住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

地球温暖化を防ぐため

2006年08月29日 | Weblog

みちのく杜の湖畔公園(通称みちのく公園)彩の広場(出所)国土交通省のHP
みちのく公園は仙台市と山形市の中間ぐらいにあり、両市から車で1時間ぐらいで行けます。
280万㎡もある広大な国営公園です。

地球温暖化が大問題になりました。
大気中の炭酸ガス濃度の増加が原因だそうです。
今から真剣に炭酸ガス濃度を下げる努力をしないと地球は生きにくい環境になるそうです。

解決策の第一は石油、天然ガス、石炭の消費を減らすことですが、第二は森林を増やすことです。
森林は大気にたまった炭酸ガスを吸収して減らすだけでなく、太陽光を木に変え、熱になるのを防ぎます。

これまでは開発が重視され、森林破壊が行なわれてきましたが、これからは森林づくりが大切になりました。
公園でも今後は写真の彩の広場のように大地がむき出しの公園にするのはまずいと思います。
森林を生かした造園が今後は重要になるでしょう。
一度庭園化した公園でも植林し森林面積を増やした方がいいのではないでしょうか。
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谷戸の町の細い道

2006年08月26日 | Weblog

箱根ガラスの森の水車小屋

鎌倉から横浜にかけて三方が山で一方が開けている地形が数多くあります。
谷戸と呼ばれています。
緑がさわやかで、意外に明るく、静かですので多くの人が好んで住んでいます。
私も好きです。

娘もこのような環境が気にいったようで、独身時代鎌倉で働いていたとき鎌倉の南に開いたある谷戸の町の一番奥のアパートに引っ越して住んでいました。

ところが、彼女が私の家からこのアパートに引っ越した時も、結婚して出て行った時も引越しの手伝いをしましたが、一番苦労したのが道でした。
レンタカーで小型トラックを借りて荷物を運びましたが、トラックでアパートの前に行けませんでした。
谷戸の途中まで車一台やっと通れる細い道をこわごわとトラックで入り、農家の庭にとめさせてもらって、その農家から泥などを運ぶ手押しの一輪車を借りてトラックとアパートの間を何往復もして荷物を運びました。
道幅は2m弱でアパートまで150mぐらいありました。
その両側に家が建ってしまい、道の拡幅ができない状態でした。

このアパートはいつも空室がありましたし、引っ越してきた人もすぐ出ていきました。
住んでいた人が出て行ってしまい、家が取り壊され空き地になった所もありました。
残っている家でも人が住んでいないような家がありました。

今は車社会です。
自然環境がよくても生活は不便です。
谷戸の町というと文学的ですが、せめて車一台通れて、所々ですれちがうことができる道がないと現代人には不向きなのでしょう。
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コンパクトハウス

2006年08月23日 | Weblog

横浜金沢自然公園から東を見た景色です。
緑の器の中に家がたまっている感じです。
器のへりの緑がいつまでも緑であるといいのですが。

私の町では家とその前の駐車場からなる庭がない戸建の住宅が問題になっていることをある人に言いましたら、その人が、それはまだいい方だと言いました。
彼の町では1階が駐車場でその上に家がある庭がない戸建の住宅が建てられているそうです。
3,000万円台で値段で、新婚家庭が買っているそうです。

コンパクト好きの日本にとうとうコンパクトハウス登場という感じです。

十分値下がりせず高止まりしてしまった土地価格は、日本を住宅後進国(進歩が遅れている国ではなく、うしろへ進んでいる国)にしてしまったかのようです。

土地バブルを放置し、バブル崩壊後はバブルを演出した不良銀行などを助けることに汲々とし、土地価格の十分な値下がりを止めてしまい、住むために住宅を買いたい人々を軽視してきた最近20年ぐらいの政治は異常でした。

小泉総理は総選挙をやってまで郵政民営化を進めましたが、国民は、どうでもいいことに目を奪われ、国民の生活向上を政治に求める基本を忘れていたのではないでしょうか。

次の総理は、これまでの政治を反省し、日本を住宅先進国にするぐらいの目標を設定し実行してもらいたいものです。
アメリカが戦争で破壊した町の復興支援はアメリカに任せ、日本政府はバブル放置とバブル崩壊で住環境悪化が始まった町の復興支援をするのがいいと思います。
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横須賀港は市民の港の方がいい

2006年08月20日 | Weblog

田浦梅園から見た横須賀港方向

横須賀港を原子力空母の母港とする計画ですが、松沢成文神奈川県知事および蒲谷亮一横須賀市長は放射能の検査を行うなどの条件をつけて承認しました。
通常地方政府は市民の側に立ちます。
したがって神奈川県と横須賀市は意外でした。

本当は横須賀市民は何を望んでいるのでしょう。

横須賀港がこのまま軍港であっていいと思いません。
横須賀は基地の町と聞くだけでも重苦しい感じがします。
その上、原子力空母の町になるなんてこわい感じがします。
市民は原子力空母に誇りを感じないでしょう。
人々は横須賀に行きたいと思わないでしょう。

核兵器というと通常原爆を想像すると思いますが、原子力を利用しているという意味において原子力空母は核兵器です。
攻撃されたとき原子力空母が安全ということはありません。
原子炉またはその制御系が破壊されれば非常に危険です。

本来横須賀港は自然が美しいところです。
この美しさを活用した方が有益です。
昔海軍が軍港として使っていたため軍港としての役割が定着してしまったような感じがしますが、今は市民の時代です。
市民がまとまれば、軍港を市民の港に変えることが可能と思います。
横須賀市民は自分達の将来を考えて港の使い方を考えた方がいいと思います。
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町を変えるには同じ思いの人を増やすことが大切

2006年08月17日 | Weblog


思いは実現すると言います。
したがって個人的なことであればその人の思いが強ければその思いは実現しやすいと思います。
しかし町のことになると一人の人の思いだけでは町は変わりません。
変わらないから自分が思ってもしょうがないと思えばもっと変わりません。

何事も出発点は一人の人の思いであると思います。
その人の思いが周りの人に伝わり、連鎖反応のように広がって、多くの人々が同じ思いになったとき町は変わるのではないでしょうか。

影響力が大きい立場にある人は町を変えやすいと思います。
政治的指導者、宗教的指導者、教育的指導者などはその人の思いが強ければ普通の人より町の人々に大きな影響を与えるでしょう。

現代では町内会長は、成り手がいないのでしょうがなくやっており、消極的な人が多いようですが、実は影響力が大きい立場にあると思います。
各班班長は非協力的であると思うと、手も足も出なくなり、町の住環境をこうしたいという思いも消えうせます。
まず自分の思いを強め、周りの人々にその思いを洩らし、協力者を見つけていくことが重要と思います。
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侘び(わび)

2006年08月14日 | Weblog


横浜の三溪園に行きますと昔の茶室が移築保存されています。
ちょっと驚くことはその狭さ、質素さです。

茶室は鎌倉末期に中国から伝えれられたようですが、室町中期になりますと純日本式の茶室の形ができ、草庵の4畳半座敷が誕生したそうです。
その後、千利休に至って2畳、1畳半の極小座敷ができたそうです。
侘びを表現した形だそうです。

侘びは日本の中世以降の美的理念の一とされています。
簡素なものの中に見いだす風雅の精神だそうです。

この侘びの精神の線上に日本の貧しい住宅事情があるのでしょうか。
侘び住まいという言葉がありますが、侘びの文化と関係があるのでしょうか。
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斜面の宅地造成は制限すべき

2006年08月11日 | Weblog

横浜の金沢自然公園から見た金沢区の町

横浜のある丘陵の上に住んでいる人を訪問しましたら、近所で、斜面の上の家の敷地ぎりぎりまで斜面を削って宅地造成をやっており、その工事の地響きが伝ってきてこわいと言いました。
現場を見ますと、高さ10mぐらいの見上げるような垂直に近いコンクリートの土留めがあり、その上に引っ掛かるように家が建っていました。
この家に住んでいる人は生きた心地がしないでしょう。

買った当時は斜面の上で見晴らしがよく、斜面も比較的なだらかで木におおわれ崩れる心配がなく、いい住宅を手に入れたと喜んだことでしょう。
ところが斜面が他人の所有ですと突然上記のように恐怖の住宅に変わる場合があります。
売って引越しをしたいと思っても今度は思うように値がつかないでしょう。

都市部はどんどん森林が減り、無機質な町になりつつあります。
どうやって緑を保全するかは非常に重要な課題と思います。
斜面を自然のままに保全するという考えはすぐれた考えと思います。

土地所有者の自由の制限は大きな問題ですが、その自由を認めた結果、他人に命の危険をもたらすようなことがあってはいけません。
日本は自由と言っても、人の命を重視するという基本的な法の下に自由であるべきです。

斜面の宅地造成を制限する法律は絶対必要だと思います。
もし斜面の宅地造成が原因で斜面が崩れた場合は政府や宅地造成者の責任を厳しく問うべきです。
大雨や大地震が原因とし、自然災害だったと言って責任を回避するのはあまりにも無責任です。

ところで法律を待っていてもなかなか法律はできてこないものです。
まずは私達が危険な住宅はつくらない、あるいは買わないという厳しい選択眼を持つべきでしょう。
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技術・産業重視の価値観を取り戻そう

2006年08月08日 | Weblog


戦争で町を破壊している国を見ますと、世界には文化が遅れている国があるものだと思います。
軍備拡充に注力している国を見ますと、やはり文化が遅れていると思います。

軍備拡充にも戦争にも熱心なアメリカについて文化が進んだ国という人が多いのですが、アメリカは国際収支赤字が続いています。
その背景に文化の荒廃があることは明白です。
資本主義は第三段階にあり、マネーゲーム重視の人が増えつつあります。
(注)資本主義の第一段階 生産重視、第二段階 生産手段売買重視、第三段階 非生産的金融(マネーゲーム)重視

日本も昔は文化が遅れていて第二次世界大戦では多くの町を破壊し、また破壊されてしまいました。
馬鹿なことをやったものです。

戦後は戦争を否定し、技術と産業に注力しました。
世界は日本の製品を評価し、よく輸入してくれました。
人々は生活水準が上がり、質のよい住宅、美しい町を求めるようになりました。

ところが1990年ぐらいを境にして日本はおかしくなりました。
経済横這いが続き、貧富の格差が広がり、質の悪い住宅が再び売れる状態になってしまいました。

政府も会社も個人も経済的破綻を心配せざるをえない状態に陥ってしまいました。
住宅や町の改善は二の次になってしまいました。
みんなお金のためなら何でもやるという生き方に変わってしまいました。
政府は政府のために、会社は会社のために、個人は個人のために、要するに自分のことしか考えないようになりました。

これは明らかに文化の荒廃を示していると思います。
論より証拠、日本では軍備拡充、経済制裁、戦争論など、戦争を放棄した国とは思えない戦争の雰囲気が広がってきました。
隣国が経済で追い上げてくると、まるで日本が負けるかのような錯覚に陥り、新聞テレビまで論調が変わり、隣国に負けない強い日本を求めるようになりました。

技術・産業を重視する、質のいい住宅を買う、町を美しくするなどの考えは極めて健全な思考です。
隣国の経済的追い上げについては、新技術新産業の開発とか、隣国との共同事業で対応する前向きの精神が必要です。
日本が自信を持ち続けているならば隣国は日本を先生として学び続けるでしょう。
日本との戦争を考えるような馬鹿なことはしないでしょう。

日本が戦争を考え始めたということは、すでに精神で負け、不安に陥り、文化が遅れ始めた証拠ではないかと心配しています。
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赤字の政府は住宅基準の改善に注力した方がいい

2006年08月05日 | Weblog

一昨日、昨日と猛暑でした。ちょっと庭があるとこんな遊びができます。

人々のためと思って中央および地方政府が安価なサービスを人々に提供する場合が多いのですが、予算がないためサービスの質が悪いとか、サービスが不公平になっているならば、一度すべての公的サービスを見直してみてはどうでしょうか。
赤字の政府が多い訳ですから無理は禁物だと思います。

人々も、政府が赤字であることを承知の上で安価なサービスを要求し続ける場合が多いと思います。
経済的に成り立っていないサービスは必ずいつかどこかで問題を起こします。
すると被害を受けるのは人々です。
やはり無理な要求は禁物です。

政府が供給してきた住宅も安くて質が悪いものが多かったと思います。

とすると、政府は、住宅の供給ではなく、住宅基準の改善に注力して住宅関連業者が質の悪い住宅を供給しないように、あるいは人々が買わないように見張ってくれた方がありがたいと思います。
日本の場合は非常に住宅が遅れています。
それなのに政府が率先して質の悪い住宅を供給しているというのはまずいと思います。

政府は実情を知らず理想的なことを言いすぎるとみんなが文句を言うぐらいの方が住宅はよくなるでしょう。
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土地価格はまだ十分下がっていない

2006年08月02日 | Weblog


約15年前の土地バブルで異常に上がった宅地価格が下がることはいいことです。
ところが下げ止まったと喜ぶ声があることは困ったことです。
現在の価格でも高くて買えなくて土地の細分化が起こり住宅密集地が増えつつあるからです。

日本で一番遅れているのは住宅です。
住宅の質です。
土地の価格については、すでに買って住んでいる人ではなく、これから買って住みたいと思っている人を重視すべきです。

土地価格が上がり始めると、もっと上がると思って土地を買い急ぐ人が増えるものです。
するとまた土地が高騰します。
住むために土地を買いたい人は今は買い控える方がいいのではないでしょうか。
土地バブルの被害者は、土地バブルに踊る不動産関係業者だけで十分です。
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