住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

美しくする経費

2007年08月30日 | Weblog


日本の住宅と町は雑然としていることが多いと思います。
貧相な住宅や町が雑然としていたらより貧相に見えます。

整理整頓して不必要なものはしまうか、処分し、広々させ、外は適度に草木を植え、よく手入れするなら、かなり住宅も町も美しくなるのではないでしょうか。

私の家は戸建てとしては貧相な家に分類されると思います。
約30年前に何とか土地を買い、家を建てました。
8畳の和室がありますが、天井も壁も古くなり、かなり汚れています。
しかし、何も置かず、何も飾らず、すっきりさせています。

私はときどき家を訪問して来るお客様をこの和室で接待し、草木が植わっている前の庭を見ながら話し合いの時を持ちます。
整理整頓してあればそれほどみぐるしいと感じません。
反対に飾りのないすっきりした様に新鮮さを感じてもらえるのではないかと思っています。

お金をかけて美しくする方法もありますが、今あるものをよく整理整頓し、手入れして美しくする方法もあります。
後者の方法なら美しくするのにほとんど経費がかかりません。
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日本政府の観光立国論は甘くないか

2007年08月27日 | Weblog


より多くの外国人が観光に日本に来てくれることは嬉しいことですが、外国人からの観光収入を増やすために観光地を整備するという日本政府の観光立国論は甘いのではないかと心配です。

これまで観光産業を振興する目的で、莫大な投資が観光地に対して行われてきましたが、予想より観光地に行く日本人が少なく、投資は失敗、さらに観光施設の維持が困難というお話しが無数にあります。

そこで外国人に来てほしいということで、海外での宣伝を強化した結果、観光地に来る外国人が増えました。
しかし外国人は節約型のため、外国人がよく来るようになった結果、観光地におけるサービスが日本人に対してまで低下した面があります。

外国人観光客のための投資は、日本人観光客のための投資よりむずかしいのではないでしょうか。
観光産業について相変わらず日本政府の考えは安易という印象を持っています。

外国人がよく来てくれることを重視して観光地を整備すると、日本の美しさが失われる恐れがあります。
日本の美しさを追求していたら外国人がよく来るようになったというのが理想的です。

日本の自然は、保全を重視し、観光施設建設のための自然破壊は抑えるべきです。
歴史的遺産のある地域については、外国人の目を意識するのではなく、日本人の目を意識して整備すると、地域全体が日本文化の香りがするものになるでしょう。
都市部は外国人の目を意識して整備するともうちょっとましな町になるかもしれません。
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自民党は本当に変

2007年08月24日 | Weblog


安倍晋三総理が言う美しい国の意味がよくわからないということで自民党国家戦略本部が美しい国について議論するそうです。
この組織が重視する考えは次の四つだそうです。

1. 文化や伝統を大切にする国
2. 自由と規律の国
3. 技術革新で新たな成長と繁栄を歩む国
4. 世界に信頼され、リーダーシップのある国

強大国になりたいという欲望が見え見えです。
美しい日本の自然を保全するという思考は欠落しています。
雑然とした都市部を美しい町にするという思考は全くありません。

自民党国家戦略本部が美しい国について考えるなんてそもそも変です。
組織名に戦略という言葉があるように、強大国になる方法を考える組織でしょう。

昔日本は列強に伍したいと戦争を行い、隣国を占領し、最後は敗戦し、1千万人の単位の人が戦争で死に、生き残った人もアメリカの猛攻で廃墟になった町で死ぬか生きるかという苦しい生活を味わったことを忘れてはなりません。
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お墓

2007年08月20日 | Weblog


都市部ではお墓の供給が少なくて困っている人が多いそうです。
しかしお墓がほしいと思っている人は、お墓とは何かと考えることがあるでしょうか。

日本では死体は焼却します。
焼却の目的は衛生と小型化でしょう。
骨の形を残すのは遺族等の希望でしょう。
この骨の一部を骨壷に入れ、持ち帰り、お墓に埋葬します。
遺族等は、体全体を埋葬することはかなわないが、せめて体の一部をお墓に埋葬したいと思うのでしょう。

そのお墓を入手できないとなると、お墓は当然のことながら小型化します。
骨壷もさらに小型になり、骨ではなく灰を入れるだけになるでしょう。
最後は墓地にお墓を持つという慣習が消えてしまうかもしれません。

それはそれでいいと思います。
別にお墓は墓地になくてもいい訳です。
自分の庭や家の中にお墓があってもいい訳です。

それが気持ちが悪いと思うなら、ものは考えようで、心にお墓を持つという方法があります。
ここまで来ると目に見えるお墓は要りません。

さらにお墓という考えを捨て、故人の思い出を心に持つという方法があります。

山林を破壊して墓地を造成するより、保全するか、生きている人の住宅用地として開発した方がいいのではないでしょうか。
私は子孫のためにその方がいいと思っています。
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隣人に心を閉ざしていないか

2007年08月16日 | Weblog
よい住環境をつくるために住宅基準、町基準をつくることに賛成ですが、土地が不足している都市部ではどうしても基準は低いものになります。

たとえば隣地境界線から1m離して住宅を建設することにしてもよい住環境ができるかと言えばできません。
建てられた側はやはり圧迫感を受けるでしょう。
クーラーの熱交換器があれば熱気が吹き出してきて自分の庭木に悪影響があるのではないかと不安を感じるでしょう。
隣家が火事になったら延焼を防げないのではないかと心配でしょう。
騒音が伝わってきてうるさいと思うでしょう。
隣人が境界線近くをうろちょろすると、自分の庭にいることはもちろん、窓際に立つこともはばかるでしょう。

このような思いを持ちながらさらに隣人に反感を持つなら隣人との関係が冷え込むのは当然のことです。

ここはやはり江戸下町の町人の知恵が必要です。
窓を開けたらすぐ近くに隣家の窓があったとします。
昔は冷房がありませんから、隣家は開けっぴろげです。
そのとき彼らは見えても見なかったことにし、聞こえても聞こえなかったことにして、さりげなく隣人との付き合いを続けたそうです。

現代人は自分本意になっていますから、自分が他人に掛けている迷惑は気付かず、自分が受けている迷惑ばかり気にします。
これでは我慢が足りません。

都市部では、基準を上げる努力はするも、我慢すべきは我慢して、隣人と仲良く生活した方が、町は住みよくなると思います。
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自然エネルギーを生かすために

2007年08月14日 | Weblog
自然エネルギー利用は原子力と比較すると経済性がないと批判されていますが、放射性物質に対し不安を持ちながら原子力を利用しているのと、高コストでも安心して自然エネルギーを利用しているのとどちらが人生楽しいでしょうか。

自分のかねの使い方をみると結構無駄使いが多いことに気付きます。
かねの使い方を変え、エネルギーにもっとかねをかけると考えれば、高コストでも自然エネルギーをもっと利用できるかもしれません。

自然エネルギーの利用が増えればこの分野の技術開発も加速し、関連設備機器生産のコストダウンができます。
日本が自然エネルギー利用で世界一の技術を持てば世界は競って日本に学ぶでしょう。

自然エネルギーとは、水力、太陽エネルギーなどです。
水力は100万キロワットといった大水力ではなく、1万キロワットといった小水力で、山谷を大きく破壊することなく、山谷と調和する形で水路を設け、高効率小型発電機で水力を骨までしゃぶる感覚で利用する技術です。
日本の急峻な山地に適していると思います。

太陽エネルギーは、日本では太陽電池屋根で発電して利用するのがいいと思います。
住宅価格が高い日本では住宅を安く入手するため、太陽電池屋根を設けません。
政府はもっと補助金を増やして利用促進をした方がいいと思います。

都市部ではこうした自然エネルギー利用技術が生かせません。
地方の生活と産業を改善し、人々が適度に地方に分散して生活することが望ましい方向です。
その意味でも税の配分を地方に厚くし、人々が地方の生活や産業を重視するようになるように中央政府は誘導すべきと思います。
東京、あるいは関東が、なるがままに肥大化しているのはエネルギー面から見ても非常に危険なことです。
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国を守るのは森林

2007年08月10日 | Weblog


日本は人口密度が高い割には森林がよく保存されてきた方だと思います。
急峻な山が多く材木の切り出しが困難であったおかげですが、そのほかに人々の心の中に森林を大切にするという思いがあったからだと思います。
日本を守ってきたのは森林だからです。
森林は食料、水、燃料、材木を人々に供給してきました。
人々は森林に精霊を感じてきました。

ところが戦後、第二次産業が発達し、海外から食料や燃料や材木を輸入することが容易になりますと、政府も人々も日本の森林をちょっと軽視するようになりました。

しかし今情況は少しずつ変化しつつあります。
海外から燃料や材木を輸入することが次第にむずかしくなりつつあります。
炭酸ガス排出量が多すぎて地球環境悪化が問題になりました。

日本が世界を思うように変えることは不可能です。
日本はまず日本を変えることを実行すべきです。

森林を大切にする心を再認識し、森林と共に生きる生活を考えるべきです。
国有林のスギ、ヒノキの育成に出資し、伐採時に配分金を受け取る林野庁の「緑のオーナー(分収育林)制度」が失敗であったとのニュースが流れていますが、この程度の失敗で森林や林業の見直しを中止してはならないと思います。
林野庁の調査企画に問題があったと考えるべきです。
国を守るのは防衛省ではない、林野庁だという気概で林野庁は頑張ってもらいたいものです。

日本経済は都市部の人が支配的ですが、都市部の人も都市部に森林を増やす考えを持ち、森林の重要性を再認識するようになるといいと思います。
無機質な都市部での生活は人の心まで無機質にするでしょう。
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憎まれっ子世にはばかる

2007年08月07日 | Weblog
私が住んでいる町の町内会には下部組織として町の住環境問題委員会があります。
誰が委員なのかわからないまま設立後1年弱が経過しましたが、このほどやっと委員名が公表されました。
班別に見ますと、1人の委員も出ていない班が約50%もありました。
2班から1人出ているかと思って、1-2班、2-3班というように班をグルーピングして調べると、出ていないグループが約20%ありました。
そしてある班は何人も委員になっていました。
明らかに町のみんなで考える組織になっていません。

ところがこの委員会は勝手に規則をつくって住人を指導するという姿勢をとっています。
自分の基準を正しいとし、反する既存住宅とその住人を厳しく批判しています。
これでは町の住人を二分してしまいます。
住人の考えを集めるとか、住人に考えてもらうという姿勢がありません。
まずは現実を肯定し、これからどうするかという姿勢がありません。

これは異様です。
反感を覚え、この委員会を無視する住人が増えるのではないでしょうか。
まとまるものもまとまらないでしょう。

自分の考えを住人に押し付ける人(問題の人)が委員会を主導したからこういうことになってしまったと思います。
「問題の人」は打算的な行動ができる町で隠然たる力を持った人です。
民主主義が嫌いな人で、みんなで考えることを嫌がり、何でも自分の考えでやりたがります。
憎まれっ子世にはばかるで、町内会長も町内会役員会も、争いを嫌い、「問題の人」に町の住環境問題を任せる姿勢をとっています。
しかしこれまで住環境問題解決を「問題の人」に期待して裏切られて不愉快な思いをした住人はかなりの数に登ります。
力がある人が、さらに人々の考えも入れて民主的にことを運べば、より大きな力を発揮できますが、何でも自分でやろうとすると、自分の力には限界がありますから、達成できる目標も達成できないことが増えるからです。

多くの住人が無視するのでこの委員会は機能しないでしょう。
折角町の住環境問題を町内会の問題として検討することになったのに、「問題の人」が委員会を支配することになってしまったのは残念なことです。
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政府は社会の劣化に対応できていない

2007年08月03日 | Weblog


ある大手の住宅会社の人が話してくれましたが、都市部では収益性は戸建住宅より集合住宅の方がいいそうです。
そこで集合住宅に注力しているそうです。

地方から都市部への人の流れは、大きな流れですから個人や一会社の努力では変えることができません。
都市部での住宅需要は当然のことながら大きくなります。
しかし土地がありませんから集合住宅建設以外に対応する方法がありません。

すでに都市部では土地の値上がりが進んでおり、1990年頃の土地バブルを思い出すような動きになっています。
土地バブル現象は、いつまでも続くように見えますが、急に終わりを迎えて、その後10年単位で経済の停滞の原因になります。

都市部でも住宅は生活基盤として安定していることが望ましいのですが、時とともに住宅や町が大きく変化し、しかも経済の波を増幅する原因にもなって人々の不安要因の一つになっています。

集合住宅が多い町は、集合住宅が老朽化したときどのような町になるでしょうか。
集合住宅の建て替えは容易ではありません。
貧相になり、空き家が増えて、活気が消え、近くの店も繁盛しなくなるでしょう。
集合住宅だけでなく、その周りの管理も手抜が増え、次第に廃墟のようになるのではないでしょうか。

都市部の健全化のためには地方を元気にすることが不可欠です。
都市部への人口集中を止めなければなりません。
中央政府は農林業の見直しと工業生産維持を基本とした地方の産業政策を打ち出すべきと思います。
なるようになると考えていると、政府は長期的な社会の劣化に対応できません。
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