折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

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愛器『日立HS-500』を聴く~オーディオ談笑会『番外』編その2  

2010-08-31 | オーディオ談笑会

居間兼リスニングルーム
<オーディオ装置> アンプ マランツ PM-15S1 CDプレーヤ パイオニア PD-T07 スピーカ Lo-D HS500


なが~いお付き合い

今、齢67、結婚生活今年で40年。

そして、愛器「HS-500」も購入から40年。

と言うことは、この間、HS-500は我々夫婦と全く同じ時間を共有したということである。

ともかく、なが~いお付き合いなのである。


 
40年前、本機購入時に添付されていた『取扱説明書』(左)と『保証書』(右)


そして、本機の購入には、実は談笑会のメンバーのMさんが微妙に関わっているのである。

と言うのは、その昔、『日立の1台65,000円もするスピーカが話題らしいよ』というMさんの一言(本人はとうに忘れてしまっているかも知れないが)が本機に関心を持つきっかけとなったからである。

価格が2台で130,000円。
当時の大卒初任給の4倍以上という桁外れの超高級品である。
どんな音がするのだろうと最早、思いはこのスピーカに飛んでいた。

そして、安サラリーマンで、新婚ほやほやの小生には、欲しがること自体が「罪」のようなスピーカをかみさんを口説いて、何とか手に入れたのだった。


『懐古談』に花が咲く


我が家に着いて、まずはコーヒーブレーク。

この日のために準備したコーヒー豆を挽いて入れたコーヒーを飲んでくつろいでいる時のこと。

『このスピーカを見ると思い出すんだよな、もう、かれこれ30年ぐらい前になるかね、このスピーカとNさん(故人)のスピーカを車に積んで、わたしのマンションで聴き比べをしたよね』とMさん。

『若かったんだね、何か所も回って、あんな重いスピーカを車に積んで運んだのだから』と小生。

『3台のスピーカを瞬時に聴き比べられるように、切り替えスイッチを自作したのを良く覚えてるよ。懐かしいね』とMさん。

『Nさんはビクター、Mさんはパイオニアのスピーカだった』と小生。

『当時は、まだレコードが主体で、自分が持っていた「アカイ」のオープン・リールテープデッキでレコードとテープの音質の違いも聴き比べたりもした』
とMさん。

『その時の様子を会社の社内報に取り上げた』と小生。

しばし、若い頃の『懐古談』に花が咲く。


Kさんのアドバイス


Mさんが夕方予定が入っていると言うので、視聴時間は1時間少々。

早速、試聴に入る。

曲は、Mさん持参の『タイム・トゥ・セイ・グッバイ~ベスト・オブ・キャサリン・ジェンキンス』から3曲を聴く。

Mさん曰く。

『今、イギリスで最も話題の歌姫』とのこと。

1曲目の途中でKさんがいきなりスピーカに歩み寄り、10センチほどスピーカを前に出す。

すると、『少し、籠り気味だった音が張り出してきたね』と弟。

『そうなんだよ、セッティングのバランスが良くなかった』とKさん。

『目から鱗』であった。

『タンノイのような重低音や音の迫力をこの小型システムに望むのは無理な話だけど、中高音は澄んでいて、とても美しい。また、音に奥行きと広がりがあって、実にすばらしい!』とKさんが絶賛したのは、深町 純ピアノワールド『中島みゆき作品集』の「わかれうた」を聴いた直後であった。

『すばらしいんだけど、一つだけ注文をつけさせてもらうと、スピーカの間隔がちょっと狭い。絶対、テレビがセットされている場所に左側のスピーカを持ってくるべきだ』とKさんの2度目のアドバイス。

『もう、僕にはプランができてる、やりたくって、うずうずしてるんだ』とも。

自宅のリスニングホールを思うがまま改造しているKさんにとっては、小生のリスニングルームを見ると、持ち前の『血』が騒いで仕方ないらしい。

しばらくは、我が家の改造プランについてKさんの『蘊蓄』を拝聴することに。

そうこうしているうちに、Mさんが帰る時間となり、我が家で初めて行われたオーディオ談笑会番外編『日立HS-500』を聴く集いは、閉幕となった。


   
『タイム・トゥ・セイ・グッバイ~ベスト・オブ・キャサリン・ジェンキンス』(左)深町 純ピアノワールド『中島みゆき作品集』(右)
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郷土料理『すったてうどん』を食す~オーディオ談笑会『番外』編その1

2010-08-30 | オーディオ談笑会

本文中①から④の手順を経て出来上がったうどんの付け汁。(下の写真がその材料)この中にうどんを入れて食べる。我々の子供の頃は、この中にうどんでなく、ご飯をいれて、お茶づけ感覚で食べていた。


                
                付け汁の材料。ゴマ、味噌、キュウリ、玉ねぎ、青じそ、
               ミョウガ、黒ミツ、右上の小さな茶碗に入っているのがダシ



子供の頃、食欲がなくなる暑い夏の真っ盛りに、どこの家でも決まって食べていた一品が『すったて』と呼ばれる一種の『冷汁』料理。

この我が郷里に古くから伝わる田舎料理が、『埼玉B級ご当地グルメ王決定戦』で優勝して以来、NHKをはじめ各種のマスメディアに取り上げられ、この夏、人気沸騰、時ならぬブームに沸いているとのこと。(5月12日付ブログ「かんたん、おいしい、ぜひ作って見て~自慢の郷土料理「すったてうどん」)

我がオーディオ談笑会のメンバーで好奇心旺盛なMさんが『すったてうどん』食べたいと真っ先に手を上げ、主宰者のKさんも大いに興味を示したので、ここに時ならぬ談笑会『番外編・すったてを食する催し』が実現することに。

当日は、朝からうだるような猛暑。
集合場所は、我が家の近くの駅。

何分、不便な田舎のこと、それに『酒豪』のMさん、Kさんをお連れするには、車の運転手が必要、そこで急遽弟を引っ張り出して、運転を頼む。

郷里である川島町までは、車で約1時間。

川越を過ぎると四方を『川で囲まれた島』川島町に入る。
都内から電車で約1時間の距離にありながら、今も多くの自然が残る農村地帯、そこが我が郷里の川島町である。

Kさんが車窓に流れる景色を見て、遠足に来たような気分だとはしゃぐ。

先ずは、我が郷里の偉人・日興証券の創業者・遠山元一さんがおかあさんのために建てたという歴史的建造物を駆け足で見て、(冷房施設がないので、暑くていられないため)11時半、件の『すったてうどん』を商なっているうどん屋さんに向かう。

この時間でも、もう駐車場は満杯。
大急ぎで店に入って、順番を取る。

幸いにも、順番待ちは2番目。
その後は、後から続々と客が入って来る。

その盛況ぶりに『凄いね、マスコミの力、恐るべしだね』とMさん。

待つこと約10分、喫煙席に通される。(禁煙席では、相当待たされると言われたので、やむを得ず)

早速、生ビールとお目当ての『すったてうどん』を注文する。

そして、待つこと10分、すったての材料が乗ったお膳が運ばれてくる。

みんな興味津々、呑むのを止めて、準備に取り掛かる。

さて、その作業であるが、

① すり鉢に入っているゴマをすりこぎ棒で入念にする。
② 味噌、みじん切りにしてある玉ねぎ、青じそを合わせ、さらにする。
③ キュウリを適度につぶしながら混ぜる。
④ 混ぜたものにダシ汁を入れ、良くかき混ぜる。

これで準備完了、あとはこの中にうどんを入れて食べるだけである。

この①から④までの工程をみんなで、わいわい、がやがや言いながら、行う所が、どんな味になるのだろうと言う期待感につながって、この料理の一つのセールスポイントになっているのだろう。

Mさんはこの作業を結構楽しんでいたが、Kさんはお酒の方が気になって途中で作業を放棄、弟が拵えたものと交換するという意表をついた作戦。

『それにしても、天ぷらと言い、うどんと言い、凄いボリュームだね。都会ではこの半分でぜ』と都会派のMさんは、量の多さに目を白黒。

『昔から、田舎は質よりも量だから』と弟。

そして、弟は子供の頃の食べ方だと言って、ご飯を注文して冷汁の中に入れ、お茶づけ風に。

『これ、これだよ。』と久しぶりに子供にかえったように喜色満面である。

『確かに、ご飯もいいけど、料理としては出せないな』とMさん。

これには、一同納得。

適度にアルコールも入り、ご機嫌の一行これから我が家で小休憩。

コーヒーを飲みながら、我が愛器スピーカー『日立HS-500』を聴くことになるのだが、それは『番外編』その2で紹介したい。
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『1日1万歩』のノルマ断念

2010-08-28 | 日常生活
8月21日(土)5,973歩  8月22日(日)7,157歩
8月23日(月)23,350歩 8月24日(火)4,338歩
8月25日(水)6,238歩  8月26日(木)6,747歩
8月27日(金)6,356歩



携帯電話の歩数計に記録されている直近1週間の歩数である。
ゴルフに出かけた日(8月23日)を除くといずれの日も1万歩を下回っている。

『1日1万歩を毎日歩く』リタイア後、自らに課して来た『ノルマ』である。

このノルマを断念せざるを得ない状況が出来(しゅったい)した。

その原因は、言うまでもなく今年の夏の異常な暑さである。

上記の6,000歩前後の歩数と言うのは、朝夕の愛犬パールとの散歩の歩数である。


最近は、愛犬との散歩以外はほとんど歩いていない。


と言うことは、このところ、散歩以外にはほとんど歩いていないと言うことである。

長年、ノルマを達成して来た身にとって、何とも残念な数字であるが、今年の夏の異常な暑さを考えれば、ノルマの断念もやむなしである。


幼なじみのKくんも小生同様、『1日1万歩』を目標に毎日せっせとノルマをこなして来ていたが、ここにきて彼も『こんな暑いのに、無理することはない、御身大切にだ』と「白旗」を上げた旨を電話で知らせて来た。

小生も、しばらくの間は『不本意』ながらも、冷房の利いた部屋で『巣籠』して、この猛暑をやり過ごすしか『手』はないのではと思い定めている次第である。

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秋の兆し、あれこれ

2010-08-24 | 雑感

このところに来て、黒目川沿いに植えられているキバナコスモスの花が咲き揃って来た。


              
              1週間前は、まだまばらにしか咲いていなかったキバナコスモスの花。  


炎暑延々

昨日の朝日新聞朝刊一面のトップ記事の見出しである。

この日は『暑処』。
暑さが和らぐとされる日に、奇しくも『炎暑延々』という文字が一面トップを飾る、今年の夏の暑さの異常さを表わして余りある。

そして、この記事の通り、この日は、群馬県館林市で全国最高の38.5度、県内でも熊谷市、さいたま市でそれぞれ37・2度を観測し、炎暑であったことを裏付けたのである。

予報では、これからも当分の間、厳しい残暑が続くと報じているが、これでもかとばかり猛暑が続く毎日、さわやかな秋の訪れを待ち望んでいるのは、小生だけではあるまい。


実は、このところ朝夕の愛犬の散歩中に、幾つか季節の変化の兆しらしきものに気が付いた。

その第一は、日の出、日の入りの時間の変化である。

愛犬との散歩の時間は、朝は5時、夕方は6時であるが、ちょっと前までは、5時と言えば、辺りはすっかり明るくなっていたが、今では、その明るさが、ようやく明けなんとする明るさに変わって来ている。

夕方も、6時と言えば、ちょっと前までは、直射日光がまだ、まだ強かったが、今や、この時間は、はや暮れなずまんとするたたずまいである。

第二に、散歩道の様子にも変化が見て取れる。

早朝、ちょっと前までは、余り聴けなかった虫の声が、道の両側、畑の中から降るように聴こえて来る。

また、道端の花にも変化の様相が。

7月上旬にボランティア団体の手で植えられた、黒目川沿の畑のキバナコスモスの花、1週間ほど前は、まだちらほらしか咲いていなかったが、昨日、今日は満開とまではいかないものの、かなり咲き揃ってきた。来月になれば、見頃となるだろう。

しかし、何によりも大きな変化は、吹く風の様子である。

ちょっと、前までは早朝5時と言えども、湿った、生温かい風が吹いていたが、今は、依然として、夜、熱帯夜が続いているものの、吹く風は、さわやかで、心地よいものに明らかに違ってきている。

秋来ぬと  目にはさやかに見えねども   風の音にぞ  おどろかれぬる
 (藤原敏行 古今和歌集、秋歌上、169)

(「秋が来たと目で見てもはっきりとは分からないけれども、風の音で(秋が来たことに)気付いた」という意味)

と言う、古(いにしえ)の歌人が詠んだ歌もきっとこんな情景を歌ったのだろうなと思った次第である。

『異常な暑い夏』ということで、記録にも記憶にも残るかも知れない今年の夏、これからも日中は猛暑が続くかも知れないが、さすがにその暑さも、ようやく峠を越そうとしている、そう思えるような朝夕の情景である。
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H子ちゃん、突然の戦線離脱~浅間山外輪山・黒斑山登山その2

2010-08-22 | 友達・仲間

高所恐怖症のH子ちゃんには、少々酷な『トーミの頭』の最先端の岩。


『トーミの頭』の最先端の岩の上でVサインをして写真に収まりながら、3人のうちの一人Hちゃん曰く。

『H子ちゃんがいたら、高所恐怖症の彼女のことだから、きっと、この場所で腰を引いて、這いつくばっちゃうかもよ』

『そうだ、そうだ』と打てば響くような反応がみんなから返って来る。

また、黒斑山の頂上から浅間山の雄大な眺めをバックに記念写真を撮った時も、『彼女にこの景色を見せたかったな』と言う声が期せずして上がる。


幼なじみの山歩きのメンバーで『紅一点』のH子ちゃんが、体調を崩して今回の山歩きに参加していない。

黒斑山に向かう車中の話題は、

『我々にはわからないストレスがあって、それが引き金になったのかもね』
『辛抱強い彼女のこと、きっと我慢し過ぎたんだよ』
『健康に自信があったのが、かえって仇になったかもね』

等々、もっぱらH子ちゃんの健康についての話しであった。


彼女が体調を崩したという知らせがあったのは、ほぼ1か月前のこと。

しかも、当分の間、山歩きなどの運動は自粛して下さいとドクター・ストップがかかったとのこと。

寝耳に水の知らせだった。

この歳になっても健康診断の結果が『オールA』という、元気印の元祖のようなH子ちゃん、険しい上り下りもものともせずに歩き通してしまう男勝りの健脚ぶりを発揮していた、あのH子ちゃんが、選りによってドクター・ストップで戦線離脱になるなんて、と絶句であった。

同時に、これは『少し休みなさい』という彼女へのシグナルでもあると思えて、焦らずにゆっくりと休養して、英気を養い、再び戦列復帰することを切に祈った次第である。


『秋になって、すずしくなったら、みんなで彼女を食事に誘うことにしようや』と帰りの車の中で、話し合った。

我が幼なじみたちは、みんな心根のやさしい男たちである。



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