シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

ある愛へと続く旅

2013-11-12 | シネマ あ行

サラエボの紛争を背景にしたペネロペクルスの主演作ということだけで見に行きました。予告編も見たことがなかったし、予備知識ゼロでしたので、この作品がどこへ向かっているのかまったく知らず、壮大な愛の物語を見るとともに、このサスペンスフルな展開も堪能することができました。

登場人物の個人的な物語の背景にある1984年の共産圏初の冬季オリンピックだったサラエボオリンピック~1990年代のユーゴスラビア紛争~そして現在のサラエボというふうに様々な表情のサラエボを見ることができます。

大学時代(1984年)、詩人の研究でサラエボに行ったイタリア人のジェンマ(ペネロペ)はそこでガイドのゴイコアドナンハスコヴィッチを通してアメリカ人カメラマン・ディエゴエミールハーシュと出会う。イタリアに戻り一旦は長年の恋人と結婚したジェンマだったが、うまく行かず離婚。その後ジェンマを追いかけてイタリアに来たディエゴと結婚する。

2人とも子供を望み、ジェンマはすぐに妊娠するが流産してしまう。ジェンマは不妊であることが分かり、里親制度を利用しようとするが、ディエゴの過去の薬物での前科のため承認されない。

そのころ、サラエボでは紛争が始まろうとしていた。いてもたってもいられないディエゴはサラエボへ飛び、ジェンマも後を追う。サラエボで代理母出産を試みようとゴイコにアスカサーデットアクソイという女性を紹介してもらう。紛争が激化し、産婦人科医も逃げてしまうサラエボでは人工授精はできず、不本意ながら“自然な方法”でアスカにディエゴの子を身ごもらせることになる。

物語はその16年後から始まり、イタリアで夫セルジオカステリット(夫役兼監督)と息子ピエトロピエトロカステリットと共に暮らすジェンマのところにゴイコから数十年ぶりに電話がかかる。「サラエボの紛争を写したディエゴの写真展をやるから息子を連れて来ないか」という誘いだった。この時点で観客はジェンマ、現在の夫、ディエゴ、ゴイコの人間関係がまったく分からない。ジェンマとディエゴはどうなったのか?ディエゴはどうして死んだのか?ピエトロは一体誰の子どもなのか?物語が進むにつれ、そういうことが少しずつ明らかになっていくのだが、最後の最後、現在はゴイコと結婚しているアスカが登場するまで、真実は分からない。

アスカは妊娠し、ディエゴはジェンマよりアスカを愛するようになってしまう。紛争の激しいサラエボで少ない物資をアスカに運び、アスカに尽くす夫。妊娠できない妻は夫を罵倒しながらも、子供をくれるアスカにすがるしかない。そして、出産後息子・ピエトロをジェンマに託し、サラエボを脱出させディエゴはサラエボにアスカと残ったが、その後死んでしまう。ディエゴはあんなにジェンマを愛していると言っていたのに、なんなんだよ!と思って見ていたのだけど、アスカ側から衝撃の真実が語られ、観客は言葉を失う。

ユーゴスラビア紛争におけるキーワードとして「民族浄化」という言葉がよく使われる。特定の民族を排除したり、直接的に殺害したりすることとともに、組織的強姦、強制妊娠が挙げられる。アスカはサラエボに住むムスリムだった。そのことは途中のセリフの中で観客に伝わるようになっている。セルビア人たちは民族浄化と称してムスリムの女性をレイプし、妊娠させ出産させていた。アスカもその犠牲者だったのだ。それを目撃したディエゴは自分がアスカを助け出し、赤ちゃんをジェンマに託しサラエボに残った。しかし、恐ろしい現実を目にしてしまったディエゴは、それを背負ったままこの世にとどまることができず自殺してしまう。

ディエゴはおそらくジェンマよりアスカを愛したわけではなかったのだろう。しかし、アスカが目の前で武装した数人の兵士にレイプされるのを出て行けば自分が殺されるという恐怖でそれを放置した責任を取ろうとしたのではなかっただろうか。なんという悲劇だろう。自殺してしまったディエゴの気持ちが痛いほど胸に刺さってきた。あの時一体ディエゴに何ができたというのか。ユーゴスラビア紛争は死者だけではなく、レイプなどのものすごい数の犠牲者を出した紛争として記憶に新しい。この紛争が世界に残した傷は非常に深い。この物語に登場する全員がその影響をことごとく受け、これからも背負っていかなくてはならない。それでも前を向こうとするアスカ、ゴイコ、ジェンマ。そして、ピエトロ。彼はいつか真実を知ることになるだろう。その時、おそらく彼はみなの支えを得て強く生きていくのだろう。それを予感させるラストではあったが、彼らの過酷の運命に打ちのめされるような物語だった。

大学時代から50代までを演じたペネロペクルス。相変わらず美しくラテン系の特徴も加わって、情熱的な女性を演じさせたらこの世代では右に出る者はいないのではないか。ディエゴを演じたエミールハーシュはペネロペより世代が下だけど、違和感なく見ることができた。彼はジャックブラックとレオナルドディカプリオの真ん中というありえないような顔をしているなぁ。これからが楽しみな役者さんだ。



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