折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

身につまされる

2014-08-02 | 雑感
NHK朝ドラ「花子とアン」の一場面。


かよちゃん、うちのおかあがいつかいってただ。
おとうが死んじまった時、胸がキュンとなっちまって、苦しくってたまらず、明けても暮れても、ただ寂しくて、苦しくて、腹も空かんし、もう二度と笑えんと思っただとよ。
だけんど、人ちゅうもんは、やっぱり腹が空くし、楽しいことがあれば、笑っちまうもんだ。
ケガが治るように自然と心の辛さも良くなる。だから、かよちゃんも、きっとでえじょぶだ。


今朝のNHKの朝ドラ「花子とアン」の一コマである。

関東大震災で思いを寄せていた郁也を亡くし、絶望の淵をさまよい続ける花子の妹かよに、朝市が自分の父親が死んだ時に聞いた母親の気持ちを、しみじみと語りかけるシーンである。





早いもので、愛犬のパールを亡くして丁度1週間。

今朝の朝ドラのこの場面は、身につまされ、心に深く沁み、「癒し」と「元気」をもたらしてくれた。

「上手」と「下手」

2014-07-03 | 雑感
周りの人たちの中には、①「話上手」の人、「聞き上手」の人、反対に②「話下手」の人、「聞き下手」の人、③「話すのは下手だが、聞き出すのは上手」な人、その逆の④「話すのは上手だが、聞き出すのは苦手」な人、等々、色々なタイプの人がいる。

そして、「話上手」の人にかかると思わず耳をそばだてて話に引き込まれてしまうし、「聞き上手」の人にかかると、余計なことまでおしゃべりしてしまう。

小生などは自分では②の「話下手」、「聞き下手」のタイプだと自覚しているので、「話上手」、「聞き上手」の人を見ると「いいなぁ」とうらやましく思うと同時にコンプレックスを感じてしまう。

思うに、「話上手」の人とか「聞き上手」の人とかは、好奇心や向上心にあふれていて、その結果として話の「引き出し」をいっぱい持っていて、その引き出しから色々な材料を 臨機応変 に取り出せる人のことを言うのではないだろうか。

逆に言えば、この「引き出し」の キャパ が大きいか小さいかが、「上手」「下手」を分かつ一つの要素になるのかな、と感じた次第である。


先般、フランス旅行から帰って来たかみさんに、その旅行の話を色々と聞いたのだが、当方の聞き出し方が稚拙(フランスについての「引き出し」が少なく)で、旅の喜び、楽しみ等々をうまく聞き出してやれなかったのが、自分でももどかしく、情けなくも思った次第である。



隔世の感~株主総会今昔

2014-06-28 | 雑感
株主総会の記事を掲載した新聞記事(朝日新聞)


6月は株主総会のシーズンだが、昨日の「集中日」が終わってピークが過ぎた。

例年、この時期になると新聞も関連する記事を掲載するが、今年も昨日、今日と関連する記事を比較的大きな扱いで取り上げていた。

総会屋の活動が低調と伝える新聞記事(朝日新聞)。


それによると、

① 警察が把握している総会屋は約270人(昨年末時点)でピーク時の約1700人(1983年)から大幅に減り、目立った活動をしているものは少ないこと。
② 株主総会の開催日については、1995年には同じ日に9割が集中していたが、この10年で開催日の分散化が進み、これまでの最低の4割に減ったこと。
③ 今年は「モノ言う株主」が目立ち、配当の増額を求める提案が過去最多となり、従来型の「シャンシャン総会」は減り、経営陣と株主が真剣に向き合う総会が増えている

と伝えている。

小生が株主総会に関わる仕事に従事していたのは、20数年前。

その頃は、新聞の記事にあるように1700人余の総会屋が存在し、特に暴力団系総会屋が跋扈し、その対策の一環として総会の開催日を同じ日にする会社が9割を超えていた時代、「シャンシャン総会」で終わらせることが担当者の手腕だと評された時代であった。(ブログ「ドキュメント・ザ・株主総会」に詳細)

今、久しぶりに当時のことを思い返し、記事の内容を読むとまさに「隔世の感」がする次第である。

株主総会の季節

2014-06-24 | 雑感
小生が利用しているブログが、

「あなたのブログは、どのような検索ワードで訪問されていますか?」

というキャッチ・コピーでアクセス解析を実施中である。

期間中は無料というので興味本位でのぞいてみた。

「閲覧数」、「訪問者数」、「検索キーワード」、「ページごとの閲覧数」、「閲覧元URL」等の項目がある。

その中の「ページごとの閲覧数」を見ると、先週から今週にかけて、小生が2006・10・14~11・3にかけ全7回にわたって書いた ドキュメント「ザ・株主総会」 が上位にランクされていた。

確かに、6月は上場企業の株主総会のシーズンではあるが、まさか7年以上前に書いたブログが今も閲覧されているなんて、と少々びっくりした次第である。


天声人語にも「加点」

2014-02-22 | 雑感
天声人語の書き写しを始めてから2年半、現在31冊目に入っている。

そして、書き写しながらその日の「天声人語」のできばえを自分なりに採点している。

ソチ五輪で競技が終わったばかりのフィギュアスケートの採点では、演技のできばえによって「加点」がつくが、天声人語で「加点」をつけられるような名文には、中々お目にかかれない。

そんな中で、本日の天声人語は、文章技術、文章構成それぞれに「加点」をもらえるようなできばえであり、久々のクリーンヒットではないだろうか。

特に以下の、抜粋部分は秀逸である。

(前略)▼作曲者のラフマニノフは、落ち込んで筆も執れぬ状態だったという。交響曲第1番が失敗作としてこっぴどく叩かれ、自信を喪失した。どん底から立ち直って紡ぎ上げたのがこの名曲だった。その旋律に乗って浅田真央選手はたたかった▼初日を終えて金妍児選手が首位なのはバンクーバーと変わらない。前回2位だった浅田さんはまさかの16位。落胆は察して余りある。しかし選んだ曲の誕生に重ねるように、失意から立ち上がり、見せてくれた自己最高のフリーだった▼雨が降らなければ虹は出ない。前日の失敗という雨に降られたあと、見事に晴れて懸かった虹に私たちの目も潤んだ。メダルの色を超えた、有終の七色である(後略)

作曲者ラフマニノフと浅田さんを結び付けた巧みな文章構成といい、雨が降らなければ以下の「決めセリフ」の秀逸な文章表現と言い、まさに「加点」をもらえるに相応しい名文だと感じ入った次第である。