折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

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写真&俳句VOL11~「木漏れ日」

2011-09-30 | 写真&俳句
   歩き始めの頃は、横から差し込んでいた木漏れ日は、時間の経過とともに、我々の後ろから当たるようになった。 


           木漏れ日や     時々刻々と     秋の山


幼なじみたちと行く山歩き、前回の谷川岳は濃霧・にわか雨・雷にたたられ、さんざんだったが、あれから丁度2カ月。

今回は、数ある榛名山系の山々の中で一番高い掃部ヶ岳(1,449m)に登って来た。

当日は秋晴れ。雲一つなく晴れ渡たり、山歩きには絶好の日和。

AM8:15榛名湖畔の無料駐車場をスタート、硯岩に向かう。

今回歩くコースは、硯岩―掃部ヶ岳―西峰―杖の神峠

歩き始めは、太陽の位置がまだ低く、日の光も我々が歩く横から当たっていたが、時間が経過し、太陽の位置が高くなるにつれ、我々の後から当たるようになり、掃部ヶ岳を過ぎ、耳岩で昼食をとる頃は中天に。

この太陽の動きに合わせて、木々を通して差し込む木漏れ日の、時々刻々変化する様子が大変興味深く、そこで浮かんだのが上掲の一句である。




【当日歩いたコース】
硯岩(写真右)― 掃部ヶ岳(写真左の右の山)― 西峰(写真左の左の山) 

          【絶景の榛名湖】 
  
           硯岩山頂から朝日に輝く榛名湖を望む 


           掃部ヶ岳から西峰に向かう途中の絶景ポイントから遥かに榛名湖を望む。

          【大パノラマの迫力とスリル・『耳岩』】


掃部ヶ岳から杖の神峠に向かう途中にある岩場『耳岩』からの眺望は迫力満点である。しかし、眼下は目もくらむ断崖絶壁で思わず下半身がむずむずしてしまう。

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【3字体(楷書・行書・草書)千字文】を書く 第33回

2011-09-26 | 書道
  お手本 大貫思水「新版四体千字文」(日本書学館)


【読み方】

いゆう ゆうい        しょくじ えんしょう

ぐぜん さんはん       てきこう じゅうちょう

ほうよ ほうさい       きえん そうこう



【意味】

軽はずみなことは、最も畏れるところであって、慎むべきことであり、また、ことわざに「壁に耳あり・・・・」とあるが、人のいない所でも、必ず言行を慎むべきである。

飲食する時は、必ず膳をととのえて、礼儀に従うべきで、礼を欠いて食事をとることのないよう。飲食は口にかなうものをとればよく、腹に満ちれば十分である。必ずしも美食をすることはない。

人は満腹した時は、たとえ美味な料理を見ても、飲み食べたいとは思わない。これに反して、飢えて空腹な時は、糟糠のような粗食でも、いとわずに好んで食べるものである。
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まだ、まだ元気いっぱいで~す~愛犬パール11歳の誕生日

2011-09-25 | 家族・母・兄弟
  最近は、散歩で10歳年下のジャックラッセルテリアのリル(1歳)ちゃんから母親のように慕われている。


みなさん、こんにちは。当家の愛犬のパールです。

今日は、わたしの11回目の誕生日です。
あっという間に1年が過ぎてしまって、本当に時間が経つのってはやいですね。

わたし、人間の年だと82歳になるんですって!1年で7歳も歳を取ってしまうのって、おかしいと思いません!?

この1年を一言で言えば、『ひもじかった、辛かった』1年、ということになるかしら。
と言うのは、この1年、わたし『ダイエット』させられたの。

食いしん坊のわたしにとって、この1年はとてもたえられない1年だったわ。

事の発端は、こうなの。

うちのおとうさん、散歩の途中で老犬の黒ラブを連れたおばさんに会うと、時々立ち話をするのよ。
1年ほど前のこと、そのおばさんが「犬も歳を取って来ると体重が重いと足に負担がかかるから、余り体重が多くならないよう、わたしのところでは食事を調整してるの」、とおとうさんにアドバイスしていたのよ。(そのおばさん、連れている黒ラブの歳がまもなく15歳になり、以前に飼っていた黒ラブも16年生きたと話していた。)

その話を耳にして、わたし『これは、やばい』と悪い予感がしたの。と言うのは、この手のアドバイスにうちのおとうさん、やたらと弱いんだもの。

案の定、その予感が現実となって、次の日からわたしの食事、いつもの半分に減ってたの。

しばらくすると、わたしやせてしまって、おかあさんやおねえちゃんが「パール、やせちゃって病気じゃない」と心配してくれるんだけど、おとうさんは「ダイエット効果が出てきただけだよ」とどこ吹く風。

「食べることが最大の楽しみなのに、おとうさんひどいわよ」と恨めしげに見上げても、おとうさんは知らぬ顔。

こう言う所は、頑固なおとうさん。でも、おかげで身体が軽くなり、散歩の時の足の負担も全然なくて、この1年これといった病気もせずに元気で過ごせました。

自慢の『容色』未だ衰えず、会う人からとてもそんな歳には見えないねと誉められ、尾をふって満足感を示しています。でも、やっぱり『腹いっぱい』食べたいなという思いは今でも消えません。



 
ダイエット効果?腰のくびれがよくわかるようになった。(左)寄る年には勝てずか、最近は日中は寝ていることが多くなった。(右)




愛犬のパールが11歳になった。

本当に月日が経つのは早いものだとしみじみと思う。

この1年間、病気一つせずに元気で過ごしたパールを『よく頑張った』と誉めてやりたい。

食事の量が半減してちょっと可哀そうだが、これも一重に健康管理のためと心を鬼にしてこの1年間続けてきた。

1年前も書いたことだが、これからの1年、1年はこれまでの1年とは違うと言う認識を持って愛犬に接して行きたいと思っている。
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写真&俳句VOL10~「クロアゲハ(黒揚羽)」

2011-09-24 | 写真&俳句



ゆく時を     無心に舞うや     クロアゲハ



今朝はすっきりと晴れ渡り、吹く風もいかにも秋らしく爽やかである。

このところ、余り歩いていないので、散歩を兼ねて近くのお寺を幾つかハシゴした。

目的は、お彼岸で線香の煙が立ち上る先に彼岸花が咲いている情景をカメラに収めたかったからである。

と言うのは、彼岸の中日の昨日、実家に墓参りに行き墓前に額ずいた時に、

お線香     くゆれる先に      彼岸花


と言う句が、ふと浮かんだのだが、我が家の墓所にはそのようなロケーションが見当たらなかったので、ねらいとする構図を求めて近所の墓地をハシゴした次第である。

3か所ほど墓地を回ったが、彼岸花は咲いているが、イメージしたような構図は得られず、あきらめて帰ろうとした時、たまたま彼岸花にクロアゲハが飛んで来て、無心に花と戯れている姿が目に飛び込んできた。

その姿は、あたかも過ぎゆく季節と同じように、はかなく消えてゆく自分の生命(いのち)の最後の火を精一杯燃やしているように小生には映った次第である。
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名門「セントアンドリュース」の凄さ~東日本大震災にまつわる一つのエピソード

2011-09-23 | 友達・仲間
年1回、毎年開催される大学時代のサークル(剣道)仲間たちとのゴルフコンペ・懇親会、今年は台風15号直撃下の9月21日、山梨県にある小淵沢カントリークラブで行われた。

幹事から前日メールで、「台風が接近しているが、取りあえず当日は現地に集合のこと」との連絡が入っていたので、現地に赴くと、すでに全員が顔を揃えていて、『台風直撃下でゴルフやったなど、後々の語り草になるじゃん』など、みなやる気十分で、たたきつける雨と強風をものともせずにスタートして行ったのだが、結局は6ホールを終了した時点でギブアップ、17年続いてきたコンペも18年目にして『ノーゲーム』となった。


             懇親会で近況を報告するメンバー。


そして、夕方から開催された懇親会。

「コンペ」より「コンパ」だよとか、「ゴルフもさることながら、何と言っても、この懇親会がこの会のメインなんだから」など、懇親会が始まるやいなやそんな声があちこちであがる。

いつもなら、昼間のゴルフの成績をネタにそれぞれが近況報告をするのが常だが、今回は『ノーゲーム』のためゴルフの話題より、むしろ東日本大震災を中心とする日常の話題が話の中心。

そんな中で印象的だった、親友のHくんの東日本大震災にまつわる話を紹介したい。

彼によれば、東日本大震災が起こった3月11日、彼のメール・コーナーには世界各国から、『大丈夫か』と心配するお見舞いのメールが何十通も寄せられ、そのメールの一通一通が暖かく心のこもったものであったとのこと。(彼は、仕事や個人的な関係で沢山の外国の人々とつながりを持っている。)

そして、そのメールの一つに2年前に予約もなく、たった一人でゴルフの聖地スコットランドの名門セントアンドリュースオールドコースを訪ね、この地を訪ねた目的を『意を尽くして』説明し、ぜひプレーさせて欲しいとお願いしたところ、2万キロ彼方からはるばるとゴルフバックを担いでたった一人でやって来たHくんのゴルフへのひたむきな思いをわかってくれ、オールドコースでプレーするにふさわしいと認め、一人の「紳士」として遇してプレーさせてくれた「セントアンドリュース・リンクス・トラスト」(この経緯については、2009・7・22、2009・8・1のブログに掲載)からのメールがあったとのこと。

翌3月12日、Hくんは終日かけて、セントアンドリュース・リンクス・トラストを始めとする送られて来たメールの一通一通に感謝の思いを込めて返信を書いたとのことである。

すると、間をおかずセントアンドリュース・リンクス・トラストからさらなるメールが届いたとのこと。

その内容は、『今回の大災害に際し、1万ポンドの義援金を贈りたい』との申し出であったとのことである。

(この義援金は、当初、市を通して被災地の市町に贈られる予定であったが、現に英国から海外への送金が国際テロ等防止法に基づいて厳しく制限されていること等から実現に至らず、結局、英国赤十字社から日本赤十字社に送金されることになったという。)

Hくんは、メールへの対応が早かったからに違いないと言っていたが、それも、そうかもしれないが、2年も前、たった一度プレーしただけの日本人を憶えていてくれて、わざわざお見舞いのメールを送ってくれ、さらに義援金の申し出までしてくれたセントアンドリュースの行為は、かけがえのない貴重なものであり、一同大いに感動した次第である。

また、この話を聞いてセントアンドリュースもすごいが、セントアンドリュースをしてそこまでさせたHくんもすごいと一同、Hくんへの称賛の声を惜しまなかった。

同時に、人間関係とはどうあるべきなのか、真の人間関係は互いの人格を敬い、信頼し合うことがベースとして最も大切なことなんだということを改めて認識し合った次第である。
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