住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

大半の人は危険な場所に住んでいる

2018年07月08日 | Weblog
近年日本が受け続けている大災害を見ると安全な場所はないと思った方がいいと思うほどです。
安全を追求することが重要です。
危険ゼロの場所はありません。
 
私が子供の頃(1950年頃)育ったふるさとは台地の上で比較的安全でした。
台地に町ができていました。
長い間の経験知識で人々は安全地で生活していたと思います。
台地の北は森林に覆われた山、東、南、西は低地で広大な水田が広がっていました。
東の水田には排水のための小さいが結構大きい川が中央を流れ、南の水田にある大池に流れ込み、さらに南に流れて海に注ぎました。
江戸時代は干潟になるような浅い浦だったそうです。
川や大池を設け、周辺を排水して水田を開墾したそうです。
西の水田には大河が流れ、北の山から流れ下る水を集めて南に流れ海に注ぎました。
非常に高い堤防と台地の間の低地が広大な水田になっていました。
この水田は大河の上流部で水をとり、水田の中央部に設けた用水路に流し、要所々々で水田に水を供給する仕組みになっていました。
 
大雨が降ると水田はすべて冠水し、まさに大海原になりました。
道路も冠水しました。
 
父の話では、大河の堤防が決壊し、台地の西の水田が川となり、牛や家が流れていったのを見たとのことでした。
台地の西側は崖になっていますが、大河が台地を削った名残です。
 
その後、工業化で台地や低地に工場ができ、人々が集まって来てまず台地が住宅密集地になり、次に何と低地が住宅地になっていきました。
今では水田は消え、台地と低地からなる市になっています。
 
同窓会で毎年ふるさとに行き、同窓生の案内でふるさとのあちこちを訪問します。
大河の堤防強化、低地の排水強化、高波・津波対策をやっています。
多くの同窓生もこの低地に住宅を構えています。
冠水したことはないかと聞くと、ないと言います。
 
しかし、本質、私の子供の頃と比較して安全性はあまり改善されていないと感じます。
想定外の、あるいは記録的な大雨、高波・津波で冠水すると思います。
大河の堤防が切れない保証はありません。
 
何で低地を住宅地にしたのかと思いますが、町はなるようになるものだと痛感します。
危険な場所と思ったら移住できる人は移住した方がいいのですが、大半の人は今さら比較的安全な地に移住せよと言われてもむずかしいでしょう。
 
災害にあったらどうすると考えておくことが大事と思います。
災害に会わないと思う生き方は望ましくないと思います。
災害に会ったらその時はその時というのもよくないと思います。
 
今私が住んでいる町は横浜の台地の上にあります。
2009年から防災ボランティアをやり、町内会に防災委員会を設け、町の弱点を検討し、対策を企画実行しています。
これまでは大火災を心配して消火訓練に力を入れてきましたが、大地震による住宅などの倒壊、安否確認、救出救助などが次の課題と考え、町の防災ボランティア組織の拡充に努めています。
 
横浜は消防署がよく頑張っていると思います。
それでも災害が多発した場合は消防署は手が回りません。
横浜でも自分の町は町の人々でできるだけのことをした方がいいと思います。
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