タイトル----言必ず信あり、行い必ず果たす。第1962号 26.05.11(日)
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言必ず信あり、行い必ず果たす。『論語』
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そのことばは必ず真実であり、やるべきことは必ずやり遂げる。これは士としてもつべき立派な資質である。
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【コメント】.
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昨日はブログを書こうとしたら、大変な事象が発生し、書かずじまいでした。朝は学問館にはじまり、朝食は正午、そしてブログ書きをと思っていたら、大事件の文書が飛び込みその修正に翻弄されていたら、夕方の空手の時間でした。超多忙の一日でした。こういう日々を過ごしていると病気にもならないのです。
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理子先生、三十六人衆有り難うございました。
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『天保おすわり事件』(第18回)
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ここで一通り、水野越守の人物を語って置こう。
水野は、寛政六年六月、江戸の唐津藩邸に生れ、文化九年、家督を相続して、唐津六萬石の城主となった。
文化十二年十一月、始めて奏者番となり、ついで寺社奉行を兼ねたが、文政元年六月、自分から運動して、遠州濱松に轉封を許された。
唐津も、濱松も、表高は六萬石だが、唐津は、實高は二十五萬石、濱松は十五萬石に過ぎない。その間に十萬石のひらきがある。それを承知で、われから濱松に轉封を運動をしたのは、他日老中となって、天下の政権を掌握したいといふ、燃ゆるが如き野心を満足せんためである。
といふのは、唐津は西國の要衝であるから、此の地を領する者は、老中になれないといふ内規があった。政治が三度の飯よりも好きな忠邦は、ゐてもたっても居られなかった。一生碌々たる平大名で終わるには、彼はあまりにも覇気があり過ぎたのである。
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