折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

恍惚の「24分24秒」~1952年5月18日のウィーン楽友協会大ホールにタイム・スリップ?!

2009-09-28 | 音楽
お彼岸で実家に帰った時、弟からブルーノ・ワルターのコレクションを借り受けた。

その中の1枚に、ワルターが戦後ヨーロッパでの復帰演奏会でウィーン・フィルを指揮したモーツアルトの交響曲第40番、25番という歴史的名盤があった。

ワルターが75歳の時の、ウィーンの楽友協会大ホールでのライブ録音である。

小生のライブラリーにはない1枚であり、ぜひ聴いて見たかった1枚であった。


            
            指揮:ブルーノ・ワルター、演奏:ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
            モーツアルト「交響曲第40番」、「交響曲第25番」のCDジャケット


先ずは、交響曲第40番を聴く。

何せ初めて聴く演奏である。
どんな演奏なのか、固唾をのんで演奏が始まるのを待つ。
出だしは先ず、聴衆の拍手から始まった。

その拍手の間から、老巨匠が指揮台に向かって歩いて行く靴音が聞こえて来る。

途切れることなく続いていた拍手が一段と大きくなる。
きっと、指揮台の前で老巨匠が聴衆に向かって挨拶を送ったのだろう。

そんなことを考えているうちに、小生もいつの間にかこの演奏会が行われた1952年5月18日の演奏会場のウィーン楽友協会大ホールにいるような気分になってきた。

拍手が鳴りやんで、かの小林秀雄が評論「モオツァルト」論の中で「疾走する悲しみ」と評した有名な冒頭の旋律が鳴りだした。

これまでブルーノ・ワルターが指揮したモーツアルトの交響曲第40番はコロンビア交響楽団のステレオ盤、ニューヨーク・フィルのモノラール盤で何回も何回も聴いていたが、その聴きなれた旋律が、まるで初めて聴くかの如く胸に沁み入って来た。

第2楽章の崇高なまでの美しさの表現、「心が洗われる」とはこういう事を言うのではないだろうか。

そして、ライブならではの高揚感と熱気の中での第3楽章、第4楽章の激しい感情の起伏の表現、特に第4楽章の火花の散るような疾風怒涛の演奏には、ぐいぐいと引き込まれてしまった。

ウィーンの町とウィーン・フィルに限りない愛着をいだいていたブルーノ・ワルター、そのワルターを敬愛してやまないウィーフィルのメンバーたち、そして、何よりもワルターの演奏を熱望していた聴衆、この3者が一体となってなしえた記念碑的演奏会であった。
特にこの日、楽友協会大ホールにつめかけた聴衆にとって、この夜の演奏会は忘れることのできない、至福の時となったに違いない。

冒頭、40秒にもわたる拍手と、演奏が終わった時に湧きあがった拍手にその思いが現れているように小生には思えた。(冒頭と演奏後の拍手を入れた試みは出色であったと思う。)

そして、小生にとっても、タイムスリップした感のある、この「24分24秒」は、恍惚の一時となった。


借り受けて来たコレクションの中にもう1枚、
モーツァルト生誕200年の1956年、ウィーン楽友協会主催のウィーン芸術週間でのライブ録音でモーツァルトの交響曲40番とレクイエムがある。
これも必聴の1枚であり、すぐにでも聴きたい1枚である。

ついに我が家の「最年長者」に~愛犬パール9歳の誕生日

2009-09-25 | 日常生活

黄花コスモスとわたし

皆さんこんにちは。
当家の愛犬のパールです。
今日は、わたしの9歳の誕生日なの。
とうとうと言うか、ついにと言うか、おとうさんの年を追い越して、当家の「最年長者」になっちゃいました。
でも、今はとっても元気なので、そんな実感は全然しないの。
これからも、よろしくね。

写真は、今朝の散歩の時におとうさんが撮ってくれたの。
満開の黄花コスモスの花とちょっとすまし顔のわたし。
どう、似合ってるでしょう。



我が家の愛犬のパールが9歳になった。

人間の年で68歳になり、とうとう小生を追い越して我が家での最年長者となった。

この1年、血尿や血便で何回かかかりつけの先生のお世話になったことがあったが、概ね健康で、あごの下に、白髪が目立つようになったこと、おなかの辺りにちらほら白髪が見られるようになったことを除けば、毛並みや色艶はほとんど変わらず、食欲も相変わらず旺盛で、至って元気である。

その愛犬の最近の暮らしぶりを写真で紹介しよう。



老いの兆候その1 うたた寝
大型犬の場合、犬の1年は人間の5年に相当する
とのこと。
この1年間で顕著な現象は、日中も良く寝ること。
そんな愛犬を見ていると年を取ったとしみじみ感じる。               


               
               老いの兆候その2 白髪
               もう一つの老化現象は、「白髪」。
               最初はアゴの下だけであったが、最近はお腹のあたりにもちらほら。
               でも、まだ散歩中「きれい」、「かわいい」と言われて、まんざらでもないパール
               である。 

               
              「熱い思い」衰えず
               パールは男の人、それも若い人に興味津々、特に娘婿のMくんには首ったけ。
               写真は、シルバー・ウイークにやって来たMくんに有頂天になっているパール。
               さて、老いらくの恋?の行方は・・・・・。
               

写真が主役VOL30 長蛇の列~姫路城は人、人、人の波

2009-09-22 | 写真が主役シリーズ
   
ごほうび=鯱鉾と眺望
延々3時間以上も長蛇の列に並んでようやく見ることができた天守閣からの眺望。
押し合い、圧し合いの中、短時間であったが鯱鉾とその先に連なる眺望が何よりの「ごほうび」であった。


「じいじ、今度の連休遊びにお出でよ」

と小学2年になる孫のSくんから電話があったのが半月ほど前のこと。

「億劫だな、どうしよう」

と迷っていると、

「行ってきたら」

とかみさんに促されて、重い腰を上げて西宮に住む息子一家の家に出かけることに。

何せ、飛行機に乗るのはリタイア後初めて。

もう、十分に田舎のおじいさんである。


今回の訪問の目的は3つ。

一つは、息子一家の生活ぶりを目の当たりにして来ること、
二つ目は、かねてより行って見たかった「姫路城」を案内してもらうこと、
そして、三つ目は、おいしい神戸牛のステーキを食べること

三番目は、行った当日に早々と目的を達成、久しぶりに本格的なステーキの味を堪能。

二番目の姫路城。

シルバー・ウイークとあって、人、人、人、着いてからお城を見終わるまでに実に
4時間以上がかかってしまった。

そのうち実際の見学時間は1時間弱。
3時間が、待ち時間である。

そして、至る所で「行列」である。
今回は、「人疲れ」してしまった、その「長蛇の列」の一端を写真で紹介したい。


          
           行列時間1時間30分
          備前丸館跡から天守入り口までの混雑はデズニーランドを彷彿とさせる。

          
          行列時間1時間 
          長蛇の列の洗礼は、入場券を求めて入場券売り場まで続く人、人、人の波。
          「ええっ!」と絶句。

 
行列時間30分                    行列時間15分
30分程度の行列は途切れることがない      最後の関門6階の「天守閣」に入るに15分を要し
                              た      
                                                                          

                      
                      
                      




「曼珠沙華」の一大群生地~わがふるさとの堤防を歩く

2009-09-18 | 友達・仲間
   
園児たちと曼珠沙華
ウオーキングの途中、歓声を上げて遊びまわっている保育園の園児たちに出会う。
子供たちがかぶっている帽子の赤と彼岸花の赤が自然の中でうまく調和している。


郷の名、担う川島の

その名まさしく我が郷を

巡る荒川、市野川、入間、越辺の四の川

わがふるさとで長く歌われて来た「郷歌」の一節である。

 この歌に歌われているように、わがふるさとの川島町は埼玉県のほぼ中央に位置し、北は「市野川」を境として東松山市・吉見町に、 東は「荒川」を境として北本市・桶川市・上尾市に、南は「入間川」を境として川 越市に、西は「越辺川」を境として坂戸市に接しており、まさにその名の通り“川に囲まれた島”そのものである。

標高は平均14.5mで高低差はほとんどなく、今でこそ「圏央道」川島インターチェンジの開通に伴い、インター周辺の開発が進んでいるものの、かつては見渡す限りの水田地帯であった。


            
            収穫の秋            
            堤防からは、黄金色に色ずいた水田と秩父の山並みがはるかに見渡せる。

“川に囲まれた島”は、昔から水害にたびたび見舞われ、それへの備えとして、全長30キロにわたる長大な堤防が築かれている。

秋の1日、その堤防を歩いた。

きっかけは、幼なじみのKくんからの

「元気にやってる?、ふるさとの土手に咲いている彼岸花が見頃だから見に行こうや」

と言う1本の電話。

その日は、空はあくまでも高く澄み渡り、吹く風が頬に心地よく、まさに絶好のウオーキング日和。

朝の9時半に天神橋をスタート、太郎右エ門橋までの16㎞を約5時間かけてのんびりと散策した。

Kくんが言う通り、堤防の斜面は彼岸花の一大群生地の趣を呈していた。
以下、その模様を写真で紹介したい。

          
          壮観          
          満開の彼岸花。こう言う景色が数キロにわたって延々と続いている。
          まさに壮観な眺めである。

          
          木漏れ日と曼珠沙華
          堤防のすぐ近くにあるクヌギの林の中に自生する彼岸花。
          木漏れ日を受け、光と影のコントラストが印象的であった。


今も残っている冠水橋。何とも郷愁を誘う風景である。 堤防の上はサイクリングロードとなっていて、
                                  休日には大勢の人で賑わう。

今回の堤防歩きは、全長30Kmの約半分ほど。
残りの半分の行程の中に我が実家がある。

「何とか今年中にもう一度歩いて、わがふるさとの堤防巡りを完結したいね」とKくんと約束して、この日の「ふるさとの堤防巡り」を終わった。

「後期高齢」家屋の悲哀~「金食い虫」に戦々恐々

2009-09-15 | 日常生活
               
               リフレッシュ
               青々とした新しい畳、その特有なにおいが部屋に満ちて、清々しい気分に
               畳の発注は、「抜刀」の巻藁作りの時にお世話になった近所の畳屋さんにお願いし
               た。


修繕して数年もたっていない我が家の屋根に『キノコ』が生え、それが原因で雨漏りしてしまい、その修繕は無償だったが、その際、併せて住宅のあちこち手入れをしたため思わぬ費用がかかってしまったことについて本ブログで紹介した。

そのブログの中で、

人間も年をとると、あちこちガタが来るが、建物も事情は全く同じで、長年住み慣れた、愛着のある我が家であるが、何せ、築30年になんなんとする安普請の建売の家である。

耐用年数が来た家=『後期高齢』家屋があちこち傷んでくるのは必然である。

正直言ってこれから先、始末に負えない『金食い虫』になってくることは避けられそうもない。

と書いた。

それから1年余。

その『金食い虫』がまたぞろ動き出した。

今度は、二部屋ある和室の畳である。
畳を換えてから、かれこれ6~7年になろうか、こちらもそろそろ耐用年数がきている。

特に2階の和室は、太陽がまともに当たる上、孫のKちゃんの遊び場になっているため、特に痛みが激しい。

実はこの畳の取替については、1年前の修繕の時に新しくすることを検討したのだが、予算の都合等もあり「先送り」してきたという経緯がある。

  
特に痛みが激しい2階の和室             埃をかぶっている書籍類の整理整頓には大変な労力
                               を要した。(この写真はほんの一部)  

しかし、先送りすれば、それだけ「劣化」が進む訳で、結局は1年少々で取替を行う仕儀となった。

痛い出費ではあるが、これ以上放置しておく猶予はない判断した次第である。


今回は畳であったが、次は何か。

あちらを直せば今度はこちらとばかり、修理、修繕との「イタチ」ごっこ。

幾つかある修理、修繕の中で緊急度を勘案すれば、それ以外のものはどうしても「先送り」せざるを得ない。そして、時間が経つとこの先送りしたものが今度は緊急のものとなる。この言わば「容赦のない」繰り返しが続く。

これが耐用年数の来た家=『後期高齢』家屋の現実であり、宿命であることを痛感する。

そして、これからもずっとこの「金食い虫」と付き合っていくことになるのかと思うと戦々恐々である。