ゲートボール(GB)日記

まちなかの公園でGBを楽しんでいます。GBは老若男女一緒に楽しめる数少ないスポーツの一つです。まちびと

真実を報道しない新聞テレビ

2014年01月31日 | Weblog
東京電力福島第一原発事故を見て世界は原発反対の方向に動いているのに日本の大手新聞テレビは政府や経済界の顔色を見て原発反対の動きに関するニュースを流さないようにしています。
反対に原発を推進する動きを報道するようにしています。

すでに国連は、世界の放射能汚染が深まることを恐れて原発支援は中止の方向です。
原発による発電コストが高いことは多くの研究者によって研究結果が発表されています。

しかし大手新聞テレビは原発稼働にとって不利なニュースは流さないようにしてます。
最近はNHKは、原発の経済効果を問題視するある大学教授のラジオ出演を拒否しました。
都知事選で原発問題が熱くなっている折、原発反対候補を支援することになるから拒否したとNHKは弁解しています。
都議選とは無関係に研究した教授がNHKの仕打ちに怒るのは当然です。
中立と言いながらNHKは政治的に動いています。

都知事選では原発反対を主張する細川護煕候補の街頭演説を人々が街頭を埋め尽くして聞いています。
ところが新聞テレビは原発稼働に賛成の舛添要一候補が優勢と報道しています。
細川氏と、彼を支援する小泉純一郎元総理の動きや、それを歓迎する人々の動きを苦々しく思っている感じです。
都知事選では原発問題は論題にならない、いろいろな都の問題を論じる候補が望ましいと思っています。
新聞テレビの報道姿勢は政府や経済界の意向に沿ったものです。

低収益に苦しんでいる大手新聞テレビは政府や経済界から支援が受けられなければ破綻するからでしょう。

私は神奈川県の住民です。
大電力消費の都が原発反対になると東京電力は原発を稼働できなくなります。
すると神奈川県は放射能汚染を受ける恐れが減ります。
私が一番心配している日本の問題は放射能汚染です。
原発反対の候補者が都知事になることは大歓迎です。

ここで日本が原発反対を決めることは非常に重要なことだと思います。
原発ゼロの新エネルギー社会構築に日本が挑戦することはロマンがあって必ず日本のためになると思います。
そのためなら喜んで省エネルギーの工夫努力をします。
新エネルギー技術開発代も負担します。
私の家は最新の省エネルギー住宅です。

重責の地位についている人は個人の思想を抑える忍耐が必要

2014年01月28日 | Weblog
町内会ですら、ある思想を持った個人が会長になって自分の思想を重視して町内会の運営を行いますと、住民から独善独裁と批判されます。
少なくとも会長である間は自分の考えを抑え、民主的に町内会の運営を行なうことが必要です。

今回顰蹙を買ったNHK新会長の籾井勝人氏は、記者からの誘導質問に乗ってしまいましたが軽率です。
会長の立場にありながら売春婦についてまるでひけらかすように自分の情報知識を記者達の前で披瀝するなどということは非常識です。

ただでさえ批判されることが多いNHKです。
昔はいざ知らず、今は視聴率の低い番組ばかりなのにテレビのある家から時代遅れの放送法に守られて高額の受信料を強制的に徴収する時代遅れの放送局と批判されています。
テレビはNHKの放送受信のためにのみあるものではありません。
ほかの放送受信のため、ビデオを見るため、デジカメを見るため、パソコンの画像を見るためといろいろなことに利用されています。
テレビを持っているだけで高額なNHK受信料を取られるのは明らかに不法です。

NHK新会長が非常識と世界に知られたことはNHKにとって不利と思います。

安倍晋三総理ですが、総理という地位にありながら個人の思想を強く政治に出して来るのでやはり世界から顰蹙を買っています。
日本人は総理を評価しているようですが、世界の中の日本という目で見ると総理の言動は日本にとって不利です。

重責の地位についている人は個人の思想を抑えて民主的に仕事をする必要があり、忍耐のいる仕事と思います。

鎌倉はどうなるか

2014年01月26日 | Weblog
昨日私の町(横浜)で背広姿の若い人がチラシを配っていました。
また労働争議を伝える街宣車が回っていました。
そのチラシを見ると、資生堂鎌倉工場閉鎖計画(2015.3閉鎖)に伴う非正規雇用労働者の訴えが書いてありました。

会社は、閉鎖の理由として建設後50年が経過し、老朽化したことを上げていますが、会社の収入が伸びず、利益が低下していることと、鎌倉が工場立地として条件が悪くなったことが主な理由と思います。
現在鎌倉工場の従業員は契約社員を含め500人ぐらいとのことですが、鎌倉あるいはその周辺地に住み着いた人が多いでしょうから、従業員にとって深刻な生活問題になっています。

横浜に住んでいると鎌倉は歴史的観光地に見えます。
私は家族や外国の留学生や遠方の友人を連れてよく鎌倉観光に行きます。
しかし行くたびにその道路の狭苦しさに往生します。
歴史的遺産である神社仏閣も狭苦しさを感じます。

海に面した谷戸構造が美しいのですが、平野部がなく、生活生産の場としては非常に不便です。
歴史的観光地として大勢の人を受け入れることもむずかしいのではないでしょうか。

ところが町づくりの方針が決まらないまま、流入する住民によって住宅地化が谷部でも山部でも進行しました。
生活生産の場として適しているかと考えるより、人々は鎌倉に住むことにあこがれを持ったと思います。
しかしもともと狭苦しい谷戸構造ですから鎌倉市に道路づくりの自由度などなかったと思います。

歴史的観光地としてもいまいち、生活生産の場としてもいまいち、政治のやりくい町になってしまった感じがします。
ユネスコ世界文化遺産として登録が許可されなかった原因は鎌倉に統一された文化がないことではないでしょうか。

経済横這い、あるいは縮小時代を迎えました。
長い目で見ると、鎌倉は住民の流入が止まり、やがて流出が始まり、こぢんまりとした歴史的観光地して落ち着くことになると思います。

電気事業連合会は無責任かつ危険

2014年01月25日 | Weblog
電事連は原発稼働を主張していますが、安全技術を持っていません。
開発中と言いますが、開発前に深刻な放射能汚染がおこりました。

東京電力福島第一原発事故は安全技術があれば防げたが防げませんでした。
2011.3.11以来、放射能汚染除染も事故原発処理処分も安全技術を開発しながら実行しています。
試行錯誤が続いています。

メルトダウンした燃料棒の溶融体の状態がどうなっているか全くわかりませんが、その状態を観測するため現在観測技術の開発が行われています。
何んとか解像力数十cmで透視できそうな技術を開発中だそうです。
この観測技術を使って溶融体の位置、大きさ、形などを把握できたら次はこの溶融体を隔離する技術を開発しなければなりません。
何年かかってもいくらかかってもやならなければなりませんが、電事連は事故原発処理処分の見通しを持っていません。
技術開発しながら処理処分すると言うだけです。

今後も安全技術開発前に再び大規模放射能漏洩・汚染事故をおこす恐れがあります。
仮に事故を起こさなくても10万トンの単位の放射性廃棄物をどこに保管するのでしょうか。
フィンランドで世界初の放射性廃棄物永久保管所(10万年保管)の建設が進められていますが、フィンランド自身が、永久安全保管の自信はないと述べています。
太陽に捨てる考えがあるが、もしロケット打ち上げに失敗したら放射能を地上にまきちらすので実行できない、地下埋蔵しかないのでそうしていると述べています。

電事連はどうするのでしょうか。
やはり地下埋蔵だと言っています。
それではいったいどの地方が永久保管所建設を認めると言うのでしょうか。
それは政府の仕事だと言います。
民主主義の日本では政府を動かすのは人々です。
人々が反対と言ったら永久保管所建設は不可能です。

永久保管所建設を認めた地方がないまま、電力会社団体が勝手に原発稼働を続けることが許されるでしょうか。

電事連は未来のことも、世界のことも、子孫のことも考えていません。
今原発があるから稼働しないと損すると思っているだけです。
放射能漏洩・汚染対策や放射性廃棄物処理処分は政府の仕事と思っています。
ところが政府にその能力はありません。
能力のない政府に危険な仕事をやってもらうことを考え、自分の収益だけを考えて原発を稼働するのは、無責任かつ危険なことです。

人の命より自分の収益を心配する電事連など存在価値はないと思います。
電力供給の事業は評価しますが、原発による電力供給は評価しません。
反対です。

政府が、原発稼働の全責任を電事連に負わせれば電事連はすぐ原発をやめるでしょう。
否、傘下の原発のある電力会社は責任を負えず、みな倒産するでしょう。
結局、政府が原発の後始末をすることになります。
つまり人々が苦悩することになります。

政府は原発廃止を決め、事故前に原発処理処分に入るべきです。
この方法が一番放射能汚染の被害を小さくする方法です。
負担を小さくする方法です。
人々は政府に対する甘い期待を捨てるべきです。
政府を動かしているのは人々と同じ人です。
信用100%の政府などありません。

社会と個人

2014年01月24日 | Weblog
個人が原発に反対でも社会が原発賛成で原発をつくれば放射能汚染が起こって、その人が生活生産の場を失ったり、放射能障害にかかったりします。
原発社会から逃げて原発ゼロ社会に行けばいいと言われても生活生産に慣れた現社会を捨てることは容易ではありません。

社会を愛するが社会の考えは自分の考えに合わない。
何んとか社会の考えを変えたいと思うが、変わらない。

社会の考えと個人の考えの不一致は永遠の問題です。
独裁社会であろうが、民主主義社会であろうが、社会主義社会であろうが、どんな社会も不幸な人を生みながら動いていきます。
経験知識は社会の改善に役立っていますが、大半の人々がその経験知識を共有する状態にならないと経験知識は社会を変える力になりません。

原発は人の命にかかわる大問題ですが、放射性物質を安全隔離できるか否かについて安全隔離できると思う人が多く、人々の判断が二分されています。
大半の人々が放射能の恐ろしさを経験し、原発の危険性を知るようになって初めて社会は原発廃止を決めるでしょう。
その決定までに非常に多くの人々が犠牲者になるでしょう。

放射能汚染の深刻さは、大半の人々が原発の危険性を知って廃止を決めても永遠に放射能汚染が続き、放射能障害者を生み続けることです。

私達は現在の幸福を考えるだけでなく、未来の幸福、子孫の幸福を考えることが大切ではないでしょうか。
すべての人が幸福である理想社会はないとしても、理想社会を追求する社会はあります。
理想を考える個人が増えることで理想社会を追求する社会は実現します。
理想を考えることは青臭いと批判する大人が多いのですが、老人になると理想を考える人の方が元気に見えます。

沖縄は貧乏神に取りつかれた県ではなくなった

2014年01月20日 | Weblog
やがて在日アメリカ軍基地はゼロになります。
年間5兆円ぐらいの強大国並みの防衛予算を組んでおきながら在日アメリカ軍基地を並置するのは防衛過剰です。
あるいは自衛隊が十分機能していないことを示しています。
外交ができていないことを示しています。
それから沖縄にアメリカ軍基地が多すぎます。
沖縄のアメリカ軍基地については縮小で問題ないと思います。
辺野古のアメリカ軍基地を拡張する必要はないと思います。
アメリカと日本の政府は辺野古拡張計画を中止すべきです。

昨日の名護市長選で辺野古埋め立て反対の人が当選したことは市民の判断力が健全であった結果だと思います。
沖縄県知事は賛成したが、県議会は反対しました。
知事は県民を欺きました。
政治家として失格です。
今回辺野古がある名護市が反対しました。
沖縄の人々は、お金より安全と環境、お金より自由と独立を求めています。
昔の貧乏神にとりつかれた人々ではなくなりました。
今後も沖縄県は自立できるよう必死になって平和産業を企画実行してほしいと思います。
外交下手の中央政府にお金で振り回されるような弱々しい県であってはなりません。

東京オリンピック開催にまた難題

2014年01月19日 | Weblog
東京オリンピックの大会組織委員会の会長に就任すると言われている森喜朗元総理が、原発を稼働しないならオリンピックを返上するしかなくなる、世界に迷惑をかけるといった主旨の発言をしたそうです。
昔から軽率な人で無責任な言動が多い人ですから彼の言葉は信用できませんが、会長になると言われている人ですから一応彼の言葉には責任があります。

原発を稼働しないと電力不足で東京オリンピックを開催できないということが真実なら文句なしにオリンピックは返上すべきです。
オリンピックを開催しなくても人の命には別条ありません。
しかし原発稼働は人の命に悪影響を与えます。
原発稼働の方が、オリンピック返上よりはるかに世界に迷惑をかけます。

中央政府は福島の事故原発の処理処分に全力を注ぎ、ほかの原発については稼働を停止しておき、オリンピック開催時の放射能汚染の恐れをできるだけ小さくすべきです。
東京都は、原発ゼロの条件で、かつ都が主体的にオリンピックを準備するという条件でオリンピックを開催できるか急いで検討し、森元総理が言うことが正しいならすぐオリンピック返上をIOCに連絡した方が、世界に迷惑をかけることになりますが、迷惑を大きくしないことになります。

都知事選でこの検討が遅れることは痛いことですが、都のオリンピック担当部局は、都知事選の結果を待たず、今から検討に入るべきと思います。

東京オリンピックについてはまずは実行の可能性を探るべき

2014年01月18日 | Weblog
私は東京オリンピック招致に反対でしたが、決まった以上、実行する方向で可能性を探るべきと思います。

安倍晋三総理は放射能汚染は問題ないと言いました。
責任をもって東京電力福島第一原発(事故原発)の処理処分を実行すべきです。
大規模放射能漏洩をまだ起こしていませんが、東京周辺には東京電力福島第二原発、柏崎刈羽原発、中部電力浜岡原発があります。
これらの未事故原発も処理処分を決めて放射能汚染の恐れを小さくし、世界の不安を取り除くべきです。

現実は、事故原発について思うように処理処分が進んでいません。
処理処分技術がないからです。
事故を想定していなかったため防止技術も処理処分技術もありませんでした。
現在処理処分技術を開発しながら事故原発を処理していますが、仕事は遅く、危機状態が続いています。
人材、資金も不十分です。
事故原発、放射性物質の隔離が全然できていません。
放射能漏洩・汚染が続くと思います。
当然のことながら放射能障害も問題が顕在化します。
この状態が今後も改善しないと東京オリンピックをやめよという声が世界で強まると思います。

東京オリンピック中止の判断が早ければ別の開催地による2020年オリンピックは開催可能です。
今後も放射能汚染の不安が消えず、しかも東京オリンピック中止の判断が遅れると、2020年はオリンピックを中止することになります。
国際オリンピック委員会(IOC)、日本国、東京都の信用は大幅に下がります。

津波被害や放射能漏洩・汚染被害で暗い日本をオリンピックで明るくしたいと思って東京オリンピックを誘致したと思いますが、世の中思うようにならないものです。
オリンピック開催はできても、事故原発処理処分は苦しみ続けると思います。
放射能漏洩・汚染・障害が続くと思います。
放射能不安をかかえながら東京オリンピックを開催できても日本が明るくなるか心配です。

都知事選は東京の未来を考えるいい機会

2014年01月17日 | Weblog
約50年前、独身時代、私は東京都文京区目白台(名称のとおり台地)に住んでいました。
南側の斜面に椿山荘、江戸川公園があり、その下の低地を神田川が流れていました。
大雨が降ると神田川は簡単にあふれ、周辺は床下浸水になりました。

関東平野とは鬼怒川、利根川、荒川、多摩川などの大きな川がつくった広大な低地で大雨に弱い地形です。
したがって昔から人々は治水に苦労してきました。
近代、都は巨大投資を行って河川氾濫防止をやってきました。
上流のダム建設、河川改修、都市部の地下排水路・貯水池の建設などです。
おかげさまで最近は神田川の氾濫を聞いておりません。

防災投資でそれなりに東京は安全になったと思いますが、対策を上回る速度で都市の巨大化複雑化が起こっており、現実は東京の危険度は上がっているというのが私の印象です。
人々は高層建築、地下構造を都市の近代化と受け止めてきたと思います。
私は35年ぐらい東京都中央区の事務所で働き、東京慣れしている方ですが、最近は東京に行くと自分の位置を見失います。
特に大きな建物や地下の通路ではどう行けばどこへ出るかがわかりません。
こんな時大地震が来たら私は死ぬ恐れが高いと思います。
仮に外に出ることができたとしても周辺は障害物だらけで安全な場所に行けるかわかりません。
しょうがないので現場にとどまるとして、いつそこに救援が来るかわかりません。
人口が多いこと、人口密度が高いこと、構造が巨大複雑なことは、大災害時、致命的だと思います。
停電が起こるだけでも大混乱になります。
まして構造が破壊したら大々混乱です。

危険を考えれば都市の巨大化複雑化が近代化などとは言えません。
石原都政は誤った近代化をやってきたと思います。
東京の危険性を猪瀬前都知事は考えたようですが、オリンピックに夢中になってしまい、石原都政の継続になってしまいました。
彼の辞任はよかったと思います。

東京電力が、安全より収益を優先し、100万kw単位の大規模原発を福島県や新潟県の狭い敷地に細密充填で建設してきたのも東京のニーズであり、東京的思考を踏襲した結果です。
もう東京は方針を変えるべきです。
安全都市になることを決意し、人口、機能の地方への分散を図るべきです。
周辺4県に都市機能が広がればいいという考えではなく、1都4県で、第一次産業から第三次産業まで釣り合いをとるべきと思います。
自然との釣り合いもとるべきです。
電力についても1都4県で安全な発電を考えるようにすべきと思います。

町内会とボランティアの協力

2014年01月16日 | Weblog
私はボランティアとして町の問題解決に協力していますが、問題解決はむずかしいことだと思います。
一つずつ時間をかけて解決するしかないと思っています。

最初に取り組んだ問題は防災機能の改善です。
昔は町内会が中心になって防災訓練をやっていましたが、いつしか町内会が機能しなくなりました。
町内会は防災ボランティアがやってくれと言い、防災ボランティアは町内会が企画実行しなければ何もできないと言い、双方がまず相手が動くことを求めて何もしないと言う状態になっていました。
これではらちがあきませんので防災ボランティアが企画実行し、町内会の名で防災活動をやるようにしました。
すると面白いもので町内会も動きだし、今では町内会が企画実行し、防災ボランティアが協力する形になっています。
改善を始めてから5年がたちました。

まだ問題解決できていないのが町のお祭りです。
町内会は一度中止を決めましたが、お祭りボランティアが、継続を主張し、町内会の名で企画実行してきました。
町内会役員も仕事量が多いので依然として役員は仕事を嫌がり、町内会とボランティアの協力がうまく行っていません。
昨年も町内会とボランティアが批判し合う状態でした。
反省会が開催され、町内会が企画実行し、ボランティアが協力することになりましたが、問題は解決していないと思っています。
町内会が喜んで企画実行する状態ではないからです。
町内会は企画実行に不安を持っている状態です。
町内会を批判しないでお祭りボランティアが協力するようにならないといけないと思っています。

町中の公園管理は、昨年から公園ボランティアが自発的に草刈り、草取りを始め、一昨年までは草茫々の公園でしたが、今は非常に美しい公園になっています。
町内会も公園ボランティアが活動しやすいように道具をそろえてくれたりしましたので概して町内会と公園ボランティアの協力はうまく行っていると思います。
公園掃除は従来からある町内会の仕組みが機能していますから、公園ボランティアの草刈り、草取りで公園管理はいい線に達しました。

町の住環境問題は、大半の住民が住環境保全を重視していることがあって美しい町が保全されていると思います。
世代交代が徐々に進み、家の建て替えも目立っていますが、昔の家より明るく美しくなっていると思います。
特に庭は生け垣や塀で囲うのではなく、道路に開かれた庭が増えており、町の美化に役立っています。

問題があるのかないのかよくわからないのが福祉問題です。
いくつか福祉ボランティア組織があり、それなりの活動をやっていますが、現状でいいのか悪いのかよくわかりません。

老人割合が40%に近づいていますから、孤独死、餓死が起こる恐れがあります。
弱者は助けを求めて声を上げないことがあります。
一人で悩んでいるだけの場合があります。
民生委員はそのような人を把握するだけでも苦労しています。
まして助けるとなると一段と苦労します。

近所の助け合いといっても現代は近所の人間関係がそれほど重視されていない感じがします。
無理に近所づきあいする必要はありませんが、それとなく近所で安否確認し合っていることは大切と思います。
災害時にはまず家族ですが、次は近所の人を助けることが大切と思います。
具体的な助け合いの仕組みが必要か、近所の助け合い運動をやっていればいいのか今はまだもやもやした状態です。