ゲートボール(GB)日記

まちなかの公園でGBを楽しんでいます。GBは老若男女一緒に楽しめる数少ないスポーツの一つです。まちびと

道路建設計画より産業計画が先

2008年01月31日 | Weblog


渋滞道路について、道路拡幅、バイパス建設などによって渋滞を解消することは燃料や時間の節約になり、必要なことと思いますが、必要度の小さい道路建設はまずいと思います。
政府が実質破綻しているわけですからお金の無駄使いは許されません。
建設途中の道路が利用されることなく放置状態というのは確かに異様ですが、完成しても利用率が低ければ完成は失政です。

元気がない地方ですが、元気がない原因は道路ではないと思います。
元気がいい産業がないからだと思います。
道路があれば産業が自然におこるということはありません。

地方はまず産業計画を立てるべきです。
若い人が集まってくるような魅力ある産業を計画する必要があります。

冬柴鐵三国土交通大臣が観光立国担当ということで地方の観光産業に注力しています。
これまでに失敗例が無数ですが、彼は過去の失敗を反省して新しい考え方で観光産業に再挑戦しているのでしょうか。
新しい考えを出したとしても失敗することが多いと思います。
経済が成長しませんから人々が静的になるからです。
今よく観光旅行する年金生活者もやがて年金の目減りまたは減額で静的になります。
若い人が減り老人が増えるという人口構成の変化にも注意すべきです。
また地球温暖化防止ということで静的な生き方が重視されるようになります。
外国、特に隣国からの旅行者ですが、宣伝すれば増えますが、来ても思ったほどお金は落とさないと思います。
格安ツアーが多いと思います。

地方は地方で働いてくれる人のために地方づくりをやるべきです。
第一次産業、第二次産業を中核とすべきです。

海外の輸出圧力が強くてむずかしい農産物がありますが、輸入農産物の価格動向を検討して農業再構築を図ることは重要なことと思います。
主要農産物を燃料アルコールにする動きがあり、価格は上がる方向です。
林業も注目すべきです。
かつての木材輸出国は森林の減少に驚き、輸出を規制するようになりました。
木材価格も上がると思います。

第二次産業の海外生産はほどほどにすべきです。
労賃が下がっても国内生産を維持しませんとそれこそ日本の産業が衰退します。
材料でも機械部品でも機械でもそのほかの製品でも世界一を目標にして頑張るといいと思います。
"Made in Japan"ではなく、"Made in ・・・(地方名)"で世界に輸出できるようになるといいと思います。

産業計画ができたら次が道路建設計画です。
こうして土建会社が繁栄するようにすべきです。

選挙は国民の人事権行使

2008年01月28日 | Weblog

うっすらと雪が残っている奥多摩稲村岩周辺

政府が実質破綻状態から抜け出せない原因の一つに国家公務員の堕落があります。
国家公務員にお金の無駄使いを指摘すると、すべての国家公務員が、現在の仕組みはそうなっていると言い張ります。
改善した方がいいと思わないかと言っても、そうなっていると言い張るだけです。
現行法の下でも改善できることはいっぱいあるのにです。

国家公務員の間には上が威張る雰囲気があります。
この雰囲気の中で改善意欲を失った政府職員は、ごますり、汚職、怠惰に溺れていきます。
気が弱い職員はまじめに働いてもつまらないと仕事に飽きて怠惰になってしまいます。
改善提案などしません。

この国家公務員の堕落を正す唯一の方法は、威張る事務次官や局長などの幹部職員を、天下りも認めず処分することです。
定年を待たず解雇することです。
そのためには大臣が信念をもって幹部職員の人事を行わなければなりません。

ところが困ったことに日本の大臣は不正があることを知りつつ幹部職員と妥協して自分の地位を守ります。
幹部職員と議論できるほどの信念も正義も情報知識も持っていないからです。
大臣の先生が幹部職員だからです。

国会図書館があるのにここで勉強する国会議員はいないそうです。
いろいろな議員手当てをもらっていますが、自分の周りに専門家を置いて情報知識を学ぶ国会議員はいないそうです。
大臣になってから委員会をつくりますが、参加する有識者が知識があっても政府改善意欲がなければどうしようもありません。

政府を改善する意欲なき大臣を選んでいる自民党・公明党に問題があります。
とすると次の衆院選挙で自民党・公明党を処分することが必要です。
それができないと、堕落した政府の幹部職員を処分することができません。

要するに政府が改善されない最大の原因は私達が選挙において政治家に対しまじめに人事権を行使しないからです。

学者の言うことは学んでもやることはまねるな

2008年01月24日 | Weblog

昨日朝横浜はうっすらと雪化粧しました。

宗教家の言うことは学んでもやることはまねるなと言われています。
宗教家はよいことを言うが、やることは悪いという意味です。

これは宗教家だけではありませんね。

ある有名な環境学者が自分のサイトで得々と次のように書いていました。

「 昨日、シンガポールに到着しました。今日の午後、ここの港から・・・の「・・・号」に乗船します。今回の・・・のテーマが「温暖化」ということで、私は水先案内人(講師役)として、船上でセミナーやディスカションなどをおこないながら、セーシェル諸島までごいっしょします。」

セーシェル諸島はアフリカ東岸沖にある島です。
インド洋を10日以上かけて大型ボートで航海し、船上でセミナーを行うというのです。
豪華ですね。
この学者は大型ボートに乗り、インド洋上で世界的活動家を相手にセミナーの講師をやることに有頂天になっています。
しかし自分の生活が炭酸ガス排出型であることについて何の問題意識も持っていません。

約40年前、日本の大気汚染問題について啓蒙活動に大きく貢献した大学の教授がいました。
この教授が講演の休憩時間にタバコを吸いました。
すると聴講者もみんなタバコを吸いました。
当時はタバコを吸う習慣がありました。
部屋の中はタバコの煙でもうもうとなりました。

私は、「先生、この部屋の空気汚染と先生が問題という大気汚染とどちらが汚染度が高いでしょうか」と教授に質問しました。
教授は、あわててタバコを消しながら「この部屋の汚染度の方がはるかに高いと思います」と言いました。

タバコを吸う習慣が吸わない習慣に変わるのに50年の単位の時間がかかりました。
炭酸ガス排出型生活が排出抑制型生活に変わるにはやはり50年の単位の時間がかかるでしょう。

学者の言うことは学んでもやることはまねてはいけませんね。

税金は1円でも安い方がいい

2008年01月21日 | Weblog


現在の政府の税金の無駄使いはひどすぎます。
それなのに政府の合理化は一向に進みません。
国会も政府も裁判所も不法を放置しています。
要するに不法なことをやってお金がないと言っています。

たとえば裁判所は、法律の精神に基づいて判断すればすぐ判断できるのに、憲法第9条、第13条、第14条、第20条、第25条などに違反する国会や政府の不法に同調し、不法を合法と言うのに数年、数十年と裁判に時間をかけます。
裁判官は忙しいとか疲れたとか言いますが、不法を合法と言わなければならないのですから忙しくて疲れて当然です。
それから国会、政府、裁判所が不法なら人々も不法をよしとします。
犯罪が増えますから裁判官が忙しくなるのは当然です。
裁判官を増やせばコスト増です。

無駄使いが多すぎる政府ですから1円でも税金が安いことは大歓迎です。
ガソリン税など自動車関連税が大幅に安くなることは大変よいことです。

自動車関連税が安くなると言っても、近年高騰した燃料コスト分を100%下げることができる訳ではありません。
したがって高村正彦外務大臣、町村信孝内閣官房長官が心配するような、燃料消費が増えてしまうということはありません。
彼らは税収が減ることを心配しているだけです。

地球温暖化防止について議論するサミットを日本(洞爺湖)で開催するのが恥ずかしいとまじめに言うなら洞爺湖サミットを中止すればいいでしょう。
開けば世界から数万人、会場およびその周辺に集まるでしょう。
彼らが排出する炭酸ガスは莫大です。
中止すれば温暖化防止に寄与します。
それから一部の経済大国の首脳クラブをいつまで開いていても世界はよくならないでしょう。

これから日本経済はますます厳しくなります。
経済成長はしません。
人々は自動車関連税が下がってもさらに自動車関連コストを削減せざるをえません。
自動車関連税が安くなったと喜んで馬鹿みたいに自動車を乗り回すのは一部の経済意識、環境意識の乏しい人だけでしょう。

自動車関連税を下げると政府の歳入が減るという問題は、2-3兆円程度の減少ですから、年度予算が80兆円以上であることを考えれば、政府合理化で十分吸収できます。
人々は、政府に、まじめに合理化をやれと命令していいと思います。

町の近くの森林を大切に

2008年01月18日 | Weblog

冬枯れの横浜 舞岡公園 ここは庭園部です。

横浜市は一人当たり温室効果ガス排出量を2025年度までに30%以上削減するという目標を設定しました。
日本政府より積極的姿勢を示したと思います。
ごみリサイクルを増やし、ごみ焼却量を減らしたことは大きな進歩であったと思います。

しかし、私は昨年省エネルギー住宅を建設しましたが、横浜市には省エネルギー住宅建設奨励策はありませんでした。
市の省エネルギーの取り組みはまだ口先と思っています。

市に残っている貴重な森林の保全を訴えた市民運動は明るい希望を持つことができないまま新年を迎えました。
森林は切られ、巨大な集合住宅が建設され続けました。
丘陵の斜面まで住宅地と化しつつあります。

市は150万本植樹行動という運動をやっています。
150万本の木を切る森林破壊を許可するから、代わりに市民は150万本植樹してほしいと言っているように聞こえます。

庭木や並木を植えることは町の美観を改善するし、木を愛する心を養成するからいいことです。
しかし庭木や並木の炭酸ガス吸収効果は微々たるものです。
森林に較べれば知れたものです。
庭木や並木は大きくしないため剪定するからです。
枝葉を処分するからです。

私が住んでいる町の近くに舞岡公園という森林がきれいな公園があります。
ところが、困ったことに、市も、公園ボランティアも公園の庭園化が大好きです。
彼らは自然動物や自然植物を大切にと言っていますが、やっていることは反対です。
じわりと森林を破壊し、建物の建設、草木のない空間づくり、散歩道網の拡大、庭木の植樹、自然の沼の人口的な遊水地化、水田化(農業公園という考えがあります)、森林の間伐、下草刈りなどを行いますから、自然動物も自然植物もたまりません。
やがて舞岡公園はすけすけの自然のない普通の庭園公園になるでしょう。
残念です。

省エネルギーについては、市民が採用できる技術や方法を具体的に市民に提示することが効果的です。
さらに奨励策を持つべきです。
森林については、都市条例を強化し、森林の住宅地化、庭園化を止めて残っている森林を保全するだけでなく、さらには庭木の植樹ではなく森林をつくる行政に転換するべきです。

建築協定失効

2008年01月15日 | Weblog

概して美しい町と思います。
しかし電柱電線が問題です。
地震、台風、大雪の時危険です。

私が住んでいる町は、大手不動産会社が約30年前に造成した広大な住宅地で、平均宅地面積は200㎡以上、隣地境界線から1m以上壁を離している戸建て住宅がほとんどです。
ほとんどの庭に草木がいっぱい植えられています。
その上整然と設けられた道路が広いので、住宅、草木、空間の釣り合いが比較的よく、横浜屈指の美しい町と評判で、他県からも町の見学に来るほどです。

ところで建築協定運営委員会が、昨年12月で建築協定が失効したと文書で知らせてきました。
建築協定では町の住環境を守ることができなかったと書いてありました。
建築協定から脱会する人が増え、建築協定基準違反住宅が増えたと書いてありました。
違反住宅の典型は土地の細分化(125㎡ちょっと)、隣地境界線から50cmの所に壁がある総二階の住宅です。

古い都市部の住宅密集地ではこのような住宅は普通でしょう。
したがって住人の中には建築協定基準違反住宅が増えることは問題ないという考えを持っている人がいます。
若い人は貧乏で大きな宅地を買えない、この町には若い人がいなくなってしまう、と心配して宅地細分化に賛成する人がいます。

しかし小さな宅地、駐車場はあるが庭なき総二階住宅はどうしても町の中では調和を乱した家として目立ちます。
もっと重大な問題は、古い都市部では住宅密集地が当たり前ですが、このような住宅密集地が安全か、住宅地として健全かということです。
たとえば、東京都は、このような住宅密集地の火災の危険性を問題にし、町の再開発を進めています。
宅地を広くしようとしても不可能ですから、集合住宅をつくって空間をつくりだす方法をとっています。

しかし集合住宅が住宅としていいか疑問です。
隣人との関係がない、反対に隣人と近すぎるため騒音などで反感を持つ、草木がない、空間をつくっても無機的、住宅内およびその周辺の行動空間が狭い、住宅に居ても楽しくないので外出が多い、反対に家に閉じこもって動かない、大地からの距離が遠く空中生活が不安(精神不安定、落下、飛び降り自殺など)、玄関に行くまでのエレベーターや階段や通路が不安、住宅内生活が単調、孤独、そして本当に孤独死など数多くの集合住宅生活問題が指摘されています。

都市部の住宅密集地化は防ぐ必要があります。
集合住宅にすればいいという発想は安易です。
これは自分のため、子孫のため、社会のためです。

さて建築協定運営委員会は建築協定で頑張りすぎました。
委員の中には建築協定が制度疲労を起こしたと書いている人がいました。
最初から欠陥制度だったと思います。
建築協定運営委員会が頑張りすぎた結果、地区計画への移行が大幅に遅れてしまい、住宅密集地化が起こり始め、住環境悪化を防ぐことが一段とむずかしくなったのだと思います。

住人は、もう駄目だと絶望せず、安全で美しい町は自分のためになる、また子孫のためになると考え、町内会に協力し住環境維持保全の行動を起こすべきです。
建築協定の委員だった人は、建築協定はよかった、建築協定から脱会した人が悪かったという言い方をやめ、建築協定にしがみつきすぎたことを反省し、これからは一住人となって町内会の住環境維持保全活動に協力してほしいと思います。

横浜市は安全で美しい町づくりに指導性を持つべきです。
お金のことだけ心配するような地方政府ではいけません。

観光都市にするより、住人のための町にせよ

2008年01月12日 | Weblog


イタリアのナポリと言えば世界三大美港の一つとされ、観光都市として有名です。
ところが現在は道路がごみの山です。
住人は当局に対して怒り、意地になってごみをどんどん道路に捨てたり、ごみに火をつけたりしています。
犬があさったりしてごみが散らかるし、大火事になる危険があるし、ひどい状態です。
いろいろな理由があるようですが、要は市のごみ処理機能が働いていません。
住人のごみ処理意識もなっていません。
ナポリはどうなってしまったのでしょうか。

横浜は、美しい町づくりについては夢がありませんが、ごみ処理については何とか頑張っている方です。
裏方では何か大きな問題があるかもしれませんが、住人は規則を守ってごみを出します。
住人がリサイクルを考えた分別に協力するので、おかげで市は焼却炉の負荷を下げただけでなく、わずかな金額ですが分別したごみを資源として業者に売って売り上げを上げているそうです。
住人はカラスや猫がゴミ袋を破らないようにゴミ袋をネットでおおうか、ポリバケツの中に入れてきちんと所定の場所に出します。
ごみ収集車も定期的に収集に来ます。
収集車の作業者はきびきびと働き、住人が遅れてあわててごみを持って行っても嫌な顔をせず受け付けます。
ごみ収集車が去った後は、ほとんど汚れが残っていませんが、さらに当番制で掃除担当住人が掃除をしてごみ収集場所の近くに住んでいる人にできるだけ迷惑をかけないように努力しています。

横浜のいい所はごみ処理ぐらいなものではないでしょうか。

今後市が注力すべきは、観光の町みなとみらい地区ではなく、広大な陸部の町の改善です。
町は、外の人のための町であるより、住人のための町であることの方がはるかに重要です。

日本に長く住んでいる人は実質日本人

2008年01月09日 | Weblog
日本に永住すると思って長く生活している外国人が、外国人であることを強調し、日本と対立しているようでは日本を不安定にし、自分達も住みにくいでしょうし、日本人も不愉快ではないでしょうか。
日本に長く住んでいる人は実質日本人です。

日本人の中に自分は純粋日本人であると思っている人がいますが、遠い先祖は恐らく中国系か北方系か南方系でしょう。
仮に先祖が純粋日本人であったとしても自分はすでに混血でしょう。
今は純粋日本人なんていませんから自分が外国人であることを気にする必要はありません。

日本で死ぬと思っているほどなら日本人になるのが最善と思います。
異国的な雰囲気を漂わせている日本人でいいと思います。
日本人にならない場合でも、少なくとも日本で生活していることに感謝し、日本に協力する心を持たないと孤立疎外の不安から解放されないでしょう。

町の人のための町

2008年01月06日 | Weblog

冬枯れの奥多摩 流れが細った谷川

炭酸ガスを減らすには森林を増やさなければならないと考えて毎月のように横浜から奥多摩までボランティア活動で行きますが、横浜と奥多摩の間を往復して何がボランティア活動かと自己嫌悪に陥ります。
往復に8時間ぐらいかかります。
そろそろやめようと思っています。
奥多摩は奥多摩の人が頑張ってもらいたいと思います。

地球温暖化が大問題と言って会議や講演のため世界中を飛行機で飛び回っている運動家は自己嫌悪に陥らないでしょうか。
輸送機関では飛行機が一番燃料を食います。

炭酸ガス排出を半分にしたいと思ったら、化石燃料消費量を半分にしなければなりません。
日本は省エネルギー技術が発達しているから排出を減らしやすいと思っている人が多いと思いますが、そんなに簡単ではありません。

自動車会社の技術開発力はすごいと思います。
リッター15kmを30kmにすれば燃料消費量を半分にすることがでます。

ジェットはそうは行きません。
そこで便を半分にする必要があります。
乗りたいが乗れない人が半分出ます。
売れっ子の地球温暖化防止運動家もティケット購入に苦労するでしょう。

地球温暖化防止を具体化するためには動的な生き方を静的な生き方に変える必要があると思います。
世界で活躍することが生きている証と思っていたのを、自分の町で生きることが生きている証と思うようになる必要があると思います。

そのためには自分の町を世界一いい町にするという考えが有効です。
自分の町を観光地化し、外から多くの人が旅行に来るようにするという意味ではありません。
このような発想は時代遅れの国土交通省の考えることです。
遠くから来た、いかにも炭酸ガス排出型の顔をした間抜けな観光客が町をうろうろしたらそれこそ町の文化水準が下がるというものです。

町の人のための町にすることが大事です。
死ぬ時この町に住んで本当によかった思える町にすることが大事です。
そのような町が世界にいっぱいできればいい訳です。

美術は美術家だけのものではない

2008年01月02日 | Weblog



明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、すべての人が子供の時から美術を学びます。
それなのに大人になると美術は自分と無縁と考えるのは大いなる誤りです。
美術は上手下手関係なく自分の生活や仕事に生かすのが本当の生かし方です。
美術家になるために美術を学ぶ訳ではありません。

美術家の作品などそれこそ普通の人には無縁です。
美術館に行かなければ見ることはできないでしょう。
その上、美術館では係りの人が、近寄るな、触るなとこわい目で睨んでいます。

美術品でないものを使い、美術品は使わないと考えるのは大間違いです。
美術品は保存してあるだけでは無価値です。
使ってこそ価値がでます。

何とか鑑定団が、これは保存状態がいいから何百万円、これは使い古しているから何万円と言っていますが、今何百万円のものは無価値な状態が何百年も続いて今何百万円です。
今何万円のものは高価な状態で何百年も使われて今何万円です。
積算したらどちらが価値があったかは歴然です。

住宅でも町でも私達が子供の時から学んだ美術を使ったらもうちょっとましになるのではないでしょうか。
中央政府、地方政府が規制して住宅や町を美しくすることも重要ですが、それにもまして私達が、美術を、金儲けの方法と同じように生きるのに有益な方法と考えるようになるといいと思います。

美術は美術家だけのものではありません。