主宰者のKさんから今年3回目のオーディオ談笑会開催のメールがあったのが今月上旬。
さて、今回の出し物をどうしようかとあれこれ考えていると、購読している朝日新聞の土曜別刷[be]に連載している「うたの旅人」が目についた。
この「うたの旅人」は、歌謡曲、童謡、民謡、スタンダード、クラシック、ポップスなどジャンルを問わず、名曲に隠された歌の背景を紹介すると言う記事で、毎回楽しみに読んでいる。
そして、この記事で取り扱った(5月29日)上田正樹の『悲しい色やね』の新旧バージョンを前回のオーディオ談笑会に出し物として持参した経緯がある。
今回(9月18日)の記事は、
寺山修司作詞、カルメン・マキ歌
『時には母のない子のように』
を扱ったものだった。
この記事を見て初めて知ったことだが、『悲しい色やね』と『時には母のない子のように』の間に共通点がいくつかあることに気付かされた。
カルメン・マキ『時には母のない子のように2007』(左)上田正樹『SMOOTH ASIA』(右)
それは、
①二人が目指す音楽と方向性が違うにもかかわらず空前の大ヒット曲となって、それぞれ二人の代表曲とみなされることになってしまったと言うこと。
②本人の意に反しての大ヒットに対して、二人とも複雑な思いでこの曲に距離を置き、この曲を歌うことを長く封印してきたこと。
③歳を経、年輪を重ねるにつれて、封印を解いてこのうたを歌って見ようと言う心境になり、上田の場合27年ぶり(2010年5月「SMOOTH ASIA」)、カルメン・マキの場合24年ぶり(1993年「MOON SONGS」)に、それぞれこの曲が入ったアルバムをリリースしたと言うこと。
小生としては、年輪を重ねた二人のアーティストが長らく封印して来た曲にどういう姿勢で臨み、その内容をどう表現したかに興味をそそられた次第である。
そして、ジャズとのコラボ、名曲『サマータイム」とのジョイントによって14分余の大曲に生まれ変わった『時には母のない子のように』は装いも新たな曲に大変身していた。
前回と趣がかぶってしまうが、今回もカルメン・マキがジャズの板橋文夫(P)、太田恵資(vln)との競演で歌った『時には母のない子のように』を持参して、メンバーの感想をぜひとも聞かせてもらいたいとその日が来るのを楽しみにしている次第である。
さて、今回の出し物をどうしようかとあれこれ考えていると、購読している朝日新聞の土曜別刷[be]に連載している「うたの旅人」が目についた。
この「うたの旅人」は、歌謡曲、童謡、民謡、スタンダード、クラシック、ポップスなどジャンルを問わず、名曲に隠された歌の背景を紹介すると言う記事で、毎回楽しみに読んでいる。
そして、この記事で取り扱った(5月29日)上田正樹の『悲しい色やね』の新旧バージョンを前回のオーディオ談笑会に出し物として持参した経緯がある。
今回(9月18日)の記事は、
寺山修司作詞、カルメン・マキ歌
『時には母のない子のように』
を扱ったものだった。
この記事を見て初めて知ったことだが、『悲しい色やね』と『時には母のない子のように』の間に共通点がいくつかあることに気付かされた。
カルメン・マキ『時には母のない子のように2007』(左)上田正樹『SMOOTH ASIA』(右)
それは、
①二人が目指す音楽と方向性が違うにもかかわらず空前の大ヒット曲となって、それぞれ二人の代表曲とみなされることになってしまったと言うこと。
②本人の意に反しての大ヒットに対して、二人とも複雑な思いでこの曲に距離を置き、この曲を歌うことを長く封印してきたこと。
③歳を経、年輪を重ねるにつれて、封印を解いてこのうたを歌って見ようと言う心境になり、上田の場合27年ぶり(2010年5月「SMOOTH ASIA」)、カルメン・マキの場合24年ぶり(1993年「MOON SONGS」)に、それぞれこの曲が入ったアルバムをリリースしたと言うこと。
小生としては、年輪を重ねた二人のアーティストが長らく封印して来た曲にどういう姿勢で臨み、その内容をどう表現したかに興味をそそられた次第である。
そして、ジャズとのコラボ、名曲『サマータイム」とのジョイントによって14分余の大曲に生まれ変わった『時には母のない子のように』は装いも新たな曲に大変身していた。
前回と趣がかぶってしまうが、今回もカルメン・マキがジャズの板橋文夫(P)、太田恵資(vln)との競演で歌った『時には母のない子のように』を持参して、メンバーの感想をぜひとも聞かせてもらいたいとその日が来るのを楽しみにしている次第である。