住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

国会も大掃除が必要

2006年12月30日 | Weblog


ここ数日横浜は晴天に恵まれ、気持ちよく大掃除をすることができました。
ビニール袋に入れて押入れの中に詰め込んであった繊維製品などを全部出して整理しなおしました。
すると床に白黴が出ていました。
やっぱり詰め込み教育は駄目だなどと変な連想をしながら掃除をしました。

こうして整理をしますと、資源・エネルギー不足や環境悪化を問題にしながら自分はどうしてこんなに使わないものを買い込んでしまったのかと思います。
恐らく買ったときは、欲しいとか必要だとか思ったのでしょう。
消費に甘かったと痛感します。

捨てるのはもったいないと言ってまた押し入れに入れればきっと死ぬまで使わないで押入れの中に入れておくだけでしょう。
今回は決心してリサイクルに回すものと廃棄にするものに仕分けし、ものを減らし、押入れの中の風通しをよくしました。

来年は、あるものを大切に使い、買うときは本当に必要かと考えて買うことにしたいと思います。
みんながそうしたら経済が大幅に縮小すると心配される方もおられるでしょう。
しかし、理論的には、消費が減って生産が減っても必要なものがあるならば人々はちゃんと生活できるはずです。
資源・エネルギーは節約になり、環境悪化は減速し、私達は時間のゆとりを持つことができるでしょう。
いいことだらけです。

問題は政治です。
政府が経済成長を重視する理由は、経済縮小では実質破綻の政府の破綻が加速すること、裕福な人々の政治圧力が強いため所得格差是正を実行できないことなどでしょう。
しかし資源・エネルギー不足、環境悪化は深刻です。
現実は裕福な人々や政府の都合など聞いてくれません。
現実はなるようになります。
安易な政治では最早現実に対応できません。

したがって政治を変えることは日本の急務でしょう。
ですから来年の参院選はみんな投票に行き、まず参議院を変えましょう。
特に貧乏になったと思う人は、棄権しているようではもっと貧乏になるでしょう。

それでは皆様よいお年を。
コメント

生活水準が向上したのは戦後

2006年12月27日 | Weblog


ノロウイルスの蔓延は問題ですが、日本は生物の楽園だと思います。
つまり人間にとっても日本は楽園です。
1億3千万人が生活できる日本は素晴らしいと思います。

戦後国内生産消費だけでなく輸出入や海外事業が発展し、豊かな生活が実現しました。
国内外で自由に事業や仕事をする人が日本で育ったからです。
それは戦後の自由尊重の教育がよかったからだと思います。

私は非常に貧乏な家庭に育ちましたが、奨学金を得ることができ、大学を卒業して技術開発型会社に就職しました。
会社は世界と交流しながら発展しました。
そして私も貧困から脱出しました。

戦後の教育のよかった点は、世界から最高の学問を学ぶことができたこと、世界の会社から最高の経営を学ぶことができたことだと思います。
そして何よりも自由を尊重したことです。
自由の精神で問題解決に取り組むことができました。

ところが政府は、戦後の教育は、外国から押しつけられたものだと言って否定し、伝統と文化を尊重すると言い出し、とうとう教育基本法を変え、自由の尊重を捨てました。

私は戦後の教育が外国から押し付けられたと感じたことは一度もありません。
反対に、戦前の教育は間違っていた、戦後の教育が普通と思っています。
現代の自分のことしか考えない風潮は修正されるべきですが、自由の尊重は教育の基本的精神であるべきです。

政府が主張する教育は、あまりにも復古的です。
よき伝統と文化を尊重するなら結構ですが、人命より自分(政府)の考えを重視する悪しき伝統と文化を尊重するような古臭さを感じます。
私達は戦前の生活水準がいかに低劣であったか、いかに人命が軽視されたか、歴史をよく勉強して知るべきです。
コメント

集合住宅は集合住宅

2006年12月24日 | Weblog

ヨーロッパの町

ヨーロッパの町は美しいと言う人が多いのですが、じいっと見ているとそれほどでもありません。
集合住宅が多いのですが、集合住宅は所詮集合住宅と思います。
景観も悪いし、中に入ると画一的で暗いと思います。
古い町は特にそうです。
その意味で日本で集合住宅がどんどん増えているのは感心しません。

日本は2055年には人口が約9000万人になるそうです。
4000万人も減ります。
集合住宅をつくりすぎない方がいいのではないでしょうか。

質を重視して、政府も業者も人々も、これが日本の住宅、日本の町という住宅づくり、町づくりをやったら多少人生楽しくなるのではないでしょうか。
わざわざ仮想敵をつくって、戦争だ、軍備拡充だと言っているよりこの方がはるかにいいと思います。
経済水準が高いうちに、いい住宅をつくっておけば、悪い住宅から廃棄処分となり、美しい町が復活しそうな気がします。
どうも安倍総理が「美しい国、日本」と言う割には、政府の目標(基準)は低すぎます。

日本の自然は誰が見ても美しいと思います。
だから住宅や町を美しくしたら日本は本当に美しい国になると思います。
コメント

来年の町内会総会は激論になるか

2006年12月21日 | Weblog

ドイツ南部の地方の町
かつて老人社会化したこともあったと思います。
大きな波をいくつも乗り越えて現代も町が存在しています。

私が住んでいる町の町内会役員会がどうも元気がありません。
原因は、役員就任が当番制であること、住人に老人が増え、嫌々役員になる人が多いこと、地方政府の下働きが多いこと、町内会にむずかしい問題が多いことなどです。

役員が固定化すると、役員会が町の人々から遊離し、何をやっているかわからなくなる、人々を無視して決定をするようなる、人々の町意識が低下するなどの問題があり、当番制になったと思いますが、老人社会になったことで当番制にも問題が生じました。

そこで問題解決のため役員会とは別に問題別実行委員会を設け、専門家や関心がある人や元気のある人に担当してもらう仕組みに移行しつつありますが、最近役員会は実行委員会作りまで実行委員会をつくって担当してほしいと言い出しました。

ここまで来ると役員会の機能は、実行委員会の管理ということになります。
元気がない役員会に実行委員会の管理ができるか心配です。
来年の町内会総会は激論になるかもしれません。

役員会の機能は実行委員会の管理でもいいと思います。
しかし役員の仕事が嫌だから何でも実行委員会に任せるということではいけません。
問題意識を持ち、一緒に問題解決を考える気持ちぐらいは持っていないと実行委員会の管理は到底できないでしょう。

今後日本はますます老人社会化します。
老人がどうやって元気を持ち続けるか、これは老人自身の問題と思います。
コメント

山間の生活

2006年12月18日 | Weblog


奥多摩の山深い所に倉沢という所があります。
ここに倉沢のヒノキという幹周り6.3mという大木があります。
東京都内最大の大木だそうです。
そこで17日見に行ってきました。

日原街道の倉沢谷が日原川に合流する地点から整備された山道がありまして北方へ登ること約20分でやせた尾根にでますが、その尾根の小高い所にその岩質の尾根を根で引っつかむようにヒノキの大木が成長していました。
滝入ノ峰(1310m)東面比較的低い所ですが、痩せ尾根の上ですから大木が生長するにはあまりいい環境とは思えません。
きっと厳しい環境に耐え抜き生命力が強いヒノキに育ったのでしょう。
現在も元気で空洞などは全然できていません。

このヒノキを見て次に東へ倉沢谷に下り始めるとヒノキのすぐ近くに家がありました。
人里離れた本当に山奥なのに瓦を葺いた家なので驚きました。
倉沢谷の林道からはかなりの高さがあります。

かつては誰かが生活していたことは確かで、比較的緩斜面の部分にあり、下側が畑になっていました。
しかし今は誰も生活していないのか畑には何も植わっていませんでした。
第二世代が別荘のように使っているのでしょうか。
下の林道からここまで2本レールの軌道が設けられており、一人乗れるぐらいの大きさの箱がこのレールを伝って往復するようになっていました。
最近山間部によく設けられているハンター用の輸送装置と同じものです。
この家の所有者の輸送用でしょう。

きっと最初にここに家を建設した人は林業に従事した人でしょう。
開墾した畑でとれた作物は自家消費のためだったでしょう。
ここで育った子供達は通学に苦労したことでしょう。
今は都市部で生活しているのでしょう。
しかし子供達はこの大自然の中で育ったおかげで、倉沢のヒノキのように力強い生命力を持つことができたのではないでしょうか。

この家に住んでいた人が長年月をかけて整備したのでしょう、石を並べて階段状に作られた山道を下りながら見上げると林間を野猿が走り去っていきました。
コメント

双方向と言いながら実は上から下だった

2006年12月15日 | Weblog


近年の政府は変にカタカナ用語が好きです。
タウンミーティングとは公聴会のことかと思っていた人が多いのではないでしょうか。
「小泉内閣の国民対話タウンミーティング」となっていますから小泉純一郎前総理が中心になって企画したものでしょう。
また内閣府大臣官房タウンミーティング担当室が担当したとのことですから実行責任者は当時の官房長官安倍晋三氏だったのでしょう。

このタウンミーティングは「考えよう明日の日本、伝えようわたしたちの声」という美しい文言のサブタイトルがついています。
わたしたちの声とは国民の声という意味でしょう。
政治を国民と一緒に考えることが目的になっています。

ところがタウンミーティングは、実は政府の思うように国民を誘導することが目的であったようです。
そこで政府は、政府の息がかかった人を混じりこませ、政府側に立った質問をさせる工作を行なっていました。
その上、予算管理が非常にいい加減で、実行を委託した業者に必要以上の大金を支払っていたそうです。
欺瞞または背信、業者との癒着、さらには汚職の臭いがします。
小泉氏や安倍氏に犯罪がなかったか当局はしっかり調べてもらいたいものです。

政府は人々のためにあってほしいと思います。
しかし現実は政府は政府のために、さらには政府の一部の力のある人のために動きやすいと思います。
その政府の一部の力のある人は、彼らの政治家活動を資金的に支援する会社のために動きやすいと思います。

安倍総理の「美しい国、日本」という美しい言葉の裏にはどのようなみにくい意図が隠されているわかりません。
下手をすると私達は政府の思うように誘導されてしまいます。
私達は、自分で政治を考え、政府に自分の思いを伝えていく習慣をつける必要があると思います。
コメント

危険な住宅や町は政府の責任としてみては

2006年12月12日 | Weblog


専門家のお話しでは数百万戸が欠陥住宅だそうです。
政府による建築確認は機能していないようです。

一生の間で住宅は最も高価な買い物でしょう。
命にも大きく関係しています。
それなのに住宅関連業者の質の悪さはいったいどうなっているのでしょうか。
監督指導すべき立場にある政府は何をしているのでしょうか。

町の安全性に至っては都市部の町はすべて不合格ではないでしょうか。
政府は、具体的な問題が発生する度に町の問題点を指摘しますが、基準や法律をつくったのは政府ではないかと言いたくなります。
シミュレーションした結果、たとえば地震でこの町は大きな被害を受けるなどと言われたっていったい住人は何ができるでしょうか。

政府の無責任は明白です。
そこで今後は住宅や町の欠陥の責任は政府にあるとしてみてはどうでしょうか。
現在のように政府が無責任のまま平然としているということはなくなるでしょう。
逃げることができない政府が責任をとらされるとなれば住宅や町の安全確認をもっと真剣にやるようになるでしょう。

しかしそれでも政府の信用は半分です。
業者の信用も半分です。
最終的には住む私達住人が住宅や町の安全性を考え、自分を律し、言うべきことを業者や政府に言わないと業者や政府の無責任体質はなくならないでしょう。
コメント

林業を復活させたい

2006年12月09日 | Weblog

横浜 舞岡公園

石油がなくなるということで、バイオマス(エネルギー源となる植物資源など)からつくられたアルコールが注目され、日本でもガソリンに混合して自動車燃料として使われ始めました。
アルコールだけで自動車燃料問題が解決するわけではありませんが、色々な選択肢の中でアルコールも実際に使っていますと技術開発が進みますから将来のためにいいことだと思います。

バイオマスをアルコールにする方法は大きく分けて二通りあります。
一つは発酵法でエチルアルコールにする方法です。
もう一つは熱分解して水素と一酸化炭素にし、次にこれらを合成してメチルアルコールにする方法です。

空気中の炭酸ガスは光合成によってバイオマスになります。
このバイオマスから作られたアルコールを燃料として使いますと炭酸ガスと水が生成します。
炭酸ガス-バイオマス-アルコール―炭酸ガスと循環型になり、環境面では理想的です。

バイオマスに利用する草木としてサトウキビがよく話題になりますが、別にサトウキビでなくても構いません。
今日本で邪魔物扱いにされている杉でもいい訳です。

建築材、家具材、燃料など総合的な利用を考えて日本の林業を構築しなおすと、林業を復活させることができるかもしれません。
このような視点で林業を研究する若い研究者が林業界や大学などの農学部に現れると日本の将来のためにいいと思います。

日本は木を育てるのに非常に適した土地です。
その日本で林業が衰退したままというのは、これまで安価な外材に依存しすぎたからです。
外国の木材産地は木を切りすぎて砂漠化が起こっています。
外材輸入は次第にむずかしくなるでしょう。
そろそろ日本は林業に再び目を向けるべきです。
コメント

望ましい戸建住宅の敷地

2006年12月06日 | Weblog

16m×16mぐらいの区画の町並み
この町並みは美しいと思います。

芦屋市六麓荘町は高級住宅街として有名です。
しかし近年土地の細分化が起こって普通の町になる恐れが出てきたそうです。
そこで町の大半の住人が高級住宅街を維持したいと考えたのでしょう、また市もこの町は市の知名度を上げていると思ったのでしょう、敷地400㎡以上の一戸建てしか新築できないとする条例を設けようとしているそうです。

400㎡と聞くと広いと思うと思いますが、20m×20mですからそれほど広いわけではありません。
六麓荘町の動きがニュースになるくらい日本の住宅事情は悪いということでしょう。
日本にはこの程度の住宅水準の町はもっと数多くあってもいいのではないでしょうか。
(注)山林、農地、その他の非住宅用地のことを考えなければなりませんが、参考までに日本の一人当り平均国土面積を書いておきますと約3000㎡です。

しかし現実から考えると400㎡は都市部の普通の町の水準としては高すぎます。
私は、敷地が225㎡(たとえば15m×15m)ぐらいあれば2階建てになりますが、隣地境界線から壁を最低1m離して住宅を建設できるのではないかと考えています。
また小さな庭ですが一応庭を持つことができるのではないでしょうか。

150㎡(たとえば10m×15m)以下になると隣地との境界線から1m以上離した庭付きの戸建住宅の建設はむずかしくなり、住宅密集地になるでしょう。

都市部の安全(防災など)と環境を考えると戸建住宅の町は敷地200㎡以上を目標にすることが現実的と思います。
コメント

紅葉を見ないで枝を剪定するとは

2006年12月03日 | Weblog

府中市のある小さな公園

府中市には楓(かえで)並木の美しい通りがあります。
ところが先日府中市を訪問し、この通りを歩いていましたら、まだ紅葉していないのに庭師が並木の枝の剪定をやり、丸坊主になっていました。
紅葉が楽しめなくて残念ですねと町の人に言いますと、ちょっと驚きましたが、怒ったような顔をして、楓のせいで日当たりが悪いし、落ち葉の掃除が大変だから切り倒してほしいと言いました。

町の人々は落葉高木と共生する心のゆとりも時間のゆとりも失ってしまったのでしょうか。
これでは武蔵野の雑木林が消えてなくなるのもむべなるかなと思います。

町は住宅密集地となり、掃除といえば電気掃除機で家の中だけ掃除する生活になるのでしょう。
家の周りの落ち葉を掃除することはなくなるのでしょう。

来る日も来る日も、朝起きて、会社に行って働き、外食をとって、夜遅く家に帰って寝るのでしょう。
家とは寝るだけの場所なのでしょう。

楢(なら)、橅(ぶな)、欅(けやき)、楓、山桜などは日本の代表的落葉高木で、秋から初冬の森林を彩ります。
しかし町の人々は落葉高木の木漏れ日を楽しむとか落ち葉をがさごそと踏んで歩く楽しさなどすっかり忘れてしまうのでしょう。
コメント