住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

個人と組織

2013年10月29日 | Weblog
若いときは、世界のことは国連があるから国連がしっかり考えるべきと組織の責任を重視したものですが、老人になって国連の限界を知ると、組織の責任を論じているだけではいけない、個人も世界のことを考えなければならないと思うようになりました。

このことは国連のような大きな組織だけでなく町の小さな組織についても言えます。
町に立派な名称の組織があるからその組織が名称どおり機能しているかと思うと、実は部分的にしか機能していないことが普通です。
新参が既存の組織を改善したいと思っても古参と考えが合わず改善ができないことはよくあることです。

近年私は町中の公園の維持に関心があり、町内会公園担当部や横浜市港南区が町中の公園維持のため置いている公園愛護会などに働きかけましたが、こうした既存の組織は慣行を変えることが容易ではないことがわかりました。
既存の組織はごみや枯葉を掃除するのですが、作業が面倒な草取り、草刈りはやりません。
町の人を動員する仕組みがありますが、住民の老人割合が40%ぐらいという理由で既存の組織は草取りや草刈りはやっていません。

そこで既存の組織はそのままにして、私は一ボランティアとして公園の草取りをやり始めました。
数千㎡ある町中の公園としては緑豊かな公園ですので個人で草取りをすることは容易ではありませんが、日の入り前約2時間、気が向くと運動と思って愛用の厚刃の鎌を持って公園に行き、ある程度計画的に草取りをやっています。
個人単位のボランティアは私以外にも数名いて自分の好きな時に来て草取り、草刈りをやっています。

住民は草取りしている私を見て最初港南土木事務所がやとった業者と思っていたようですが、次第に話しかけてくるようなり、今では住民の一人とわかったようでです。
公園で遊んでいる子供達の母親などは最初は不安を感じたと思いますが、今では挨拶をかわすようになりました。
子供達もこんにちはとかさようならと挨拶をするようになりました。
中にはごみ拾いを手伝ってくれる子もいます。

ボランティアが数名公園に入っていることを知った町内会公園担当部は、ボランティアが町内会の道具やごみ袋を使うことを許可してくれました。
ボランティアの間で組織をつくるお話しも出ましたが、個人が好きな時に来て草取りや草刈りをやる方が自由でいいということになり、現在は、公園ボランティアとして町内会に登録され、町内会の道具やごみ袋を使うことを許可されている形になっています。

最近は公園維持について町内会公園担当部と公園ボランティアの情報交換が増えました。

個人単位のボランティアが既存の組織批判や組織乱しのようなことをやることは問題ですが、公園の草取りや草刈り程度はボランティアが個人単位でやっても既存の組織と争いが起こることはないようです。
しかし、勝手に木を切ったり、草花や苗木を植えたりすることは問題です。
過去、勝手に草花や苗木を植えたボランティアがいて、町内会長から書状でやめるようにと言われた人がいました。
コメント

町の公園が美しいことは町の人々や町が明るい証拠

2013年10月20日 | Weblog
自分を愛し、家族を愛し、隣人を愛し、町の人を愛し、自分の家を愛し、庭を愛し、家の前の道路を愛し、町の公園を愛する。
この生き方は町の人としていい生き方と思います。
自分のことしか考えない生き方は、自分を暗くするだけでなく、町まで暗くするのではないでしょうか。

一人でも町のことを考える人がいれば町の公園が草茫々ということはありません。
もし町の公園が草茫々だったら町内会が機能していない証拠です。
町のことを考える人が一人もいない証拠です。
町の人々は暗く、町も暗いでしょう。
家も庭も家の前の道路も暗いでしょう。
コメント

町中の木

2013年10月12日 | Weblog

私は自然好きで若い時は狭い庭に木をいっぱい植えました。
やがて木は巨木になり、管理不能になりました。
切るしか方法がありませんでした。
近所が枯葉が落ちる、根が張り出すと文句を言ってきたからです。
毎年の剪定作業も大変でした。
庭で枝葉を燃やして処分すると、やはり近所は、危険だ、煙や灰がくるなどと文句を言ってきました。

現在の住宅は2軒目です。
木は制限し、剪定が容易な木とし、高さは手を伸ばして届く程度としています。
草花中心の庭づくりを重視しています。

町中の幹線道路、町中の小公園の木も問題が多いと思います。
並木としてイチョウ、プラタナス、カエデ、ケヤキなど大木になる木を植えている幹線道路が多いのですが、清掃、剪定作業は行政にとって大変な負担になっていると思います。
枯葉や剪定した枝葉は結局燃やしているのではないでしょうか。
町中の木は炭酸ガスの固定化に役立っていません。
町中の小公園も同じです。

庭の木も含めて町中の木については木の種類、木の数、木の位置について考えを変えた方がいいと思います。
町中の木については抑制した方がいいと思います。
その代り、町や田畑ではない所は森林のまま、あるいは森林にするといいと思います。
コメント

低地海岸の開発の考え方を変えた方がいい

2013年10月05日 | Weblog
日本の低地海岸というと昔は砂浜と松原でしたが、今は開発が進んで、砂浜が縮小し、松原が消え、防波堤、工業団地、住宅団地、水田・畑、公園、ゴルフ場などができています。

東京電力福島第一原発が大津波でやられたように、防波堤で大津波が防げる訳でもないのに防波堤があるというだけで安心しています。
大津波だけではなく、台風のときの高波程度でも水害に会います。

低地海岸については無駄と思っても幅数百mに及ぶ砂浜と松原にしておくぐらいの国土保全の考え方を持っていてもいいのではないでしょうか。
経済を考えるべきと言っていますと、東北地方太平洋側の海岸が大津波で全滅したように破滅的被害を受けることになります。

海岸にある原発ですが、廃止すべきです。
仮に大規模放射能漏洩・汚染をおこさなくても、おこす恐れがあります。
恐らく原発敷地は永久放射性廃棄物保管所になると思います。
ほかに永久放射性廃棄物保管所を受け入れる地方がないからです。
つまり大規模放射能漏洩・汚染の恐れは永久に続き、子々孫々苦しみます。
大規模漏洩・汚染がなくても微量の放射能はどうしても漏れ続けます。
安全基準以内といっても放射能不安はほかの場所より高くなります。
原発が出す温排水は海水温を高め、水産物に悪影響を与えます。
クラゲの大量発生は温排水が原因と言われています。
温排水は地球温暖化の原因になります。

一度大規模放射能漏洩・汚染をおこしたら致命的です。
原発周辺の広域は生活・生産が不可能です。
政府は汚染の危険性を小さく見せていますが、汚染が微弱でも病気になる、死ぬなどの悪影響はある確率で起こります。
放射能漏洩・汚染はあってはならないと思います。

原発の代わりに風力発電を誘致してはどうでしょうか。
風力発電は砂浜や松原の中に建設できます。
風力発電の近くは不愉快な音が発生して生活環境としてはよくないと言われています。
海と町の間に数百mの砂浜と松原があれば音は気にならないでしょう。
政府は貧困海岸地方の活性化に風力発電を使うといいと思います。

要は、陸にしても海にしても決して放射性物質で汚染してはいけません。
コメント