折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

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『体育会系』と『文科系』

2007-02-22 | 青春
幾つかの『不覚』を経て、迎えた結婚式。

そこで、最も心に残るスピーチをしてくれたのは、高校時代の親友H君であった。

以前、ブログで高校時代のクラスで悪がきがのさばっていて、学級崩壊寸前であったということを書いた(06・7・28『悪がきも、一瞬』)が、Hもその悪がきの一人であった。ただ、彼が、他の悪がきと違っていたのは、彼は頭が凄く切れ、単に悪ぶって見せているだけだったと言う点である。

そんな彼と、どちらかと言えば「優等生」タイプの小生とが無二の親友となるのだから、人間の相性とは不思議なものである。


披露宴は、小生の会社のスポーツをやっている仲間たちによる、野球や剣道やゴルフの話一色となって、あたかもサークル主催の披露宴の観を呈してしまっていた。

そうした雰囲気の中で、締めのスピーチとして登場したのがH君であった。



やれ剣道だ、やれ野球だ、やれゴルフだと皆さんのスピーチを聞いていると、いつの間にか新郎は『体育会系』の人間になってしまった観があるけど、俺が知っている新郎は『読書家』で、『音楽』を好み、『美しい女性』にこよなく憧れる、それはそれはナイーブなロマンチスト、体育会系でなく典型的な『文科系』の人間だったはずなんです。

こんなエピソードがあります。学生時代に二人で温泉に遊びに行った時のこと、お湯に浸かって寛いでいると、彼がHよ『仇討ち』後の人間の心理って、小説のテーマにならんかね。仇討ち達成直後の高揚感とその後に襲う一種の虚脱感、この辺りを『反体制運動』を『仇討ち』に見立てて、いつか書いて見たいと思ってるんだ。

俺が知っている新郎は、このように熱っぽく自分の思いを語る文学青年なのです。



それまで、体育会系の若者たちのスピーチに、いささか食傷気味だった出席者たちは、彼の新鮮かつ印象的なスピーチに引き込まれるように聞き入っていた。

そして、小生はこの心のこもったスピーチを心の中で「ありがとう」と感謝し、このような素晴らしい人間を友人に持ったことを誇りに思ったのを、今でも良く覚えている。

そのH君とは、2年ほど前に「うなぎ」を一緒に食べた後はご無沙汰である。(うなぎを食べた時に、この披露宴での仇討ちの話が話題となったが、彼曰く、「ああ、覚えてるよ、あの時は司会の人から締めのスピーチなので少し長めにお願いしますと言われたので、あの話をしたんだよ」と)

つい先日、来月に高校時代のクラス会をするという連絡が来た。
H君にも2年ぶりに会うことが出来る。今から、その日が楽しみだ。


これで『白い道』から続けてきた『初恋から結婚』に至る一連のお話は、一応完結である。
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そして、『一生の不覚』

2007-02-21 | 青春
初デートでは、思わぬ『不覚』を取ってしまったが、プロポーズも済ませ、最後の難関、ご両親への挨拶というところで、またやってしまった。今度は『一生の不覚』である。

ご挨拶に伺う前、彼女から仕入れた情報によると、義父は大の『酒好き』で、『酒豪』とのこと。

『酒の飲めないやつなんて、男じゃない』が口癖らしい。これには、『下戸』の小生は、正直困惑した。

そこで、『見栄』を張り、『無理』をして、注がれるままに飲んでしまったのがいけなかった。

酒が入ると、『眠くなる』タイプの小生は、短時間に次々と杯を干したため、たちまち『酔いが回り』、猛烈な『眠気』に襲われた。

必死に目を開けていようとするのだが、次第、次第に瞼が重くなってきて、ついに前後不覚、肝心のお願いをする前に、だらしなくも酔いつぶれてしまった。

『はっ』と目を覚ました時は、すでに『深夜』、寝静まっている。

取り返しの付かないことをしてしまったことへの『悔恨』、居ても立ってもいられぬ『焦燥感』、身の置き所がないほどの『恥ずかしさ』、『情けなさ』、『自己嫌悪』に苛まれ、あられもなく狼狽して、布団の中で身を固くして、まんじりともせずに朝を迎えた。

幸い、ご両親の暖かい思いやりで、翌週に改めてお願いに上がり、お許しを頂くことが出来たが、今でも妻の身内では、『一度ならず、二度足を運んだお婿さん』ということで有名になっている。

あれから36年、そして、義父が鬼籍に入られて27年が過ぎた。

今でも、お膳の前にどっかりと座って、にこにこしながら、いつまでも、いつまでもお酒を飲んでいる(「のんべえ」の食事は、それこそ気が遠くなるほどに長いのだ!!)義父の姿を、あの時の『トラウマ』と共に、懐かしく思い出す。

そして、しばし過ぎ去りし時の流れを思う。
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最初の『不覚』

2007-02-18 | 青春
学生時代から大の西部劇ファンで、映画と言えば西部劇に決まっていた。

それも、貧乏学生だったから『3本立て』なら最高だった!

その西部劇で、今も思い出すほろ苦い失敗談がある。

初デートの時、映画でも見ようと言うことになって、新宿コマ劇場周辺をうろうろしていると、真っ先に目に入ってきたのが、『誇り高き男』、『胸に輝く星』、『ワーロック」と言う、西部劇ファンには『必見』、『垂涎』『3本立て』の看板であった。


今日が何の日か、何のために映画を見るのか、わかっていながら、つい『ふらふらと誘われる』ように入場してしまっていた。

館内では、小生が一人『楽しんいたとあって、

『西部劇を見たいんなら、これからは一人で来てくれる』

と、『きつ~い一発』を見舞われて、その日のデートはご機嫌を取り結ぶのに四苦八苦、散々な結果となってしまった。

あの日のことは、その後いつまでも尾を引いて、折に触れ、

『始めて一緒に見た映画が、西部劇、しかも、3本立て。全く、デリカシーがないんだから』

と、ちくり、ちくりと攻められると、それこそお手上げ、全くの『無条件降伏』である。


それでも、今でも西部劇は大好きで、NHKの衛星放送で昔の西部劇を放映する時は、必ず録画している。

録画本数も大分たまったので、これから『若かりし、昔』を思い出しながら、一本一本をじっくりと鑑賞しようと思っている。
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もう一つの『彷徨』

2007-02-15 | 青春
小説もどきの本『彷徨』を書いてから12年後、もう一つ

の『彷徨』に出会う。

小椋 佳の3作目のオリジナルアルバム「彷徨」である。

小椋 佳とは、一つ違いの同世代である。

奇しくも、昔、自分が書いた小説とタイトルが同じだったのに
惹かれて購入したレコードが、小椋 佳を知るきっかけとなった。


一聴して驚いたのは、ソフトで、暖かく、包み込むような
その「声」であった。

次に、内心の思いを正直に、赤裸々に吐露している
その「詩」に大いに共鳴、共感した。

そして、最も魅了されたのは、次々に紡ぎだされる
美しいメロディであった。

そこには、純真、無垢な若者の「恋」への憧憬、哀歓
が、ある種の感傷を伴って表現されていた。

このレコードを聴いた時、12年前の高校時代の
淡い初恋の記憶が懐かしく甦ってきた。

そして、いつしか彼の歌に当時の気持ちを
重ね合わせて聴いている自分がそこにいた。

同世代ゆえに、きっと彼も小生と同じような体験を
しているのだなと、その時、勝手に思い込んでいた。

そして、えもいわれぬ「親近感」を彼に抱いたもので
ある。(もっとも、佳穂里夫人が初恋の人だったとは、
後で知ったのだが・・・・・。)

それから後は、サラリーマンと歌手という「二足の草鞋」
に頑なにこだわる彼の「生きざま」に強く惹かれて、
熱烈なファンになった。

最近は、彼の音楽を聴く機会はめっきりと減ったが、
今日は本当に久しぶりに「彷徨」を全曲通しで聴いた。

そして、この曲は、小生にとって想い出深い曲である
と共に、彼の音楽の原点、代表作の一つではないだろうか
と改めて思った次第である。

 
<今日の1枚>

小椋 佳 「彷徨」


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白い道(=『出会いの道』)

2007-02-12 | 青春
今を遡ること40数年前、青春真っ盛りの高校時代の話である。


朝の通学時、いつものように自転車を走らせていると一人の女子高生とすれ違った。
それから毎日のように同じ場所、同じ時刻に出会うようになり、何時しかその出会いを心待ちするようになった。

そして、それまでの単調な通学の朝は、いつしか「楽しみの朝」、「希望の朝」、「幸せの朝」となった。

毎朝、それまで全く無頓着だった身だしなみに気を使い、時間を気にしながら期待に胸をときめかせて、いつもの場所に自転車を走らせる。


<写真>
出会いの道・県道
(今年の正月に実家に帰った時に撮影)      
                    
当時は、舗装されていなくて、雨の日は水溜りができ、
風の日は埃が舞い上がっていた。
勿論、歩道などなかった。



すれ違う場所は、見通しのきく県道で、その時間になると遠くに小さく彼女の姿が見えてくる。そして、両者の距離はあっという間に縮まって、またたく間にすれ違い、見る見る遠ざかっていく。

すれ違う瞬間、僕はちらっと彼女を見るのだが、彼女の方はまっすぐ前を向いたまま目を合わさない。それでも、出会えたことで、その日は幸せな気分になれた。
しかし、それ以上の進展はなく、相変わらずすれ違いだけの毎日が続いた。

変化は、ある日突然やってきた。

それは、夏の日の午後、学校からの帰り道であった。
いつもの県道を汗をかきかき、自転車を漕いでいると、何と前方から彼女の自転車が近づいてくるではないか。

全く突然の出会いになった。(朝の通学時以外に出会えるなんて想像だにしていなかった。)

びっくりして彼女を見ると、いつもは視線を合わそうとしない彼女が、まっすぐに僕を見て、まるで「いつもと違う時間にお会いしましたね」とでも言うように、「にっこり」と微笑んだのである。

予期せぬ反応に、周章狼狽、我を失っているうちにすれ違ってしまい、見る見る彼女の姿は遠ざかって行った。

あの時の「微笑み」はまさに衝撃的であり、今でも記憶の底に刻まれている。

明日こそは思い切って「おはよう」と声をかけてみよう、と心に決める。

そして翌日、いつもの時間。
しかし、いつもの場所に彼女の姿はなかった。

そして、次の日も、翌々日も。少し、時間を前後にずらしてみたが、同じであった。

あの夏の暑い日の午後以降、彼女の姿は、ぷっつりと見えなくなってしまったのである。

かくして、小生の淡い初恋は、相手の名前もわからず、言葉も交わすことなく、「微笑み」一つの想い出だけを残して唐突に終った。

そして、心にぽっかりとあいた大きな穴を懸命に埋めようとして書き始めたのが、「彷徨」という小説もどきの本であった。

何分、17歳の頃書いたものであるから、およそ小説と呼べる代物ではないが、たとえどんなに稚拙なものであっても、あの時の「微笑み」とその時の「胸の高鳴り」、「ときめき」は純真無垢な感受性豊かな自分がその時確かに存在していた証であり、そういう体験が出来たことは、何よりも貴重なそして限りなく大切な財産であると思っている。

原本はとっくの昔に紛失してしまっているが、今考えると間違いなく、青春時代の一つの記念碑であり、手元に残しておくべきものであったと悔やむことしきりである。
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