(1)独フォルクスワーゲンが世界のトップの座に王手をかけるようになるまで、圧倒的な成長の原動力になってきた男が2人いる。フェルディナンド・ピエヒ(78歳)とその腹心、マルティン・ヴィンターコーン(68歳)だ。
VWの最高意思決定機関は監査役会だ。ピエヒ・監査役会会長(当時)が2007年にヴィンターコーンを社長に抜擢して以来、じわじわと市場シェアを伸ばし、トヨタ自動車を追い詰めてきた。その2人が相次いで会社を去ることになろうとか、誰も予想しなかったはずだ。
ピエヒは、ポルシェ創業家の末裔。かつてVWの名車「ビートル」を生んだ伝説の祖父を持ち、自分も生粋の技術者としてポルシェやアウディで華々しい成果を挙げてきた。1993年にVW社長にのし上がり、世界一の自動車メーカーにするという野望を密かに抱き続けてきた。
ヴィンターコーンは、独ボッシュ(大手自動車部品メーカー)を経てVWグループに参画。品質担当当時の働きぶりがピエヒの目にとまり、VWの社長まで駆け上がった。
(2)ピエヒとヴィンターコーンの仲違いが表面化したのは今年4月。「相打ち」で決着がついた。
発端は、ピエヒがヴィンターコーンの社長任期延長に反対したこと。ヴィンターコーンがこれを「返り討ち」にし、ピエヒは監査役会会長を辞任。表舞台から退いた。
ところが、9月18日、米国で「不正ディーゼル事件」が露見。23日、今度はヴィンターコーンが引責辞任に追い込まれた。
(3)VW史上、こうした内紛は珍しくない。1931年にフェルナンド・ポルシェがポルシェ社を設立し、2台目まではポルシェ家とピエヒ家の関係は良好だった。しかし、
1960年代から2002年まではピエヒ家の勢力が高まり、
2002年9月から2008年10月までポルシェ家が逆襲し、
2009年3月から2012年7月までポルシェ家の独立性が喪われ、
2014年9月から2015年9月25日までピエヒ家が孤立した格好で、社長がマティアス・ミュラー・ポルシェ社長に代わった。
(4)今回、ピエヒが一時は「自分の分身」とまで言っていた腹心のヴィンターコーンの社長任期延長に反対したのはなぜか。その背景にただでさえ芳しくなかったVWの業績がある。
今やトヨタと世界覇権を争う巨大帝国を築きあげたVWグループだが、傘下に抱える12ブランドのうち、販売台数の6割を稼ぐVW乗用車の利益はアウディの半分以下(前期)という実情なのだ。
世界最大の中国市場は、VWにとって今や販売台数の4割を占めるドル箱と化し、不動の地位を固めている。だが、足元では景気低迷と過剰設備にあえぎ、販売減に歯止めがかからない。今年1~6月期は前年同期比3.9%減という惨たる結果となった。
(5)VWが近年、最優先市場と位置づけて力を入れてきたのが米国だ。ヴィンターコーンは米国での販売目標100万台を掲げ、2013年には新工場を構えて本格攻勢をかけたが、昨年は前年比2%減の59万台にとどまった。
米中の巨大市場で苦戦が続く中、最大の誤算がVWを襲う。一連の排ガス不正スキャンダルだ。
当初、VWはここまで事態が深刻化するとは想定していなかったらしい。なぜなら、今回VWによる米排ガス規制の不正回避を認定した米環境保護局(EPA)によれば、2014年9月時点でVWは不正を認めていたからだ。
だから、米当局による不正公表のわずか4日後(9月22日)にはVWは65億ユーロ(8,700億円)の引当金を計上。迅速に対応できたのは、昨年来対応が検討されてきたからであるはずだ。
しかし、EPAは最大180億ドル(2兆1,600億円)もの巨額の制裁金を科すと発表。VWの経常利益は1兆7,000億円(2014年)だから、これが全て吹き飛ぶことになる。
さらにVWは、同様の不正を行っていた対象車は世界で1,100万台に上ると公表。VWは問題車両のリコールも検討中で、その費用も重くのしかかる。
米国では株主による集団訴訟も取り沙汰されていて、総額で一体どれほど費用が膨らむのか、先はまったく読めない。
(6)巨額の費用負担もさりながら、何より問題は、欧州自動車業界全体で築き上げてきたクリーンディーゼルに対する信用失墜だ。ハイブリッド車の対抗馬として、欧米メーカーが力を注いできた主力エコカーが、クリーンディーゼルカーだった。事実、欧米の新車販売台数に占めるディーゼル車の割合は今や5割超だ。
(7)ブランドイメージ失墜の危機を受けて、VWは経営陣の刷新を決定。9月25日、マティアス・ミュラー・ポルシェ社長をVWの新社長に充てる人事を発表した。
しかし、これが将来「内紛」を招く可能性もある。実は、VWが2009年にポルシェを子会社化して以降、2010年にミュラーをポルシェ社長に送り込んだのはピエヒなのだ。失脚したかと思われた絶対権力者は、今も見えない力を発揮している。
VWの議決権の過半数を握るのは、持ち株会社のポルシェ自動車持ち株SE。そのポルシェSEの議決権は、ピエヒ家とポルシェ家がほぼ半数ずつ握ったまま。過去に何度も社長の首をすげかえてきたピエヒの野望は健在といえる。
□記事「制裁金や訴訟、信用失墜・・・・フキゲン、ワーゲンの誤算」(「週刊ダイヤモンド」2015年10月10日号)
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【参考】
「
【VW】不正の遠因は前社長の独裁 ~数値目標優先と内紛が招く会社の末路~」