1952年のアイルランド。十代で妊娠したフィロミナソフィケネディクラークは修道院に入れられ息子を出産した後、修道院で奉仕していたが、息子を養子に出されてしまう。
50年後のある日、フィロミナジュディディンチは娘ジェーンアンナマックスウェルマーティンに、その日が息子アンソニーの50歳の誕生日であること、娘を産むずっと前に息子と生き別れてしまったことを初めて打ち明ける。ジェーンは仕事を通じて知り合ったジャーナリスト・マーティンシックススミススティーヴクーガンに母の事情を話し、息子を探してくれるよう依頼する。マーティンは政府の広報の仕事をしていたがスキャンダルに巻き込まれ失業中だった。彼はどうせ特にすることもないし、とこの話を引き受けることにする。
2人で修道院に行くが、責任者は50年前から何人か変わっており、当時の資料は火事で焼け、フィロミナの息子の行方はまったく分からないと言われてしまう。院長のシスタークレアは人当りは良いが、決して手がかりとなる何かをくれそうにはなく、当時を知る高齢のシスターたちとも話をさせてはくれなかった。その後修道院近くのバーに立ち寄ったマーティンたちは、修道院では火事などなく資料はシスターたちが自分たちで燃やした、とか、子供たちはアメリカに売られて行ったんだという話を聞き、その後調べた結果、フィロミナの息子はアメリカに渡ったことが分かり2人は一緒にアメリカへ飛ぶ。
どこにでもいる信心深い田舎の普通のおばさんフィロミナとオックスフォード大卒の政府広報まで務めたことがあるエリートのマーティンの噛みあわないやりとりがおかしい。フィロミナは一所懸命マーティンにハーレクインロマンスのあらすじを語って聞かせ、出版社が経費を出してくれた豪華なホテルではあちこちに感心しまくり、ホテルマンと立ち話をしてはマーティンをあきれさせる。旅にはお菓子を持って行き、マーティンにも飴ちゃんを薦める姿はまさにどこにでもいるおばちゃん。マーティンの言う皮肉にも全然気付かないし。時々マーティンが本気でフィロミナに苛立っているのが分かるところもあり、ほんと“オカン”って困った生き物よなぁとこちらを笑わせる。生き別れた息子を探す旅でありながら、こういうユーモアを挟んでくるのがいかにもイギリスっぽい乾いたユーモアのセンスを感じさせる。
果たしてフィロミナの息子はレーガン・ブッシュ政権で政府職員であったことが分かるのだが、数年前に亡くなってしまっていた。フィロミナはショックを受けるものの、ここから彼を知っていた人を訪ねて回る。政府職員時代の同僚が会ってくれることになり、息子はゲイだったということが分かるシーンが印象的でした。息子がゲイだったと聞いてもフィロミナは一切動じず、息子はゲイだったかもと思っていたと言うのだ。なぜなら繊細な子だったから、と。もちろん、小さいときに繊細な男の子がみなゲイになるはずはないんだけど、これこそがフィロミナがいかに50年間息子のことを思い続けていたかの証だと感じました。フィロミナは大人になった息子について、彼がどんな人間に成長しているか、常に想像していたのでしょう。いつもいつも想像する中でもしかしたらあの子は繊細な子だったからゲイになっているかもしれないわ、なんていう可能性にまで考えが及んだのではないでしょうか。
フィロミナは息子を知る同僚、一緒にアメリカへ渡って育てられたメアリー、恋人だったピートに会い、息子がアイルランドの話をしていたか?を聞いて回ります。同僚とメアリーからは聞いたことがないと言われるが、恋人ピートは彼はアイルランドに帰りたがっていて彼の養父と大喧嘩してアイルランドに埋葬したという話を聞く。そしてピートに見せてもらったビデオには生前の息子がアイルランドの修道院を訪ねる映像が入っていて、そこに埋葬されていると聞かされる。
フィロミナは50年間何度も修道院に息子の件を問い合わせていたのにも関わらず彼らは自分たちがアメリカへ子供たちを金銭と引き換えに渡していた事実が発覚するのを恐れてか、息子の消息は分からないと言っていた。そして、訪ねてきた息子に対しても母親の消息は分からないと嘘をついていた。もし、彼らが2人を引き合わせてくれていたら…マーティンは怒り心頭で修道院を訪ねて行き、無理やり当時のシスターたちのところへ行き糾弾する。その姿を見たフィロミナはマーティンを諌め、「私はシスターを赦します」と言うのだ。マーティンと同じように怒り心頭で見ていたワタクシはシスターを赦すと言ったフィロミナにまで腹が立ってしまった。ワタクシはフィロミナほど人間ができていないので…
でもカトリックのシスターたちは“快楽という罪を犯したフィロミナは当然の報いを受けた”と思っているわけで、もしかしたら自分自身もカトリック信者であるフィロミナは彼女たちに何を言っても仕方ないと分かっていたのかな。いや、多分そうじゃなくてフィロミナは悟りに近い気持ちでいたからなんだろうけど、世俗的なワタクシはそうでも思わないと納得できないよ。
フィロミナが妊娠した経緯についてはフィロミナからぽつぽつと語られるだけだけど、彼女が堂々と「彼はとても優しく私を抱いた。セックスを楽しんだ」と言っていたのには清々しい気持ちがしたな。彼女は決して被害者面なんてしなかった。カトリックだから、それで罰を受けることは分かっていてもそれでも「楽しかった」と言い切るフィロミナに共感しました。50年間十分過ぎるほどの罰を受けてきたわけだし。
息子が政府関係の仕事をしていたことで、実はジャーナリスト時代のマーティンが本人に会っていたという展開にはびっくりでした。どんな人だった?と聞かれて力強い握手の人だったよ、なんてマーティンは答えていたけど、あれは本当に思い出して答えたのか、フィロミナのことを思って嘘をついたのかはっきりとは分かりませんでした。あとで編集者に話していたマーティンの様子からは嘘ではなさそうだったけどね。
カトリック教会が子供を売っていたという衝撃的な話については、ちゃんと真相究明されているのかな。「オレンジと太陽」という作品もあったけど、まったくひどいことする聖職者がいるもんだ。
こういうお話なので、随所で涙が流れますが決してお涙頂戴な雰囲気のないスティーブンフリアーズ監督の演出が光る作品です。