授業の仕方

2009-06-18 10:22:41 | 塾あれこれ
授業をしなくなって久しいですね。
自分でしないので授業についてモノを言える
ようになりました。
プロ野球を見ながら「なんじゃ、一歩前へ出にゃ」
なんて叫ぶおじさんと同じです。
というか、引退した選手が注文をつける方でしょうか。

『自らをタナに上げれば解説者』

真似をしてみましょう。


授業は主に経済的理由から採用された教育形式です。
(個別じゃ高くつきますよね)

教える側の都合で授業形式を選択しているのですから
効果を挙げるかどうか、教える側に責任があります。

別の方式、たとえば個別指導(補習ではありません)
を採用しないのですから、それなりの対応をし
決して生徒の責任にしてはなりません。

「子供がダメになっているから」
「モンスペがいけない」
など言うのは愚か、思うだけでもOUT!
自分が悪いと思わなくちゃ。

税金を使いながら、月謝を頂きながら、自分達の都合で
授業形式を選択していることを繰り返しておきます。


授業、といってもさまざまな方法がありますね。

ここでは昔から行われているオーソドックスな授業に
ついて述べます。
教壇で黒板を背に「教える」授業ですね。
一斉授業では、やはりこれが一番多いでしょう。


いつもながらまず精神論から。
何においても気持ちが重要です。
相手に伝わります。

話を聞かないのがいたら「何で聞かんのか!」
教える側としたら当然ですよね。
思うだけではだめです。
伝えなくてはいけません。
言わなければ相手はその程度のことと思うからです。

よそ見している生徒を放ったまま、なんて×

授業時間中は一秒たりとも教師への集中を切らす
ことを許してはいけません。

(注意一生、怪我一秒)・・ん?違うか。。

「いいか・・」と話し始めた瞬間、一人でも
こちらを向いていない生徒がいれば(負け)
自分のワールドに引っ張り込めていません。

人が話をしているのに相手を見ないのを放っておく
教育は古今東西ありません。

教育上よくない!

(教育情欲内)って変換しちゃったよ。
 pcも飼い主に似るのか・・

授業中ならばたとえジョークで笑っていても
教師のコントロール下になければなりません。

ところで個別対応ならば余所見も構わないのです。

楽そうですか?


授業をしてやる、という高みにいてはいけません。
しなければならない最低の義務です。

自分を棚に上げて気楽に言いますが
上記の話は一斉授業をする時の絶対条件と考えます。

自分のワールドなんてムリですか?
必要なのですが生徒に提示できません?

じゃ、個性が全くない人が生徒に向かって
「個性を伸ばしなさい」と教えているわけ?

プロとはいえないね。
ボランティアでもお引取り頂きたい。

自分の思うところを進めればそこに「~ワールド」
って出来るのです。(光太郎だね)


前の塾でも言ってたつもりなのですが
「イノウエと同じにはできない
 人間が違うから」
・・という反応でしたなあ。


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