映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

婚前特急

2011年04月24日 | 邦画(11年)
 『婚前特急』を渋谷のヒューマントラストシネマで見てきました。
 面白い映画だということが口コミで広がったのでしょうか、休日の映画館は、一番小さなスペースのスクリーンで上映されたこともあって、立見席が設けられるほどの大入りでした。

(1)この映画のキモは、次のような点でしょう。
 すなわち、ダサイ男が、心中密かに好意を寄せていた娘とやっと婚約するに至るものの、以前から断続的に肉体関係を続けていた女の方がやはり良いとして、突如その婚約を破棄してその女との結婚に至るという、なんだか違和感を伴うストーリーに、はたして観客は納得できるのか。

 その出発点となる設定は、なんとも破天荒なものです。
 すなわち、主人公・池下チエ吉高由里子)は、現在5人もの男がおり、そのいずれとも肉体関係がありながら、彼らとの結婚などこれまで考えたことはありません。弱冠24歳であって、まだそんなに急ぐ年齢ではありませんから、当然といえば当然です。
 そうしたところ、ずっと仲良しだった友人トシコ)が、できちゃった結婚をすると聞いて、途端に焦りだします。結婚するとしたら今手持ちの5人のうちの誰にしようかと迷い、そのためには男の品定めをしランキングを付け、なんとランキングの低い者から順に当たって消去(別れる)していこうとするのです。

 マア同時に5人もの男と付き合うというのは、必要とされるエネルギーを考えただけでも物凄いことだと思いますが、それはサテ置くとしても、こういう話の進展の仕方だと、結末がどうなるのかは言われなくても先刻お見通し状態になるでしょう。実際にもまさにその通りになるものの、この映画は、たとえそうだとしても、その過程が風変わりで面白く描けていると思いました。

 チエが付き合っている男のうちの4人は、美容室の経営者で妻帯者(榎本孝明)、食品会社の営業部長(加瀬亮)、バイクショップの若手経営者(青木崇高)、それに年下の大学生(吉村卓也)です。ただ、それぞれメリットがあって付き合う分には構わないものの、主人公と結婚というわけにはいかないことがわかってきます。

 例えば、この中で主人公には一番相応しいかなと思えるのが加瀬亮ですが、一度離婚して子持ちでもあることから、チエの中に積極的に踏み込んでこようとはしないのです。



 逆に、一番圏外と思われる人物・田無タクミ浜野健太)が、急にクローズアップされ出します。なにしろ、主人公が酒に酔っ払って前後不覚になったところを、部屋まで運び入れてくれたことがあり、イケメンには程遠い顔形で腹の出たパン工場工員ながらも、主人公との関係はなぜか持続してきたようです。



 ただそれ以来、黙って風呂に入りに来るは、チエのCDを隠れて持って行ってしまうはで、チエも少々もてあまし気味。
 それで、最初にこの男を結婚相手の圏外にしようとして、チエが“別れましょう”と宣言したところ、タクミは、“付き合ってもいないのに分かれるなんて、肉体関係はこれまで通りにしよう”との返答。余りのことにチエは頭にきて、なんとかタクミに一泡吹かせてやろうとするのです。
 それがことごとく裏目に出てしまい、結局は読み筋通りの結末を迎えることに。

 主人公は、自分が美人であることを鼻にかけてお高くとまっている女性であって、普通ならば酷く嫌みな感じになるところ、それを演じているのが若い吉高由里子のためでしょう、何をしても観客は許してしまい、他方マッタク風采の上がらないタクミながら、演じている浜野健太の人柄でしょうか、まあ二人が一緒になるというのもアリなのかなとなんとなく納得してしまいます。
 ただ、タクミが一度は婚約までに至る相手というのが石橋杏奈。観客としては、なんで石橋杏奈から吉高由里子に乗り換えるの、と訝しく思えてしまうのも事実です。
 とはいえ、全体がコメディ仕立てなのですから、そういうこともアリということで、あまり詮索するのも野暮、ここは笑ってあげることといたしましょう!

(2)主役の吉高由里子は、なんといってもDVDで見た『蛇にピアス』(2008年)が印象的です。
 とにかく蜷川幸雄氏の監督作品ですし、高良健吾ARATAの双方から愛される役を、文字通り体当たりの演技でこなしているのですから!



 ですが、ヌードを見せる度胸があるだけでなく、今回の作品のようなコメディ物も十分演じられる力もあり、今後の活躍が期待されるでしょう。

 なお、映画『蛇にピアス』については、昨年の3月1日の記事の中で、高良健吾の背中の龍の刺青に触れています。

 ところで、評論家の前田有一氏は、この『蛇にピアス』に85点もの高得点を付けているところ、その論評の中で、吉高由里子が演じるヒロインのルイは、「寂しがり屋のチャンピオンみたいな人物」としていますが、そうだとしたら、前回取り上げた『Somewhere』のジョニーの女性版ともいえるのかもしれません。
 更に言えば、未だそんな歳でもないのに、友人が結婚すると酷く焦ってしまう本作品の池下チエも、一人取り残されるのが嫌な「寂しがり屋」なのかもしれません!
 さらに同氏は、冒頭の渋谷駅前のシーンに触れ、「駅前の巨大液晶にはアメリカのプロボディビルダー、山岸秀匡の勇姿が写されている」と述べていますが、クマネズミは、センター街の入口に「さくらや」の看板が映し出されているのに懐かしさを感じました。

(3)映画の冒頭では、京王新宿線の東府中駅がぼんやりとですが映し出されます。ですから物語は、すべて東京の話なのかなと思っていると、最後にチエとタクミが乗車する列車は、なんと茨城県のひたちなか海浜鉄道なのです!
 どうしてそんな具合になるのか理解しがたいところ、その鉄道名は最後のクレジットロールでかろうじてわかった次第です。
 とはいえ、同鉄道は、3.11の大津波によって大被害を受け、いつ復旧するのか目途が立ってはいないようです。

(4)映画評論家は、総じてこの作品に好意的のようです。
 小梶勝男氏は、「吉高のフワフワしたキャラクターがチエを悪い女というよりは、一種の変人にまで和らげている。嫌な部分も笑えるのである。テンポもよくて、セリフも面白い」ものの、「話は途中から、さえない男・田無タクミ中心になってい」き、その「田無の場合は、演じる浜野謙太のキャラクターと相まって、そのモンスターぶりが全く共感出来ないレベルまで引き上げられてしまっている」として65点を付けています。
 福本次郎氏は、「美人を鼻にかけていつも高飛車で自己チュー、それは心から人を愛した経験がない寂しさの裏返しというひねくれたキャラクターを、吉高由里子がコミカルに演じてその毒気と嫌味を消している」などとして60点を付けています。






★★★☆☆






象のロケット:婚前特急