ーもうひとりの息子ーLE FILS DE L'AUTRE/THE OTHER SON
フランス 2012年 101分
ロレーヌ・レヴィ監督・脚本 エマニュエル・ドゥヴォス (母オリット)パスカル・エルベ (父アロン)ジュール・シトリュク (息子ヨセフ)マハディ・ザハビ (息子ヤシン)アイリーン・オマリ(母ライラ)ハリファ・ナトゥール(父ザイード)
【解説】
ユダヤ系フランス人のロレーヌ・レヴィが監督と脚本を担当し、第25回東京国際映画祭で東京サクラグランプリと最優秀監督賞に輝いた感動作。イスラエルとパレスチナという対立関係にある家族の間で、取り違えられた子どもをめぐる困惑の日々を描き出す。『リトル・ランボーズ』のジュール・シトリュクが悩める息子を演じ、母親を『リード・マイ・リップス』などのエマニュエル・ドゥヴォスが好演。苦悩しながらも前進しようとする彼らの姿に希望が宿る。
【あらすじ】
イスラエルで暮らすフランス系ユダヤ人家族の一人息子ヨセフ(ジュール・シトリュク)は、兵役のために健康診断を受ける。その結果、医師である母親(エマニュエル・ドゥヴォス)は、息子とは血がつながっていないという衝撃の事実を知ることに。ヨセフが生まれた病院のミスで、パレスチナ人家族の息子ヤシン(メディ・デビ)と入れ違っており……。(シネマトゥデイ)
【感想】
赤ちゃん取り違え事件は、いついかなる状況でも二つの家族にとって深刻な問題ですが、この2つの家庭に起こった取り違え事件ほど、深刻な事件はないでしょう。
イスラエル人とパレスチナ人の夫婦の間で起こった、あり得ない赤ちゃん取り違え事件。
二つの家庭はこの問題をどう解決していくのでしょう。
ユダヤ人として育ったパレスチナ人のヨセフと、パレスチナ人として育ったユダヤ人のヤシンは、自分たちの出生の秘密を知り、どう生きていくのでしょう。
その大きな悲劇を、この作品は希望に変えてみせる力のある作品でした。
日本人にとって遠い国の問題になりがちなイスラエルとパレスチナの問題。
この作品を通して、少し考えるきっかけにしてはいかがでしょう。
イスラエルで暮らす18才のヨセフは兵役のため身体検査を受けた。
父のアロンは職業軍人で大尉だ。
でも、ヨセフは退役後はミュージシャンになりたいと思っている心優しい青年。
母は医者をしている。
母の元に届いたヨセフの資料に、血液型が違っている、夫婦の子供では出るはずのない結果がもたらされた。
不機嫌になる夫のアロン。
自分の浮気を疑われている?
でも、そんなことはあり得ない。
やがて、産院での取り違えと判明。
出産の次の日、湾岸戦争が起こり、空爆を恐れた病院側が保育器ごと赤ちゃんを避難させ、そのあと取り違えが起きたのだ。
ヤシンの母は姉をたずねてこの地に来ていたが、予定より早く産気づいて赤ちゃんを産んだ。
取り返しのつかないあまりにも重大な事実。
父親たちは口をきく事無く、この事実を闇に葬りたいと願う。
でも、母親たちは我が子に会いたいと願う。
父親たちの気持ちもわかる。
ユダヤ人の父は兵隊としてパレスチナと闘う立場の人、いわば相手の家族は敵で状況が整えば殺してしまう側の人。
パレスチナの父は、土地を奪われ、今はガザ地区のイスラエルが作った塀の中で暮す人。
技術者だったのに、今は修理工のようなことをし、貧しいながらも子供たちを育てている。
イスラエルには恨み100倍。
やがてヨセフとヤシンにも事実が告げられる。
アラブ人とわかったヨセフは兵役免除となるが、周囲には理由を伏せられたので、友達とも溝ができてしまった。
ヤシンはパリで勉強していて、大学合格が決まったばかり。
医者になり、ガザで診療所を開く夢を持っている。
ヨセフはユダヤ教会のラビに相談するが、「ユダヤ人でないとユダヤ教を信じることができない」と閉め出され、うろたえる。
ヤシンは、仲の良かった兄から拒否され苛立つ。
アイデンティティが揺らぐ。
生まれてからこのときまで、信じて疑わなかった価値観が崩れていく。
母たちは愛情を持って二人の息子を受け入れ、息子たちの間にも友情のような感情が芽生える。
ヤシンの兄も、ヨセフに心を開くようになった。
父たちも、息子を愛しているという事実がこの問題を乗り越えようとする力に変わる。
二つの家族はこの事実を受け入れようと努力を始めた。
この映画を見ていて、取り違えてもわからない人種の違いって何だろうと思いました。
生まれながらの問題ではなく、歴史や宗教観の違いが二つの民族を隔てているのがよくわかります。
ガザ地区をとりまく高くて大きな壁。
あれこそが、平和を疎外する心の壁を具現化しているものです。
また、イスラエルの発展と、パレスチナ人の貧しさも際立っています。
でも、都市の繁栄と心の豊かさはまた別問題で、パレスチナ人のおばあさんたちのおおらかさや、子供たちの屈託ない笑顔に救われたりします。
また、ヨセフが不良たちにたかられて刺される事件もあり、テルアビブという都会の治安にも不安を感じました。
私がパレスチナ問題を知ったのは高校生の時。
あれから40年以上も経つのに、この問題はちっとも解決しないどころか、さらに悪くなっているようです。
2014年にもイスラエル軍のガザ侵攻があり、パレスチナ市民がたくさん犠牲になりました。
ヤシンの家族は無事だったのかと、それも気になります。
日本の、こんな安全な土地にいてパレスチナ問題を言うのも気が引けることですが、ヨセフやヤシンのような若者が、民族の壁に妨げられず、自分たちの能力を生かして自由に生きていくことを願って止みません。
まず、知ること。
この映画は、親と子供のお互いを思いやる情愛を描いて秀逸でした。
お勧めします。