忘れる、ということは
先に覚えていることが必要です。
覚えていないことを忘れることはできません。
駅の雑踏ですれ違った人を後で認識できなくても
忘れた、とは言いません。
もともと覚えていないのですから。
覚えていたことがあって、初めて忘れるのですね。
確かに十分に覚えていなくても「忘れた」という場合
もあります。名刺はあるが顔は忘れた、なんてね。
それは、今認知できない、あるいは思い起こせない
という使い方ですが、記憶することを(忘れた)に近い
といえるでしょう。
通常は、忘れるとは覚えていたことに対して使います。
あるいは、覚えていなければならないことを忘れる
または、覚えていてもよいことを忘れる・・
繰り返しますがキチンとしたインプットが前提です。
○
さて昨日書いた大学教授の話です。
分数は出来ないのか、忘れたのか。
じつは二者択一にはならないことです。
(究極の選択には気をつけねば)
大学生になった時点で「できない」ので
忘れていても「できない」のです。
「出来ないじゃなく忘れた」というのは少し変。
(できないのは忘れたから、ならありうる話)
では分数について(忘れた)ということが当てはま
るでしょうか。
忘れてよいものかどうか、私は年号を覚えるのとは
ワケが違うと思います。
分数ができないということは割合の考え方ができない
ことであり算数数学では致命的です。
実生活においても同様で割合の考えができないと
たいへんです。
大人になって微積分やルートの計算ができないのとは
違いますね。
分数はできていなければならないものです。
お金の数え方と同じくらい、といえばオオゲサかな。
とにかく、忘れたでは済まないことで、だから
『分数ができない大学生』がショックだったのです。
ルートができない、とは違いますね。
そこで、忘れたというよりも、もともとマスターが
できていなかったと思われるのです。
○
大学の教授が「忘れた」というとき、もとはマスター
していたというイメージを与えますよね。
やりかただけで対処することをマスターすると
思っておられるのかなあ。
本当はマスターしていれば忘れる類の話では
ないのですけれども。
若干、現状肯定的な話に聞こえますね。
一流大学の生徒を相手にしているので認識が甘い?
忘れたらまた勉強すればよい、では不十分で
なぜ「忘れる」ような勉強になっていたかが問題です。
◎
上記の話よりさらに重要なことは
分かっていないことを大人が把握できていない、
分かってなくても次第に分かってゆくような成長を
しない、
分かっていなくても進学できてしまう
これらが問題です。
一斉授業形式から少人数個別に変わってより強く
感じるようになったことです。
◎
実は阪大教授の話にはもう一つ大きな?が。
教科書作りにも関わる方だけに気になることです。
・・いずれ別の機会に。
先に覚えていることが必要です。
覚えていないことを忘れることはできません。
駅の雑踏ですれ違った人を後で認識できなくても
忘れた、とは言いません。
もともと覚えていないのですから。
覚えていたことがあって、初めて忘れるのですね。
確かに十分に覚えていなくても「忘れた」という場合
もあります。名刺はあるが顔は忘れた、なんてね。
それは、今認知できない、あるいは思い起こせない
という使い方ですが、記憶することを(忘れた)に近い
といえるでしょう。
通常は、忘れるとは覚えていたことに対して使います。
あるいは、覚えていなければならないことを忘れる
または、覚えていてもよいことを忘れる・・
繰り返しますがキチンとしたインプットが前提です。
○
さて昨日書いた大学教授の話です。
分数は出来ないのか、忘れたのか。
じつは二者択一にはならないことです。
(究極の選択には気をつけねば)
大学生になった時点で「できない」ので
忘れていても「できない」のです。
「出来ないじゃなく忘れた」というのは少し変。
(できないのは忘れたから、ならありうる話)
では分数について(忘れた)ということが当てはま
るでしょうか。
忘れてよいものかどうか、私は年号を覚えるのとは
ワケが違うと思います。
分数ができないということは割合の考え方ができない
ことであり算数数学では致命的です。
実生活においても同様で割合の考えができないと
たいへんです。
大人になって微積分やルートの計算ができないのとは
違いますね。
分数はできていなければならないものです。
お金の数え方と同じくらい、といえばオオゲサかな。
とにかく、忘れたでは済まないことで、だから
『分数ができない大学生』がショックだったのです。
ルートができない、とは違いますね。
そこで、忘れたというよりも、もともとマスターが
できていなかったと思われるのです。
○
大学の教授が「忘れた」というとき、もとはマスター
していたというイメージを与えますよね。
やりかただけで対処することをマスターすると
思っておられるのかなあ。
本当はマスターしていれば忘れる類の話では
ないのですけれども。
若干、現状肯定的な話に聞こえますね。
一流大学の生徒を相手にしているので認識が甘い?
忘れたらまた勉強すればよい、では不十分で
なぜ「忘れる」ような勉強になっていたかが問題です。
◎
上記の話よりさらに重要なことは
分かっていないことを大人が把握できていない、
分かってなくても次第に分かってゆくような成長を
しない、
分かっていなくても進学できてしまう
これらが問題です。
一斉授業形式から少人数個別に変わってより強く
感じるようになったことです。
◎
実は阪大教授の話にはもう一つ大きな?が。
教科書作りにも関わる方だけに気になることです。
・・いずれ別の機会に。