住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

世界文化遺産とどう調和して生きるか

2006年10月31日 | Weblog

ファミリーレストランのようですが、平泉の、ある銀行です。
町並みをやがて登録されるであろう世界文化遺産に合わせようと努力しています。

26日に平泉に行ってきました。
平泉の歴史的遺産と現代の町は調和していませんでした。
観光バスで続々と訪れる観光客も、どこか外から来て、中尊寺の金色堂だけ見て、またどこか外へ行ってしまうという感じです。
平泉の町を味わうという形になっていません。

12世紀の平泉は藤原三代(清衡、基衡、秀衡)の町でしかなかったからではないでしょうか。
当時の平泉から、藤原氏が政治を行なった平泉館、住んだと考えられる加羅御所、毛越寺(もうつうじ)、観自在王院、無量光院など平地にある壮大な寺院群を引くとたいした平地が残りません。
したがって人々の町として栄えた気配がありません。
だから藤原氏の滅亡と共に平泉は消えたのでしょう。

藤原氏の寺院群を維持する人がいなくなってしまったと思います。
そのため寺院群は消え、水田となり、平泉はごく普通の農村になったのでしょう。

毛越寺も観自在王院も、浄土庭園と呼ばれる大きな池のある庭園が復元されていますが、町の雰囲気と調和していません。
人々が毛越寺や観自在王院と共に生きて来なかったからだと思います。
宇治の平等院を模したと言われる無量光院は現在水田の中から発掘調査中です。

なお中尊寺は、9世紀に創建された天台宗の山寺です。
昔からこの地方の人々の信仰を集めていたのでしょう。
藤原氏が滅びても残りました。
中尊寺は3000点以上の国宝、重要文化財を今日に伝えることができました。
藤原氏がつくった金色堂も残りました。

面白いことに中尊寺に弁慶堂がありますが、義経堂はありません。
源義経はこの地方の人々には人気がなかったようです。
義経堂は、彼が住んでいたという高館という小山の上にありますが、弁慶堂に比較すると非常に貧弱なお堂です。
17世紀高館を訪れた松尾芭蕉は「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」と詠みました。

一関市が誕生した時、平泉町は一関市に吸収されることを嫌い、平泉の名を惜しみました。

平泉はユネスコ世界文化遺産として登録されるでしょう。
しかしこれからさらに整備されるであろう歴史的遺産とどう調和して生きるかが町の人々の課題と思います。
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東北の地方

2006年10月28日 | Weblog

大船渡線猊鼻渓駅付近
無人駅、乗降者は数人です。
ほとんど旅行者は岩壁と紅葉の秘境猊鼻渓に観光バス、自家用車、レンタカーで来ます。

東北の紅葉を楽しみたいと思い、一関周辺に行ってきました。
ローカル線とバスと足でゆっくり回ってみたいと思ったのですが、私が考えるゆっくりよりはるかにゆっくりしないとローカル線とバスと足では回れないことがわかりました。

ローカル線はあっても電車の数は1時間に0~1本です。
ローカル線を廃止してバスに代えるというお話しをよく聞きますが、バスはないか、あっても1日数本で非常に高いです。
バスも採算性をとることは非常にむずかしいそうです。

地元の人は移動に自家用車を使います。
車を運転できない子供、老人などは長距離の外出ができません。
運転できる人が助けてくれないと遠出ができません。

人々は広い土地に戸建の家を建て、庭にいっぱい花を植え、生活を楽しんでいます。

なお、一関の駅周辺は急速に都市化しています。
農業地帯に市が誕生しましたから、みんな広い土地に大きな店を構えています。
地元の人に「大丈夫ですか、あんなに大きな店をたくさんつくって」と聞きますと、盛岡と仙台の間には都市がないので人々は一関に集まってくるのではないかとのことでした。
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ねずみ

2006年10月22日 | Weblog


ねずみは童話や小説によく登場し、愛すべき小動物として扱われています。
愛玩用として飼う人もいます。
しかしねずみが勝手に外から着て家に住み着くことは放置できません。

最近道路下の主下水管と家の下水ますとを結ぶ下水管の取替え工事がありました。
すると庭を横切るねずみや、家の基礎の根元にあいた新しいねずみ穴を発見しました。
下水管から逃げ出してきたねずみでしょう。

ふと難民のことを思いました。
日本政府は北朝鮮に絶交のような経済制裁を加えています。
経済制裁が厳しくなり、さらに本格的な戦争になったら、北朝鮮から大勢の人々が難民となって中国に逃げるだろうと思います。
当然中国は難民が入ってくることを放置しないでしょう。

下水管を追われて逃げ出したねずみを見て北朝鮮の人々のことを想像したのは申し訳ないことですが、日本政府は北朝鮮の人々の命について考えているでしょうか。
何か冷たい恐ろしいものを日本政府に感じます。

外国人の命も人の命です。
人の命を軽視する日本政府がはたして日本人の命を重視するでしょうか。

たとえば強度不足の高層集合住宅は住人の命にかかわります。
検査と対策はちゃんとできたのでしょうか。
問題が表面化したものだけ検査し、適当な対策で一件落着にしようとしていないでしょうか。
もし倒壊が起こったらその時はまたその時と人の命を軽く考えているのではないでしょうか。
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富士山を世界遺産に

2006年10月19日 | Weblog


最初、富士山を世界文化遺産として登録したいという運動があることを知った時、自然遺産の間違いではないかと思いました。
すぐ富士山信仰など文化的な面を重視していることがわかりました。
ということは、富士山を軍事演習場として使うことはやめてほしいという念願がこめられているのでしょう。

御殿場側の富士山の山腹は、自衛隊およびアメリカ軍によって実弾が打ち込まれ、また戦車が走り回って荒らしています。
戦車の通り道は深くえぐられ、大きな溝のようになっています。
そのへりに立つと、戦車が溝の中を通っていくのが下に見えるほどです。

富士山は痛いとは言いませんが、富士山信仰者は心が痛み、涙が出るでしょう。

私は富士山信仰者ではありませんが、富士山を愛しています。
軍事演習場として使うことはやめてほしいと思います。
娯楽施設の建設もいい加減にしてほしいと思います。
自然を保護してほしいと思います。
したがって世界文化遺産兼自然遺産として登録を希望します。
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低所得者の所得改善が必要

2006年10月16日 | Weblog


経済はよくなっているが、個人所得が下がるという傾向が続いています。
原因は経済成長が小さいため、会社などが用心して人件費を抑えているからです。

安倍総理は経済成長をさせると言いますが、私はむずかしいと思います。
実質破綻している政府はこれからも経済の足を引っ張ります。
国際経済競争が一段と激しくなっていますから、思うように日本のシェアを拡大することは困難です。
戦乱地域が拡大していますから外国との経済交流が縮小する恐れがあります。
日本は技術開発と産業に注力しても経済横這いが精一杯でしょう。

このままでは住宅や町の事情が一段と悪くなりそうです。
劣悪な集合住宅から脱出できないとか、狭苦しい住宅や町に我慢しなければならない人が増えそうです。

経済横這いの中で金持ちがどんどん金持ちになり、貧乏人がどんどん貧乏になっているのは異常です。
金持ちのかねがマネーゲームに回り、低所得者の所得改善に回っていません。

昔の預貯金と今の証券投資を比較しますと、かねの使われ方が全然違うことがわかります。
昔の預貯金は生産に使われましたが、今の証券投資はマネーゲームに使われています。
この流れを変えるには政治を変えることが必要であることは明白です。

ところがマネーゲームに熱心だった福井俊彦氏が今も日銀総裁です。
すぐに彼を更迭し、社会の雰囲気を引きしめ、政治を変えることが必要ですが、安倍内閣は彼を温存しています。
福井氏に同情しているのでしょう。
大臣も国会議員もみんなマネーゲームが大好きということでしょう。
これではかねは美しい住宅づくり、町づくりには使われないでしょう。
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また核兵器で廃墟になる町が出る恐れ

2006年10月13日 | Weblog

オーストラリア キャンベラCommonwealth Parkの花祭り(Floriade)
キャンベラの友人撮影

日本は、経済制裁だ、戦争だと騒ぎすぎです。
戦争しないという憲法を持っているのに異常です。
二度あることは三度あると言います。
こんな馬鹿をやっていると三つ目の、核兵器により廃墟になった町が出る恐れがあります。

日本は世界に通用する法を重視する国になってほしいと思います。
感情的にならず、理性的になってほしいと思います。
美しい国をつくりたいと言うなら国が美しくなるように行動してほしいと思います。
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生活必需品の店

2006年10月10日 | Weblog


私が住んでいる町は大手不動産会社の宅地造成地です。
十字に太い道が設けられ、十字の中心が町の中心になるようになっています。
太い道の一つが戸塚から来る主要道路に接続するようになっています。
十字の中心区域は当初は商業区域でした。

約30年前、宅地が売りに出るとすぐ1区画を買いました。
そして家を建てて移り住みました。

ところが例の商業区域には何も店がなく、食料品は隣の町の生協に買いに行きました。
実は不動産会社は生活必需品の店を全然誘致してありませんでした。

これは非常に不便と言うことになり、住人は生協に出店を求めました。
ところが驚いたことに住人の中に生協は赤(共産主義)であるから反対と言う人が数多く現れました。
生協とは消費者が流通組織を簡素化し、商品の大量仕入れによって、食料品や日用品を安く購入するために組織した組合です。
共産主義組織ではありません。

当時の共産党嫌いは、組合とか平和と聞くとすぐ赤と決め付ける傾向を持っていました。
組合員になる人は主婦が多く、彼女達は純粋な気持ちで平和を求めたにすぎないのにです。

結局ほかに大型店で出店するところがなく、生協しかないということで生協が出店しました。

今では生協が出店してくれて本当によかったと思います。
歩いて行けるところに生活必需品を売る店があるというのは実に便利です。

ところでおかしいことに、当時生協出店に反対した人達の中に、組合員になることはもちろん、買いに行くのも嫌という人がいます。
自分の感情に忠実で頑固なのでしょう。
しかし老人になればなるほど近くの店は便利です。
店と共存するする気持ちが町の住人には必要でしょう。
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集合住宅は排気ガスと騒音の防波堤?

2006年10月07日 | Weblog

沖縄那覇首里城の城壁(復元) 美しいですが、冷たい時代の名残です。

住宅地を貫通する交通量の多い主要道路の両側は、集合住宅の建築を許可して、車の排気ガスや騒音が町の中に行かないようにするという考えがあります。

一見合理的に聞こえますが、集合住宅に住む人はどうなるのでしょうか。

私が住む町は一辺が主要道路に面しています。
そして面している土地については集合住宅建築可になっています。
ところが主要道路の建設が予算不足で大幅に遅れたため道路予定地が30年ぐらい空き地として残り、環境がいいと錯覚され、隣接する土地が戸建ての住宅地になってしまいました。

最近になって道路建設が始まり、道路に面した住宅に住んでいる人々は、環境悪化を恐れ、当局にいろいろと要望を出しています。
しかし集合住宅が排気ガスや騒音を防ぐことを想定して当局は道路設計をしたので住人の希望はなかなか聞いてもらえません。

集合住宅を排気ガスと騒音の防波堤にするという考えは健全ではありません。
今後はこのような発想はやめ、住宅地を貫通する主要道路は別の方策を講じる必要があると思います。

なお、近くに、この主要道路の建設が終わった後、道路に面した土地に建物の建設が行なわれた所があります。
そこはずらっと集合住宅が建設されています。
当局が考えたように集合住宅が防波堤の役割をしています。
しかしこのような場所の集合住宅は誰も長く住みたいとは思わないでしょう。
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新国土交通相も美しい町づくりに言及していない

2006年10月04日 | Weblog


冬柴鉄三氏が国土交通大臣になりましたので彼が町づくりについてどのように考えているか関心を持っています。
今のところ彼は港湾、空港、道路など社会基盤に関心があり、町づくりについては言及していません。

経済の中心が大陸に移りましたので、物流の中心も大陸に移りつつあります。
彼は日本を心配して国内に港湾、空港、それにつながる交通網を整備したいと述べています。
世界の動きを上手に利用する弾力性が必要でしょう。

地方については、地方の社会基盤整備に関心を持っており、「頑張る地方」、「頑張る地域」を応援したいと述べています。
頑張らないと応援しないということでしょう。
地方間、地域間格差が広がりそうです。

政府の公共事業予算は1998年度の15兆円から06年度は7.2兆円に半減しています。
したがって土建政治から脱却し、地方政府や民間が主体的に地方づくり、地域づくりを企画する方向付けをすることが重要でしょう。

個々の町づくりは中央政府がやることではありません。
しかし町が雑然としており、災害に非常に弱いという現状を反省し、中央政府は、法整備、特に基本的な住宅基準や町基準を上げることに注力すべきと思います。

日本は国際収支黒字です。
お金はいっぱいあります。
問題はそのお金がマネーゲームに回っていることです。
民間資金が美しくて安全な町づくりに回る仕組みづくりは政府の重要な仕事です。
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美しい町にしたい

2006年10月01日 | Weblog


9月29日、国会において安倍総理の所信表明演説がありました。
その中で彼は、目指す日本のかたちは美しい国であると述べました。
そして美しい国の姿について4つあげています。
その中に自然を大切にする国という言葉があります。
ところが残念なことに彼は美しい町づくりに全然触れていません。

都市部の町は、乱開発で狭苦しいし、雑然としています。
このような町では人々の心も雑然としているでしょう。
心が美しくないと町も美しくならないものです。

日本人はすべての人が学校で美術を勉強します。
ところが社会人になるとどうも学問と現実は別と考えやすいようです。
学校で学んだ美術を町づくりに生かす。
これが美しい国、日本をつくる方法だと思います。

日本の自然は誰が見ても美しいと思います。
問題は人間がすること、つくるものです。
私達も政府も、改めて美しい町づくりを考えたいものです。
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