空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

一人では何もやれないと思っているのか?

2016年01月12日 11時25分53秒 | 思考試行

一人では何もやれないか。そんなことはない。もちろん、限界はあるし、やり方がある。よくみれば、一人の力は偉大である。とりわけ指導者に、適任の人を得るならば、その効果は計り知れないほど大きい。

逆に、暗愚の指導者があらわれると、これは悲劇である。今の政治は、政治家がやるように見えているが、実は、中央省庁には、人事の継続があって、行政は積み重ねの実績のなかで、権力を握ったからといっても、おいそれと、変更はできない。

だが、積み重ねを否定し、論理を捻じ曲げるならば、なんでも可能になる。憲法があっても、議会の多数を占めたことで、憲法の解釈を変えて、集団的自衛権の名の元、戦争が可能とする法案を安部政権は、強行成立させた。

内閣法制局が積み上げてきた憲法解釈を投げ捨てさせ、いいなりになる官僚をトップにすえたのである。

もはや、なんだってできると、安部首相は思っているだろう。今度の参議院選挙で勝てば、憲法を変えると言い出している。マスコミは、平常どおり、国民もあまり騒いではいない。このままでは、果たしてどうなるのだろう。

小生は、もはや老人である。それほど自覚はないが、明らかに年齢はそうだ。いまから兵隊に行くことはないだろう。歩くこともバランスが悪く、注意が必要である。どうなろうと関係ない。

だが、若者達や、外国の無辜の民を思えば、戦争なんてしてはいけないのは当然だ。計り知れない悲劇を生み出すことは自明である。世界から、争いを根絶しなければならない。平和に暮らせるようにしなくてはならない。

日本は、戦争しないとはっきり決めている。おしつけられたものであろうと、敗戦で勝ち得たものである。今の憲法条文からは、どうやっても戦争はしないし、できないことになっている。これこそ宝物である。

これを持って、世界を説得しなくてはならない。エライ国なのである。それで、殺されるのなら、人類は存続を、継続する資格はない。堂々と死んでやろうじゃないの。