植民地戦争+α

歴史テーマの中量級のボードゲームを制作し、ゲームマーケットに出展しています。
なので歴史とボドゲの話が多いです。

ロタールの敗残の影響

2007年08月20日 17時34分15秒 | 雑談
 ヨーロッパの中世の強国と言えば、フランスとドイツ諸国を統括する神聖ローマ帝国でしょう。
 この2ヶ国に挟まれたオランダ・ベルギー(フランドル)、スイス、北イタリア、そしてロレーヌ地方は常にこの2ヶ国の影響や支配を受けてきました。
 この大きな起源となるのが、841年に行われたフォントノワの戦いです。
 この戦いは、カール大帝の後を継いだ皇帝ルートヴィヒが、3人の息子(長男ロタール、次男ピピン、三男ルートヴィヒ)に対して領土分割を約束したところ、その後、第2妃との間に末弟カールが誕生した為、皇帝が偏愛しカールにも領土を与えようとした為、3人の兄が怒り皇帝が一時廃位されるなど、分割案が白紙になります。その後、次男ピピンに続き皇帝が死去すると、残った3人の兄弟の間の領土分割は対に戦争へと発展します。
 全ての領土を手中に収めようとするロタールに対抗し、三男ルートヴィヒと末弟カールが同盟を結んだ為、この戦いにロタールは負け、帝国を不利な条件で分割しなければならなくなります。
 当初、アキテーヌ(フランス北西部)と、バイエルン一帯を弟に分割し、残りをロタールが得る予定だった領土は、末弟カールに現在のフランス(アルザス・ロレーヌを除く)を、三男ルートヴィヒには現在のドイツ・オーストリア全域を与えることになり、それぞれ後のフランス王国と、神聖ローマ帝国へとなっていきます。※1
 ロタールの手元に残った地域は、この両方に挟まれた細長い地域で、オランダからベルギー、ロレーヌ※2、スイス、そして北イタリアの地域になります。これらの地域は人種や文化的になんら統一された地域ではなかった為、ロタールの王国は維持する事が出来なく次第に分解し、それぞれがフランス王国と神聖ローマ帝国の領土争奪の場となっていきました。

 歴史に「もし」はありませんが、ロタールがフォントノワで負けていなければ、または末弟カールが生まれていなければ、今の国境は大きく違っていたのではないかと想像せずにはいられません。


※1:画像の黄色い部分が、ロタールの王国 中フランク王国の領土です。ピンクがカールが得た西フランク王国、橙色がルートヴィヒが得た東フランク王国です。

※2:ロレーヌ、ロートリンゲンは、ロタールの王国の意味です。

オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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