語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】村野四郎「鉄棒(二)」

2015年10月07日 | 詩歌
 僕は地平線に飛びつく
 僕に指さきが引っかかった
 僕は世界にぶら下がった
 筋肉だけが僕の頼みだ
 僕は赤くなる 僕は収縮する
 足が上っていく
 おお 僕は何処へ行く
 大きく世界が一回転して
 僕が上になる
 高くからの俯瞰
 ああ 両肩に柔軟な雲

□村野四郎「鉄棒(二)」(『体操詩集』、1959)
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 【参考】
【詩歌】村野四郎「高障害」
【詩歌】村野四郎「競争」
【詩歌】村野四郎「鉄槌投」
【詩歌】村野四郎「拳闘」
【詩歌】村野四郎「棒高飛」
【詩歌】村野四郎「槍投」
【詩歌】村野四郎を読む(4) ~鹿~
【詩歌】村野四郎を読む(3) ~さんたんたる鮟鱇~
【詩歌】村野四郎を読む(2) ~体操~
【詩歌】村野四郎を読む(1) ~飛込(二)~


【佐藤優】「学力」の経済学、統計と予言、数学と戦略思考

2015年10月07日 | ●佐藤優
 ①中室牧子『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥウェンティワン 1,600円)
 ②デイヴィッド・J・ハンド(松井信彦・訳)『「偶然」の経済学』(早川書房 1,800円)
 ③ジョン・ヘイグ(木村邦博・訳)『確率』(丸善出版 1,000円)
   

 (1)富裕層の子弟ほど良好な教育を受ける可能性が高い・・・・という実態が①を読むとよく分かる。著者は、統計データを解析し、
 <もっとも収益率が高いのは、子どもが小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)です>
と結論する。
 確かに著者の説明には説得力がある。就学前の幼児に知識の習得だけでなく、しつけや礼儀を含む人格形成、体力の強化などを戦略的に行えば、小学校に入学する時点で、競争に強い子どもになっている。

 (2)②の著者は、英国の有名な統計学者。一見統計学による説明になじまないような、予言のような事柄を理解するときも、統計の発想が役立つことを示している。
 <もうひとひねりされた予言もある--「自己成就予言」のことで、何かが起こると予測すること自体が原因でそれが起こる、というものである。名付け親は有名な社会学者ロバート・K・マートンで、彼が例に挙げた心配性の学生は、何の根拠もなく落第する運命にあると思い込んで勉強より心配事に時間をかけ、予測される結末だが、落第する。
 (中略)自己成就予言は悪いことばかりではない。ロバート・マートンの心配性の学生とは逆の例もある。ある学生をとてもできると信じている教師が、好成績を収めることを期待してその学生にもっと歯ごたえのある課題を出す。すると、そうやって伸ばされたおかげでその学生は本当に好成績を収めるのである>
 こういう思考法は、神学で多用されるアナロジー(類比)やメタファー(隠喩)と親和的だ。統計学において単なる数字の処理だけでなく、ものの見方、考え方が重要であることがよく分かる。

□佐藤優「保守思想の悪貨と良貨 ~知を磨く読書 第116回~」(「週刊ダイヤモンド」2015年9月19日号)

 *

 (3)③の著者は、英国の応用確率論の専門家だ。
 数学の実用性について分かりやすく説明した入門書だ。
 <確率論の応用で最も発展を遂げたのは、さまざまな種類の待ち行列の研究です。この研究は最初、電話の混雑を理解しようとする試みによって弾みがつきました。それがデンマーク人電話技師アグナー・アーランの研究です。彼を称えて、電話通話量単位に彼の名が使われています。待ち行列理論のおかげで、1948年から1949年にかけてのベルリン大空輸も成功しました>
 戦略思考はロジスティック抜きに考えられないが、本書で待ち行列の概念を押さえておくことが有益だ。
  
□佐藤優「ウクライナ現政権への立場 ~知を磨く読書 第117回~」(「週刊ダイヤモンド」2015年9月26日号)
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 【参考】
【佐藤優】聖地で起きた「大事故」 ~イランが怒る理由~
【佐藤優】テロ対策、特高の現実 ~知を磨く読書~
【佐藤優】フランスにイスラム教の政権が生まれたら恐怖 ~『服従』~
【佐藤優】ロシアを怒らせた安倍政権の「外交スタンス」
【佐藤優】コネ社会ロシアに関する備忘録 ~知を磨く読書~
【佐藤優】ロシア、日本との約束を反故 ~対日関係悪化~
【佐藤優】ロシアと提携して中国を索制するカードを失った
【佐藤優】中国政府の「神話」に敗れた日本
【佐藤優】日本外交の無力さが露呈 ~ロシア首相の北方領土訪問~
【佐藤優】「アンテナ」が壊れた官邸と外務省 ~北方領土問題~
【佐藤優】基地への見解違いすぎる ~沖縄と政府の集中協議~
【佐藤優】慌てる政府の稚拙な手法には動じない ~翁長雄志~
【佐藤優】安倍外交に立ちはだかる壁 ~ロシア~
【佐藤優】正しいのはオバマか、ネタニヤフか ~イランの核問題~
【佐藤優】日中を衝突させたい米国の思惑 ~安倍“暴走”内閣(10)~
【佐藤優】国際法を無視する安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(9)~
【佐藤優】日本に安保法制改正をやらせる米国 ~安倍“暴走”内閣(8)~
【佐藤優】民主主義と相性のよくない安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(7)~
【佐藤優】官僚の首根っこを押さえる内閣人事局 ~安倍“暴走”内閣(6)~
【佐藤優】円安を喜び、ルーブル安を危惧する日本人の愚劣 ~安倍“暴走”内閣(5)~
【佐藤優】中小企業100万社を潰す竹中平蔵 ~安倍“暴走”内閣(4)~
【佐藤優】自民党を操る米国の策謀 ~安倍“暴走”内閣(3)~
【佐藤優】自民党の全体主義的スローガン ~安倍“暴走”内閣(2)~
【佐藤優】安倍“暴走”内閣で窮地に立つ日本 ~安倍“暴走”内閣(1)~
【佐藤優】ある外務官僚の「嘘」 ~藤崎一郎・元駐米大使~
【佐藤優】自民党の沖縄差別 ~安倍政権の言論弾圧~
【書評】佐藤優『超したたか勉強術』
【佐藤優】脳の記憶容量を大きく変える技術 ~超したたか勉強術(2)~
【佐藤優】表現力と読解力を向上させる技術 ~超したたか勉強術~
【佐藤優】恐ろしい本 ~元少年Aの手記『絶歌』~
【佐藤優】集団的自衛権にオーストラリアが出てくる理由 ~日本経済の軍事化~
【佐藤優】ロシアが警戒する日本とウクライナの「接近」 ~あれかこれか~
【佐藤優】【沖縄】知事訪米を機に変わった米国の「安保マフィア」
【佐藤優】ハワイ州知事の「消極的対応」は本当か? ~沖縄~
【佐藤優】米国をとるかロシアをとるか ~日本の「曖昧戦術」~
【佐藤優】エジプトで「死刑の嵐」が吹き荒れている
【佐藤優】エリートには貧困が見えない ~貧困対策は教育~
【佐藤優】バチカンの果たす「役割」 ~米国・キューバ関係~
【佐藤優】日米安保(2) ~改訂のない適用範囲拡大は無理筋~
【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~
【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~
【佐藤優】外相の認識を問う ~プーチンからの「シグナル」~
【佐藤優】ヒラリーとオバマの「大きな違い」
【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~
【佐藤優】【沖縄】キャラウェイ高等弁務官と菅官房長官 ~「自治は神話」~
【佐藤優】戦勝70周年で甦ったソ連の「独裁者」 ~帝国主義の復活~
【佐藤優】明らかになったロシアの新たな「核戦略」 ~ミハイル・ワニン~
【佐藤優】北方領土返還の布石となるか ~鳩山元首相のクリミア訪問~
【佐藤優】米軍による日本への深刻な主権侵害 ~山城議長への私人逮捕~
【佐藤優】米大使襲撃の背景 ~韓国の空気~
【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~
【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~
【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~
【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点
【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 



【社会保障】介護報酬の減額改定(2015年度)の限界

2015年10月07日 | 医療・保健・福祉・介護
(0)はじめに
 2025年、団塊の世代がすべて75歳以上になる。その準備が医療でも介護でも喫緊の課題だ。あと10年を切った今年2015年度、介護報酬改定年にあたった。2025年への準備となる改定だったのか、検証する。

(1)引き下げは2.27%か?
 今年度「2.27%の引き下げ」と報道されている。「9年ぶりのマイナス改定だったが、過去最大の下げ幅(2003年度)のマイナス2.3%には及ばない」とされる。はたして然るや?
 厚生労働省は改定率を
   マイナス2.27%
と発表している。だが、この中には、介護職の処遇改善にしか使えない
   プラス1.65%
が含まれているのだ。つまり、1.65%の「下駄」を履いた状態での改定率がマイナス2.27%だ。1.65%を差し引くと、改定率は
   マイナス3.92%
になる。そう明記したほうが実態に近い。
 「マイナス3.92%」という数字は、実は厚労省の資料には出てこない。しかし、介護職の「処遇改善加算」はもともと「処遇改善交付金」として全額国費で始まったものだ。むろん、処遇改善交付金は当初は報酬改定率には反映されていなかった。介護報酬とは別建ての仕組みだったからだ。
 ところが、2012年度改定では介護報酬に組み込まれた。なぜか。この年度の改定は
   名目プラス、実質マイナス
と言われた。処遇改善交付金を介護報酬に組み込んだが、それは処遇改善にしか使えない。改定率は見かけ上はプラスだが、処遇改善分を除けば、実質的にマイナスだった。
 国費を圧縮したい財務省と、プラス改定を行いたい政治家の合意のたまものであった。
 今回、処遇改善加算は、3年前の骨格が引き継がれた。介護報酬に組み込まれているが、ほかのサービスとは別枠の設計だ。
   「プラス1.65%」
の処遇改善加算分を生み出すために、それ以外のサービスを
   「マイナス3.92%」
に切り詰める必要があった。まさに「下駄を履いた状態」で、改定率は
   「名目は2.27%のマイナス改定、実質はマイナス3.92%」
が実態だ。極めて大きな減額率だ。

(2)大幅減額になったのは
 介護報酬減額率は“過去最大”だったが、厚労省は「重度要介護」「認知症」「看取り」では報酬の充実を試みた。
 だが、「限界」も見えた。
 何が減額の柱になったか。大幅減額の筆頭が、通所介護(デイサービス)だ。介護サービスの中でも、利用者が3人に1人と多く、介護保険全体に占める費用のボリュームも大きい。通所介護の大幅減額は、介護報酬改定率全体への影響も大きかったはずだ。
 通所介護の減額は、当初から避けられない情勢だった。
 まず、介護報酬改定の根拠となる「介護事業経営実態調査」で収支差率が10.6%とされた。「利幅」にあたる収支差率が10%超となったのは二つ。
   認知症対応型共同生活介護(グループホーム) 11.2%
   特定施設入居者生活介護(有料老人ホームなど) 12.2%
 その経営実態調査をなぞるように、厚労省は、通所介護の報酬を平均10%程度、引き下げた。要介護度にかかわらず、軒並み10%程度引き下げで。これが全体のマイナス改定率を支えた、と目される。
 通所介護の介護報酬引き下げは、関係者が事前に予想した方向とはさほど大きく外れていなかった。
 衝撃を与えたのは、同じ通所介護でも、要支援1、2の人が利用するサービスの大幅引き下げだ。要介護の人を対象とした通所介護がおおむねマイナス10%だったのに対して、要支援の人を対象とする通所介護が20%超の引き下げ。なぜこんなに下がったのか。

(3)引き下げの理由は
 厚労省の説明・・・・「要支援者の通所サービスを利用時間で換算すると、要介護者の通所介護より割高になる」
 背景・・・・要支援と要介護の価格設定の違い。
   要支援サービス・・・・1ヶ月単位の料金設定。所要時間や回数に定めのない「包括報酬」。
   要介護サービス・・・・1回ごとの「出来高」制。
 厚労省が提示する通所介護の利用状況によると、
   要支援1・・・・7割が4回/月(6~8時間利用/回)
   要支援2・・・・6割が8回/月(6~8時間利用/回)
 厚労省は、これを要介護の人を対象としたサービスと比較し、要支援の通所介護の報酬が要介護の通所介護の報酬に比べて「高い」と主張している(しかし、そこまでは言えない、むしろ妥当なレベル)。厚労省はさらに、「要支援者にはレスパイト目的の長時間利用を想定していない」と指摘。割高だと結論づけた。要支援の通所介護サービス提供時間が6~8時間であることを「長い」と言っているのだ。
 これは新しい理屈だ。
 介護予防がスタートした2006年、厚労省は、要支援の通所介護について、「事業者と利用者の契約により、適切な利用回数、利用時間の設定が行われるものと考える」と解説した。所要時間にしばりをかけない考えを示した。要支援1で1回/週、要支援2で2回/週・・・・程度の利用が想定されることも参考になる、とさえ言っている。
 2014年11月の介護給付費分科会で示されたのは、事業者がこの方針に沿ったサービスを提供している実態だ。ところが、厚労省は、「時間が長い」と見直しを迫ったのだ。

(4)より重度のサービスへ
 (3)の理由は、こうだ。要支援の通所介護が増えているのは、事業者にとって、そこに旨みがあるからだ。軽度者へのサービスが増える一方で、重度者のサービスは不足している。そんな報酬設定は放置するべきではない。【ある厚生官僚】。
 今回の手法には疑問があるが、軽度者に対するサービスを絞り、重度者にシフトしようという厚労省の考えは一貫している。
 実際、要介護4や要介護5の人の在宅介護を支えなければならないのに、重度者を受け入れる通所介護はごく少ないのが現状だ。重度者は今後、さらに病院から自宅へ帰ってくる。介護保険が在宅で看取るまでのサービスを提供するなら、重度者の通所介護を増やしていくのは必須だ。
 重度者は人数が少ないため、サービスが不足していても社会的に大きな声になっていかない。だが、重度者を支えてこその介護保険だ。
   要支援の通所介護が豊富
   要介護4や5の通所介護が枯渇
という状態からは転換しなければならない。今回の介護報酬改定で、通所介護は大幅減額になったが、中度者を受け入れる通所介護には次の加算が新設された。
   「中重度者ケア体制加算」

(5)市町村担当者の衝撃
 要支援の人向け通所介護の単価が引き下げられた影響はきわめて大きい。わけても、市区町村の介護保険担当者らへの衝撃は大きかった。要支援の介護給付を自治体事業(地域支援事業)へ2015年4月から2017年4月までに移行するという課題があるからだ。
 ボランティアや高齢者自身が支えてとして場を運営したり、事業所が緩和基準で運営したりすることが想定されている。こうした場の設定は、当面自治体が事業者に委託するのが現実的だ。そして、委託費は要支援の通所介護の基本報酬の単価を超えないのがルールだ。委託費決定の目安になる要支援の通所介護の基本報酬単価が20%超下がっても、自治体は事業者に委託できるだろうか。
 2015年度に移行する市区町村は、約1,800自治体の7%にすぎない。介護保険で実績のある実力派ぞろいだが、今回の報酬設定には危機感を抱く。
 2016年度以降の移行を予定する自治体は全体の9割。これらの市区町村の担当者には、ほとんど危機感が感じられない。ひょっとしたら「まだ猶予期間がある」と思っているのかもしれないが、自前のサービスが育つ前に、要支援のサービスが細ることを心配しなければならない。
 要支援の介護給付の自治体事業への移行は、先延ばしにするほど困難になると言われる。高齢化で要支援の認定者は、増えることはあっても減ることはないからだ。
 厚労省は、2015年度に移行する市区町村の少なさ(7%)に業を煮やして、要支援の通所介護の基本報酬単価を大幅に引き下げたのか。予防の通所介護がなくなったり、時間が短縮されたり、回数が減ったりする方向に敢えて舵を取り、移行を促しているのか。

(6)目立つ要件緩和
 厚労省は、大幅減額の中で、
   「重度要介護」
   「認知症」
   「看取り」
の充実に知恵を絞った。重度要介護の通所事業に
   「中重度者ケア体制加算」
を付け、特別養護老人ホームなどの施設では看取り期の報酬を充実させた。
 だが、減額改定では限界がある。政策誘導は、本来、サービス単価を上げたり、新たな加算を付けて事業者参入を促すものだ。ところが、今回は原資がなく、できなかった。では、どうしたのか。
 今回ほど要件緩和の目立つ改定も珍しい。単価の引き上げや加算の新設が難しかったから、要件緩和で参入を促したのではないか。
 <例>厚労省が普及を急ぐ「小規模多機能型居宅介護」や「看護小規模多機能型居宅介護」は、1ヶ所の事業所で通い、泊まり、訪問介護などを臨機応変に組み合わせて使える新しいタイプのサービスだ。状態が悪くなってサービスの利用量が増えても、利用者の自己負担は変わらないのが特徴だ。重度になっても医療が必要になっても自宅で住み続けられるサービスとして注目される。
 利用登録定員は「25人以下」だったが、「29人以下」に条件緩和した。通いのサービスを利用できる定員も増やした。
 だが、要件緩和はもろ刃の剣だ。事業者がそれを旨みにするには、職員配置は維持しながら、利用者をふやさなければならない。
 労働条件が厳しくなったり、利用者に目が届かなくなったり、こぢんまりとしたサービスのよさが失われる危険性がある。
 要件緩和に対する疑問も出たが、費用をかけずにサービスを充実させようという勢力が大きかった。厚労省にも、必要なサービスが増えていないとする危機感がある。
 無理な要件緩和は、ほかにもある。通所介護の送迎時間をサービス提供時間に組み込む変更だ。通所介護の利用者を送迎する際、事業者が出発や帰宅時に介助にあたる各30分間を通所介護の提供時間に含めていいことになった。だが、利用者本人とその家族には、通所介護の利用時間が最大で計1時間減ることを意味する。
 厚労省は、他方で、介護する家族の負担軽減、仕事と介護の両立を図る観点から、通所介護の長時間化の加算を新設している。ブレーキとアクセルを同時に踏むような改定だ。

(7)いびつな充実
 構造がいびつになった部分もある。
 厚労省が推進する
   ①小規模多機能型居宅介護
   ②看護小規模多機能型居宅介護
   ③定期巡回・随時対応サービス
は充実しようにも、これ以上の報酬引き上げが行えない状態が続いている。
 いずれも在宅で看取りまで行うことを想定したサービスだが、介護保険は看取りも含めたサービスに対応できるように設計されていない。
 壁になっているのが区分支給限度額だ(1ヶ月の利用上限を定める)。この限界に突き当たっているのが訪問看護を含むサービスだ。訪問看護は、在宅看取りに必須のサービスだが、充実させようにも区分支給限度基準額の壁に阻まれる。それが②の報酬を思い切って上げられない理由だ。訪問看護を提供する側にとっては、介護報酬の設定が参入のインセンティブになっていないため、数が伸びてこない。③も同じジレンマにある。
 厚労省は、当初、区分支給限度基準額そのものを見直すことも考えた。しかし、結局、そこには触れなかった。財源の問題は大きい。代わりに、区分支給限度額の対象にならない加算として、「総合マネジメント体制強化加算」や「訪問体制強化加算」を創設し、参入を促した。
 工夫と努力はうかがえるが、苦し紛れの観はぬぐえない。その場しのぎの報酬引き上げには限界がある。  
(8)減額改定の限界
 介護保険の訪問看護を医療保険に移し、診療報酬で賄う提案もある。今後病院を退院する患者はさらに増える。在宅でこうした患者を受け入れるためには、訪問看護を充実すべきだ、という主張だ。
 しかし、介護保険制度に訪問看護や訪問リハビリが組み込まれて何が変わったかを検証する必要もある。医療と看護の連携、意思疎通の点で肯定する声も根強い。
 方向性はむしろ逆で、医療サービスをいかに介護サービスに移行させるかにある。特に看取り期には、これまで医療に偏りすぎたサービスを見直し、なるべく家に近い場所で、いかに人間らしく、QOLの高い時間を過ごせるかを追求するのが本筋ではないか。
 そのためには、いつまでも減額改定では立ちゆかない。介護サービスには、まだ心許ない部分もあり、削らなければならない部分もある。だが、やみくもに介護報酬を減額していては、在宅の受け皿整備は進まない。増やすべきサービスは、要件緩和ではなく、単価の引き上げや加算の新設によって増やすべきだ。減額改定は限界だ。

□佐藤好美(産経新聞論説委員兼文化部編集委員)「介護報酬、減額改定の限界」(「社会福祉研究」123号、2015年7月号)