マダムようの映画日記

毎日せっせと映画を見ているので、日記形式で記録していきたいと思います。ネタバレありです。コメントは事前承認が必要です。

バレンタインデー

2010-02-24 13:36:16 | 映画ー劇場鑑賞
ーバレンタインデーーVALENTINE'S DAY
2010年 アメリカ
ゲイリー・マーシャル監督 ジェシカ・アルバ(モーリー)キャシー・ベイツ(スーザン)ジェシカ・ビール(カーラ)ブラッドリー・クーパー(ホールデン)エリック・デイン(ショーン)パトリック・デンプシー(ハリソン)ヘクター・エリゾンド(エドガー)ジェイミー・フォックス(ケルビン)ジェニファー・ガーナー(ジュリア)トファー・グレイス(ジェイソン)アン・ハサウェイ(リズ)アシュトン・カッチャー(リード)クイーン・ラティファ(ポーラ)テイラー・ロートナー(ウィリー)ジョージ・ロペス(アルフォンソ)シャーリー・マクレーン(エステル)エマ・ロバーツ(グレース)ジュリア・ロバーツ(ケイト)テイラー・スウィフト(フェリシア)

【解説】
バレンタインデーに色めき立つロサンゼルスを舞台に、ハリウッドを代表する俳優たちが悲喜こもごものストーリーを繰り広げる恋愛群像劇。メガホンを取るのは、『プリティ・ウーマン』『カーラの結婚宣言』のゲイリー・マーシャル。シャーリー・マクレーンやキャシー・ベイツにジュリア・ロバーツ、アシュトン・カッチャー、ジェシカ・アルバといった、ベテランから若手まで豪華なキャストが勢ぞろいする。ロマンチックなばかりではないバレンタインデーを過ごす男女15人の愛の行方に注目。

【あらすじ】
2月14日、ロサンゼルス。バレンタインデーのこの日、リード(アシュトン・カッチャー)は同せい中のモーリー(ジェシカ・アルバ)にプロポーズ。しかし、仕事の途中で自宅に立ち寄るとモーリーが荷物をまとめていた。一方、教師のジュリア(ジェニファー・ガーナー)は親友のリードのアドバイスで、恋人のハリソン(パトリック・デンプシー)の出張先に押し掛けようとするが……。

【感想】
これも、あまりまとまりがよくないと思いました。
日本のバレンタインデーとはかなり違う風習のようです。
愛を告白する日ーなのかな?

中心になるのが、リード(アシュトン・カッチャー)とジュリア(ジェニファー・ガーナー)の親友同士が失恋して、お互いの存在に気づくことになるのかどうか…というエピソード。

リードとモーリー(ジェシカ・アルバ)の恋は身分違いということなのでしょうか?
うまくいかない方が、みんな納得のようでした。


ジェニファー・ガーナーとパトリック・デンプシー

ジュリアとハリソン(パトリック・デンプシー)は、もっとハリソンが痛めつけられたら良かったのに。
なまぬるいわ。


ジェイミー・フォックスの屈折ぶりはなかなかおもしろかった。

エステル(シャーリー・マクレーン)とエドガー(ヘクター・エリゾンド)のエピソード。
なにも、いまごろバカ正直に告白しなくても…と思った。
エドガーが可哀想だったわ。

アン・ハサウェイは切れ過ぎ。
理解できないわー。



ジュリア・ロバーツはどこに向かっているか、途中でわかったし、その恋の予感の相手ホールデン(ブラッドリー・クーパー)が、なんと○○とは!
それはないでしょ!と思いました。

一番お気に入りはクイーン・ラティファ!!
面白かったー。


クイーン・ラティファとアン・ハサウェイ
コメント (5)
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ラブリー・ボーン

2010-02-24 13:29:23 | 映画ー劇場鑑賞
ーラブリーボーンーTHE LOVELY BONES
2009年 アメリカ/イギリス/ニュージーランド
ビーター・ジャクソン監督 マーク・ウォールバーグ(ジャック・サーモン)レイチェル・ワイズ(アビゲイル・サーモン)スーザン・サランドン(リン)スタンリー・トゥッチ(ミスター・ハーヴィ)マイケル・インペリオリ(レン・フェナマン刑事)シアーシャ・ローナン(スージー・サーモン)ローズ・マクアイヴァー(リンジー・サーモン)クリスチャン・トーマス・アシュデイル(バックリー・サーモン)リース・リッチー(レイ)キャロリン・ダンド(ルース)

【解説】
14歳で殺されてしまった少女が、残された家族や友人たちが立ち直っていく姿を天国から見守り続けるファンタジックな感動ドラマ。全世界30か国以上で1,000万部以上を売り上げた原作を、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮、『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンが監督という豪華布陣で映像化。主人公の少女役は、『つぐない』のシアーシャ・ローナン。前代未聞の物語設定と、少女が起こす奇跡に注目。

【あらすじ】
スージー・サーモン(シアーシャ・ローナン)という魚の名前のような彼女は、14歳のときにトウモロコシ畑である者に襲われ、殺されてしまう。そしてスージーは天国にたどり着くが、父(マーク・ウォールバーグ)は犯人探しに明け暮れ、母(レイチェル・ワイズ)は愛娘を守れなかった罪悪感に苦しむ。崩壊していく家族の姿を見てスージーは……。

【感想】
ちょっと思っていたのとは違う、不思議な映画でした。
簡潔に言うと、スピリチュアルな映画ということでしょうか?
天国の描写がたくさん出てきました。

☆ネタバレ
スージー・サーモン(シアーシャ・ローナン)は、14歳。
学校の帰りに、近所のおじさん(スタンリー・トゥッチ)に殺されてしまう。
この人が少女や女性を襲う変態殺人者だということがわからなかったからです。

スージーは天国へも行かず、魂となって両親のそばにいました。
父(マーク・ウォールバーグ)は、スーシーの死体が出て来ないので、まだ生きていることを信じて狂人のようになって探しまわっていました。
母(レイチェル・ワイズ)は落ち込み、気力もなくただ悲しみに包まれていました。

最初から、犯人はわかっているし、スージーの姉(ローズ・マクアイヴァー)が犯人を突き止めるのだが、結局は逃げられてしまう。

一番残念なことには、スージーの死体が永遠に葬られてしまったこと。

これをどう見るか、観客の意見の分かれるところだと思いました。

私は、この結末でもいいと思いますが、全体にまとまりのないのが気になりました。

スーザン・サランドンのおばあちゃんが、あんなに派手でなくても良かったんじゃないか、とか、最初の導入部が思わせぶりなわりには、なんの伏線にもなっていないこととか、余計な気が散りました。

マーク・ウォルバーグのお父さんはよかった。
レイチェル・ワイズは存在感があまりなかったなあ。
主人公のシアーシャ・ローナンは、神秘的なブルーの目といい、無邪気な素直な少女という感じがとても良かったと思いました。

天国のイメージ、うーん、私にはなんともいえないなあ。
辛い思いをして亡くなった少女たちにとって、楽しいところだったらいいなあ。

残酷シーンや殺人シーンをぎりぎり押さえて、スージーが辛い目に遭うシーンがなかったのが、ほんとよかった。
犯罪に遭って亡くなった少女たちへの、鎮魂歌のような作品でした。
コメント (6)
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ツタンカーメンの死因?

2010-02-17 09:49:27 | 旅行
エジプトの旅行記を書き終わってほっとしていたら、こんな記事を発見!!

こちら

びっくりした!!
コメント (2)
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旅倶楽部「こま通信」手造りの旅<ナイルクルーズ>パート9

2010-02-15 12:39:19 | 旅行
ー10.1.8~18 旅倶楽部「こま通信」手造りの旅<ナイルクルーズ>ーパート9

<コプト地区>

最終日です。
今日で、カイロともお別れです。
でも、さらに私たちの見学は続きます。
水道橋に添ってバスは走り、コプト地区へ。


水道橋

「歴史」でも触れましたが、プトレマイオス朝が衰退した後に、ローマ帝国の属国になっていた時代がありました。


ローマ時代の塔

そのときに聖マルコがアレキサンドリアを訪れ、キリスト教を広ます。
紀元後60年くらい、とても早い時期に広まったことになります。


エル・ムアラッカ教会

コプトのクリスマスが1月7日なので、クリスマスの飾り付けがしてありました。


ノアの方舟をメージした天井


コプト教会の十字架

キリスト教を受け入れる土壌として、パレスチナで迫害を逃れるために幼いキリストを連れた聖家族が、エジプトに逃れてきたという伝説もあり、各地にその言い伝えが残っているそうです。


聖家族が隠れたといいう言い伝えが残る、聖セルギウス教会へ入る。

さらに遡って、モーセ所縁のユダヤ教会もありました
(ベ・エズラ・教会、暗くて写真がうまく撮れませんでした)。

<モーセ>

コーランにはモーセやキリストの話もたくさん出ているそうです。

モーセと言えば「出エジプト記」で有名です。
それによると、モーセはエジプトのヘブライ人の家に生まれましたが、ヘブライ人の増加を恐れたファラオが、新生児を殺害することを命じ、その命令を逃れるために、赤ちゃんだったモーセをナイル川に流されました。
そこへファラオの王女が通りがかって赤ちゃんのモーセを拾い、育てました。

成長したモーセは、同胞のイスラエル人がエジプト人に虐げられているのを見て、エジプト人を殺害、アラビア半島に逃げました。
そこで、神の言葉を聞き、予言者としての活動を始めました。
神の言葉は、イスラエル人を約束の地カナンへ導くように、ということでした。
約束の地カナンは、地中海とヨルダン川・死海に囲まれた地域。
聖書で「乳と蜜の流れる場所」と呼ばれ、神がアブラハムの子孫に与えると約束した土地。

エジプトに戻ったモーセは、ファラオにイスラエル人のエジプト退去を願い出るが、拒否されました。
しかし、そのときにエジプトに10の災害が下り、イスラエル人はようやくエジプトから脱出することができました。
でも、そのときにエジプトの聖牛アピス像(ミイラ?)を持ち出したので、ファラオが起こって、軍を差し向けました。

目の前の海が割れ、イスラエル人は渡ることができたが、追いかけてきたエジプト軍は、閉じた海で溺れました。

このファラオはラムセス2世ということになっていますが、ラムセス2世の息子のメルエンプタハが溺死したのではないかと言われ、この時の王はメルエンプタハという説もあります。

シナイ山でモーセは神から「十戒」を受けました。
無事に約束の地カナンにたどり着いたが、民が神とモーセに不平を言ったため、神はさらに40年の放浪をイスラエル人に課したそうです。

モーセもまた、神の命令に従わなかったので、カナンに入ることを許されず、山の上からカナンを見ながら世を去ったそうです。
没年120歳だそうです。

コーランではモーセは過去の予言者、偉大な予言者として尊敬されているそうです。
ノア、アブラハム、モーセ、イエス、ムハマンドがイスラム教の5代予言者ということです。

だけど、モーセについていったイスラエルの人々は、神の言いつけに従わず、偶像崇拝を認めたところが、神とモーセの教えに逆らっているというユダヤ教の批判になっているようです。

ユダヤ教とイスラム教、ここまで近いのになあ、という気がします。
この溝が深いのでしょうね。

<旅が終わって>

私がこの旅の途中からずうっと不思議に感じていたのは、古代エジプト人はどこへ行ったのだろう、ということでした。

歴史を調べて、エジプトは、長い間他民族の支配を受けてきたことがわかりました。
古代エジプト王朝がギリシャ人のプトレマイオス王朝に変わっても、彼らはエジプトの古代の神と同化しようと、涙ぐましい努力をして、エジプト人の尊敬を得ようとししました。
でも、その後は支配者が、ローマ帝国であったり、アラブ人のイスラム帝国であったり、奴隷軍人だった時もありました。
トルコのオスマン帝国であったり、イギリスであったり…。
彼らはエジプトの豊かな農産物を徴収することだけを考えた支配者でした。

その間に、エジプト人本来の言葉、宗教、文化をなくしてしまいました。
だけど、ピラミッドを造った人たちの技術や智恵が失われたわけではありませんでした。
いろんな技術者として、その時々の支配者の母国に連れて行かれて、そこからさらに素晴らしい美術品や造形物として発展していったということは想像に難くありません。
その痕跡は、今もエジプトの町のそこここに、有形無形のものとして残されていました。

モスクの建築や装飾に生かされる工芸技術、タイルなどの焼き物など、トルコへと受け継がれたもの、ガラス細工などベネチアングラスのようにヨーロッパで花開いたもの、いろんな原型のようなものが残されていました。
イスラムは偶像崇拝を禁止したせいで、字体が豊かに表現されて、アラブ文字が日本の書道のように、芸術として存在していることに驚きました。

失われた古代文字の解読に必要だったロゼッタストーンの解明に、コプト文字がヒントになったということは、すごいことだと思いました。
古代エジプト人を理解するヒントがこういう形で残っていたなんて!!
どんなサスペンスよりもスリリングだと思いました。

エジプトに足を踏み入れたときには、気候、風土、風景が全く違う。
文化、文明、歴史、民族、言語、何もかも日本とは違って、とらえどころのない、私には理解不可能な異文化のように思えました。

でも、この旅を終えて、人々は何千年も前から、この地で営々と暮らしを営んできたということがよくわかりました。
その時代時代に姿を変え、言語を変えても、エジプト人はエジプト人らしくナイルとともに生きてきたんだ、ということが実感できました。
ナイル川は、思っていたより細かったけれど、とても豊かで、砂漠を流れている川なのに水色で、すごくきれいな川でした。
食べ物も、野菜が豊富で本当に美味しかったです。

砂漠から上り、砂漠へと沈む太陽は、古代の人と同じ、神を感じる存在でとても感動しました。

そして、何より、ピラミッドはシンプルで、大きくて、美しい。
人類の英知の象徴じゃないかなあ!!
最高!!でした。

エジプトは今は貧しいかもしれない。
砂漠の暮らしは大変かもしれない。
でも、明るく素朴な人々が生きる国、可能性もいっぱい内在した国だと思いました。

エジプトの素晴らしい思い出に、もう少し浸っていたいです。

長々とした旅行記に付き合ってくださった読者の皆様、ありがとうございました。


最後に訪れた新市街にある大規模なショッピングセンター


ショッピングセンターの内部。クリスマスの飾り付け。


ショッピングセンターで食べた昼食。ケバブが美味しかったです。
コメント (2)
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旅倶楽部「こま通信」手造りの旅<ナイルクルーズ>パート8

2010-02-15 11:54:16 | 旅行
ー10.1.8~18 旅倶楽部「こま通信」手造りの旅<ナイルクルーズ>ーパート8

<カイロ市内ーイスラム地区>

今日も朝早く出発です。
今日は金曜日で、イスラム社会では休日だそうです。
エジプト人は、昨日の夜は遅くまで遊んで、今朝は寝坊をしているそうです。
そして、起きたら、地区のモスクに行って、礼拝に参加するので、モスクの礼拝の前に、見せていただこうということです。

まず、エル・アズハル・モスクに入れていただきました。


入り口


アズハルモスク

裸足にならないといけない、女性はスカーフをかぶらなくちゃいけないと、ちょっと緊張するのですが、モスクに入ってみると、とても清潔で静かで、とても広いことに驚かされます。
奥の方で、先生を囲んでコーランの勉強会が開かれていました。

ガイドの大政美奈子さんの周りに車座になって、エジプトの歴史やイスラム教のことを教えていただきました。


私の生活範疇からまったく外れているイスラム教とその歴史。
トルコに行ってもまだわからなかったことが、大政さんのお話で少しつながってきました。

ここエル・アズハル・モスクは、ファーテイマ朝時代の建立で、モスク内にイスラームを学ぶ学校が開校されました。
今では、学校は切り離されましたが、エル・アズハル大学として続いています。
「歴史」でも書きましたが、イスマーイール派の最高教育機関として、数々の卒業生を全世界に送り出しました。


内部

ここから出発して、バイナル=カスラインを歩きます。


「パイナル=カスライン」はファティーマ朝に建てられた二つのお城を結ぶ通りの名前です。今は、ムイッズ通りと名前も変えています。写真は今から向かうフトゥーフ門・ナズル門と反対側、ズワイラ門の方を写したものです。

いろんなお店が開店準備をしています。


ターメイヤという豆のコロッケを揚げているお惣菜屋さん


八百屋さん


乾燥モロヘイヤ



お肉屋さん



新聞売りと猫


古いモスクの外観や扉、馬も人もとまったという隊商宿、古い病院や、建物を見学しながら、町の中をゆっくり歩いていきました。


隊商宿


またまた八百屋さん



モモスク内部


モスクのランプ、装飾はアラビア文字です。


スカーフ売り場。女性のおしゃれは限られているから、スカーフは大切なのでしょう。


美しい水パイプ


糸屋さん


アラビアン・ナイトに出て来るような金物


スパイス屋


モスクの内部。とても清潔で静かな時間が流れていました。


祭壇の螺鈿細工


通りの様子。


町行く人のために、水の入った素焼きの壺が置いてあります。


モスクの壁の装飾もアラビア文字です。


モスクの門とミナレット。装飾が細かくて美しい。


アップにしてみました。


モスクの裏には廃墟になった学校と、その奥には生活感あふれるアパートが。


山盛りのライム


スパイス屋の店先。素敵なデザインの秤。


「バイナル=カスライン」の終点、フトゥーフ門。

見学の最後はハーキム・モスクでした。


ハーキム・モスクに入ったところ。

「歴史」でも触れましたが、ファティーマ朝のカリフ・ハーキムは暴君で名高いようですが、こういう立派なモスクもたくさん建てたそうです。

そろそろ信者の人が集まってきました。
もうすぐ朝の礼拝が始まるようです。

町の中に、モスクの拡声器から流される声が響いています。
「もうすぐ礼拝が始まりますよ」と市民にお知らせしているそうです。

私たちは来た道を戻って、修復がされて見学できる大商人の家へ。

大商人の家の玄関を入ったところ。前庭。


風と光をを通して、窓際に立っている人は表に見えない窓。



高い天井


居心地の良さそうな部屋。


風呂場の窓。いわゆる蒸し風呂です。


さっきの部屋を中庭から見る。


中庭にある井戸。


これは何でしょう? コーランを読むための椅子です。

大商人の家は、すごく大きいし、風通しなど、とてもよく考えられている、カイロの風土によくあったものでした。

よく、歩いたのでお腹が減りました。
お昼ご飯を食べにハン・ハーリのカフェへ。

モスクの近くなので、アルコールは置いていないそうです。

わずかな時間、商店街でお買い物。
私たちは、ストール、香水、パッチワークなど、思い思いの品物を交渉して買いました。
エジプトのお買い物は疲れます…。


私たちがお土産を買った香水屋さん。「シャネルの19番」と言ったら、小ビンに詰めてくれました。

またバスに乗って、イブン・トゥルーン・モスクへ向かいます。


バスの中からアズハル大学が見えました。


イブン・トゥールン・モスク

トゥルーン朝の開祖イブン・トゥルーンによって造られたモスクです。
エジプトで作られた最古のモスクです。
トゥルーンはイラク人だったので、イラクのモスクに似ているそうです。


ミナレットに人が上っています。
私たちも上ることにしました。


ムハマンド・アリー・モスク

ムハマンド・アリー・モスクが見えました。
こちらは、明らかにトルコ風です。


壁の影。
人が手をつないでいるように見えます。
世界平和は人類の悲願ー不意にそういう思いが胸を突きました。

コメント
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閑話休題《エジプトの歴史》

2010-02-15 11:10:34 | 旅行
ようやく、エジプトの歴史を調べ終わりました。
全くと言っていいほど、知識がありませんでしたので、たいしたことをしていないのに、手間取ってしまいました。

ウィキペディアを駆使して調べたものに、ガイドの大政美奈子さんからの知識をお借りしたもので、私が理解した範囲の薄っぺらなものですが、よかったらどうぞお読みください。
興味のない方は、スルーしてください。

<ローマ支配の時代>

紀元前30年に、ギリシャ系のプトレマイオス王朝がローマによって滅ぼされてから、エジプトはローマ帝国の属国となっていました。
紀元前60年頃、マルコによってキリスト教が伝えられ、コプトと呼ばれるエジプト独特のキリスト教会が生まれます。
それ以来、数々の迫害に耐え、イスラム教徒が国教であり、国民のほとんどを占める今も、5%ではあるが残っています。

ローマ帝国の分裂後は東ローマ帝国に属し、豊かな農作物で東ローマ帝国を支えたが、639年にイスラム教が支配するウマイヤ朝に征服されました。
この、ウマイヤ朝の説明の前に、イスラム教の開祖・ムハマンドについて述べます。
エジプトでは、このとき以来、アラビア語を使い、イスラム教徒の国となったからです。

<ムハマンド>

イスラム教は、570年ごろにアラビア半島西中部メッカで生まれたムハマンドによって説かれた宗教です。
モーセ、イエス・キリストに続く最後にして最高の予言者とされています。
コーランには、モーセやキリストについての記述もたくさん見られるそうです。

ムハマンドは若い時から、商人として活躍していました。
25歳の頃、裕福な女性の商人ハディージャに認められ、事業を託されます。
その後、15歳年上で寡婦であったハディージャと結婚し、2男4女をもうけますが、男子は2人とも成人せずに亡くなってしまいました。

610年、悩みを抱いて、瞑想に耽っていたムハマンドはそこで神の声を聞いたと言います。
神は「読め」と言ったそうです。
その神の言葉を書いたものがコーラン(クルアーン)で、「読まれるもの」という意味だそうです。

コーランは神がムハマンドを通じてアラブ人にアラブ語で伝えた神の言葉そのものであるとされ、他の国の言葉に翻訳することが禁止されているそうです。
だから、イスラム教徒たちはどの国の人でも、一緒にコーランを唱えることができるそうです。

ガイドの大政さん自身もイスラム教徒だそうですが、コーランの内容の一部を紹介してくださり、現代になってようやく解明されたような科学的なことも書かれているのが不思議だ、とおっしゃっていました。
また、ムハマンドは詩人だという人もあり、文章もとても美しいのだそうです。

ムハマンドは、身近な人に神の言葉を伝え、また、自分の住んでいたメッカで布教活動を始めますが、迫害され、メディーナに逃れました。
そこでメッカからの軍隊と闘い、自らも負傷しています。
このころすでに、ムスリム(イスラム教徒)のカリフ(首長)として政治的な地位があったようです。

今回の旅行で、イスラム教が政教一体の国家としての性質が、このムハマンドの時代から形成されていたことがわかりました。
私は宗教家と言うと、つい、仏陀やキリストのように、苦行する姿か、静かに人々に教えを説く姿しか思い浮かびませんでした。
ムハマンドは闘う宗教家だったのです。
この認識に大きな誤りがあったので、私の頭の中でイスラム教がずっと謎だったのです。

ムハマンドは、ハディージャ亡き後、数人と結婚しますが、ほとんどが寡婦でした。
例外は、初代カリフとなるアブー・バルクの娘、アイーシャが9歳で嫁ぎ、最愛の妻と言われています。

<ウマイヤ朝>

ムハマンド亡き後、ムハマンドの側近たちは、血縁をたどってカリフを継承していきます。
第1代のカリフはアブー・バルク。
この人はムハマンドの友人(遠い親戚)で、ムハマンドの近親者を除くと一番最初に信者になった人。
娘のアイーシャが9歳でムハマンドに嫁いだので、義父にも当たります。
ムハマンド亡き後選挙で初代正統カリフに選ばれています。

アブー・バルクがカリフになって2年目で病死すると、2代目に選ばれたのがウマルです。
この人は、メッカでムハマンドを迫害している側だったのですが、自分の妹が唱えるコーランの美しさに魅せられて入信したそうです。
武勇の人で、メッカとの戦いすべてに参加し、功績を上げています。
また、夫に先立たれた娘がムハマンドに嫁いでいます。
この人の時代にシリア・イラク・エジプトなどに遠征軍を送り、アラブの大征服を指導しています。

征服しても、その土地の住民は残し、「イスラム法」や「イスラム暦」による支配とともに、役所や軍隊を置いて税を取り立てるという中央集権的な制度が確立していったようです。

ウマルは暗殺され、次にカリフになったのがウマーン。
この人も、メッカ時代からの信者で、ムハマンドの娘を嫁にし、その嫁が亡くなった後も、またムハマンドの娘を嫁に迎えています。
この人の時代に、サーサーン朝ペルシアを滅ぼしてイスラム帝国の領土をさらに拡大させています。
しかし、自分の出身のウマイヤ家の人を重用するなど不公平な政治を行ったとして、暗殺されます。

そして、正統カリフを争うことになったのが、ムハマンドの娘ファーテイマと結婚したアリーとウマイア家のムアーウィアです。
この両者が妥協し、アリーが第4代正統カリフとなるのですが、この妥協を潔しとはしないハワーリジュ派によってアリーは暗殺。
ムアーウィアも狙われますが、辛くも難を逃れ、自分の本拠地であるシリアのダマスカスを首都に定めてウマイヤ朝を開きました。

簡単にいうと、アリーが今のシーア派、ムアーウィアがスンナ派です。

ムアーウィアの後のヤズィードが、アリーの息子のフセインが反乱を起こすとの情報を得て、3000の兵を送り込み、先制攻撃に出たカルバラーの戦いで勝利します。
ただこのとき、フセインの勢力は72人で、ほぼ虐殺に等しかったことから、今もシーア派とスンニ派の感情的なしこりとして残っているそうです。

ウマイヤ朝は5代カリフ・アブドゥルマリクの時代(700年前後)に全盛期を迎え、東はパキスタン、西はモロッコまで勢力を拡大しました。
アラビア語を公用語にし、アラビア貨幣を普及させました。
イベリア半島に上陸し、ピレーネ山脈を超えたが、フランク王国と激しく闘い、結果破れてピレーネ山脈の南側まで戻りました。
この頃の地中海は、イスラムの海となったのです。

<アッバース朝>

しかし、ウマイヤ家が独裁する政権に不満が生まれ、ムハマンドの叔父アッバースを祖先とするアッバース一族が、不満分子を巻き込んでアッバース革命を起こしました。
アブー・アル=アッバースが初代カリフとなり、第5代カリフのハールーン・アッ=ラシードのとき、全盛を迎えます。
このころのアッバース朝の首都はバグタードで、産業革命以前では最大の都市でだったということです。

9世紀後半になると、多くの地方政権が自立し、カリフの権限により緩やかに統合される時代となっていきました。
10世紀に、北アフリカにファティーマ朝が起こり、イベリア半島には後ウマイヤ朝が起こり、3人のカリフが存在することになってしまいました。
イスラム世界の政治統合は崩れ、地方の軍事政権が互いに争う戦乱の世となりました。

このことが、遊牧民系奴隷軍人マムルークを用いて、武力で地方を平定することとなり、1055年、セルジューク朝がバグダッドを占領し、カリフからスルタンの称号を許されて、イラン・イラクの支配権を握りました。

<トゥールーン朝>

エジプトでも、868年にアッバース朝から派遣されたマルムーク(奴隷軍人)のイブン・トゥルーンが総督代理に就任し、870年にはアレクサンドリアの支配権も認められて全エジプトを統治下に置きました。
イブン・トゥルーン・モスクを建設し、エジプトの独立主権を握った。

しかし、建設費を使いすぎたことと、後継者争いから、アッバス朝の介入を受け、トゥールーン長は滅び、ふたたびアッバース朝の支配を受けました。

<ファティーマ朝>

アッバス朝の衰えとともに、エジプトを治めたファーティマ朝のファーテイマは、ムハマンドの娘ファーティマに由来している。
ファーティマはアリーと結婚し、ハサンとフセインという息子を儲けた。
アリーが第4代正統カリフとなったのはファティーマの死後であった。

アリーの後、シーア派とスンニ派に分かれたことは前述した通りですが、シーア派多数のイマーム派第6代イスマール(シーア派の首長の呼び名)・ジァアファル・サーディクが亡くなってから(765年)、その長子イスマーイールの支持者が形成したグループがさらにイスマーイール派と呼ばれる。
イマーム派はこれと区別するためこれ以降12イマール派と呼ばれる。
今も、シーア派では最大の宗派だそうです。

10世紀の始め、ファティーマ朝の始祖ウバイドゥッラーは、自らがイスマーイールの子孫にして、隠れイスマール及び救世主(マフディー)だと宣言して、活動を先鋭化させました。
イスマール派の迫害の厳しいシリアを逃れて北アフリカで活動していた教宣員のアブ・アブドゥッラーはウバイドゥッラーを北アフリカに迎え、チュニジアでファティーマ朝が建国されました。

ファティーマ朝はしだいに勢力を拡大し、ほとんど抵抗されることもなくエジプトを支配下に置き、新しい首都カーヒラ(勝利の都)が今のカイロとなりました。

エジプトの征服に当たり、摩擦をさけるためスンニ派との融和もはかる一方、アズハル・モスクにイスマイール派の最高教育機関のアズハル学院が開講され、ここの卒業生たちは全イスラム世界に広まって、イスマーイール派を布教しました。
現在、シリア・イラン・パキスタン・インドや、アフガニスタン・タジキスタン・中国国境山岳地帯など信仰されているイスマーイール派は、このころの布教により広まったものです。

ファティーマ朝は第4代ムイッズとその子アズィーズの治世が最盛期となりました。
しかし、次のハーキム王は、冷酷な専制君主として名高く、残酷な刑罰を科したり、異教徒を激しく迫害したり、市民の娯楽を制限したり、飲酒を徹底的に禁じるため、ブドウ園を破壊したりしました。
犬を嫌って殺させたり、部下を残忍な手法で処刑したり、エジプト史上でも数々の奇行でその名を残しているそうです。

その反面、イスマーイール派の布教に尽力し、その名を残すむハーキム・モスクを始め数多くのモスクを建築しました。
ハーキムはみすぼらしい衣服を見にまとい、従者もつけずに砂漠や市中に散歩出かけることがありました。
ある夜、散歩に出かけたまま帰ることはなかったと伝えられています。

<アイユーブ朝>

このように弱体化していったファティーマ朝へ、ザンギー朝(イラク・シリアのあたり)の重臣サラディンが遠征し、3回のエジプト遠征でエジプトを倒し、自らファーティマ朝の宰相となり、エジプト全土を掌握しました。

1171年、ファーティマ朝のカリフが死去すると、ファーティマ朝を完全に滅ぼし、これをもってアイユーブ朝の成立と見る説もあります。

サラディンはエルサレム王国に侵攻、ハッティーンの戦いで十字軍に大勝し、エルサレム奪還を果たした人物です。

さらにイギリスのリチャード1世を中心とする第3回十字軍の派兵にも耐え、1192年、和睦を結ぶに至りのした。
これにより、アイユーブ朝は強大な支配権を持ちました。

サラディンは1193年ダマスカスで病死、その後アイユーブ朝は弱体化していきました。
リドリー・スコット監督の「キングダム・オブ・ヘブン」はちょうどこの頃のことを描いているのですね。

<マムルーク朝>

13世紀半ばにフランスのルイ9世が率いる第7回十字軍が侵攻してきたとき、アイユーブの最後のスルタン・サーリフ・アイユーブが死に、その未亡人のシャジル・アッドゥッルを指導者として推したて、マムルーク(遊牧民系の奴隷軍人)がクーデターを起こし、正統な世継ぎを倒しました。
女性スルタンとしてシャジル・アッドゥッルが新政権を樹立しましたが、女性スルタンにはムスリムの反対も根強かったので、マムルークのアイバクと結婚して、アイバクにスルタンの地位を委譲した。

ここから、マムルーク朝が始まりますが、軍人奴隷の政権なので、世襲という形にはなかなかならず、有力な軍人がスルタンを倒して王座に就くということが繰り返されます。
そして、スルタンはほとんど世襲ではなく、有力軍人の中から選ばれるということになりましたが、さらに軍閥の争いに拍車をかける結果となり、争いは絶えませんでした。

<オスマン帝国支配>

1509年にポルトガル軍との海戦破れ、陸上でも、セリム1世率いるオスマン軍に大敗をきっし、セリム1世に征服されました。

<ムハマンド・アリー朝>

1798年にナポレオン・ボナパルトが率いるフランス軍がエジプト遠征を開始した時、オスマン軍はバルカン半島から兵を派遣したが、その1部としてアルバニア人の非正規軍が組織され、そのときにムハマンド・アリーが副隊長に任命され、エジプトに派遣されました。

ムハマンド・アリーは軍人として頭角を現し、フランス軍が撤退した後、全アルバニア非正規軍の副司令官となりました。

エジプトではオスマン帝国の支配が緩んで、マムルークたちが政治の実権を握っていたが、フランス軍の去った後は、また権力闘争が起こりました。

ムハマンド・アリーは権力闘争に加わり、自らエジプト総督の地位を手に入れました。
オスマン帝国のセリム3世はムハマンド・アリーの実力を認め、総督就任を許しました。

彼は、国内でも対立するマムルークを力によって排斥し、300年ぶりにエジプト全域を支配する総督が誕生しました。

彼は産業や教育面で近代化を図り、領土も拡大しましたが、オスマン帝国からの独立には、国際社会の意向もあり、なかなか進みませんでした。
結局、トルコに総督の世襲を認めさせる代わりに、アラビア半島を手放すことになりましたが、これにより、エジプトの独立国家としての礎が開かれることになりました。

ムハマンド・アリー亡き後、世襲によって政権が維持されますが、列強の植民地としての性格が色濃くありました。

<イギリスの支配>

1870年代、南北戦争の後のアメリカから綿花が市場に流れ出し、綿花の価格が暴落し、エジプト経済は疲弊ます。
その見返りとして、スエズ運河の利権をイギリスに売ってしまい、ますますエジプト経済は打撃を受けました。

そんな中で「エジプト人のためのエジプト」という国家意識が生まれ、国民的な社会運動が起こりました。
しかし、イギリスが介入し、ムハマンド・アリー朝を温存する形で、実質的なイギリス人支配体制が取られました。

1914年第1次世界大戦が勃発すると、イギリスはエジプトの保護国化を宣言し、オスマン帝国から切り離されました。
1922年にはエジプト王国の独立を認め、エジプト王国を成立させました。

<現代>

1948年の第1次中東戦争で惨敗し、軍内部でもナーセルを中心とする青年将校たちが、戦争の敗因を王制に基づく政治の混乱と腐敗にあるとして、クーデターを起こし、無血革命に成功しました。
1953年、革命政府はムハマンド・アリー朝廃絶を宣言し、共和制に移行しました。

こうして、ナーセルが第一代大統領となり、心臓発作で急死した後、盟友であったサーダートが大統領に就任しました。
サーダートは、1977年にイスラエルのメナヘム・ベギン首相とイスラエル・エジプト間の和平交渉を開始し、アメリカのジミー・カーター大統領仲介の元、キンプデービッドで合意にこぎ着けました。
これにより、ノーベル平和賞を受賞しましたが、アラブ諸国及びイスラム教徒の反発を呼び、イスラム復興主義過激派によって暗殺されました。

その後、副大統領であったムバーラクが引き継ぎ、28年間も安定政権を維持しています。

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ハムナプトラ/失われた砂漠の都

2010-02-15 11:05:04 | 映画ーDVD
ーハムナプトラ/失われた砂漠の都ーTHE MUMMY
1999年 アメリカ
スティーヴン・ソマーズ監督ブレンダン・フレイザー(リック)レイチェル・ワイズ(エヴリン)アーノルド・ヴォスルー(イムホテップ)ジョン・ハナー(ジョナサン)パトリシア・ヴェラスケス(アナクスナムン)オデッド・フェール(アーデス・ベイ)エリック・アヴァリ(テレンス・ベイ博士)ジョナサン・ハイド(チャンベーリン博士)コーリイ・ジョンソン(ダニエルズ)ケヴィン・J・オコナー(ベニー)オミッド・ジャリリ(カイロ刑務所所長)スティーヴン・ダンハム(ヘンダーソン)タック・ワトキンス(バーンズ)

【解説】
 紀元前1290年、国王の愛人と禁断の恋に落ちた高僧イムホテップは、死者の都ハムナプトラで生きたままミイラ化されるという究極の刑“ホムダイ”に処される。彼の怨念は再びその棺が開けられる時まで、神殿の地中深く眠ることになったのだ……。それから3000年の月日が流れた今、伝説と化したハムナプトラを目指す人々の姿があった。ある者は古代エジプトの秘宝のため、ある者は学術的調査のために、この失われた砂漠の都に向かっていたのだ。だが彼らは知らない。そこに悪鬼と化したイムホテップが眠る事を。そして3000年の呪いが解き放たれた時、エジプトは10の災いと共に魔都と化すのであった……。(allcinema ONLINE)

【感想】
公開当時、「インディ・ジョーンズ」の二番煎じか、と思ってしまったために、このシリーズは見ていませんでした。

エジプトで「イムホテプ」さんに出会い、彼が出ている映画なら見なくちゃ、と思って急遽見ました。

でも、あのイムホテプさんとは違うと思うなあ。
あのイムホテプさんは、ジョエル王の宰相だから、紀元前2600年頃の人で、映画のイムホテプはセティ1世の宰相だと言っていたから、紀元前1300年頃の人のようです。

でも、そこは置いておいて、たしかに人気があるのはわかりました。
VFXがすごいですよね。
そして、その背景や小物に、エジプト所縁のものがいっぱい出て来るので、それもとても楽しかったです。

特典に、特殊撮影の種明かしも詳しくはいっていて、技術的なこともたくさんわかりました。
映像を作る技術ってすごいですね。

エジプトはロマンですよねえ。
「ハムナプトラ2/黄金のピラミッド」も見なくちゃ!!
コメント (6)
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フォー・クリスマス

2010-02-15 10:56:28 | 映画ーDVD
ーフォー・クリスマスー
2008年 アメリカ
セス・ゴードン監督 ヴィンス・ヴォーン リース・ウィザースプーン ロバート・デュヴァル ジョン・ファヴロー メアリー・スティーンバージェン ドワイト・ヨーカム ティム・マッグロウ クリスティン・チェノウェス ジョン・ヴォイト シシー・スペイセク

【解説】
結婚に興味はないが、ブラッドとケイトは幸せいっぱいのカップル。
毎年クリスマスシーズンには、わずらわしい家族づきあいからとんずらを決め込み、飛行機に乗ってトロピカルなヴァカンスへ。
離婚した双方の親や、兄弟姉妹、甥っ子姪っ子たちの前から姿を消していた。
ところが今年は、赤鼻トナカイのピカピカの鼻も見えないほどのひどい濃霧が発生。
飛行機が飛ばなくなってしまった!
仕方なく、4つの家族それぞれとクリスマスを祝うことになった2人だったが…。
さあ、ハチャメチャで大騒ぎの1日が始まった。
ヴィンス・ヴォーン、リース・ウィザースプーン主演。
豪華なオールスターキャストで贈る、パワフルな抱腹絶倒コメディー。(アマゾンより)

【感想】
この映画、全米2週連続1位。ニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマンの「オーストラリア」を抑えての快挙。
なのに、日本未公開。
ヴィンス・ボーンが人気がないからかなあ。
私はヴィンスのおとぼけキャラが好きだけどなあ。

ブラッド(ヴィンス・ボーン)とケイト(リース・ウィザースプーン)は理想的なカップル。
結婚はしたくないし、子供にも興味がない。
自分たちの楽しむための相性がバッチリ。

アメリカではクリスマスはどんなに離れていても、家族と過ごすというのが定番。
でも、ここ数年二人は親にでたらめな理由を付けて海外で遊んでいた。
今年は濃霧で飛行機が欠航、それを生中継されちゃったものだから、二人の両親にばれて、会いに出かけることになった。

この二人の両親はともに離婚していて、つまり、4つのクリスマスを過ごすということで、タイトルの「フォークリスマス」となります。

また、ふたりの両親の配役がすごい!!

☆ネタバレ
ブラッドの父親(ロバート・デュバル)の家には、ブラッドの二人の弟(ジョン・ファブローとティム・マックロウ)が家族を連れて帰ってきていました。

全員がすごい格闘技好き。
体はでかいが、運動神経のなさそうなブラッドとは確かに合わなさそう。
甥っ子たちにもバカにされてしまうありさま。

ここで、ブラッドの本名が「オークランド」だということがわかる。
「なんで、教えてくれなかったの?」と不信を抱くケイト。

次に向かったのが、ケイトの母(メアリー・スティーンバージェン)の家。
ケイトの祖母や姉妹や子憎たらしい姪や赤ん坊の甥がいた。
ここでは、ケイトが小学生のときダイエットキャンプに行くほど太っていたことがばれて、ブラッドに「秘密があるのはお互い様だ」と言われてしまう。

次はブラッドの母(シシー・スペイセク)の家。
ここには、ブラッドの親友が母の恋人として一緒に暮らしていた。
ブラッドにとって、それは赦しがたいことだった。

この両親たちを見て、ケイトもブラッドも家庭に対する憧れを失っているのだが、ケイトにはまた別の感情がわき上がっていた。

自分たちにもみんなと同じように、子供や家庭が持てるのではないかという希望だった。
でも、ブラッドはその考えに鼻も引っ掛けない。

ケイトは「あなたが悪いわけじゃない、私が変わってしまったの。もう二人でいられない」と、ケイトの父親(ジョン・ボイト)の家の前で別れてしまう。

家に入って、ケイトはびっくり、父と母が姉夫婦と孫を囲んで座っていた。
この娘が1歳の時から、二人は集まるようになったそう。
ますますケイトは家庭への思いを強くする。

そこへブラッドが戻ってきて、告白します。
「いますぐじゃないけど、結婚して子供を作ろう。一緒に生きて行くのは君しかない」

ーというハッピーエンドですが、とにかく、脇を固める大御所たちが、すごい下ねたをばんばん言うのにびっくりします。
しかも、嫌みがないのね。
アメリカ人は普段こんな会話をしているのかなあ。

特典にNGシーンがついていましたが、こんなメンバーの中で、吹き出さずに演技できる方が不思議だと思いました。

とっても、楽しんで見られるラブコメディーでした。
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おとうと

2010-02-14 11:27:01 | 映画ー劇場鑑賞
ーおとうとー
2009年 日本
監督=山田洋次 キャスト=吉永小百合(高野吟子)笑福亭鶴瓶(丹野鉄郎)蒼井優(高野小春)加瀬亮(長田亨)小林稔侍(丹野庄平)森本レオ(遠藤)茅島成美 田中壮太郎 キムラ緑子 笹野高史(丸山)ラサール石井 佐藤蛾次郎 池乃めだか 小日向文世(小宮山進)横山あきお 近藤公園 石田ゆり子(小宮山千秋)加藤治子(高野絹代)

【解説】
女手一つで娘を育ててきた姉と、大阪で芸人にあこがれながら破天荒な暮らしを送る弟との再会と別れを描く家族ドラマ。10年ぶりの現代劇となる山田洋次監督が市川崑監督の『おとうと』にオマージュをささげ、戦後に生まれ育った姉弟のきずなをバブル景気直前に生まれた娘を通して、現在と今後の日本の家族の姿を映す。主演を吉永小百合が務め、その弟役を笑福亭鶴瓶が好演。笑いと涙にあふれた家族の希望と再生の物語に胸が熱くなる。

【あらすじ】
夫を亡くした吟子(吉永小百合)は、東京のある商店街にある薬局を女手一つで切り盛りしながら娘の小春(蒼井優)を育て、義母の絹代(加藤治子)と3人で暮らしていた。やがて、小春の結婚が決まり、結婚式当日を迎えるが、吟子の弟・鉄郎(笑福亭鶴瓶)が紋付はかまで大阪から現われ、披露宴を酔っ払って台なしにしてしまう。(シネマトゥデイ)

【感想】
寅さんシリーズとテーマは同じかなあ、と思っていました。
「賢兄愚弟」の変形。

☆ネタバレ
でも、鶴瓶さん演じる鉄郎は寅さんとは違っていました。
寅さんは、お酒にも女にもばくちにも溺れることなく、自分の美学を貫いていたけど、鉄郎という人は、流されるタイプで、本当に厄介な人でした。
そして、彼の終末は、惨めなものでしたが、福祉の網にかろうじて救われ、吟子さんや姪の小春(蒼井優)に見守られながらの最後となり、少しはほっとできました。

吉永小百合さんが演じる吟子は、基本的にさくらと同じ。

そして、ストーリーはあまりにベタでした。
なので、手放しにお勧めはできません。
ただ、劇場の中が、今まで経験したことないほど、温かで素敵でした。

観客は、ほとんどが大阪のおばちゃんで占められていました。
ここは、通天閣のお膝元、天王寺の映画館。

始まる前まで、暗くなっても本編が始まるまで、大きな声でおしゃべりが止まない。
でも、始まって、森本レオさんと笹野高史の掛け合い漫才のような会話から、観客もスクーリーンに集中して行きました。
二人の会話に突っ込みまで入れる人がいて、笑いをこらえるのにみんな必死。

それから、しんみりした話になると「ふん、ふん」とうなづきながら聞いています。
そして、クライマックスの涙。

「みんなええ人やなあ」
この人情味が、すごかったです。
この劇場の中に「山田洋次さんの世界があったんだ」と感じて、とても温かい気持ちになりました。

劇中に「鉄郎のような厄介な人が、親戚には必ず一人はいる」というセリフがあったけど、みなさん、心当たりがあるんでしょうか。

劇場を出たら、ヒョウ柄コートの厚化粧のおばさんが。
私も立派な大阪のおばちゃんの一人ですが、上には上がいてはりました!!

恐るべし、大阪のおばちゃん。
コメント (11)
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50歳の恋愛白書

2010-02-13 22:41:17 | 映画ー劇場鑑賞
ー50歳の恋愛白書ーTHE PRIVATE LIVES OF PIPPA LEE
2009年 アメリカ
レベッカ・ミラー監督  ロビン・ライト・ペン(ピッパ・リー)アラン・アーキン(ハーブ・リー)マリア・ベロ(スーキー・サーキシアン)モニカ・ベルッチ(ジジ・リー)ブレイク・ライヴリー(若き日のピッパ・リー)ジュリアン・ムーア(カット)キアヌ・リーヴス(クリス・ナドー)ウィノナ・ライダー(サンドラ・ダラス)マイク・バインダー(サム・シャピロ)

【解説】
良き妻で良き母でもある50歳の女性が、新たな愛に目覚めると共に新しい人生の始まりを迎える姿を、豪華キャストで描く人間ドラマ。ヒロインは『美しい人』のロビン・ライト・ペン、彼女の若かりしころを人気テレビドラマ「ゴシップガール」のブレイク・ライヴリーが演じる。監督は脚本家のほか映画監督や小説家としても活躍するレベッカ・ミラー。心の病や母娘の確執、パートナーとの関係を絡めながら、出会いと人生の機微をとらえたストーリーに引き込まれる。

【あらすじ】
誰から見ても理想的な女性、ピッパ・リー(ロビン・ライト・ペン)。50歳まで美しく年を重ね、夫ともうまくいっていた。しかし、若いころのピッパ・リー(ブレイク・ライヴリー)の人生は波瀾(はらん)万丈だった。そして現在、幸せながらも物足りなさを感じていたピッパ・リーだったが、15歳年下のクリス(キアヌ・リーヴス)と出会ったことから変化が訪れる。

【感想】
この邦題はおかしい。
「THE PRIVATE LIVES OF PIPPA LEE」
ピツパ・リーのプライベートな人生ーこのタイトルのままの内容でした。

「50歳の恋愛白書」なんて、どう考えたら出て来るのかしら?
そんな一般的なことではないです。
極めて個人的な話。

☆ネタバレ
引っ越しパーテイーで、ピッパ・リー(ロビン・ライト・ペン)は成功した編集者、ハーブ・リー(アラン・アーキン)の謎めいた妻と、作家のサム(マイク・バインダー)に讃えられていました。

美人で、でしゃばらず、料理がうまい。

でも、ピッパの人生はそんなに簡単ではなかった。

ピッパは母スーキー(マリア・ベロ)の溺愛を受けて育った。
母は、太ることを恐れ、薬中毒だった。
思春期を迎えたピッパ(ブレイク・ライヴリー)は、母に反抗し、家を出た。

叔母の元に身を寄せたが、叔母のルームメイト・カット(ジュリアン・ムーア)の影響で、芸術家の仲間入り。
つまり、薬付けの毎日を送ることになった。
そんなある日、母は突然死んでしまった。
ピッパと和解することなしに。

そんな中でハーブに出会った。
地獄に仏、ピッパは救われたと思った。

ハーブは当時、すでにジジ(モニカ・ベルッチ)と2回目の結婚をしていたが、ピッパを見初め、ジジに別れ話を切り出した。
ジジは、サムとピッパを招いてのランチの最中、ピストル自殺をした。

ピッパはハーブと結婚したが、その事実が生涯ピッパを悩ませることとなる。
ピッパは男の子と女の子の双子に恵まれるが、娘とは感情的になかなかうまく折り合えない。
自分が母とうまくいかなかったことが原因かもしれません。

これが、サムの言う、ピッパの謎めいたところでしょうか?

ある日、離婚した35歳の男が、彼の実家に帰ってきました。
クリス(キアヌ・リーヴス)です。
胸にキリストの入れ墨をした男。
過干渉な母親に育てられて、他人との関係をうまく保てない人です。

ピッパの家の台所で異変が起きます。
夜中に誰かがケーキを食べているのです。
突き止めるためにカメラを設置して見てみるとーハーブがぼけたのでしょうかーいえいえ、ピッハでした。
夢遊病に罹っていたのです。

たくさんのストレスがかかっていたのでしょうね。

ハーブは過去に2回も心臓の発作を起こして、それを理由に引退したはずでしたが、まだ隠居は無理と言って、事務所を借りました。
その事務所で、サムのパートナーでピッパの友達、サンドラ(ウィノナ・ライダー)と浮気をしてしまうのです。

そして、「君は僕を年寄り扱いする。僕は男だ。サンドラと結婚するから、君とは離婚だ!!」

ピツパは傷つきますが、一方ではジジからの呪縛から解き放たれたようなのびのびとした気分になります。

ピッパが家を出ようとしたそのとき、ハーブが心臓の発作を起こして脳死状態になってしまいます。

そこは、夫婦で家族です。
遠方にいた娘を呼び戻し、娘とも和解して、みんなそろってハーブを看取りました。

さて、長い間見失っていた自分を、やっと取り戻したピッパ。
クリスとともに旅に出ます。
きっと、新しい自分と出会う旅になるのでしょう。

私も母と暮らしていますが、いろんな葛藤があります。
それをふまえて、娘とは一生うまくやっていきたいという切実な思いもあります。

母も、80歳を過ぎても、自分の母を恋しく思うこともあるのでしょうか?
きっとあるでしょうね。

母に優しくしてあげたい、それは一生の願いであり、なかなか叶えられない願いです。
簡単なことだと思うでしょう?
それがねえ…

この映画は、そんなことを考えさせられて、身につまされるいい作品でした。
邦題みたいに、恋愛の話じゃないですよ、母と娘の深遠なる思いがテーマでした。

でも、そんなことを考えているのは私だけなのでしょうか?
みんな、お母さんとはうまくやっているのかなあ?
いいなあ…。

ロビン・ライト・ペンはまだ44歳、でも、しわややつれを強調して、うまく演じていました。

キアヌは46歳なのに、35歳、ロビンより15歳年下の役。
ま、これはこれでいいかも。

アラン・アーキンも精力的な男をうまく表現していました。

一番おかしかったのが、ウィノナ。
かなり笑わせてくれました。うまいねえ。

忘れてはいけない、ブラッド・ピット製作総指揮。
原作と監督のレベッカ・ミラーは作家のアーサー・ミラーの娘で、俳優のダニエル・デイ=ルイスの妻です。
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