葬儀の捉え方は時代やその人の価値観で
変わってまいります
高齢者の方が
「もしもの時にはこんな葬儀にして欲しい・・」なんて
事前に話されたり、書き記されたりもします
「何もしないで、火葬だけでいい」・・・なども
よくあるお話です
でも・・
なんでそういう気持ちだったのかは
知らない場合もあるのではないでしょうか
「子供に負担を掛けたくない」
「周りも高齢者のために声を掛けなくていい」
とかも理由の一つでしょうか
でも・・
本心はどうだったのでしょうか・・?
確かに
「本人がそう言ってんだから」と
意思の尊重ということで「火葬のみに・・」
という結論も多いのではないでしょうか
もし・・
「そうは言っても、親の葬儀くらいはださなきゃ」
「誰にも知らせないなんて事は世話になった人に
申し訳ないのでは・・」
とか、残された遺族の考えが本人の
意思と違うときには・・・
どちらを優先させるべきでしょうか・・・
負担を掛けたくない親心から出た「火葬だけ」の意思と
負担は承知で費用を計上したい残された子供の親を思う心
う~むぅ・・
最終的は
「喪主」になる方が判断する訳ですが
これも究極の忖度になるのでしょうか・・
どちらにしろ
生きてきた証を語る時間的な余裕は
あったほうが良いのではないでしょうか・・・
えっ・・
忖度より損得だって・・!
まぁ~・・・
そういうことも・・・