ユーナの失恋騒動から一週間が経った。いつものように何事も無い、平和で長閑なユクレー屋の風景となった。お腹のでっぱりが随分と目立ってきたマナも暢気な顔だ。
「お前よー、そんな緩んだ顔して大丈夫か?母親になるまで後2ヶ月もないぞ。」
「ゆったりした気分でいることが胎教に良いんだよ。だけど、緩んだ顔ってさ、これ以上無いっていうくらい緩んだ顔したあんたに言われたくないよ。」
「そうかぁ?俺も緩んでるかぁ?まあ、しょうがないわな。空は爽やかに澄み切ってるし、陽射し穏やか、秋の風も涼やか。こんな季節だと緩むよなぁ。」
「だね。こんだけでもう幸せって感じるね。」
「だな。・・・しかし、失意の少女はどうしてるかなぁ、季節感じてるかなぁ。」
「どうなんだろうね、季節を感じてる余裕は無いかもね。」
「悩み多き青春ってわけだ。面倒なもんだな、恋するのも。」
「胸が苦しくなるほど悩む。それでも人は恋をする。何でかねぇ。」
「おや、経験豊富な人の言葉とは思わねぇことを。」
「私は、何で恋するのか知っててしてるんじゃないよ。自然にそうなるんだよ。」
「金玉と子宮の仕業だと思うぜ俺は。・・・あっ、そうじゃないのもあったな。」
ということで、ケダマン見聞録その23は『パンドラの強力菌』。
ギリシャ神話のパンドラの箱って知ってるな?その箱を開けたとたんにさまざまな病原菌が地球にばら撒かれたという話だ。それはまあ、神話だが、実際に地球ができて、生命が生まれ育っていく過程で、そういった菌も作られていった。
そういった菌の一つにごく僅かしか存在しないが、感染力もごく弱いのだが、とても強力な菌がある。それに感染すると、胸が苦しくなり、眠ることもできなくなり、食事も喉を通らなくなり、回りのものが見えなくなり、あばたもえくぼになった。
その菌はごく少量しか無く、しかも、ごく小さいためなかなか発見できずにいた。しかし、その存在に確信を持つ科学者も少なくなく、彼らはそれを「パンドラの知られざる強力菌」と呼び、その発見に情熱を傾けた。が、未だに発見されていない。
地球以外では、その菌が地球の数十倍存在する星もある。だから、その菌に感染する人間も地球に比べれば多くいる。そうだな、例えば、マミガジの絵本『わくわくわくせい』に出てくるヒコとオリなんかはきっと、その菌に感染した口だ。
恋愛のほとんど全ては金玉と子宮に操られて起きる。なので、恋はいずれ冷める。冷めると、「何で私はこんな男に惚れたんだろう」ってことになる。ところが、パンドラの強力菌は直接、脳に働き、別のパンドラの強力菌に感染した異性と目を合わせたとたん、強烈な恋に落ちる。菌はとても強力なので、一度罹った恋はなかなか冷めない。で、『わくわくわくせい』のヒコとオリは、互いに触れることなく死ぬまで愛し合ったのだ。
パンドラの強力菌の多く存在する星では、それをジュンアイ菌と呼んで、多少恐れていた。ジュンアイ菌が増えると、子供の出生率が減るからだ。なので、そういった星では、国が率先して、H映画、H雑誌を作り、子供達を教育しているとのことだ。
以上が、見聞録23『パンドラの強力菌』の話。場面はユクレー屋に戻る。
「あんたさあ、そんな星が羨ましいんでしょう?」
「いやー、俺に純愛はいらねぇよ。女から女へ渡り歩くのが俺の恋愛だぜ。」
「はぁ、まるでプレイボーイみたいなこと言ってるけど、そんな経験あるの?」
「女から女へと渡り歩いた経験はあるぜ。捨てられてしょうがなく。」と答えて、俺は昔の辛かった日々を思い出した。なわけで、その夜はいつもより酒が進んだ。
語り:ケダマン 2008.10.10