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その夜の侍

2012年12月07日 | 邦画(12年)
 『その夜の侍』を渋谷のユーロスペースで見ました。

(1)当代の人気俳優、堺雅人山田孝之が対決するというので見に行ってきました。

 物語の舞台は地方都市、山田孝之扮するトラック運転手・木島に妻を轢き殺された鉄工所経営者・中村堺雅人)が復讐を企てるというものながら、この2人が両極端に描かれていて、全体としてなかなか面白い仕上がりとなっています。
 中村の方は、経営者といっても真面目一方の技術者で、従業員ともまともに話せないほどの大人しい性格、5年前に妻(坂井真紀)を交通事故で失ってからは、時間があると鉄工所の裏の自宅の部屋に引きこもって、ちゃぶ台の上に置かれた遺骨箱(5年前からズッとそこに置かれているようです)を前にして、事故の直前に録音された妻からの留守電メッセージを繰り返し聴いている有様。



 他方で、木島は、轢き逃げということで2年間服役し、出所後は、事故を引き起こしたトラックの助手席にいた友人の小林綾野剛)の家に同居、自分の過去のことを言いふらしたとして職場の仲間の田口トモロヲ)を激しくいたぶったりします。



 こんな状況下で、中村は、事故から5年目の日に木島を殺して自分も死ぬというメッセージを、繰り返し木島に送りつけます。
 そんなことを止めさせようと、中村の亡妻の兄・青木新井浩文)が動き回るのですが、果たしてどうなることでしょうか?




 どの登場人物も、その行動の軸線が真ん中と思えるもの(常識でしょうか)からズレていて、そのためバラバラに孤立していながらも、やっぱりコミュニケーションを求めていて、でもその求め方も普通のものとはズレが出てきてしまう、そんな微妙なところが巧みに描かれているのではないかな、と思いました。

 堺雅人は、最近も『鍵泥棒のメソッド』で印象的な演技を披露していたところ、本作における偏執病的な人物の演技にも十分説得力がありました(『ツレがうつになりまして。』では“典型的なうつ病患者”の役を演じていたところです!)。

 山田孝之も、つい最近も時代物の『のぼうの城』で見たばかりながら、こうした現代物の方がやはり様になっているように思いました。

(2)上で、行動の軸線がズレていると申し上げましたが、本作では、そのズレ方がそれぞれ大変面白いな、と思いました。
 なにしろ、中村は、家に戻ると絶えず留守電の妻の声を聞いているのですが、その中で彼女が「プリンを食べるな」と言っているのに反して(注1)、そして自身糖尿病ながらも、いくつものプリンを頬張ってしまうのです。
 その中村に青木が紹介した教職員の女性(注2)は、中村が明確に断ったにもかかわらず(注3)、「他愛ない話をしたいんです」と言って再び中村の前に顔を出し、キャッチボールまでします。
 また、木島は木島で、職場の仲間の星とか亡妻の兄を激しく痛めつけるものの(注4)、ある時点でフッとそのことに無関心となってしまい(注5)、後事を別の人間に託してしまうのです。
 さらに、星は、木島に痛めつけられながらも、あろうことか木島にぴったりとくっついている始末(注6)。
 これは、中村の妻を木島の車が轢き殺した際に助手席に乗っていた小林も同じです(注7)。
 さらには、バイトで交通誘導員をしていた谷村美月)も、木島に大金を強奪された上に手籠めにまでされるものの、部屋に気安く入り込んできた木島にごく普通に対応しています(注8)。

 こうしたズレにズレた関係の縺れ合いがピークに達するのがラストのクライマックスではないか、と思いました(注9)。
 でも、様々なズレが描き出されながらも、それほど違和感を覚えずに本作を見終えることができるのは、それぞれのズレがなんとなく小さくなるような兆しが仄見えるからなのかもしれません(注10)。

(3)渡まち子氏は、「狂気と日常の狭間で葛藤する男を描く異色の人間ドラマ「その夜の侍」。堺雅人が今までにないしょぼくれた役を怪演している」として65点を付けています。



(注1)中村の亡き妻は、留守電で、「また隠れてプリン食べているんでしょ、聞いたんだから。いい加減にしないと死んじゃうから」と言っています。

(注2)ありていにいえば、青木は中村のために見合いの席を設けたわけです。「彼女は自分の同僚で、数学を教えていて、理屈っぽいが強く、バツイチだ」と青木は中村に告げます(なお、彼女に対して、青木は、「彼(中村)は一応社長だから玉の輿だ」と言っています)。

(注3)中村は、手に亡き妻のブラジャーを持ちながら、「私は、あなたと結婚できるような、そんな男ではありません。申し訳ありません」と言って頭を下げるのです。

(注4)木島は、自分の過去のことを職場で言いふらしたとして怒り、星に対し灯油をかけライターの火を近づけて焼き殺す寸前にまで至ります。また、青木に対しても、期日までに100万円の現金と中村の詫び状を持ってこなかったことから、公園で穴の中に生き埋めにしようとします。

(注5)木島は、星に対して、突然、「お前帰っていいよ。もう飽きた」と言いますし、青木についても「俺は疲れた、あとはお前(小林)に任せたよ」と言って、現場から立ち去ります。

(注6)星は、木島が青木を痛めつけている現場で、木島の友人の小林に対して「俺、なんでこんなところにいるのかわかんない、だけど特に趣味とかはないし、TVもつまらないし、一人はもう嫌だなあと思って」と言い、でも他方で谷村美月が扮する関には、「あいつ(木島)は最低の人間だ」と言うのですが。

(注7)一方で小林は、木島から「俺のことを警察にチクリやがって」となじられるものの、他方で星から、「なんで君は木島と一緒にいるの?」と尋ねられると、「あいつには俺が必要なんだ」と答えます。

(注8)関は、「なにかいいですね、人がいるのって」と木島に話します。また、出て行った木島に入れ替わって部屋に入ってきた星に対して、「なんか私、こういう雨の日は好きです」と言うと、星は「やっぱり黄色いソファーがあるといいね」と応じます(木島が関から巻き上げた大金は、関がこの黄色いソファーを買うために用意したものです。黄色いソファーが置いてあるということは、木島はその金を関に返したということでしょう)。

(注9)タイトルに「侍」とあり、中村が妻の復讐をしようとしていることから、このシーンは、あるいは宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘とか(漫画『バガボンド』第33巻―今秋刊行出た最新巻の一つ前―の巻頭には、「この島は後の世に「巌流島」とよばれることになる」とあります!)、もしくは江戸時代の仇討(『花のあと』!)とも比べることができるかもしれませんが、そのズレ方には甚だしいものがあります。
 なにしろ、相対峙すると、双方で「今晩は」と挨拶し合い、さらに中村は、「さっきカレー食べたのは失敗だった、こんな時に息がカレーカレー臭くてかなわない」などとしゃべり、木島が「どーすんだよ」と尋ねると、中村は「できることなら、昨日見たテレビのことなど他愛のない話がしたい」と応ずるのですから。
 さらに、中村は、持っていた包丁を放り出すと、「俺を殺せ、二人も殺せば死刑になるから」と言いながら、ナイフを持っている木島の手を取って自分を刺そうとするのです。
 そんなことにはならずに、二人は雨の中泥まみれになって“転げ”回ります。
 「転がる」?
 そういえば、本作では随分と人が“転がる”ことになります。
 自転車に乗っていた中村の妻は、木島の車と出会い頭に衝突し、地面に転がって動かなくなります。
 木島の職場仲間の星は、小林の部屋で畳の上に転がされて、あわや焼き殺されそうになります。
 さらに、中村の亡妻の兄の青木も、公園で木島に痛めつけられて地面に転がり、果ては掘られた穴の中に転がり落とされます。
 本作では、普通なら立っている人間の“転がって”いる姿が描かれている点が、あるいはズレの最たるものといえるのかもしれません!

(注10)たとえば、ラストで中村は、プリンを食べずに潰しながら、留守電に入っている亡妻の声を消去します。



★★★★☆


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
プリンを食べるな (ふじき78)
2012-12-09 02:34:54
~は病気療養の為ですが、山田孝之を狙うようになってから、いつ死んでもいい状態に身を置いてるから長生きする気はない。だから、食ってもいい。ラストのあれは、平凡に長生きする宣言か、と思いました。それが「大変」というのは穴の中で新井浩文くんが言ってましたよね。場違いだな、と思いましたけど。
ラスト (クマネズミ)
2012-12-09 06:36:09
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
確かに、「ラストのあれ」に関して、「平凡に長生きする宣言」とも受け取れますが、クマネズミは、これから先のことについてというよりも、むしろ5年経ってようやく妻の死を中村が受け入れることができたことを表しているのかなと思いました。
留守電を聞きながら中村がプリンを沢山頬張るのも、おっしゃるように、糖尿病になって「いつ死んでもいい」と思っているからという面もあるでしょうが、クマネズミは、まだ生きていると思いたい妻に逆らってわがままをしている感じなのかなと思いました。
青山が穴の中で「平凡というのは全力で築きあげるもんだと思うんですよ」と、「俺は平凡に生きたいんだよ」とその前に言っていた小林に話しますが、中村としては、ラストの段階では、これから先「平凡に長生き」しようなどとはまだ思っていないのではないでしょうか?
光明らしきものがホンの小さく見えるとしても、実際問題としては、中村のこれからの生活は、「平凡」どころかこれまで以上に「大変」になることとは思われますが。


Unknown (ほし★ママ。)
2012-12-18 22:37:01
私も、あのラストは中村がやっと妻の死を受け入れたのだと思いました。
病気になっても、死んでもと・・・言う以前に
プリンを食べて、叱られてる(録音ですが)間は
妻の死を受け止めきれていなかったのではないかと思ったからです。
受け入れがたい現実 (クマネズミ)
2012-12-19 21:11:20
「ほし★ママ。」さん、TB&コメントをありがとうございま
す。
元気に買い物に行っているはずの最愛の妻が死んだな
どという厳しすぎる現実は、中村にとって到底受け入れ
難いことではないのか、そうした状態が5年間続いてし
まったのではないか、と思いました。
妻からの留守電も、彼にとってはチョット前のことであ
り、プリンを沢山頬張るのも、妻が生きていると思えばこ
そのことではないかと思います。
まさに、おっしゃるように、中村は「妻の死を受け止めき
れていなかった」のだと思います。

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