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空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

「赤旗日曜版」にチョット言いたい

2019年11月26日 22時20分40秒 | 思考試行

 赤旗日曜版に糖尿病対策の記事があった。今流行の「糖質制限」のことがでてくるかと思ったが、どうやら、そんな話ではなく、今まで通りのことであった。いわば既成の対策である。

 糖尿病を巡っては、薬剤業界や医療業界においても、相当なマネーが動いている。透析の看板が目立つし、患者の数も大変多いと思われる。一大ビジネスになっている。

 糖質制限の話は、夏井睦氏の「炭水化物が人類を滅ぼす」に詳しく、ベストセラーになった。画期的な話である。医師だけに論理的だし、説得力がある。既存の糖尿病対策では、とても治療になっていないとばかり、既存の治療法を、痛烈に批判する。

 小生も、3年ほど前に、Hba1cが7を超え、医師から投薬の宣告をうけた。そのころ、夏井氏の本に出会い、糖質制限に取り組み始めた。効果は抜群で、それから3ケ月後の定期診察で、件の数値は正常値となり、医師は驚いた。もちろん投薬もなくなった。

 通常、いったん糖尿病と宣告されたなら、一生食事制限、カロリー制限をしても治ることはなく、どんどん進行するだけという印象だったのが、糖質さえとらなければ、血糖値は正常となるのだから、極めて有効な治療方法である。

 昨今は、かなり浸透してきているようだが、マスコミなどでは、逆向きの動きもあるようで、糖質制限の「問題点」をとりあげたりしている。ところが、この説の根拠研究は、どうやら、エビデンスがよわい研究で、そのことを、江部康二医師も指摘している。糖質制限が有効とするもっと強い研究があるという。研究にもクラスがあるらしいのだ。

 赤旗は、このあたりの事情をご存じなのだろうか。もしか知らないとすれば、ちょっとガッカリである。

 確かに、糖質制限といえば、主食のコメなど、炭水化物をさけるというのだから、常識的にも現在の食事習慣からも直ちには受け入れがたいのは判るが、糖尿病対策としては、まっとうな治療法であり、これを無視するのは、赤旗らしくない。ご存じないのなら仕方がない。

 こんな駄文など、お目にとまることはないだろうが、検討してもらえたら有難い。赤旗のほかの記事はいいだけに、この問題で、さすが赤旗という記事を期待したい。


時間の過ぎ方

2019年11月21日 17時44分28秒 | 思考試行

 かつて検査を受けたときは、むくつけき若い男性であった。ゴリゴリと体のあちこちにゼリーをつけたうえから、こすりまくられて息を吸え、ゆっくりはいて、ハイ止めて、楽にして、と長い時間、退屈な時間を過ごしたものだったが、なんと今日は、うら若き女性が検査員で、物腰やさしく、いちいち、心地いいのである。

 ウデが直接ふれたり、体ごとよせて、くれるのもうれしい。おなじ手順で検査するのだが、時間の進み方が全然違う。指示も丁寧で、適切で、まるで夢見心地の時間であった。検査は直ぐに終わった。物足りない気持ち。

 これが動物の本能なのだろう。カーテンの隣は、被験者が中年のおばさんだったが、こちらの検査をしている人は、若い男性である。こちらは、小生より少し遅れて検査が始まったようだが、おなじような進行である。指示のことばは少し違うが、それでもやさしい印象が強い。おばさんの印象はどうだったのだろうか。

 この部屋では、二人の検査員がいたが、これが逆だったら、時間が相当ながく感じただろう。検査の順番は、事務的になされているだろうから、今日の順番は、実にラッキーであった。しあわせな時間だった。

 人間というのは、様々な人がいて、関心も違う。くみあわせによって、幸せだったり、不満だったり、いろいろあることだ。人生どのように暮らしていくかについて、工夫を加えれば、そうとう改善が可能で、楽しく暮らせることも可能なことは、意外に多いのかもしれない。

 不満を抱えて、我慢我慢で生きるか、それとも、幸せを感じながら、暮らすのか。こんな検査一つでも、なんとも幸せな気分であった。久しぶりに、若い女性のマスクの顔だが、黒い大きな瞳がかわいく、「愛想笑い」も素敵である。思わずお礼の言葉も出るし、人間として、ちょっと上品なジーサンであったかと勘違いさせてもらった。

 


メロン配ってアウトだけど後援会を税金を使って慰労するのはオッケーの不思議

2019年11月19日 21時01分07秒 | 思考試行

 予算を毎年オーバーして後援会を招待する。好評なものだから調子に乗って人数が増える。選挙区の後援会のメンバーをどんどん招待する。予算は毎年オーバーするようになって、これではまずいと予算を増やすことにした。ところが、赤旗新聞に気付かれてしまった。

 経済産業省大臣は、事務所としてメロンをくばり、香典を出していたところがばれちゃって、せっかくなった大臣をやめなければならなくなった。事情通は、彼は危ないと以前から知っていたと発言する。ことがはっきりしてから、そんなことを言うのだから、マスコミは、評論家は、本当に何を考えているのだろうか。

 よくも自慢げに、すんだあとでいうもんだ。そして驚くことには、そのことを恥じるとかいう風がまったくないことである。彼は、危ないと言われていたんだよねぇ。常識だった。てなもんである。

 勝負がついてから、前から知っていたことを、恥知らずにも自慢げに言うのである。こんな連中の役割は、さまざまな場面で政権を擁護しながら、少し野党的な色をだし、実態は、その状況下でうまく立ち回っている政界寄生虫である。旗幟は鮮明にはしないが、うまく泳ぎ回る。実は、政権の別動隊であり、野党の足を効果的なところで掬うのである。そこに彼らの役割がある。

 世の中何が正しいか。それは簡単には言い難い。有利に生きている連中は、必死に這い上がろうとしている弱者をうまくおだてて、彼らの仲間にするかのようにふるまい、乗ってきたものを、最大限利用する。一時的な快楽の対象にしたり、したい放題である。すてさり、きりすて、見世物にし、くいものにする。

 弱者は彼らに利用されたことを知ったとしても、泣き寝入りするほかない。きれいごとの金持ち連中は、そんな事実を知る由もない、という顔をし、すべて知らないふりをしていればいい。

 事務所のせいか、秘書のせいか、税金で自らの後援会を喜ばせ、権力者は笑顔を浮かべながら、後援会のお客様に駆け足で近寄り、ハイタッチする。しあわせだろうなあ。しかし、それはそれでたいへんだ。朝何時におきると思ってるんだ。記念写真だって、早朝だぜ。

 昼近くまで寝ていて、誰からもどやされることのない、弱者の君は、確かに収入は少ないだろうし、人からあがめられることはないだろう。だが、それなりに、リズムがつかめているとすれば、とんでもない権力を持つもののそばによってはならないということだ。そうしているかぎりは安泰のようにみえるのだが、ところがどっこい、大網で、周囲周辺丸ごとすくいとられて、ながれにのって、なにものかのエサに転化するのである。


日本はもはや先進国ではない

2019年11月13日 23時48分11秒 | 思考試行

 日本は、もう先進国ではないと言われているそうだ。いろんな指標がそれを示しているという。それはなぜか。インターネットで調べてみたが、もう一つピンとこない。

 ただ、労働者の賃金は下がる一方なのに、企業は金余りの状態だという。賃金があがらなければ、生活は豊かにはならない。企業が内部留保に懸命となり、富裕層と貧困層の格差がどんどん開いているようでは、よのなかギクシャクするのは当たり前だろう。

 富裕層からは、貧困層の実態をみてどうにかしようという気持ちはないようで、むしろ、この格差を固定化したい様子も見られる。この富の分配に、大きな問題があると思う。

 一人一人の生活に注目して、どのようにすれば、みんなの生活が良くなるか、良くするかに関心があるのかどうか。自らと周辺のためだけに、利益を図る。他者のことは、どうであってもかまわない。システムは競争原理だけで、政権は弱者切り捨てを平気で実行する。

 これでは、世の中良くなるはずがない。

 研究予算においても、目先の利益ばかりを追究する傾向もみうけられる。研究費予算は、基礎的研究部分を切り捨て、応用研究に力をいれているとしている。これでは真の科学技術の進歩はのぞめない。研究論文の質量ともに、日本の没落傾向が言われている。

 地球温暖化が、現実に大きな被害を巻き起こしている。環境問題が、深刻であり、これにまともに向き合っている様子がない。政権の無神経ぶりに驚かされる。

 災害に対する対策もお粗末である。人を大事にする思想の欠如がモロにでている。要するに、国民の生活そのものにキチンと目をむけて、いかに、すれば生活がよくなるのかという視点が欠如している。

 政治の実態に、多くの国民が目をむけて、その矛盾、本質を見抜き、国民本位のものにさせていく動きを起こさなくてはならない。だまっていては、良くなることはあり得ない。


人を大切にする考え方が生き残るのかどうか

2019年11月12日 22時26分31秒 | 思考試行

 自分の都合、自国の都合、セクトの都合、会社の都合、自分の権力の都合、それでは結局うまくはいかない。地球全体を考えてどうしていくのか、そうでなければ本当の解決はできない。

 今、世界はセクトの都合で動いている。かつては世界の警察を標榜してきたアメリカが、自国の利益を正面に出してくる政権となり地球全体にキシミが出始めてきている。

 そのなかで、我々個人が何をしていくか、日本の場合、隣国韓国との関係がある。韓国は歴史問題を大事な問題として、教育に力をいれ、日本が何をしてきたのかを忘れまいとしている。

 日本は、何をされたのかを含め、自分が何をしてきたかについても、忘れてしまう質である。個人としては、韓国の国情を理解しがたい気分が強いけれでも、それを解消するためには、同じように激してはならないことである。良心的にやるべきことをやるべきである。非難の応酬は益がない。

 世界をみて、恨みつらみは、生きている者同士については、いつまでも、ついてまわるだろうが、過去の問題を現在に生かす以外は、いつまでも忘れまいとするのは、あまり生産的とはいえないのではないかとも思える。

 人類の歴史は、恨みをもつのが当然という出来事が数多い。まことに残虐な歴史の連続である。それを徐々に克服してきたのだろうが、直線的に改善されてきているわけでもなく、今の今、さらに、新たに事態がうまれてきている。

 日本をみても、政権与党は、議席の数を力として、好きにしている。官僚の人事を完全掌握して、官僚を政権の道具として最大限利用している。桜を見る会などみても、典型的な政権の強欲ぶりを見せている。本当に民意を反映しているかといえば、小選挙区制のもとで、民意の反映などそもそも、その気はないから当然と言えば当然である。

 そして、獲得議席数は、支持の実数とはかけ離れたものとなり、議席数は、国民のくらましの効果絶大となる。彼らにそんな力はないし、与えるのも変なことなのだと思う。

 彼らは何をしようとしているか。憲法をかえて、戦争ができる国にしようとしている。現行憲法から、どう戦争ができるのかに腐心している。こんなことを許してはならない。

 先の大戦で、日本がどれだけの犠牲者を出し、悲劇があったのかを忘れてはいけない。人を、庶民を大事にする観点が現政権にはないとみる。権力維持のために、公費を自派のために平気で使う連中なのである。格差社会を是認し、弱者切り捨ての彼らの政治を監視しなければならない。


不可解な中国の判決

2019年11月08日 22時21分34秒 | 思考試行

 麻薬を持っていたということで、無期懲役の判決が中国であった。その日本人の方の様子を写真で、一目みて、そんなことをするはずがないというのは、すぐにわかる人ではないか。

 持っていた荷物に、麻薬を「さしこまれた」のは容易の想像できる。本当に、詳しい調べをしたのだろうか。実に疑わしい。そして、日本政府はこれに対して、どんな反応をしているのだろうか。テレビの簡単な報道では、まったくわからない。

 確かに、中国は、麻薬のせいで、イギリスのとんでもない企てにエライ被害を被った歴史がある。その悔しさは、察するに余りある。まったく、ひどい歴史がある。

 そのため、麻薬を持っているだけで、厳罰に処するというのはわかるのだが、さまざまなケースがあるに違いない。取り締まりの現場がどのような状況なのか、どんな流れでそうなったのか。

 無実の罪を、押し付けられたとすれば、とんでもないことだ。一見しただけで、麻薬取引の関与しそうもない人であっても、現物をもっていることだけで、罪を与える。こんな国には、旅行なんてすべきではない。

 恐らくは、その方が犯人だとは、誰も思ってはいないのではないだろうか。みせしめでいいのだ。麻薬を持っている事実をもって、その人を厳罰にする。そのことで、国としての統治の秩序が保たれると考えているのではないか。

 本人が無実かどうかなんて問題ではなく、ただ、持っていることだけで罰するのである。こんな国が、今急速に成長発展している国なのだ。

 こんな状況を見せつけられると、人類は、まさにまだまだの水準であり、中国も情けない国だなと思わざるを得ない。日本共産党も中国にたいする見方をかえた。いいではないか。事実をみて、判断していくほかないのである。

 習近平の独裁など論外だが、集団指導体制がキチンとできるかどうかも危うい。人間社会をどのように構築していけばいいのか、本当に頭の痛いことである。