「あー、疲れたー!今日も一日、よく働いたー!」
「それにしても、よくやるよなー!」
一日の作業を他人事のように振り返っていたある日の夕刻、私のもとに一本の電話が入ってきた。
「こんな時間にスイマセン」
「いえいえ、どうされましたか?」
「知人がコドクシしましてね」
電話の主は私と同年代くらいの男性。
やけに落ち着いた口調と明るい声に、他の言葉を〝孤独死〟と聞き間違ったかと思った私は、受話器を左に持ち変えて替えて尋ね返した。
「スイマセン、よく聞こえなかったもので・・・もう一度お願いします」
「あ、ハイ、知人が死んじゃいましてね」
「そうですか・・・何かと大変でしょうけど、詳しい状況を伺わせて下さい」
「ハイ、何なりと」
私は、現場の状況を把握するべく、ポイントを絞って何点かの質問を男性に投げ掛けた。
「亡くなってたのは部屋ですか?それとも・・・」
「多分そうです・・・現場を見てないんで、ハッキリしたことは言えませんが」
「そうですか・・・で、ニオイはどうですか?」「玄関までしか入ってませんけど、かなりヒドかったです」
「んー、そうですかぁ」「中は、かなりヒドイ状態だと思います」
男性は、過酷な話の内容にも、声のトーンと口調を変えずに話を続けた。
「亡くなった方とは、どういうご関係ですか?」
「他人です・・・正確には妻の父親ですから義理の父ということになりますかね」
「じゃ、〝他人〟と言うわけではないですね」
「まぁ・・・でも、付き合いも全然なかったし、他人も同然ですよ」
身内だからと言って、皆が仲良く親密な関係であるとは限らない。
また、無理にそうしなければならないものでもないと思う。
人それぞれの状況があっても自然なこと。
「やはり、現場を見てみないと何とも言えませんね」
「ですよね、都合のいい時にお願いします」
「これからでも伺いますが・・・」
「イヤ、できたら昼間の方がいいんですけど」
「では、○日の○時に伺います」
「了解しました」
終始、淡々と喋る男性に、私は軽い戸惑いを覚えながら、結局、相手に合わせる温度を定められないまま電話を終えたのだった。
約束の日時、現場は公営団地の一室。
私は、依頼者の男性より早く現場に行き、部屋の場所を確認した。
玄関前に立つと、抜群の腐乱臭が漂っていた。
「一般の人は、これが何のニオイだか分からないんだろうな」
そんなことを思いながらしばらく待っていると、依頼者の男性が現れた。
「お待たせしました」
「どうもこの度は・・・」
「こちらこそ、来てもらって助かります」
「どういたしまして」
「それにしても、まいりましたよ」
「・・・」
「まさか、身近でこんなことが起こるなんてね」
「・・・」
「お陰で、女房がかなり気落ちして、欝っぽくなってるんですよ」
「奥さん・・・亡くなられた方の娘さんですか」
「正直言うと、もともと義父と私は仲がいいわけではなかったですし、過去にはそれなりの因縁もありましたし・・・ここ何年かは付き合いもなかったんですよ」
「・・・」
「だから、私にとっては義父が亡くなったことも他人事なんですよ」
「・・・」
「ただね、元気をなくしてる女房を放っとくわけにはいかないから、こうして動いてるわけなんです」
「そうですか・・・」
「義父のためじゃなく、女房のためですよ」
「なるほど、そういうことですか・・・」
「ところで、きれいに片付きますかね?」
「中を見てみないと何とも言えませんが、多分、大丈夫だと思います」
「そうですか、よろしくお願いします」
「じゃ、とりあえず中を見てきます」
「ハイ」
「後で様子をお知らせしますから」
「お願いします」
私は、玄関前に男性を置いて、中に入った。
問題の汚染はミドル級で、ドス黒い液体となった故人は台所から和室に渡って広がっていた。
また、例の白いチビ共が我が物顔で部屋中を闊歩。
「またコイツらか・・・また後で勝負してやるから、雁首揃えて待ってろよ!」
そう言って玄関をでると、外で待つ男性の傍に一人の女性がいた。
その立ち位置と物腰から、すぐに男性の妻君であることがわかった。
父親の孤独死・腐乱に相当のショックを受けているのは誰の目にも明らかで、女性は憔悴しきった表情で目を潤ませていた。
「父がこんなことになって、申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げる女性に、
「イエイエ、私が謝られることじゃないですから」
と恐縮する私。
「きれいになりますか?」
不安そうに尋ねる女性に、
「時間とお金とこれさえあれば、この部屋を何もなかったかのように戻してみせますよ」
と、自分の二の腕をポンポンと叩きながら冗談混じりに応えると、女性の顔にわずかな笑みがこぼれた。
中の状況をキチンと伝えるには、少々はグロテスクな表現を用いなければならない。
しかし、それを女性に聞かせるのは酷なので、女性にはその場を離れてもらい、私は男性とだけ話をすることにした。
「奥さんは、遺体も現場も見てないんですよね?」
「ええ・・・知ってるのはニオイくらいです」
「だったら、きれいになった部屋に入ってもらった方がいいと思います」
「それは何故ですか?」
「ニオイにやられた頭の中では、悪い想像ばかりが膨らんでいるんだと思います」
「はぁ・・・」
「ただそれは、きれいな部屋を見れば消えると思うんです」
「なるほどね・・・」
「ま、そのためには、この部屋をバッチリきれいにする必要がありますが」
「できますか?」
「この状態ですからねぇ・・・んー、一週間、時間を下さい」
「それできれいになるんでしたら、お願いします」
男性にとって、義父の死は他人事でも、妻の消沈は他人事ではなかった。
これもまた自然なことだと思った。
省みて、私自身はどうだろう。
残念ながら、仕事を通じて遭遇する数々の死を〝他人事〟として処理しがちなのが正直なところ。
しかし、死体業者としては、それを〝他人事〟と切り捨てず、真正面で受け止めて、自分なりに消化していくことが大切なんじゃないかと思っている。
同時に、イヤでも他人事では済まないことがあることも忘れてはならない。
そう、身近な人の死・自分の死だ。
我々は、自分の死を他人事として、人として本当に大切なモノを見ずして生きがち。
しかし、それをちょっとだけ意識するだけで緊張感が走り背筋がシャンと伸びる。
その飾りのない真意が、先を生きる道筋を照らしだす燭になるのかもしれない。
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遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。
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電話の主は私と同年代くらいの男性。
やけに落ち着いた口調と明るい声に、他の言葉を〝孤独死〟と聞き間違ったかと思った私は、受話器を左に持ち変えて替えて尋ね返した。
「スイマセン、よく聞こえなかったもので・・・もう一度お願いします」
「あ、ハイ、知人が死んじゃいましてね」
「そうですか・・・何かと大変でしょうけど、詳しい状況を伺わせて下さい」
「ハイ、何なりと」
私は、現場の状況を把握するべく、ポイントを絞って何点かの質問を男性に投げ掛けた。
「亡くなってたのは部屋ですか?それとも・・・」
「多分そうです・・・現場を見てないんで、ハッキリしたことは言えませんが」
「そうですか・・・で、ニオイはどうですか?」「玄関までしか入ってませんけど、かなりヒドかったです」
「んー、そうですかぁ」「中は、かなりヒドイ状態だと思います」
男性は、過酷な話の内容にも、声のトーンと口調を変えずに話を続けた。
「亡くなった方とは、どういうご関係ですか?」
「他人です・・・正確には妻の父親ですから義理の父ということになりますかね」
「じゃ、〝他人〟と言うわけではないですね」
「まぁ・・・でも、付き合いも全然なかったし、他人も同然ですよ」
身内だからと言って、皆が仲良く親密な関係であるとは限らない。
また、無理にそうしなければならないものでもないと思う。
人それぞれの状況があっても自然なこと。
「やはり、現場を見てみないと何とも言えませんね」
「ですよね、都合のいい時にお願いします」
「これからでも伺いますが・・・」
「イヤ、できたら昼間の方がいいんですけど」
「では、○日の○時に伺います」
「了解しました」
終始、淡々と喋る男性に、私は軽い戸惑いを覚えながら、結局、相手に合わせる温度を定められないまま電話を終えたのだった。
約束の日時、現場は公営団地の一室。
私は、依頼者の男性より早く現場に行き、部屋の場所を確認した。
玄関前に立つと、抜群の腐乱臭が漂っていた。
「一般の人は、これが何のニオイだか分からないんだろうな」
そんなことを思いながらしばらく待っていると、依頼者の男性が現れた。
「お待たせしました」
「どうもこの度は・・・」
「こちらこそ、来てもらって助かります」
「どういたしまして」
「それにしても、まいりましたよ」
「・・・」
「まさか、身近でこんなことが起こるなんてね」
「・・・」
「お陰で、女房がかなり気落ちして、欝っぽくなってるんですよ」
「奥さん・・・亡くなられた方の娘さんですか」
「正直言うと、もともと義父と私は仲がいいわけではなかったですし、過去にはそれなりの因縁もありましたし・・・ここ何年かは付き合いもなかったんですよ」
「・・・」
「だから、私にとっては義父が亡くなったことも他人事なんですよ」
「・・・」
「ただね、元気をなくしてる女房を放っとくわけにはいかないから、こうして動いてるわけなんです」
「そうですか・・・」
「義父のためじゃなく、女房のためですよ」
「なるほど、そういうことですか・・・」
「ところで、きれいに片付きますかね?」
「中を見てみないと何とも言えませんが、多分、大丈夫だと思います」
「そうですか、よろしくお願いします」
「じゃ、とりあえず中を見てきます」
「ハイ」
「後で様子をお知らせしますから」
「お願いします」
私は、玄関前に男性を置いて、中に入った。
問題の汚染はミドル級で、ドス黒い液体となった故人は台所から和室に渡って広がっていた。
また、例の白いチビ共が我が物顔で部屋中を闊歩。
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「父がこんなことになって、申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げる女性に、
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中の状況をキチンと伝えるには、少々はグロテスクな表現を用いなければならない。
しかし、それを女性に聞かせるのは酷なので、女性にはその場を離れてもらい、私は男性とだけ話をすることにした。
「奥さんは、遺体も現場も見てないんですよね?」
「ええ・・・知ってるのはニオイくらいです」
「だったら、きれいになった部屋に入ってもらった方がいいと思います」
「それは何故ですか?」
「ニオイにやられた頭の中では、悪い想像ばかりが膨らんでいるんだと思います」
「はぁ・・・」
「ただそれは、きれいな部屋を見れば消えると思うんです」
「なるほどね・・・」
「ま、そのためには、この部屋をバッチリきれいにする必要がありますが」
「できますか?」
「この状態ですからねぇ・・・んー、一週間、時間を下さい」
「それできれいになるんでしたら、お願いします」
男性にとって、義父の死は他人事でも、妻の消沈は他人事ではなかった。
これもまた自然なことだと思った。
省みて、私自身はどうだろう。
残念ながら、仕事を通じて遭遇する数々の死を〝他人事〟として処理しがちなのが正直なところ。
しかし、死体業者としては、それを〝他人事〟と切り捨てず、真正面で受け止めて、自分なりに消化していくことが大切なんじゃないかと思っている。
同時に、イヤでも他人事では済まないことがあることも忘れてはならない。
そう、身近な人の死・自分の死だ。
我々は、自分の死を他人事として、人として本当に大切なモノを見ずして生きがち。
しかし、それをちょっとだけ意識するだけで緊張感が走り背筋がシャンと伸びる。
その飾りのない真意が、先を生きる道筋を照らしだす燭になるのかもしれない。
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