電脳筆写『 心超臨界 』

悲観論か楽観論かの問いにはこう答える
私の知識は悲観的なものだが私のやる気と希望は楽観的だ
( シュヴァイツァー )

自助論 《 幸運は手の届くところで待っている――サミュエル・スマイルズ 》

2024-08-06 | 03-自己・信念・努力
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。

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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
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■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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何度もくりかえすように、われわれを助けるのは偶然の力ではなく、確固とした目標に向かってねばり強く勤勉に歩んでいこうとする姿勢なのだ。意志薄弱で怠惰な人間、目的もなくぶらぶらしている人間には、どんな幸運も意味を持たない。彼らは、目の前をまたとないチャンスが通り過ぎても、その意味もわからずぼんやりと見逃すだけだ。


◆幸運は手の届くところで待っている

『自助論』
( サミュエル・スマイルズ、三笠書房(2002/3/21)、p68 )
3章 好機、再び来たらず――人生の転機を見抜く才覚、生かす才覚
4 幸運は手の届くところで待っている

何度もくりかえすように、われわれを助けるのは偶然の力ではなく、確固とした目標に向かってねばり強く勤勉に歩んでいこうとする姿勢なのだ。意志薄弱で怠惰な人間、目的もなくぶらぶらしている人間には、どんな幸運も意味を持たない。彼らは、目の前をまたとないチャンスが通り過ぎても、その意味もわからずぼんやりと見逃すだけだ。

反対に、幸運の女神を抱きとめようと虎視眈々(こしたんたん)と狙っていれば、きっと驚くほどの成果が得られるだろう。チャンスは、いつもわれわれの手の届くところで待っている。問題は、それを機敏にとらえて実行に踏み出すかどうかなのだ。

ワットは、計算器具の製造に携わるかたわら化学と力学を独習し、スイス人の染物師からドイツ語を教わったという。蒸気機関車を発明したスチーブンソンも、炭坑で機械を運用しながら非番の夜は算数と測量術を学んだ。昼間も、食事どきのわずかな時間を惜しんでは石炭車の壁を黒板代わりに白いチョークで計算の練習を積んだ。

物理学者ドールトンにとって、勤勉は幼少のころから身についた生涯の習慣だった。彼は、わずか12歳で郷里の村の学校に教師として勤めた。冬は授業を受け持ち、夏は父の農場で働いた。厳格なクエーカー教徒の家庭に生まれたものの、時おり友人たちと金を賭けてまで勉強を競ったほどだ。ある時などは難問をみごとに解いて思わぬ大金を手にしたが、彼はその金で冬に使うロウソクを買いそろえたという。

ドールトンは死の1、2日前まで気象学の観測をつづけたが、こうしてかれが生涯かけて集めた資料は実に20万件にも上るのである。
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