困難に際したときに、その人間の真価がみられる。まさに、全世界の困難な状態を迎えて、各国指導者の人気が概ね上昇しているなかで、安倍首相の場合は第2次安倍内閣の支持率は過去最低を記録している。
なぜなのか。とにかく口ばっかりで、なにもすすまない。緊急事態の宣言も遅かったが、現実に休業を要請しながら、驚くことに休業補償はしない、するといっても、現実にお金が来ない。どうやって、生活するというのか。センスが悪く、先手先手といいながら、誰の目にも後手後手で、リーダーとしての覇気はみられず、どこに本当の指導部があるのか、目に見えない。
さらに、どさくさに紛れて、黒川検事長の定年を無理矢理に、伸ばして、なんとか安倍内閣の守護神にしようとアケスケな、多数をたのんだ強引な国会決議をしようとしたが、賭け麻雀の露見により、この画策はあえなく失敗した。
よくやるもんだと感心するばかりだが、それでも支持率は、まだ30%近くあり、国民の意見は、そう簡単には変わらないのだなと感心する。
なぜ、守護神を必要とするのか、経過をたどれば、一目瞭然である。通常の感覚ではできないことを平気でやってきた。安倍首相のホームページを見たことがあるが、田んぼを前にした細い道で、農家の腰の曲がりかけた婦人とふたりの写真があって、安倍首相があいさつしている。田園風景ですばらしい光景である。
その写真をみて、婦人の方は、頭を下げる前の状態であるのに、安倍さんの方はほぼ最敬礼なのである。これはいかにも不自然である。
これが彼の本音の姿だろうか。コロナ対策をみても、自らが獅子奮迅の活躍というのではなく、部下に任せて、遅れに怒りまくっているという風ではない。まさに言うだけになっている姿である。なんだか、みてくれだけを気にしている人のようにみえる。
政治家として、政敵との争いには長けていているのだろうが、国民の実際生活については、さほどの情熱はなく、それは、官僚にまかせておけばなんとかなると思っているようにみえる。
とるべき処置をとらないで、うまくやろうとしたり、困難な事態を理解できず、直視せず、もちろん対策をとる知恵も能力も情熱もないとなれば、当然人気は落ちる。その実態がみえてくれば、もう期待する方がおかしい。
官僚の用意した原稿を読むだけでは、その役をはたすことはできない。大阪府の吉村知事は、次々と手をうって、その顔つき目つきは、真剣である。人気がでるのは当たり前だ。やることに妙手奇手はない。やるべきことを油断なく、次々やるばかりである。