はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

伯父の筆跡

2021-04-12 16:09:23 | はがき随筆
 彼岸前の仏壇掃除で、20歳で戦死した伯父が戦地から妹に送った絵はがきを見つけた。使われずに、引き出し奥に大切にしまい込まれてあった。
 初めてみる伯父の筆跡だ。「満洲国奉天市陸軍官舎興亜寮第三号室18.4.18」とあった。声が聞こえたような感覚に襲われ、身震いがした。文字は一つの乱れもなく、ペンの強い筆圧に兵士としての覚悟が感じ取れた。寮の薄暗い部屋で妹の名を書く姿が浮かび、ふるさとを思う気持ちが伝わってくるのだった。
 約80年の時を経て、伯父は私のなかで大きな存在となった。
 宮崎市 磯平満子(65) 2021/4/7 毎日新聞鹿児島版掲載

南蛮手毬

2021-04-12 15:58:43 | はがき随筆
 天草から近所に引っ越してきたおばあさんが、菊花模様の糸手毬を持って挨拶に来た。「これはどうしたのですか」と聞くと「この南蛮手毬は私が手作りしました」と答えた。「教えてもらえませんか」と頼むと気やすく応じて来宅し、3種類の模様を指導してくれた。私は病みつきになって針を扱い、10種類ほどの模様を考案した。その毬が毎日ペンクラブ熊本の機関誌せんばの表紙に掲載されていたのがうれしかった。
 天草で四郎の初恋という柿餅を買った時、袋に天草四郎は恋人の路香に大切な手毬を託して旅立ったと書いてあった。
 熊本市東区 竹本伸二(92) 2021/4/6 毎日新聞鹿児島版掲載

喜寿と古希なれど

2021-04-12 15:48:26 | はがき随筆
 歌舞伎座は、昨年8月に上演を再開し、4部制で1時間程度の舞踊や、通し狂言の中の1幕だけを上演した。年末まで毎月通い、四つの部を朝から夜まで観たのである。
 1月からは、2演目を組み合わせて2時間前後の3部制に。玉三郎丈が在東京でなかったのでパスしたが、2月は再訪。当月の第2部に大いに期待。2演目とも仁左衛門丈とお玉さんの共演である。芝居では、珍しく悪女を演じた玉三郎丈。
舞踊では艶やかな芸妓。絵になる2人の姿にうっとりするが、喜寿と古希のご両人、美し過ぎる。眼福、眼福、と拝んでしまうほど。
 鹿児島市 本山るみ子 2021/4/5 毎日新聞鹿児島版掲載

山桜

2021-04-12 14:47:14 | はがき随筆
 さくらが咲いた。うれしいなあ。父が亡くなって20年もたつのに桜が咲くと、風の中にも父の気配を感じられ、心浮き立つ。
 特に山桜の頃、父は朝早くから山を眺めるのが常だった。目安の木に花が咲き始めると、農作業を始めるのだった。
 若い頃の父は、それは元気で力持ちで、とても怖かった。50代の頃から病に伏したが、山を眺める習慣は変わらず、その後ろ姿には、なすすべもなく荒れてゆく田んぼを憂える父の悲しみが見えた。
 晩年弱々しく笑う父は、物足りなかった。風に乗って大きな父の声が聞きたい。
 宮崎県日南市 永井ミツ子(73) 2021/4/4 毎日新聞鹿児島版掲載

2021-04-12 12:11:01 | はがき随筆
 春の風に変わろうとしているのかしら? 芽吹きや花芽を確認して歩く回数が増えた。コロナ禍の今、ゴルフも麻雀も自粛している。そして、旅も計画ばかりで実行できない。読書の区切りのいいところで庭に出る。咲き遅れの侘助が白い花を散らしている。梅が咲き、河津桜も圧倒的な花を見せ始めた。都会の荒々しい風の中に身を置いた経験から思うと、いま感じる風は肌に、心に優しい。人生の至福の時を過ごしているのかもしれない。
 花ゆれて めじろ逆立ち春霞
 我が家の越冬つばめも、早春の風を感じているのかしら? 
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(81) 2021/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載

舞野は素敵

2021-04-12 11:59:49 | はがき随筆
 舞野は夫の郷里である。振り返ると20年を暮らしている。行縢山の滝が家の敷地から見え、時間は緩く流れる。田の道を駆けた少女が妙齢の女性になり、酔っ払って玄関の戸をたたいたご老体は既に大往生。人は生まれ成長し老いて死ぬ。そんな当たり前の姿を見せてくれる。
 前は都会が好きだった。駅や地下街の雑踏。見上げるビル群。華やかな劇場。
 けれど今私は旧暦の息づくくらしを手に入れている。1年を24等分した二十四節季、72等分した七十二候。啓蟄に入った。末候は菜虫蝶と化す。カーテンを引き、窓越しに遠く菜の花畑。
 宮崎県延岡市 佐藤桂子(73) 2021/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載

チャップリン

2021-04-12 11:52:24 | はがき随筆
 日めくりに最悪だという時は最悪でないと書いてある。まさにその通り。最悪は予告なしに矢のように飛んでくる。日暮れに玄関で足をすべらせ下駄箱でめがねが粉々になり、額が切れてポタポタ血が足元に。救急車で運ばれ目の上を7針縫うことになった。顔は青くはれてお岩さんになり、体はあちこち痛くなった。今では家の中でも杖をついている。コトコト杖の音で思い出した。昔友達と何度も見てまねをしていたモダンタイムス。思っただけで心が弾んで来た。雨に唄えばのタップもよかったなあ。杖でリズムを取ってみる。
 熊本県八代市 相場和子(94) 2021/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載

近況と塩湯

2021-04-12 11:41:10 | はがき随筆
 ちょっとの不注意で愛車を傷つけ、以後運転禁止。米寿、叙勲などの後、油断大敵、好事魔多し。不自由な日々を嘆いています。でも電動自転車のお蔭でグラウンドゴルフや近くの温泉には通えます。この温泉はかつて赤湯と呼ばれた歴史ある古湯で、塩を含んでいます。肩こり腰痛神経痛など効能たっぷりで人々に親しまれています。この温泉では源泉を時間をかけて蒸発させ、塩を作っています。温泉から製塩の素晴らしいアイデアで、料理はもちろん自家風呂に入れ、自分専用の温泉にと役立っています。ちなみに塩の名は「富の塩」。こうご愛用。
 鹿児島県姶良市 宇都晃一(88) 2021/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載

歩く楽しみ

2021-04-12 11:31:02 | はがき随筆
  めっきり足腰が弱る。家にこもって、街歩きも少ない。ふと「自転車なら、どこまでも行くぞ」と強がっていた親父を思い出した。膝関節を痛め、歩行は無理。自転車で買い出しにも出かけていたが。親父と同年になり、初めて味わう老いの苦しみなのかもしれないなあ。
 廃車した今、買い出しは歩くかバスに乗るかしかない。三密を避け、リュック姿で。昔は親父に叱られた。「困苦欠乏に耐えろ」が口癖。辛抱したよ。まだ親父よりは丈夫な歩きぶり。妻も「父さんを見習って頑張れ」と発破をかけるし。ヨタヨタ歩きはみっともないからなあ。
 宮崎市 原田靖(80) 2021/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載

ダブルプレゼント

2021-04-12 11:21:52 | はがき随筆
 「どこかに紛れ込んでいたのか、手違いでお届けするのが遅れ、申し訳ありません」。1月下旬、旧友からの年賀状を手にした配達員が恐縮している。確かにスタンプは3.1.とある。肝心の最後の日はよく読めないけれど「どうぞ、ご心配なく」と言いながら受け取る。
 鳥のカービングが趣味で、今年のデザインはオシドリのつがい。八十路を超えてなお制作意欲に衰えを見せぬエネルギー。一方で、黙って郵便受けに入れておいて差支えないはずの配達員の誠実さにも改めて感動。はがき大好き人間には想定外のダブルプレゼントになった。
 熊本市東区 中村弘之(84) 2021/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載

勘違い

2021-04-12 11:12:47 | はがき随筆
 私たちは好き好んでマスクをしている訳ではない。コロナの蔓延を防ぐために不便でも我慢している。コロナの死者数が少ないのを民度が高いと失言し顰蹙を買った大臣と、マスクはいつまでつけておくのかと他人事のように居丈高に記者団に質問したのは同一人物のようだ。医療従事者の功労、ステイホームに耐える国民の姿を理解しているとは思えない。
 そういえば、日本は単一民族と失言し会見した折「誤解があるなら訂正する」としきりに言っていたが、そもそも誤解があったのは本人だけで我々に誤解はない。勘違いも甚だしい。
 熊本市北区 西洋史(71) 2021/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載の

小鳥たち

2021-04-11 17:14:21 | はがき随筆
 如月。午前6時過ぎはまだ暗い。懐中電灯で妻の前方を照らし散歩。明かりのある家はまばらである。しばらくすると山々の裏側から朝日が顔を出す準備で、空は薄化粧したかのようにピンク色に染まる。道沿いの林から小鳥たちがさえずり飛び回り、日が昇る散歩道で私の母校の小学校へ通う4年生と3年生の兄弟と出会う。「おはよう」と言えば「おはよう」と元気な二重唱が返ってくる。感じの良い兄弟だ。両親のしつけが垣間見える思いがする。小鳥のようにやがて希望の大空へ羽ばたいてくれそうで、小走りに行くランドセルの音が心地よい。
 鹿児島県出水市 宮路量温(74) 2021/4/2 毎日新聞鹿児島版掲載の

2個の時計

2021-04-11 17:04:19 | はがき随筆
 昔、我が家は小さい店を営んでいた。7人の大家族で朝昼晩に柱時計は必需品だった。振り子の横に家族の名が書いてあり、父が毎朝ネジを巻いていた。
 ポンポンと響き、カチカチと刻む。休むことなく時を知らせる時計は、家族の歴史を見守ってくれた。そして春、夏、秋、冬、1年、10年と過ぎ去って行く。
 腕時計は、父が外出の時だけ身につけていた。74歳で逝った時、病室の枕元でみとってくれた腕時計。私はそれを超える歳になった。今でも部屋の片隅に動かなくなった2個の古時計が置いてある。
 宮崎市 藤田綾子(75) 2021/4/1 毎日新聞鹿児島版掲載の

ペンクラブ

2021-04-11 16:52:44 | はがき随筆
 同じ趣味の仲間がいるということは何よりもうれしいことです。長い付き合いのはがき随筆の方々のお顔を思い浮かべながら拝読する朝が待ち遠しい限り。ペンクラブと聞くと敷居が高そうで尻込みしますが、ちっともそうじゃないとすぐにわかります。テストがあるはずもなく、ざっくばらんに話せます。講演を聞き、なるほどとうなずきます。初対面でも大丈夫です。「つどい」ではあちこちに話の花が咲きます。カラオケ、踊りもありで元気をもらてます。個人情報厳守で簡単に連絡がとれませんが、お仲間大募集中です。
 熊本県八代市 鍬本恵子(75) 2021/3/31 毎日新聞鹿児島版掲載