折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

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究極の音、至福の時

2006-07-30 | オーディオ談笑会
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写真 (上)リスニングルームに鎮座するタンノイオートグラフ
   (下)マニア垂涎のアンプ類が収納されたラック
 
K邸宅の音響装置

スピーカー オートグラフ(英国タンノイ社) ボックス 自作(タンノイ社オリジナル)

アンプ   C22(米国マッキントッシュ社の真空管タイプ)
      MC240(同上)

プレーヤ  ガラード301(英国ガラード社)


マニア垂涎の装置、贅を尽くしたリスニングルーム


会社の先輩Kさんは、大のクラシック音楽愛好家であると同時に、「究極の音」を求めるオーディオ・マニアでもある。

そのKさんから、「念願のコンサートホールが完成したので遊びに来て。」とのこと、早速訪問する。

熱烈な「音の求道者」だとは聞いていたが、「ここまでやるか」と驚いた。
マニア垂涎の音響機器とこの装置を生かすための数々の工夫、例えば純ムクのチークの超重量級大扉、特殊仕様の天井や床構造など、贅を尽くしたリスニングルーム。
これ以上のものは、望めないだろう。

このコンサートのゲストは、スピーカーの音をベストの場所で聴く必要があるとのことで、極めて少人数である。

即ち、オーナーのKさん、小生そして両方の共通の友人Mさんの3人がメンバーである。

それぞれが、例えば、本場のミュージカルのCDとか、黒人霊歌を歌うエルビス・プレスリーのCDとか、朝崎郁恵が歌う、沖縄の「シマウタ」のCDとか、ジャンルの異なる曲を持参してくるので、自分の音楽の視野を広げる場にもなっている。

さて、その音であるが、高音はあくまでも澄明且つ繊細に鳴り、お腹にズシンと響く重低音には圧倒される。

目の前で「生演奏」を聴いているようだ。
究極の音を堪能する「至福の時」がそこにある。

しかし、至福の時はこの時だけではない。一息入れる休憩タイムに、音楽やその他のよもやま話を「つまみ」に飲むお酒の何とおいしいことか。これも、間違いなくもう一つの「至福の時」である。

こうして、この集まりの日は、1日に2回も「至福の時」を味わうことが出来るのである。(ゆえに、この集まりを「談笑会」と称している。)

3ヶ月に1回の割合で開催されている。次回が待ち遠しい。

なお、Kさんはこれだけの装置を自分だけで使用しているのは「もったいない」、できれば、地域の青少年の皆さんに自由に利用してもらいたい、との希望を持っており、その実現を図るべく計画を進めている、とのことである。ぜひ、うまくいくことを願っている。
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悪がきも、一瞬

2006-07-28 | 音楽
バイオリンの生演奏に魅せられる


高校時代、わがクラスは一部の悪がきが、我が物顔にのさばり、荒れていた。授業によっては、完全に「学級崩壊」状況を呈していた。

女の先生、外部講師がそのターゲットになりやすかった。

音楽のO先生も、そのターゲットになった一人であった。
先生は、大学でバイオリンを専攻し、将来を嘱望される若い芸術家であった。

小柄であったが、顔の彫が深く、日本人離れしたルックスをした、いかにも芸術家と言った雰囲気を濃厚に漂わせていた。

そんな雰囲気が悪がきの、癇に障ったらしく、ワイワイ、ガヤガヤと騒ぎたて、授業にならない日が続いていた。

そんなある日、先生がピアノを弾く友人を伴って、「今日は生演奏をするから、生の楽器の音がどんなものか聴いてみて」と急遽、音楽の時間が、演奏会の時間になった。

その時の演奏曲目の一つに、ドルドラの「思い出(スーベニール)」と言う曲があった。
バイオリンが奏でる、甘美な調べに陶然となった。

さすがの、悪がきどもも、この時ばかりは、神妙に聴いていた。
そして、演奏が終ると、何と彼らが一斉に拍手しているではないか!

小生も、彼らに負けないように大きな拍手を送ったのは勿論である。
これが、生の演奏に接した初めての体験であり、生で聴く楽器の音色の素晴らしさにすっかり、虜になってしまった。

そんなことがあったので、その後の授業は少しは、まじめに受けるのかな、と見ていたところ、何のことはない、それは、あの時だけのことで、相変わらず、学級崩壊のような授業が、その後も続いたのである。

まったく、どうしょうもない悪がき同級生であったが、今も、ドルドラの「思い出」を聴くと、その当時を懐かしく思い出す。(以前、クラス会で久しぶりに悪がきどもが集まったが、言うまでもなく、みんなまじめなおじさんたちだった。)

<今日の1枚>

ヨゼフ・スーク/珠玉のヴァイオリン名曲集から、

ドルドラ 思い出 OP134


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ちょっと寄り道②

2006-07-26 | 武道
居合道講習会


「形に、生命を吹き込む」

定年退職後始めた趣味の一つに「居合道」がある。

来る10月に昇段審査会があり、小生は今回、3段に挑戦すべく、精進している。
しかし、この年になると、どうしても「このくらいでいいか」と、「楽」をしようという気に陥りがちになる。

これではいけないと、大会の試合や講習会に参加することで刺激を受け、自分自身を奮い立たせることにしている。

今回の講習会は、7月23日(日)に行われ、県下から愛好家150人が参加した。

茨城県の著名な先生が、特別講師として見えられ、「講話」と「実技」のご指導をいただいた。

以下、先生の「講話」の要旨をご披露したい。

「仏作って、魂入れず」と言うことにならないようにして下さい。
制定居合12本の形を覚え、しっかりと身に付けることは勿論大切ですが、形をおぼえること、そればっかり稽古していると言うことはないですか。

それだけでは、進歩がありませんよ。
例えば、「切り下ろし」一つをとっても、「手の内」が習得できているかどうかで

天と地の開きが出てしまいます。
「手の内」を習得できていない「切り下ろし」は、形は切り下ろしでも、本当の切り下ろしではありません。「似て非なる」ものです。

この点一つを見ても、その人の修行の程度がわかります。
形をなぞるだけの稽古では、進歩しません。

形は、一つの結果です。大切なのは、結果が出るまでの過程です。この過程の中に
学び、身に付けるべきところがいっぱいあります。

ですから、この過程に目を向け、そこを意識して稽古することが大切です。
難しいことかもしれませんが、「形に生命を吹き込む」つもりで稽古してください。

そうすれば、形にとらわれない、おおらかで、伸び伸びとした居合いが身につくはずです。

今の話を、心の片隅において、修行して見てください。


「目から鱗」の思いであった。

朝10時から午後4時まで、ハードな練習でくたくたになったが、沢山の刺激を受け、収穫の多い、充実した1日であった。

講師の先生の実技指導を見守る受講生

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前代未聞

2006-07-24 | 音楽
親友H君のこと その2

その日、大学時代からの無二の親友H君から、かかってきた電話の衝撃は、今でも忘れることができない。

「Hです。今度のOB会のゴルフ出られなくなった。」

電話口から、ただ事でない気配が伝わってきた。

「どうした?、何があった。」
「・・・、息子が亡くなった。」

「何故?どうして。」
「くも膜下出血で、逝ってしまった。」

受話器を握り締めたまま、絶句してしまった。

「息子は、ゴルフを始めたばかりで、近いうち一緒に回ることになっていたんだ・・・。」

何を、どう言ったらいいのか、言葉が思いつかない。

「ということで、今回は、出られない。」そう言って、電話は切れた。
何と言うことだろう、彼は、その少し前に、実の弟を亡くしているのだ。

出勤しても、仕事が手につかず、弔電の文面を考えていると、次々に言葉が溢れ出てきて、最早、弔電と呼べる分量をはるかに超えるものとなった。そして、あろうことか、最後に、「頑張れ、H,負けるな、H」としたためたのである。

しかし、その文面の一行半句と言えど、削る気持ちにはどうしてもなれずに、原案をそのまま、自ら別室で、打電した。(さすがに、女子事務員さんには頼めなかった。)

弔電としては、恐らく「前代未聞」なものであったろう。

数日後、弔問に伺った時、彼がご両親、奥様に「あの、長い弔電を打ってくれたK君」と紹介してくれたことでも、異色の弔電であったことが、うかがえる。

その時、一緒に霊前に供えさせてもらったのが、映画「大河の一滴」のオリジナル・サウンドトラックのCDである。

セルゲイ・ナカリャコスの心を揺するトランペットの調べが、少しでも親友の「癒し」になれば、との思いを込めて。

その年の暮れ、喪中を知らせるはがきに、「大河の一滴、ありがとう。」との一行が書き添えられていた。


<今日の1枚>

大河の一滴

音楽: 加古 隆

トランペット:セルゲイ・ナカリャコフ

ピアノ:加古 隆

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親友H君のこと

2006-07-22 | 音楽
40年越しの「音楽論争」

ベートーヴェンVSシューベルト

大学時代の4年間、京浜急行「金沢文庫」駅の近くのお寺に下宿していた。
下宿には、同じ大学に通う学生が5人いた。

そのうちの一人が、無二の親友H君である。
彼とは、同じサークル仲間であると同時にクラシック音楽仲間でもあった。

もっとも、彼の場合、クラシックファンと言うより、どちらかと言うと、「ベートーヴェン」にのめり込んだ、ベートーヴェン信奉者と言った方が当っているかも知れない。

そのきっかけは、例のフルトヴェングラーが指揮した交響曲第5番「運命」のレコードである。

物事を哲学的、理性的に捉える彼の思考が、ベートーヴェンの音楽にピッタリと、フィットしたようで、以後、ベートーヴェンに激しく傾倒していった。

ある日、そんな彼に冷やかしのつもりで、「ベートーヴェンも勿論素晴らしいが、シューベルトの「癒し」の音楽も心に沁みるよ」と、水を向けたところ、彼は、ベートーヴェンの音楽の本質である、「苦悩を通しての歓喜」と言う、崇高な理念に比べれば、シューベルトの音楽など、「子守唄」だ、とばっさりと切り捨てた。

これには、シューベルトの「憧れ」と「祈り」に満ちた「未完成」交響曲の第2楽章をこよなく愛する、小生は「カチン」ときた。

それからは、シューベルトの音楽を認める、認めないを巡って、喧々諤々論争を繰り返したが、決着を見ぬまま卒業となった。

卒業後は、サークル仲間の集いが年に1回あり、みんなでゴルフを楽しんでいるが、去年一緒になった時、久しぶりに「ベートーヴェンVsシューベルト論争」憶えている、と水を向けてみたら、「忘れるものか、今も、自分の考えは、いささかも変わっていない、君はどうだ。」と、きた。

「こっちも、同様、今は、もっとシューベルトが好きになっている。」と、返した。
まさに、40年の時空を超えて、当時のホットな議論が再燃したかの如くであった。

そして、40年経った今も、お互いが変わらぬ存在であることを確信したのであった。

今年も、8月23,24日山梨県の「富士見高原ゴルフ」で会うことになっている。
その日が、今から待ち遠しい。

<今日の1枚>

ベートーヴェン  交響曲第5番「運命」
ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団

シューベルト   交響曲第8番「未完成」
サー・ゲオルグ・ショルティ指揮
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
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