街頭演説などしそうになかった人が、やっている。止むにやまれずではない。彼の若い頃を知っているからだ。ただただ、良心的なのである。
真面目であるだけに、他人から言われたことに、そうだと思えば、自分を捨て、「大義」に生きるのである。本当は自然を相手に、悠々と生きるのが、彼にはよく似合う。
底抜けの真面目さ。信頼を裏切らない安定感。彼の演説は、公式通り要点を外さず、静かに説を述べている。高ぶってはいない。悪く言えば熱がない。
相手はともかく、自分をどう律し、コントロールするかに、彼の関心はあるようだ。誰かに訴えているよいうより、自分の任務と定めて、その苦役についている感じがある。
そういう彼が、地域では、もっとも候補者としてふさわしいと選ばれている。地域の人達も真面目ないい人たちなのだろう。選挙カーによりそって、手を振っている人たちの態度、物腰でわかる。
野心満々の人たちと真逆の人々、平和に静かに暮らすことを願っているおとなしい人々。芸能人のような陽気さなんてもてないし、もとうとも思っていない人々。本当に痛ましく、頭が下がる。