折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

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自薦=今年のお気に入りブログ・ベスト10

2007-12-31 | ブログ

今年の目標<チャレンジ>でデザインした今年の年賀状


今日は大晦日。

07年も今日で終わりである。

そして、ブログも今日が書き納めである。

07年に掲げた目標は、『チャレンジ』であった。

そこで年賀状は、チャレンジをテーマに個別のチャレンジ項目を写真とコメントでデザインした。

ブログの項目には、『折々の記』への投稿<100回>へチャレンジとある。


昨年7月にブログを始め、その年は78回投稿したので、今年は100回をクリアーしたいとの願いであるが、結果としては累計で181回、今年に限れば103回投稿したことになり目標を達成することができた。

野球の解説風にコメントすれば、中3日のローテーションをきっちりと守り、103回の完投勝利を収めたわけであるから、文句なしに今年のMVPである。

しかし、反面ブログを書くことに意識が行き過ぎて、読書、音楽といった他の趣味がその分疎かになってしまったのは否めない。

それでも、年間を通してブログを書き続けた努力は、『良くやった』と自分自身を誉めてやりたい。

そこで、今年のブログの結びとして今年書いたブログ『お気に入りベスト10』を時系列で紹介したい。

今年書いたブログのお気に入りベスト10

1・  07・01-07 91歳のチャレンジ
2・  07・01-19 百人一首
3・  07・02-23 プレゼントへの思い
4・  07・03-01 おやじの背中、続・おやじの背中
5・  07・04-04 久々の兄弟対局
6・  07・05-05 13回忌
7・  07・08-23 一夏の経験
8・  07・11-05 65歳の青春
9・  07・11-13 バトンタッチ~子そして孫へ
10・ 07・12-20 OK,ベリー・グッドよ
次点 07・01-04 お新香の味
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『プロ』と『アマ』を分かつもの

2007-12-28 | 映画・テレビ

12月25日付朝日新聞「試写室」の記事


先日、NHKテレビで『ドキュメント・考える<自殺を防ぐ童話を作れ>▽石田衣良ミッションに挑む!』という番組を放送した。

直木賞作家の石田衣良さんが国語辞典から無作為に選んだ、『ガチョウ』、『草書』、『光学』という三つの言葉を使って、「自殺願望を持つ少女が自殺をとりやめたくなるような童話を作る」というミッションである。

当日の新聞の番組欄に「考える」プロに課題を与え、思考、思索のプロセスに密着。
答えを導き出すまでの秘密に迫る、と解説が載っていた。


ブログを書いている者としては、プロが一つの作品を書き上げていくプロセスが見られるので大いに興味をそそられ、ビデオに録画してじっくり見た。


カメラは、石田さんの日常の生活、文筆活動の様子とこのミッションへ関わっていく過程を丹念に追っていく。
そこには、今時の若い流行作家のライフスタイルが垣間見られて興味深かった。

受け取った課題を前に、頭に浮かんだアイデアを1枚の紙に書きとめ、図式化したり、資料を探しに本屋に出かけたり、想念を得ようと行きつけのカフェに行ったりする様は、われわれが文章を書く時にやっていることと大して変わりはない。

そこには、プロとアマを分かつ要素は見出せない。

カメラが、インタビューに答える石田さんを写し出した。
その話しの中でプロとアマを分かつ要素についてヒントになりそうな話しを聞くことができた。

ナレーターによれば、石田さんは月に300枚の原稿を書くそうだが、そんなに書いてもなお話のタネは尽きることはないのだそうだ。
それを裏付けるような、石田さんの話。

『小説家は実は、寝ている間もお話のことを考えているので、今でも頭の中には幾つかのなべがキッチンにかかっていて、それらを煮込んでいる感じになっているんです。』

『アイデアの神様は、手なずけてあるから、来る時は勝手に向こうから来ますよ』


われわれも、ひらめきは何度も経験するが、『アイデアの神様を手なずけている』とまではとてもいかないし、ましてや『来るときは向こうから勝手に来ます』などとはとても言い切れないけど、石田さんは至極当然のことのように言い切る。この強烈な自負心こそプロの証しであり、この自負心なくしてはとてもプロとしてやっていけないのだろうと思った。

それと、もう一つ、石田さんの話。

『カフェには大抵2時間ぐらいいるけど、1時間半はぼうっとしてるんです』

ぼうっとしている時間は、ひらめきの神様が来てくれるのを待っている時間なのだろう。

そして、ひらめきを得てからが凄い。
すっかり自分の世界に入り込んで、もう周りのことは全く気になっていない。

わき目もふらず、それこそ一気呵成の勢いで書き始める。
その集中力、そのスピードは並みのものではない。

このずば抜けた集中力とスピード、これもプロとアマとを分かつ一つの要素ではあるまいか。


ひらめきは、神が与えた啓示かそれとも人の努力の結果なのか、思考の階段を昇り続ける人間、その営みは大いなる謎。

この言葉は、番組の冒頭に流れたナレーションであるが、プロとアマを分かつヒントを示唆しているように思われる。

プロもアマも等しく努力する。努力するということにおいては、プロもアマも変わらない。

選ばれし者だけが神の恩寵を授かることができる。プロとアマを分けるのは『神様の領域』と言ったら、言い過ぎだろうか。


番組の最後に石田さんが書き上げた作品が紹介された。


タイトルは『光の国の姫』

三つのキーワードを巧みに配置した物語の展開、童話らしい表現方法、そして説得力のある結末、そのいずれをとってもこれはまさしくプロの仕事である。
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最新『KY』事情~困った政治家の『集団感染』

2007-12-24 | 日常生活
『空気が読めない』を略して『KY』と言う言い方が流行語大賞にノミネートされるほど今年流行った。


その『KY』も個人レベルの話しならば、『ご愛嬌』程度で済まされようが、それがこと政治のレベルの話になってくると『ご愛嬌』では見逃すことができない由々しき問題である。


最近の新聞やテレビのニュース、例えば『年金問題』、『薬害肝炎問題』、『独法改革』等々の唖然とするほど『空気が読めない』、『空気を読もうともしない』政府・自民党の対応を見ていると、政府も自民党も集団で重症の『KY』病に感染してしまっているのでは、と思わざるを得ない。


政治の要諦は、『空気を読む』力である。


そして、小泉元首相は、その『空気を読む』ことに自らの政治生命を賭けた人である。

『支持率』という大衆の人気を自らの権力基盤にしていた小泉さんは、大衆に迎合し過ぎることも一再ならずで、そのため劇場型の政治家と言わたが、この人の凄い所は、『ハンセン病』裁判の上告断念、北朝鮮への電撃訪問、郵政解散等々政権最大のピンチの時に、冷静、沈着に『空気を読み』、果断な決断と実行力で勇気をもって挑み、ピンチをチャンスに変えた点であり、また、『言葉』の持つ影響力を熟知し、それを最大限に利用、活用した(例えば「郵政解散」の時の記者会見での演説)点である。

翻って、福田首相はどうか。

目の前の『年金』問題にしても『薬害肝炎』問題にしても『独法改革』にしても、現政権にとっては大きなピンチであるには違いないが、見方を変えれば、このピンチは、政権の基盤と福田さんの求心力を一段と高めうる絶好のチャンスでもあったわけである。しかし、福田さんには小泉さんのように大向こうをうならせるような、『野心』も『勇気』も持ち合わせていなかったため(『野心』は政治家であれば、誰しも持っているだろうが・・・。)、あたらチャンスを見逃したのだから、福田内閣の支持率が急落したのも当然の帰結である。(この支持率の結果を見て、世論の健全性に救われた思いを抱いたのは小生だけだろうか。)

今日の新聞によれば、『薬害肝炎』問題で、『一律救済』に方向転換したとか。
しかしである、『原告団と面談するか』と聞かれた首相は、『会うのに、やぶさかでない』と答えたとか。この『やぶさかでない』という一言に、首相の『KY』度が端的に表れている。

そして、この程度の人が、『わが国の政治のトップ』にいると言うのもまた、わが国のまぎれもない現実の姿なのである。
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『OK、ベリー・グッドよ』~今は亡き『カリスマ』経営者を偲んで

2007-12-20 | 仕事・職場
今日12月20日は、小生の37年間の会社生活の中で、入社以来15年間にわたりお仕えし、偉大な経営者として、また、滋味溢れる一人の人間として、心から尊敬し、お慕いしてやまなかった創業者高山萬司さんの命日である。

お亡くなりになられたのが昭和62年だったので、20年の歳月が過ぎたことになる。


昭和31年に46歳で脱サラして、Sシヤッター工業(現Sホールディングス)を一流企業に育て上げた立志伝中の人である。

そして、多くの従業員から神様のように敬われ、親のように慕われた人である。

15年間、お側近くにお仕えして受けた薫陶は、いまだに小生にとって大きな無形の『財産』である。


その偉大な経営者との間に小生にとって忘れ得ぬ一つの思い出がある。


それは入社して5年目、28歳の時のことである。

昭和46年8月15日に突如、全世界を震撼させた『ドル・ショック』が当社の前途にも容易ならざる状況をもたらそうとしている時であった。

ある日のこと。

『Kさん、ちょっと』(社長は従業員をみんな「さん」付けで呼んでいた。)
と社長に呼ばれ、社長室に入るなり

『Kさん、君に一つ宿題だ』

と、いきなり言われた。

『10月の株主総会で役員が新しく選任されるのは君も知ってのとおりだが、その後の取締役会で【役員の誓い】をみんなで申し合わせたいと考えている。その草稿を君に作ってもらいたい』

『私のような若輩者が』と言いかける小生の言葉をさえぎって社長が、

『いいかね、Kさん。今度のドル・ショックで時代は間違いなくこれから、大きく動いていく。世の中が様変わりして行く。この流れに対抗していくにはもう、われわれのような古くて、頭の硬い連中ではだめだ。君たちのような若くて、恐れを知らない、頭の柔らかな人の発想が必要なんだ』

『あんまり大仰に考えないで、日頃、君たち若い人が考えていることをまとめてくれればいいんだ』

『何を書いてもいいが、頭の硬い年寄りみたいなものだけは勘弁だ。条件はその一つだけだ』

そこまで言われては、引き受けざるを得ない。

『わかりました。やらせていただきます』

『ああ、それから、できた原稿は総務部長に見せる必要はないから。あの人は、古い、頭の硬い人の代表格だから、アッハッハ。』と社長は小生の方を見て、にやっとウインクして見せた。


自席に戻り、余りの事の重大さに、しばし途方にくれる。
しかし、やらざるをえない、と臍を固めて、早速作業に取りかかる。

せっかちな社長の気性からすれば、迅速な対応が必要だ。時間との勝負である。
全ての仕事を取りやめて、この作業に没頭する。勿論、やりがいを全身で感じながら。

内容的には、わかりやすい言葉で簡潔明瞭にを念頭に、先ずは、手当たり次第に資料を集め、読み込んでいくうちに全体の輪郭がおぼろげながら見えてきた。


そして、3日後の社長室。

社長は無言で小生の原稿を読んでいる。

身も縮む思いで控える小生。

『オーケー。Kさん、ベリーグッドよ』

こういう、くだけた、ざっくばらんの物言いが出る時は、社長がすこぶる上機嫌の時である。

それだけに、社長が発した短いその一言は、小生にとっては何ものにも代えがたい最高のねぎらいであった。(勿論、全くの無修正だったのも意外であり、とてもうれしいことではあったが・・・・・。)


数日後の取締役会。


議題の審議が進んで、いよいよ『役員の誓い』の議題になり、社長が提案趣旨を説明する。

小生は、事務局としてその場に控えていた。

すると社長から、事務局のKさん、この『役員の誓い』をみなさんに朗読して、と指示が出た。

予想外のことで緊張してしまい、足が震えてしまったのを今でも良く覚えている。


あの時書いた小生の一文は、取締役会議事録の添付資料として、他の取締役会議事録と一緒に、書庫の中に今も保存されている。



『オーケー、Kさん。ベリーグッドよ』

とひょうきんな仕草で、社長なりのねぎらいの言葉をかけて下さったあの時の一言は、今も小生にとって終生忘れられない思い出である。


我が家の新築祝いに頂戴した置時計
我が家の『宝物』である
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続・『タンノイ』の面目躍如~今年最後の『オーディオ談笑会』

2007-12-19 | オーディオ談笑会

ゲリー・カー 『あざみの歌/古城―ゲリー・カー/日本の歌・Ⅱ』のジャケット


第2部  ゲリー・カー演奏のコントラバスを聴く


海外旅行が好きなMさんは、行く先々でCDショップをのぞき、掘り出し物を探し当ててくるのが得意である。

そのMさんが10年以上前にロンドンで手に入れてきた

『THE BEATLSE~Live at the BBC』

という2枚組みのCDを聴く。


『この<ライブBBC>と言うのが貴重なんだよ』とMさん。
ビートルズの演奏をバックにMさんの講釈にKさんと二人して、しばし耳を傾ける。

何でも、ビートルズが有名になる前、BBCでビートルズのメンバーが自分たちの生い立ち等をおしゃべりで紹介しながら、プレスリーのレパートリーなども歌っていると言う珍しくもまた、貴重な音源とのことである。


2曲目は小生が持参した 『あざみの歌/古城―ゲリー・カー/日本の歌・Ⅱ』と言うCDである。

『今までピアノ、ヴァイオリン、チエロ等々色んな楽器をタンノイで聴いてきたけど、コントラバスのソロは聴いてなかったので、コントラバスの重低音をタンノイがどこまで再生できるか聴いて見たかったのよ』と趣旨を説明する。

『それは面白いね』とKさんが早速乗ってくる。

曲は日本の抒情歌で『あざみの歌』、『さくら貝の歌』、『山のけむり』と言った懐かしのラジオ歌謡と『古城』、『里の秋』の5曲。

オーディオルームいっぱいに腹にこたえる重低音が響き渡る。

『いやあ、コントラバスのソロを始めて聴いたけど、すごい迫力の重低音だね。それにチエロよりも野太い気がするけど、チエロに近い音域も出るんだね。音域が想像以上に広いのにちょっとびっくりしたよ』とMさん。

『実は、今日来る前に自宅の装置で聴いてきたんだけど、今聴いたタンノイの重低音はおれの装置では逆立ちしても絶対無理だね、すごいの一言に尽きるよ』と小生。

『さっきの、スタインウエイのピアノと言い、今のコントラバスの音と言い改めてタンノイというスピーカーはクラシックと相性が良いということが良くわかった』とMさん。

『いやあ、今日はお二人にタンノイの実力の一端をわかってもらえて、うれしいな』と満足げなKさん。

確かに、タンノイオートグラフの面目躍如である。


第3部  フィナーレはチャイコフスキーの交響曲第5番


夕食の鍋料理を食べ終えて、いよいよ今年のフィナーレである。

これまでは師走ということもあり、ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱』のライブ盤を聴いてお開きにするのが恒例になっていたが、今年は主宰者Kさんの趣向でチャイコフスキーの交響曲第5番ホ短調が「とり」である。

『この曲には思い出があってね、まだ二十代の頃、胸を患って長い療養生活を過ごしていた時があったんだけど、その時に一番良く聴いた曲がこのチャイコフスキーの交響曲第5番で、今でも愛着のある曲なんだ』とKさん。

演奏はケク=チャン・リム指揮、群馬交響楽団でLPレコードによる再生である。

『いつごろ手に入れたか、もう忘れたけど多分、LPレコードがCDに取って代わられる寸前に買ったんだと思うよ。アナログ録音の良さが際立っているレコードだよ』とKさん。

確かに、オーケストラがあたかも目の前で演奏しているような、生演奏に近い雰囲気を漂わせる演奏で聴き入ってしまう。

アナログの音、レコードの音、懐かしさが凝縮している演奏であった。



今年開催された3人による、3人だけの『オーディオ談笑会』は4回であった。
それぞれ楽しい一時であった。

来年もタンノイオートグラフの実力を存分に発揮できるような『ソース』を探し出して、あの稀有な音の響きを満喫したいと思っている。

この1年間お世話いただいた主宰者Kさんに感謝を申し上げる次第である。


写真は当日聴いた音源のジャケット
写真中央 チャイコフスキー交響曲第5番のレコード
写真右上 『THE BEATLSE~Live at the BBC』
写真左上 中島みゆき『Singles 2000』
写真右下 深町 純 ピアノワールド<中島みゆき作品集>
写真左下 ゲリー・カー 『あざみの歌/古城―ゲリー・カー/日本の歌・Ⅱ』
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