折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

これぞ最高の「純愛」小説~藤沢周平著「蝉しぐれ」

2012-02-21 | 読書
今年の直木賞作家葉室 麟さんの作品にすっかりハマって、一連の葉室作品をそれこそむさぼるように読んできたが、「蜩ノ記」(ひぐらしのき)を読み終えた時点で一段落の感がある。(現在図書館に「冬姫」、「無双の花」を予約し、順番待ち。)

これまで読んできた葉室さんの作品は、ストーリー的には「お家騒動」にまつわる「権力争い」に、「純愛」「家族愛」「友情」「生きざま」といった要素が絡み、きわめて藤沢周平さんの作品との共通点が多い。

そんなことを考えていたら、本家本元の藤沢作品が無性に読みたくなって、本箱でほこりをかぶっていた「蝉しぐれ」を取り出して読み返して見た。

                    藤沢周平著「蝉しぐれ」(文芸春秋)

この本が上梓されたのが、今から26年前の1986年。
いつ読んだのか判然としないが、「いつかもうすこし歳を取ってからもう一度読んで見たい」と思ったことを憶えている。

そして、再びこの本を思い出させてくれたのが、2003年NHKの金曜時代劇でドラマ化された時であった。

脚本、キャスト、映像ともに素晴らしく、毎回の放送を待ちわびていた記憶がある。

この時、ドラマに合わせてやはり本棚から「蝉しぐれ」を取り出して読んだ。

従って、「蝉しぐれ」を読むのは約9年ぶり、3回目になる。

本作は、周知のように『お家騒動』をめぐる権力争いと人間模様がストーリーの中核であり、物語自体も思わず引き込まれてしまうほど面白く、藤沢文学の醍醐味を十分に堪能できるのだが、何と言ってもこの物語の読みどころは、お家騒動が決着した20年後、主人公の男と女の逢瀬を描いた最終章の「蝉しぐれ」に尽きると思う。

ある文芸評論家が本作を評して、もはや完璧な純愛小説というものは時代小説の中でしか成立しないのではないかと考えることしきりである、と書いているが、本作品の全編に流れている思いは「純愛」ということではないだろうか。

最終章はページ数にするとわずか13ページに過ぎないが、ここに藤沢さんの「純愛」についての思いが凝縮されているのではないだろうか。

この最終章は、お互い長い間、それまで胸の底に秘めていた思いを解き放つ主人公の文四郎とおふく。
その男女の思いをきめ細やかに哀惜の念を持って描いており、読んでいて胸を締め付けられる。

「純愛」とは何と美しく、切ないものなのだろうとこの最終章を読んだ人は等しくそう思うのではないだろうか。

そして、藤沢さんは、「純愛」小説の名手である、と改めて思った次第である。

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