住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

大赤字の政府より原発を継続する政府の方がはるかに危険

2011年11月28日 | Weblog


日本にとって政府の借金問題より原発継続問題の方がはるかに深刻です。
小さな島国日本が放射能で汚染されたら私達は逃げ場がありません。
私達に放射能障害が出たり、子孫に遺伝子異常が出たりする恐れがあります。
日本の美しい環境を保全することは私達が生きるための必要条件です。

借金で政府が破綻しても私達がちゃんと生産していれば私達は生きることができます。
しかし私達は放射能汚染に対して打つ手がありません。

優柔不断であってはなりません。
既存原発はすべて危険原発です。
現時点で安全原発は一つもありません。
政府、電力会社、原発賛成者は原発事故が再びおこらないことに「かけている」だけです。
何の科学的根拠もないまま神が守ってくれると思っています。

「原発継続」を主張する野田佳彦内閣に私達の命を託すことは危険です。
第二次世界大戦において「戦争継続」を主張した軍部に命を託すのと同じことです。
もしそれをしていたら3発目の原爆を食らったでしょう。
第二の原発大事故を食らってはいけません。

日本は民主主義国です。
次の衆議院選挙で人々が原発反対者に投票すれば原発廃止を決めることができます。
野田内閣を捨て、原発廃止を決めるため衆議院解散を求めましょう。

民主党が駄目なら自民党ではなく、政党関係なく、原発反対者に投票しましょう。
原発をやめることは日本にとって最大かつ緊急課題です。
大赤字の政府より原発を継続する政府の方がはるかに危険です。
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お金の使い方を変えた方がいい

2011年11月25日 | Weblog


横浜市は経済を重視し、住環境、養育、教育、文化、医療を軽視してきました。
経済がよくなれば、自然に住環境、養育、教育、文化、医療もよくなると考えたのでしょう。
ところが経済はよくなりませんでした。
港に注力しましたが、港貿易は伸びませんでした。
そこで港の観光地化をやっていますが、これも投資効果はよくありません。

観光産業については幕末と明治、横浜が文明開化の港になった歴史を観光に生かすことが重要です。
横浜の観光事業は歴史を感じさせるものであってほしいと思います。
収益性より横浜らしさを重視してほしいと思います。

市は港では横浜のシンボリック事業として今年は美術イベント(トリエンナーレ)をやり、来年はダンスイベントをやり、2013年は音楽イベントをやるそうですが、横浜らしさを感じません。
線香花火のようなイベントを企画実行しているような気がしてなりません。

私の町では区の発案で今年町の周辺にヒマワリの種をまくイベントがありました。大勢の人が作業に参加しましたが、その後ヒマワリがどうなったか気にした人は誰もいませんでした。

定着しない文化事業を「とっかえ、ひっかえ」やっていてもしょうがないのではないでしょうか。

横浜は戦後は住宅の町として拡大してきました。
人々は横浜に住むため横浜市に税金を払っています。
したがって市は彼らのために住環境、養育、教育、文化、医療に注力すべきです。
横浜の住環境、養育・教育・文化・医療施設の貧弱さはひどいと思います。
一気に改善は無理ですが、着実に改善してほしいと思います。

横浜は消費経済でいいかというとそうではないと思います。
農業は無理ですが、工業は重要です。
横浜市と横浜にある大学と工業会社と金融機関が協力して知識集約型、技術開発型工業を育成すべきです。
折角発達した臨海工業地帯を生産力ある工業地帯として維持してほしいと思います。

市はお金がないからと言いますが、全くない訳ではありません。
要はお金の使い方を変えることが必要です。
来年はダンス、ダンス、ダンスで憂さ晴らしをするのではなく、着実に町づくりを進める横浜市であってほしいと思います。
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生産しなくてどうやって生活するのか

2011年11月22日 | Weblog


私の故郷は私が子供の頃(1960年前)は松林に覆われた丘陵と、丘陵と海の間に広がる広大な水田からなっていました。
人口は数万人で人々は水田に近い丘陵部に町をつくって住んでいました。

水田は大雨が降ると海のようになり人が住めるようなところではありませんでした。
丘陵の奥は松林が深く、子供の私にとっては神秘の森でした。

大人になると、工業化の波に乗って私は故郷を出て会社に就職し、東京で働きました。
その間、故郷はどんどん工業化し、水田や松林が消え、住宅や工場で覆われました。

その故郷から今友人が、農業も駄目、工業も駄目と悲痛な電子メールを送ってきます。

潰してしまった水田や松林は元に戻りません。
生産が海外に移転したことで生産が減ったり、止まったりした工場は労働者を必要としません。
工業化時代工場労働者としてここに住居を構えた私と同世代の人々は何とか年金で生活できるでしょう。
しかしその子供達には農業も工業もありません。

このような町が日本にはいたるところにあると思います。
日本は非常にむずかしい時代に入ったと思います。

農業も工業も駄目と言っているのではなく、苦しくてもやるしかないと思います。
第三次産業だけで日本はもちません。
金持ちになれる人は少数です。
大半は貧乏人になります。

農業も工業も日本は今不利な条件下にあります。
しかし、気弱になり、国際競争心を失い、再出発を決心しないならば日本は衰退するだけです。
低収入にめげず、農業は農業改革を行い、改めて農地づくりを行い、工業は技術開発と生産を続けるしかないと思います。
低収入が嫌だと言って働かなかったら収入がゼロになると知るべきです。
大赤字の政府が貧乏人に生活援助し続けるなどということはありえません。
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道路に開かれた庭

2011年11月19日 | Weblog


都市部の戸建ての住宅街では道路から家や庭をのぞかれないようにするため生垣や塀を設けている人が多いのですが、この種の生垣や塀はいろいろな問題があると思います。

1. ただでさえ狭い庭を一段と狭く感じさせる。
2. 庭の日当たり、風通しが悪いため思うように草花を育てにくい。
3. 道路に出るとき道路がよく見えないので来る自動車に気付くのが遅れる。
4. ただでさえ狭い道路を一段と狭く感じさせる。
5. 道路を歩いていても町が美しいと感じない。

車や人の通りが激しい場合は道路に開かれた庭はむずかしいと思いますが、住宅街では通りは激しくありません。
たまに通る車や人を見てもそれほど気になりません。

庭が見えないような生垣や塀は住宅街ではやめた方がいいと思います。
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地域防災拠点の防災訓練

2011年11月16日 | Weblog


横浜のある町で地域防災拠点の防災訓練があったので見学しました。
大勢の人が集まり、防災に関する関心度の高さを感じました。

拠点の防災訓練では拠点の立ち上げ、運営の訓練が重要です。

1. 班別あるいは近所で安否確認を行い、誰か代表が拠点に報告する。
2. 拠点に集まった人の中からボランティアを募り、拠点組織を編成し、拠点が行うべき仕事(本部担当、救出救命担当、避難者の生活担当など)をする。
3. 最初は拠点に避難してきた人用の十分な生活資材がないので倒壊しなかった家から生活資材を提供してもらう。

横浜市の拠点支援機能が作動しないので個人防災、家庭防災を重視する考えがあります。
いいことだと思います。
しかし現実は家には動けない病人や負傷者(救出救命を待っている人)、拠点に避難して来る人がいます。
横浜市の拠点支援機能が作動しなくても町内会、ボランティア、人々は拠点を立ち上げ、運営しなければなりません。
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お金がないなりに横浜市は放射能汚染対策を考えるべき

2011年11月13日 | Weblog


横浜では東京電力福島第一原発事故による放射能汚染が問題になっています。
ところがお金がないからでしょうか、横浜市は放射能測定ができていません。
放射能に汚染されているとわかると除洗でお金がかかることを恐れて測定しないのでしょうか。
学校、公園など子供が集まる場所の測定すらやっていません。

私の家の近くに舞岡公園という神奈川でも有数の自然公園があります。
農業公園でもあり、ボランティアが農産物や肥料をつくっています。
ところが彼らがつくったシイタケや草木灰から規制値をこえる放射能が検出され今問題になっています。

文科省が発表した放射能汚染地図によると横浜は問題ないことになっていますが、何らかの形で濃縮されると無視できない汚染度になるということでしょう。

すでに各地のデータから何が、あるいはどこが濃縮が起こり汚染度が高いかわかっています。
汚染度が高いと思われるものを重点的に測定することは今の横浜市でもできることです。

お金がないことを理由にして安全を軽視してはいけません。
危険な状態であることがわかった方が横浜市も市民もお金がないなりにお金の使い方を真剣に考えます。

放射能汚染の危険を隠すことによって放射能障害の発生確率を上げたり、原発の評価が甘くなり、原発を続け、再び原発事故を起こして広域放射能汚染をまた起こすようなことがあってはいけません。
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町の防災力は町の人々の総合力

2011年11月10日 | Weblog


横浜市は、小中学校を利用して地域防災拠点を設けています。
その運営を担っているのが町内会です。
しかし被災者の情報収集(安否確認)、町で被災して動けない人の救出救命、拠点に来た人の生活、負傷者の医療などをどうするか真剣に考えている町内会は少ないのではないでしょうか。

ある町内会長は人々は拠点に来るなとまで言っています。
横浜市の拠点支援機能が作動せず、来ても拠点には何もないからだそうです。
つまり拠点機能は作動しないと言っています。
そして生き残りは個人や家庭で考えよと言っています。

確かに個人防災、家庭防災は防災の基本ですが、町内会長が町内会がやるべき仕事を放棄し、近所の助け合い、町の防災を軽視することは無責任です。
横浜市の拠点支援機能がすぐに作動しなくても町にとって拠点は非常に重要です。
つまり、いざという時は、町内会役員、防災ボランティア、一般住民が協力して拠点を立ち上げ、運営すべきです。
したがって拠点の防災訓練は町の人々がみんな協力して行うべきです。

町の防災力は町の人々の総合力です。
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町を美しくするには人の命を重視する心が大切

2011年11月07日 | Weblog


美しい町をつくろうと思えばつくることができるだけの経済力を持っていると思いますが何故か日本の町は美しくありません。
経済力は美を追求するゆとりをうむと思うのですがそうなってはいません。
どうも日本は経済重視に偏っている国で、町もこの思想の下につくられており結果として町が美しくなっていません。

もちろんこのような町は災害に強くありません。
美を追求しない人は安全も追及しないからです。
安全であることは美の重要な要素の一つです。

経済重視だけでは美しい町はできません。
安全重視、つまり人の命を重視する心が大切です。
貧乏根性から経済観念が発達したのですが、そろそろ私達は人の命を重視する価値観へと文化水準を上げていいのではないでしょうか。

原発の危険性を考えず、原発を歓迎する佐賀県の玄海町を見ると経済観念だけで町づくりをやっているなと思います。
玄海町は美しい町になるどころかゴーストタウンになるかもしれません。
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防災訓練は昔の祭りに相当

2011年11月04日 | Weblog


祭りとは本来神霊をうやまいあがめて催す行事でした。
災いの背景には神霊の怒りがあると思っていましたからその怒りを鎮め、災いを避け、さらには幸いを求める思いがあったと思います。
したがって祭りは町の人々が全員参加しました。

地方に行きますと歴史のある町では町が小さくても不釣合いに大きい祭りをやっています。
いかに町の人々が祭りに献身的であったかわかります。

現代でも災いを避け、幸いを求める思いがあります。
町をあげての防災訓練は昔の祭りに相当すると思います。

それなのに町内会が防災を馬鹿にして訓練が形式的になっていたり、町の人々に防災意識がなかったりすることは大問題です。
神霊がいなくても、このような町内会や町の人々に対しては大きな災いが臨むのではないでしょうか。

現に近年災いを受けた町を観察すると災いに対するおそれの心を失い、安易な町づくり、町の運営をやっていたことが多かったのではないでしょうか。

それなのに、災いを受けた町を見ながら、自分の町はそのようなことはないと思って今も安易な町づくり、町の運営をやっている所が多いことはまことに残念なことです。
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政府の借金継続は怠惰を助長し、日本衰退の原因になる

2011年11月01日 | Weblog


11年度末政府の借金残高は1,024兆円になるそうです。
これは何を意味するかというと、1. 政府の無駄使いが多い、2. 税制がおかしくなっており税収が少ないということだと思います。
政府は年間約100兆円の政府予算の半分を借金でまかなっています。
これは異常です。
大雑把な言い方ですが、借金の半分は節約で減らし、残りの半分は税制を改善して税収でまかなうようにすべきです。

この基本方針で政府は借金問題解決に取り組むべきですが、どうも政府に問題解決の意志はないようです。
人々も節約や増税を嫌い、政府は今後も借金を続けるべきだ思っているかのようです。

しかし借金政治を続けていると間違いなく政府も人々も怠惰になります。
やるべき仕事はやるという精神がなくなるからです。
日本人の美徳から勤勉が消えます。
怠惰は日本衰退の原因になります。
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