巣窟日誌

お仕事と研究と私的出来事

日航ジャンボ機墜落事故

2005-08-12 23:42:51 | ニュース
日航ジャンボ機123便の事故から20年たった。

1985年8月12日の夕方、わたしが外出先から帰ってくると、「日航のジャンボ機が行方不明になった」と、テレビもラジオも報道しているところだった。ジャンボ機などという大きなものが、消えるはずがない??誰もが事故を予想した。夜になって「墜落した」との一報が入ったが、今度は墜落場所が確定できない。結局、墜落位置を自衛隊機が確認したのは、翌朝の日の出のあとだった。

13日のお昼近くになって、生存者がいるというニュースが入った。4名が奇跡的に生存。520名が死亡。

生存者の証言により、墜落直後には他にも生存者がいたことがわかって、当局の対応の遅れが批判された。なぜなら、地元の人間や一部の機関が、早い段階で墜落場所を突きとめていたのにもかかわらず、そして航空自衛隊が救助活動のために早い時期からスタンバっていたにもかかわらず、救助要請をすべき機関による救助要請が遅れ、しかも墜落場所についての情報が混乱し、実際の救助活動が不必要に遅れたからだ。

事故後、しばらくはこの事故のニュースばかりが流れた。回収されたボイスレコーダーが公開され([追記]参照)、各テレビ局は検証番組を流した。(検証番組には、ノンフィクション作家の柳田邦男氏がひんぱんに登場した。)ボイスレコーダーからは、パイロットたちが絶望的な状況のなかで、最後まで何とか機体をコントロールしようと、最大限の努力をしていた様子が聴いてとれた。わたしはボイスレコーダーの中の、機長の「気合を入れろ」と「これはだめかもわからんね」という言葉、そして事故直前の自動音声による無機質な "Pull up"の連続警告音が耳に残っている。

[追記] 2005.08.13
ボイスレコーダーは正式には公開されず、わたしたちが聴いたのはメディア各社が独自に入手した「ボイスレコーダーの録音の一部」だった。ボイスレコーダーの全録音は、いまもって公開されていない。そのため、これが「実はボイスレコーダーには、公けになってはまずいことが録音されていたため、公開できないのだ」と、「陰謀説」の根拠のひとつにもなっている。




以下の箇条書きは、わたしが覚えているあの事故に関するいくつかの情報だ。確固たる事実も、証言はあっても事実かどうかの確認がされていないものも、噂レベルのものもある。


  • 機長の家には、その後何年も嫌がらせの電話が続いたらしい。

  • 現在までに見つかっている機長の遺体は、顎の骨の一部だけらしい。

  • 生存者の1人だった少女は、その後ストーカーのようなマスコミや「ファン」から追い回され、「自分もあのとき死んでいたほうがよかった」と、一時は語るほどになっていたらしい。

  • 遺族がもらう補償金目当てに、「再婚してほしい」「融資して欲しい」などと遺族に近づいて人などがいたらしい。

  • 当時の日航のシンボルがツルのマークであったことから、のちに千羽鶴を折って慰霊碑に持っていった遺族が、他の遺族に「ツルなんて非常識だ」と非難された。

  • 新聞記事の現場の写真に、遺体をそのまま写したような写真はほとんどなかった。(記憶が正しければ、1971年のばんだい号の事故のときは、たしか相当悲惨な写真??例えば遺体の一部が樹に引っかかっているような写真??がそのまま、大きく掲載されていたはずだ。このときに新聞各紙は、このような悲惨で残酷な写真を掲載したことでかなりの批判を受け、その後、あまりにも悲惨な事故現場の写真は載らなくなった。)

  • 新聞は悲惨すぎる写真を掲載しなかったが、週刊誌はまさに遺体の一部が樹に引っかかっている写真を含めた、悲惨な状態の遺体の写真を続々と掲載した。(現在でもそのような写真はネットで閲覧することができるが、あえてURLは載せないでおく。)

  • 事故後のマスコミの傍若無人なふるまいは、かなりひどかったらしい。

  • 当時のラジオで聞いた話だが、遺族の中にも上野村において「いくら遺族だといえ、そんな態度をとっていいのか」という状態の人もいたらしい。もちろん遺族の方々の悲しみと怒りがそうさせたものだろうが。

  • 事故より10年後に、当時横田基地にいた米国の元軍人が、日航機事故についての爆弾発言をした。彼の発言によると、日航機事故の2時間に、米軍ヘリは事故現場に到着した。そこでそのヘリからロープによる隊員降下が行われようとしたが、日本側の要請で中止になったという。(空安全国際ラリー組織委員会の「日航ジャンボ機御巣鷹の尾根墜落事故」参照)

  • 犠牲者の中に、「スキヤキ」で世界に知られている坂本九氏がいた。

  • あの混乱の32分(事故発生から墜落までの時間)の中で、「本当に今迄は幸福な人生だったと感謝している」と妻や子供に遺書を書いた男性がいた。この話は、乗客たちが最後まで冷静に対処した証拠として、当時ひんぱんに取り上げられた。

事故の正確な原因は、いまもって不明だ。事故調査委員会は修理ミス原因となった圧力隔壁の損壊が原因であると結論づけたが、生存者の1人であった客室乗務員は、圧力隔壁の破損が原因であれば起こるはずの急減圧はなかったと証言している。

そして、今でも遺体の一部は出てくるらしい。

人の骨片か 御巣鷹の尾根でみつかる

 慰霊登山が続く群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」で12日朝、人の骨らしい骨片が見つかった。長年、墜落現場周辺で残存機体を回収している地元の関係者や歯科医師が目で見て確認し、「人の頭蓋骨(ずがいこつ)に間違いない」と述べた。
[朝日新聞]2005.08.12
http://www.asahi.com/national/update/0812/TKY200508120222.html


あらためて合掌



Fallacies(謬論)

2005-08-09 22:01:45 | 政治と選挙
以前、 「Red Herring(赤ニシン)」という記事の中で、欧米の修辞学には、ものごとの論証において、やってはいけない"fallacy"(誤った推論、謬論=びゅうろん)というものがあると書いた。Rred herringとはこのような謬論のひとつで、「討議されている問題から注意をそらすために、関係ない問題を持ち出すこと」だ。この記事の中で、


  • Ad Hominem (人身攻撃)

  • Either-Or (二者択一)

  • Bandwagon (バンドワゴン、人気便乗)

  • Slippery Slope (滑りやすい斜面)


といった他の謬論の種類をいくつかあげて「他のfallacyの説明は別の機会に。」なんて書いたまま、すっかり忘れていた。

「郵政解散」(=自爆テロ解散)による衆院選挙が始まる前に、残りの謬論を説明しておこう。政治家の言葉には普段から謬論が多く、選挙戦ともなれば「謬論の雨あられ」(英語では"a barrage of fallacies"というところか)となる。そこで、こういう謬論を頭の片隅に置いて候補者の演説を聞くと、いままで以上に面白く聞けるかもしれない。(面白く聞けるという保証はしないが。)

■ Ad Hominem (人身攻撃)

相手の議論へ反論せずに、人身攻撃をすること。

日本にはad hominemの伝統がある。例えば「おまえのかあちゃんデベソ」だ。子供のころから、人身攻撃を学ぶのだ。

ある政治家が、公設秘書の1人を辞めさせようとした。しかしその秘書は政治家の秘書として経験も実績もあり、この点では非の打ち所がない。そこでこの政治家は、「あの人は短大卒なんですよ。」「あの人は短大しか出ていないことをコンプレックスに感じているらしいんです。」と、周りのスタッフに耳打ちしてまわった。(いいや、本人は全然コンプレックスは感じていなかったよ。)こんなことは、あなたの職場でも普通に起こりうることである。

日本の選挙というのは、「政策を買ってもらう」よりも「人を買ってもらう」部分が強い。政策をこんこんと説明してわかってもらうより、「あの人なら誠実そう」「実行力がありそう」「何かやってくれそう」というイメージをかもし出すほうが、有権者を動かす力になる。というわけで、人身攻撃も、当然のようにバンバン飛び交う。ときには同じ党内の候補もライバルになるため、人身攻撃の十字砲火状態になることもある。

選挙とは関係ないが、かつて田中真紀子氏が外務大臣に任命されたときに、「田中さんは女性だから着替えに時間がかかるだろう。だから忙しい外務省の大臣は無理だ。」といった、大使経験者がいたそうな。

■ Either-Or (二者択一、二分法)

実際には選択肢が2つ以上あるのに、2つしか存在しないように思わせて、聴衆にどちらかの選択を迫ること

例を挙げておこう。遠く異朝をとぶらへば、2003年9月23日の国連総会におけるブッシュ大統領のスピーチがある。

Between these alternatives there is no neutral ground. All governments that support terror are complicit in a war against civilization. No government should ignore the threat of terror, because to look the other way gives terrorists the chance to regroup and recruit and prepare. And all nations that fight terror, as if the lives of their own people depend on it, will earn the favorable judgment of history.
http://www.whitehouse.gov/news/releases/2003/09/20030923-4.html

 選択肢に中間はなく、二者択一である。テロを支持する政府はすべて、文明に対する戦争の共犯者である。いかなる政府もテロの脅威を無視してはならない。なぜならば、目をそらすことは、テロリストに再編と補充と準備の機会を与えること
になるからである。そして、自国民の生命がかかっているとの思いでテロと戦うすべての国家は、歴史上高い評価を得る。
(訳は在日米国大使館の国連総会におけるブッシュ大統領の演説ページより
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20030924a1.html


ブッシュ大統領のアメリカの対テロ政策を支持しないものは、すべてまとめてテロ国家のお仲間入りだ。「”中立”という選択肢はない」というのである。

近く本朝をうかがふに、小泉政権がとるのは「優性民営化に賛成票を入れなかった議員は規制派」という極端な二分法だ。賛成票を投じなかった理由は様々であろうに。

■ Bandwagon (バンドワゴン)

「多くの人間、すべての人間がそうだと信じている」という事実をもって、あることが証明されるとすること。広告の世界ではよく使われる。

例えば、「喫煙者は世界中に数多くいる」というのは事実だ。しかしこの事実をもって喫煙は健康的な気晴らしだ」ということはできない。これはわかりやすい。

しかし、「昔から多くの人に使われてきた自然成分だけを使っている化粧品だから」という理由で、この化粧品がだれの肌にも優しいとはいえないにもかかわらず、実際にはセールストークで良く使われる。

バンゴワゴンとはサーカスなどのパレードの先頭の楽隊車のこと。米国の昔の選挙運動では、候補者はバンドワゴンにのって街中を回り、人々の候補者への指示を示すために、そのはそのワゴンに乗り込んだらしい。ちなみバンドワゴンとは"Bennett's Latest: The Bush Bandwagon"

■ Slippery Slope (滑りやすい斜面)

最初に何かを行うと、それが滑りやすい坂を転がっていくように、次々と避けられない出来事が起こると決め付けること

「もし選択的であれ、男女別姓を認めれば、家族の一体感が損なわれる。家族の一体感が損なわれれば、家族の絆が断ち切られる。家族の絆が断ち切られれば、離婚が増える。離婚が増えた結果、守るべき日本の伝統的家族が崩壊する。子供たちも不幸になる。そして日本の伝統的家族が崩壊したら、日本の社会そのものもまた…」

上記の意見をslippery slopeを考えるか否かは、日ごろの個々人の立場によるだろう。上記の意見を正しいものとして賛成するなら、その一つ一つについて正しいものであることを、論理的に証明しなければならない。また、この主張をslippery slopeととらえるならば、これもまた謬論であることを、論理的に証明しなければならない。



さて、「郵政民営化すらできなかったら、ましてや他の構造改革なんかできない。」というのは、正論だろうか、謬論だろうか。

(注:本文中の「遠く異朝をとぶらへば」と「近く本朝をうかがふに」の表現は、もちろん『平家物語』から。高校で「心も詞もおよばれね。」あたりまで、暗記しなかった?)

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温暖化のなせるわざか? 誰がためにクマセミは鳴く

2005-08-08 09:37:21 | 日記・エッセイ・コラム
わたしが住んでいるのは、東京都板橋区。ママチャリをちょっとこげば、そこは埼玉県に入るという場所だ。

さて今朝、聞きなれないセミの声を聞いた。嫌な予感がする。

そこで「日本のセミの鳴き声」のページで調べた。もちろん、最初にクリックしたのは、あの疑惑のセミのページだ。

ビンゴ!

鳴き声はクマゼミのものだった。

クマゼミはもともと南方系のセミで、関東にはいなかった。近年、地球の温暖化か、あるいは関西から持ち込まれた植樹の土壌に幼虫が混入し、関東でも見られるようになった。ここ10年ほど、やれ生息域が箱根を越えただの、神奈川も見られただの、そして東京でも見かけただの、というクマゼミの東進・北上話を聞くようになった。

そして今日、わたしは自宅でクマゼミの鳴き声を聞いてしまったのだ。母に聞くと「この鳴き声なら、最近よく聞く。」とクールに答えたが、クマゼミの写真を見せるとその南方系の姿に「こんなセミ見たことない!」と叫んだ。

クマゼミがここまで来ているからには、すでに埼玉にもいっているのだろうか。そして今後、ミンミンゼミと生息域を競うことになるのだろうか。それにしても、クマゼミの北上は、植樹などを通じて人間によって持ち込まれたものなのか? それとも温暖化のせいなのか?

温暖化のせいであるかもしれない。というのはここ数年、昆虫にしろ、爬虫類にしろ、昔はこの辺ではみなかったようなものを見かける機会があるからだ。昨年、庭に出たヘビに「なに、この模様のヘビ? こんなの見たことない。気持ち悪い。」と、母が騒いだ。(ヘビそのものは、昔からこの辺りでは、大きいのから小さいのまで生息していて、一昨日も玄関先で、30cmぐらいの細いヤツを見たが。)最近わたしも、「生まれてから今まで、見たことのなかった模様の蝶」を庭先で見つけて、なんとなく嫌な気分になった。

こういうことを考えるにつけ、こんなところでクマゼミの鳴き声を聞くのは、正直いって気分の良いものではない。クマゼミのほうは、生きていかれる場所で自分のために鳴いているだけで、人間がその声を聞いて不安になっていることなど、おかまいなしだろうが。

それにしても、7月23日の記事「セミ」には、クマゼミも入れておくべきだったかもしれない。

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中・東欧の恐ろしいダニ

2005-08-07 14:20:06 | 日記・エッセイ・コラム
「ダニのような奴」ではなく、本当のダニの話。

オーストリア及び近隣国(ドイツ、ハンガリー、チェッコ、スロバキア、スロベニアなど中・東欧地域)では、ダニ(ツェッケン)を介したウィルス性脳炎(病状は日本脳炎ににています)に感染する恐れがあります。中・東欧、ロシア、アジアにかけて知られるこの脳炎は、治療法がないため、一旦罹ると麻痺等の後遺症が出たり、場合によっては死亡するケースも見られます。幸い、ワクチンがあり、その予防率は100%と言われています。
「オーストリア領事部・オーストリア安全情報」より
(http://www.at.emb-japan.go.jp/consulate/l1_autanzen.htm)


Zechenツェッケンはドイツ語でZeckenと書く。通常は森の中などに住んでいるものらしい。

なぜわたしがここでヨーロッパのダニについて書いているのかというと、母が所属している合唱団体で、7月にドイツのライプツィヒに行った人たちの中に、このツェッケンに刺された人がいたとの話を聞いたからだ。(知名度のある方なので、今後ご自身のウェブサイトでこのことを書くかもしれない。)

何でも、「最初はオデキができただけだと思い2日間我慢したが、どうにも痛くてガマンができないので良くみたら、オデキに毛があった!」となったとか。「毛」とは、ダニの足のことだと思われる。

翌日現地の人がその話を聞くなり「医者に行け!」と言ったのは、このダニを介してウィルス性脳炎にかかる可能性があるからしい。実際に、過去にオーストラリア旅行中の日本人が、このダニに刺されて脳炎で死亡したしたこともある。(厚生労働省のサイトより)オーストリア領事部の安全情報には「ワクチンがある」となってはいるが、日本にはこのワクチンはない。

では、刺されてしまったどうするか。以下は「フライブルクあれこれ」より

ツェッケを取り除くには、ピンセット(薬局でツェッケを取り除く専用のピンセットを購入できる)をできるだけ皮膚近くまで近づけ、ツェッケをつぶさないよう、また皮膚にもぐりこんでいる頭部を切りはなさないように気をつけながら ツェッケを引っ張り抜く。
心配な場合は、すぐに医者に行きましょう。
(http://alemannisch.fc2web.com/fr/fr/zecken.html)


このダニはドリルしながら人間の皮膚の中に頭からもぐりこんでいくので、何も考えずに引っこ抜こうとすると、ダニの頭が皮膚の中に残ってしまうものらしい。とういわけダニ専用のピンセット(Zeckenzange)というものが、このダニが住む地域の薬局には売っている。

ちなみにダニ用ピンセットはこんなものだ。↓
http://www.pharmabrutscher.de/kraut/Zeckenz.htm

使い方は、ここを参照↓
http://www.pharmabrutscher.de/kraut/zzanwend.htm

外出時にいつも持ち歩けるように、ダニ用ピンセット付キーホルダーも良いかもしれない。

なお、ツエッケンについて、より詳しく知りたい方は、Baxterのツェッケンに関するドイツ語サイト (http://www.zecken.de/fsme/) が充実している。(トップページ上部のFlashの円形内のアニメーションは数種あるが、特に人間の皮膚につくツェッケンのバージョンは気持ち悪いので要注意。それからZechen!の画像も数種あり、場合によってはかなりグロいツェッケンの拡大画像が出てくるので、この世のありとあらゆる醜いものから目をそむけて生きていきたい人には、アクセスしないことをお勧めする。)

というわけで、ヨーロッパの森を散策するときは、虫よけスプレーを忘れずに。みだりに肌を出した服を着ないように。ヨーロッパの森は、色々な意味で、危険がいっぱいだ。

ああ、この記事を書いていたら、なんだかあちらこちらが痒くなってきちゃったよ。


レターヘッドとコンティニュエーション・ペーパー

2005-08-05 19:22:46 | 異文化コミュニケーション
■ レターヘッド(Letterhead)

日本企業も最近は使うことがある社外向けの会社の「便箋」だが、日本で言うところの「会社の便箋」とは重みが違う。レターヘッドを使った手紙は、「その組織が正式に出した文書」ということになる。だから組織に属している人間がその組織から手紙を出す場合でも、個人として手紙を書く場合は、レターヘッドを使ってはいけない。ゆえにレターヘッド使用に対する管理は、厳しくしなければいけないらしい。

以下は、「英文ビジネスレター作成のためのガイドライン」より引用である。

レターヘッドとは文字どおりレター用紙の頭の部分という意味であり、企業・団体のシンボルマーク、社名、アドレス、電話番号などが印刷された、レター用紙上部のスペースを指す。一般には、そのようなデータが印刷された正式なレター用紙そのものをレターヘッドと呼んでいる。
http://someya1.hp.infoseek.co.jp/chap-2(1).html



ある米系証券会社では、ヴァイス・プレジデント以上の地位になると、企業のロゴとヘディング(=Heading)に加えて、自分の名前と肩書きがあらかじめ印刷されたレターヘッドを作ることになっていた。証券会社なので「ヴァイス・プレジデント」(=vice president、直訳すると「副社長」)とはいっても地位はそれほど高くなく、実際は「部長」程度の地位だった。米系の金融サービス業では、しばしば「オフィスで石を投げれば、ヴァイス・プレジデントに当たる」といわれるぐらい、ヴァイス・プレジデントがわんさといたりするのだ。従業員が5名のある部署では、全員がヴァイス・プレジデントだった。もちろん全員がエネルギッシュにバリバリと働いていた。

ここで、国際展開をしているBSI Groupという企業体のレターヘッドの見本http://www.bsi-global.com/Brand+Identity/Stationery/uk_strap_2.pdf)を見てみよう。(要Acrobat Reader)


用紙のどの位置に、どの大きさで、どんな色を使って何を印刷すべきかがきちんと決められている。そこで再び「英文ビジネスレター作成のためのガイドライン」より引用する。

欧米にはレターヘッドのデザインを専門とするレターヘッドデザイナーがおり、またレターヘッドデザインを含めたトータルなCI戦略を専門とするコンサルティング企業も多い。欧米企業では、ビジネス用のレターヘッドや封筒、名刺などの、いわゆるビジネス・ステーショナリー (business stationery) はこうした専門家の手によって、それぞれの企業のイメージを伝える総合的なCI (corporate identity) 戦略の一環として制作されるのが普通である。
http://someya1.hp.infoseek.co.jp/chap-2(1).html#2.4


レターヘッドとはそういうものなである。

ところで、以前勤めていた英国企業の日本法人では、社外向けの会社の便箋としてコンケラー(Conqueror) の透かし入りの紙を使ったレターヘッドを使っていた。このレターヘッドは英国本社のレターヘッドにならい、デザインを英国本社のレターヘッドを、日本法人の情報に日本語で差し替えたものだった。

わたしが「おや?」と思ったのは紙の質についてだった。社長に尋ねると、やはり英国で印刷されたものだった。「さすが英国企業だ。コンケラーを使っている。」日本法人はえらくケチな企業だったが、このレターヘッドの用紙には大いに感銘を受けたものだ。

しかし、このレターヘッドはわたしが予想しなかったところで問題になった。ある日、50代の男性従業員が思いつめた顔でやってきた。

男性従業員「ふくしまさん。このレターヘッドは、絶対にまずいと思いませんか?」
わたし「え?????」
男性従業員「当社の名前と住所が、お客様の住所と会社名より上に置かれるというのは、ものすごく失礼ですよ。」
わたし「でもレターヘッドって、こういうもなのですが…」
男性従業員「外国ではそうかもしれませんが、ここは日本です。日本では絶対にだめですよ。」

確かに、彼の説明にも一理あった。日本では手紙文で「私は」とか「私議」と言う言葉を行の一番下配置するべきとしているぐらい、文字の位置関係にこだわって、自分を低くして相手をたてるものだ。本社のレターヘッドのデザインに合わせた日本人のレターヘッドは、そんな日本人の手紙のマナーににじみ出る美徳を、見方によっては「踏みにじる」ものだった。さらには、こう言ってきた男性従業員が、米国系メーカーに長年勤務していた人間だったこともあった。「外資系企業に勤めてきた人間ですらこう感じるのならば、日系企業の人間は、このレターヘッドに対して、もっと無礼だと感じるに違いない。」

そこでわたしは、レターヘッドの上部にある日本法人の会社名や住所などの情報を、すべて英語表記に直し、用紙の下余白辺りに日本語で企業名、住所、電話番号等を入れて、英国の本社に発注した。いわゆるバイリンガル表記である。

用紙の上部の文字を英語表記にしたのは、英国本社の仕様から外れて、グループ企業としての統一感がなくなることを嫌ったのが第一の理由だ。それに「英語で書かれているものなら、日本人は『文字』というよりも『デザインの一部』という感覚で見てくれるだろう」とも考えた。さらには「英語なのだから、用紙の上部に差出人情報が置かれているのも当然だろう感じてくれる率が高い」とも。そして、

わざわざ英国に発注したのは、当時日本では入手経路が非常に限られていたコンケラーを使ってくれるはずだからであった。

ところが到着したレターヘッドは、デザインは指示通りになっていたものの、なぜか紙の質が大幅にグレードダウンしていた。まるで厚手のコピー用紙のような質で、もちろん透かしはない。ヌォォォォ! レターヘッドは企業の顔だろ。CI戦略のひとつだろ。これが以前には研修所としてお城を所有していた、格式ありげな企業のやることかぁぁぁ。

このとき、わたしはこの英国本社は近い将来、つぶれるか、別の企業に買い取られるだろうと予測した。そしてわたしが会社を去った後で、この予測は当たった。

ちなみに、全くの一個人でも、カッコいいレイアウトのレターヘッドで手紙を書く人が多くなった。タイプライターで手紙を打っていた昔にはできなかった芸当だが、現在はコンピュータを使用するため、手紙のレイアウトが自由になるからだ。

例えば、→これ←をみて欲しい。(リンク先は、Distinctiveweb.comのカバーレターのサンプルの1つである。)

差出人氏名が一番上にバーンと印刷されている。この人は使っていないが、人によっては企業よろしく、個人でもロゴマークが使う人もいる。

実はわたしも、Microsoft Publisherで作った個人のレターヘッドを、誤解を受けないときに限り使用している。(さすがにロゴマークはない。)その誤解とは「なんだぁ? こいつ、自分を手紙の一番上にでかでかと載せやがって。失礼な女だ。」というものである。


■ コンティニュエーション・ペーパー(Continuation Paper)

さて、レターヘッドを使って手紙を書く場合、手紙の2枚目以降にはどのような紙を使うべきだろうか。

レターヘッドには差出人情報がすべて含まれているが、この用紙を2枚目以降に使うと、差出人情報全部がいちいち入ってしまって余計だし、スペースをとってうるさい。

ここで2枚目以降用として、コンティニュエーション・ペーパー(continuation paper)とかコンティニュエーション・シート(continuation sheet)と呼ばれている用紙の出番である。

コンティニュエーション・ペーパーは、デザインとしては、レターヘッドで使ったタイプのロゴや会社名を小さめのサイズにしたものを、紙の上部のどこかに配しておいたものが多い。大体はレターヘッドの位置にあわせて、用紙の右肩か左肩が多い。紙の質は、もちろんレターヘッドと同じものを使用する。住所や電話番号等の情報はなしだ。

日本の企業では、レターヘッドは用意していても、コンティニュエーション・ペーパーは作っていないところが多い。かつて秘書として派遣に行った先などで、2枚以上にわたる長文の英文の手紙の原稿がきても、コンティニュエーション・ペーパーがない企業が結構あった。こんなときは、「2枚目の紙はどうするんだぁ!」と、心の中で叫んだものである。もちろん会社にケチをつける生意気な派遣だと思われると嫌なので、「コンティニュエーション・ペーパーを作るべき」などという提案は、よほどのことがない限りしなかったが。

その代わり周りを見渡して、他の秘書の方がやっている方法にならうことにしていた。レターヘッドを2枚目にも使うか、無地の用紙を使うかのどちらかだった。後者の方法を採る企業の中には、2枚目用としてレターヘッドの紙と質が同じの無地の紙を用意しているところもあった。

ちなみに先ほどレターヘッドの見本を示したBSI Groupの、コンティニュエーション・ペーパーの見本は以下のURLにある。
http://www.bsi-global.com/Brand+Identity/Stationery/cont+a4.pdf