前回に続き、キリスト教と結婚のお話です。英国のヘンリー8世が離婚したいた為に、カトリック(ローマ法王庁)から離脱して英国国教会を立ち上げた話は有名ですが、実はそうまでして再婚した妃とまたまた離婚し、生涯に6人の妻を娶っています。
最初の妻は、スペインのキャサリン・オブ・アラゴンです。キャサリンは最初ヘンリーの兄のアーサーのもとに嫁ぎますが、アーサーが急逝してしまいます。キャサリンが持ってきた持参金を返却するのを惜しんだ、父ヘンリー7世はキリスト教では兄弟の妻を娶ることを汚らわしいと考えられているのを、ローマ法王に特免状まで貰って、弟のヘンリー(後のヘンリー8世)と結婚させます。
しかし、22年の結婚生活で、娘1人(後のメアリー1世)を生んだだけで、待望された嫡男を産めず、死産・流産を繰り返します。
これが原因で、ヘンリー8世はローマ法王に離婚の許しを請いますが、ローマ法王はキャサリンがイタリアに強い影響力を及ぼしていた神聖ローマ帝国皇帝カール5世の伯母だった為、政治的判断からこの離婚を認めませんでした。※1
この事が引き金となり、ヘンリー8世は国王至上法(首長令)を発布し、英国国教会※2を立ち上げます。いわば、英国内の教会をローマ法王庁から切り離し、自由にすると宣言した訳です。
これで離婚も自由になったヘンリー8世は、キャサリンの侍女アン・ブーリンと再婚します。アンは妊娠しており、結婚後娘(後のエリザベス1世)を出産します。娘だったことに落胆し、またアンの侍女だったジェーン・シーモアと通じていた為、アンは結婚3年目にして、無実の罪を密告され斬首されてしまいます。
その後、ジェーンと再婚しジェーンは待望の男子(エドワーズ6世)を生みますが、直ぐに産褥死してしまいます。
その後、新たな妃を求めた王は、ドイツのクレーフェ公の娘アン・オブ・クレーヴズと結婚します。しかし、事前に見ていた肖像画があまりにも美化されていた為、本人を見て愕然として僅か半年で、適当な理由をつけられて離婚しています。
さらにその後、アン・ブーリンの従兄弟のキャサリン・ハワードと結婚するも、今度は妻の不倫が発覚し、結婚1年半後に反逆罪で刑死し、最後にキャサリン・パーと言う女性と結婚します(関係不明)。キャサリン・パー※3は教養が高く、ヘンリー8世の信任が厚く、その結婚生活だけはヘンリー8世が死ぬまで続きました。
※1:フランスの国王などからの離婚は認めているので、宗教的な理由ではなかったと考えられます。離婚は、妻が浮気や子を埋めないなどの理由がある場合のみ認められているようです。
※2:この当時の英国国教会は、離婚できるだけで教義的にはカトリックのままでした。しかし、ローマ法王庁から離れたため、全ヨーロッパのプロテスタントが流入し、エリザベス1世の代にはプロテスタントと分類される教義になりました。
※3:キャサリン・パーは私生児扱いだった、メアリーとエリザベスをヘンリー8世に懇願して王女の地位に戻して貰っています。その後二人の養育を任されています。
オリジナルカードゲーム 植民地戦争
最初の妻は、スペインのキャサリン・オブ・アラゴンです。キャサリンは最初ヘンリーの兄のアーサーのもとに嫁ぎますが、アーサーが急逝してしまいます。キャサリンが持ってきた持参金を返却するのを惜しんだ、父ヘンリー7世はキリスト教では兄弟の妻を娶ることを汚らわしいと考えられているのを、ローマ法王に特免状まで貰って、弟のヘンリー(後のヘンリー8世)と結婚させます。
しかし、22年の結婚生活で、娘1人(後のメアリー1世)を生んだだけで、待望された嫡男を産めず、死産・流産を繰り返します。
これが原因で、ヘンリー8世はローマ法王に離婚の許しを請いますが、ローマ法王はキャサリンがイタリアに強い影響力を及ぼしていた神聖ローマ帝国皇帝カール5世の伯母だった為、政治的判断からこの離婚を認めませんでした。※1
この事が引き金となり、ヘンリー8世は国王至上法(首長令)を発布し、英国国教会※2を立ち上げます。いわば、英国内の教会をローマ法王庁から切り離し、自由にすると宣言した訳です。
これで離婚も自由になったヘンリー8世は、キャサリンの侍女アン・ブーリンと再婚します。アンは妊娠しており、結婚後娘(後のエリザベス1世)を出産します。娘だったことに落胆し、またアンの侍女だったジェーン・シーモアと通じていた為、アンは結婚3年目にして、無実の罪を密告され斬首されてしまいます。
その後、ジェーンと再婚しジェーンは待望の男子(エドワーズ6世)を生みますが、直ぐに産褥死してしまいます。
その後、新たな妃を求めた王は、ドイツのクレーフェ公の娘アン・オブ・クレーヴズと結婚します。しかし、事前に見ていた肖像画があまりにも美化されていた為、本人を見て愕然として僅か半年で、適当な理由をつけられて離婚しています。
さらにその後、アン・ブーリンの従兄弟のキャサリン・ハワードと結婚するも、今度は妻の不倫が発覚し、結婚1年半後に反逆罪で刑死し、最後にキャサリン・パーと言う女性と結婚します(関係不明)。キャサリン・パー※3は教養が高く、ヘンリー8世の信任が厚く、その結婚生活だけはヘンリー8世が死ぬまで続きました。
※1:フランスの国王などからの離婚は認めているので、宗教的な理由ではなかったと考えられます。離婚は、妻が浮気や子を埋めないなどの理由がある場合のみ認められているようです。
※2:この当時の英国国教会は、離婚できるだけで教義的にはカトリックのままでした。しかし、ローマ法王庁から離れたため、全ヨーロッパのプロテスタントが流入し、エリザベス1世の代にはプロテスタントと分類される教義になりました。
※3:キャサリン・パーは私生児扱いだった、メアリーとエリザベスをヘンリー8世に懇願して王女の地位に戻して貰っています。その後二人の養育を任されています。
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