへ。
サラは、アメリカで知り合ったリチャードと結婚。
サラにとって、人生で一番幸せな時代だったのでしょうが、過去の苦しみはサラを決して逃がしませんでした。
一人息子をもうけましたが、その子が9歳のときに、サラは自殺してしまったのです。
ジュリアはサラの息子ウィリアム(エイダン・クイン)に会うためにイタリアへ。
サラの息子、ウィリアム(エイダン・クイン)
でも、ウィリアムは両親から何も聞かされておらず、自分がユダヤ人の息子であることも知りませんでした。
ジュリアはへんな言いがかりをつける女と思われ、追い返されてしまいました。
ジュリアは夫から「家族を傷つける真実を知ってなんになる」となじられますが、「真実を知るには代償がいる」と言い、自分の生き方を貫くのです。
数年後、ジュリアは夫と別れ、長女と赤ちゃんの次女とニューヨークで暮らしていました。
そんなある日、ウイリアムから連絡がありました。
ウィリアムは父親から母親のすべてを聞いて、ジュリアにも理解を示すようになっていました。
二人は旧知の間柄のように親しく話し合い、そして最後にウィリアムがジュリアの娘の名前を聞いたのです。
ジュリアは「ごめんなさい、サラと名付けたの」
二人の間に、なんともいえない感情が通いました。
それが見ている私にも伝わってきて、流れる涙を止めることができませんでした。
悲しい壮絶なサラの生涯。
でも、こうして、ジュリアの娘という形になって、赦しの感情が流れ込んで来ました。
サラの苦しみは決して無駄ではなく、新しい命という美しいものに形を変えたんだと思いました。
カタルシスを与えてくれるラストでした。
ホロコーストの映画を見ると、いつも疑問に感じることがあります。
人が人に、あんなにひどいことができるのだろうかと。
多くの人は、クラスのいじめられっ子にするように、少しだけイジメに加担したり無視したりしているだけなのでしょう。
あんなひどい収容所に入れられ、最後は殺されるなんて、想像もしなかった、というに違いありません。
人々の無関心がホロコーストの悲劇を生んだのではないかと思います。
サラたちが連れて行かれるときも、隣人のフランス人たちはとても冷たかった。
でも彼らは、競輪場で何が起きているのか、知ろうともしなかったし、その後アウシュビッツで殺されるなんて想像もしなかったのでしょう。
事実が明るみになったとき、多くのフランス人たちは恥じて忘れてしまいたかったのでしょう。
それが、ジュリアがサラを知ったように、個人を知ってしまえば、無視はできない存在になります。
彼女の痛みや苦しみは、自分のことのように感じられることでしょう。
アウシュビッツでは何万人の人が亡くなったと言われても、それはすごいと思うけど、数字でしかありません。
でも、その数のひとりひとりに人生があり、感情があったと知ることが、大切なんだと思いました。
真実を知ることは、人も傷つけ、自分も傷つかずにはいられないことかもしれないけど、真実はやがて愛に通じると信じ、勇気を持って追求しなければならないんだと思いました。
相変わらず、クリスティン・スコット・トーマスは素敵です。
演技もさることながら、フランス語と英語を苦もなく操る知的な姿には、うっとりしてしまいました。