蔓延する偽物 日本の現状 2 宗教

蔓延する偽物 日本の現状 2 宗教         2008.2.6. 金森正臣

 昨年は度々日本に帰った。家に帰ったら、「仏教新発見」と言う週間雑誌があった。新聞社が発行した、A4版ぐらいの雑誌である。毎号巻頭言に、瀬戸内寂聴さんが書いていた。又先日、カンボジアで見ているNHKで、瀬戸内寂聴さんと鎌田實さん(マスコミで有名なお医者さん)とで対談をしていた(私はあまりマスコミに明るくないので、名前などが間違っているかも知れない)。

 週刊誌の巻頭言「釈迦の言葉」も、何冊か読んでみたが、どれもなんだかしっくりしない。本当の仏教とはどこかずれている。瀬戸内さんは、以前は売れっ子の作家で、瀬戸内晴海さん。今東光さんとう言う、作家でお坊さんについて出家したのだと記憶している。私は、芸能やこの手の情報には暗いことを自負しているので、間違っているかもしれない。出家するのに重要なのは、真の指導者に付くことである。

 瀬戸内さんの人気は、相当なもので、新たに開いた寂庵寺の説法には、入れないほどの人が集まると聞くし、先日も愛知県の桐朋大学であった彼女の講演には、300人の定員に4000人もの応募者があったと聞く。又彼女の書物も、良く売れていると言う。人気が有ることは作家としては、立派なことである。しかし、得度してお坊さんとして仏教を語るには、ずれていることが残念。人気が有って、仏教のことを話して下さることはそれなりに、仏教に縁を繋いでもらえる人もいるのかも知れない。しかしお坊さんが、本質をずれて解説することは如何なものか。

 日本の仏教は、大きな教団を作り、葬式を司る事で、日本人の中に定着してきた。宗教が人々に安心を届けることは、重要な役割である。しかし、安易な安心で本質を外れることは、本来ではない。日本の仏教には「一盲、群盲を引く」と言う言葉があり、仏教に暗いまま、指導することを厳しく禁じている。親鸞聖人でさえ、「弟子一人も持たず」(弟子を持つほど仏教を知らないと言う意味が込められている)、と言ったほどである。大乗仏教は、修行にこそ本質がある。現在の日本には真の指導者は、両手の指があったら余ってしまうほどしか居ないらしい。ここでも日本は、偽者が横行している。最もお釈迦様も、仏教が真に理解されるためには数千年の時が必要だと、予見しておられるのだから、現在は仕方が無いのかもしれないが。
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蔓延する偽物 日本の現状 1 食べ物

蔓延する偽物 日本の現状 1 食べ物         2008.2.6. 金森正臣

 昨年は日本に、偽物が蔓延していた事を知る良い機会であった。ミートホープのひき肉から、比内鳥、カト吉や船場吉兆など、次から次にいろいろなものが出てきた。これ等はいずれも、原材料の偽物。「白い恋人」や「赤福」は、賞味期限の偽装。

 これ等の多くは、消費者には分からず、愛用されていた点である。内部告発が無ければ、表面化はもっと時間がかかったのであろう。消費者は、偽物を食べさせられても、見分けができなかったと言うことである。消費者の、愚かさが表面化したということであろう。有名商品に頼っている味覚は、自分の味覚がしっかりしていないからである。だいたい加工食品は、あまりまともな味に会ったことが無い。加工食品で有名であっても、自分の調理したてのものより、美味いものにあったことはあまり無い。原材料でも、例えばこの時期はカキであるが、20年以上前から有名産地のカキをあまり買わない。海が汚れ過ぎて(カキはある程度汚れたほうが良く育つが、汚れ過ぎると酸欠でやせて良くない)、少量生産の無名な場所のカキに見劣りすることが多い。

 鶏肉の味で言えば、ここしばらくは、日本でまともな味に出会ったことが無い。だいたい日本人は、柔らかいのが好きで、極力運動させないことになる。ブロイラーが好例で、それ以外は硬くなる。アフリカやカンボジアの鶏で、柔らかいのはあまりいない。アフリカの鶏などは、毎日自由に走り回り、夜は家の屋根に上っているので、かなり硬い。アフリカのフィールドでは、食材が自由に手に入らないから、長持ちする生きた鳥を数羽買ってキャンプで飼っていた事がある。食べる段になって、追いかけ回したら300mぐらい飛び、川の向こう側に行ってしまった。あきらめていたら夜になって、キャンプに戻ってきた。ネコ科やイヌ科の動物、マングースなど捕食者が多くて、キャンプが安全と思ったらしい。結局捕まって食べられてしまった。カンボジアでもアフリカでも、人々はあまり餌をやらない。鶏は、勝手に餌を探さなければならない。ますます硬くなる。でも味は噛めば噛むほど出てくる。特に1-2日ユックリ焼くと、格段味がよくなる。ナントカ・フライドチキンとは、別物の様な気がする。味まで偽物になっている。最近は、年を取って歯が弱くなってきたので、柔らかいのは有り難いのであるが。

 マスコミは正義の味方のように、偽装した会社などを非難して終わった。しかし問題になるのは、本当は消費者である。自分を見失っており、他者の評価に頼っているから、この様な現象が起こるのであろう。商品の消費については、それでもたいした問題は起こらないが、自分の人生については、判断が借り物では済まされない。自分を見失って人まねだったら、人生を生きる意味が無くなる。
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