映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

倫敦から来た男

2010年01月26日 | 洋画(10年)
『倫敦から来た男』を渋谷のシアター・イメージフォーラムで見てきました。

ハンガリーの映画については何も知らず、また上映館がこれまで1回しか行ったことのないミニ・シアターだということもあって、なんとなく面白いかなと思って出かけてみました。

この映画館については、4年ほど前にそこで『雨の町』を見ただけで、気にはなりながらも、宮益坂を上がったところにあってチョット行きにくい感じがあるせいか、その後ご無沙汰していました。
行ってみますと、渋谷のアチコチはこの数年の間にかなり変貌しているものの、この映画館の周辺は4年前と殆ど何も変わっていないので、返って驚きました(一応は青山通りのスグソバなのですが)。

さて、映画の方ですが、原作はフランス人のシムノンの小説で、それをハンガリーのタル・ベーラ監督が脚本にも携わりながら映画化したものです。
舞台は北フランス、港湾近くを走る鉄道の制御室(港湾や鉄道の動きを監視できるように高所に設置されています)で夜間一人で働く鉄道員マロワンが、殺人事件を遠くから目撃します。その際に海に落ちて行方が分からなくなった鞄を、犯人が立ち去った後にマアロンは密かに探し出します。鞄を持ち帰って開けてみると、その中には多額の現金が、……。

ストーリーは特段込み入っているわけでもなく、またサスペンス仕立てというわけでもありません。にもかかわらず、上映時間は2時間20分もの長さなのです。
こうなるのも、一にかかって監督の映画の撮り方にあります。殆ど目覚ましい会話もなく(何しろ、主人公のマアロンが酷く無口なのですから)、メリハリのきいた展開もないままに、カメラは同じ地点から動きません。

例えば、船が映し出される冒頭の場面ですが、海面から少しずつ少しずつカメラがせり上がっていき、かなり時間が経たないと、画面一杯に映し出されるものが船の船首部分だとは分かりません。やや暫くすると、そこに二人の人物がいることが見えてきます。そのまま画面をじっと見ていると、このカメラの視点は、制御室にいるマアロンのものだということが明らかになってきます(カメラは制御室に置かれ手いて、ここまでの画面はすべてそこから撮られています)。

マアロンは、この制御室の窓から、遠くで犯される殺人を見てしまうわけです。ですが、映画はスグそこには辿り着きません。まずマアロンが椅子に腰掛けて座っている様子を、背後から映し出します。それも、冒頭の船の場面と同じように、カメラは、足下からゆっくりゆっくり頭部の方まで持ち上がっていくのです。暫くマアロンの後頭部を映した挙げ句に、ようやくマアロンが立ち上がって転轍機を操作する場面となります。そのあとで、先ほどの二人の人物の様子を窓からのぞき見る場面となり、暫くすると殺人事件が起きるという具合です。
いわゆるワンカットの長回しという手法が使われているのでしょう。

このように書くと、酷く退屈な映画ではないかと思われるかも知れません。 
ですが、ソレがこの監督の持ち味なのでしょう、モノクロのせいもあり最後まで画面には緊張感が漲っていて、全然退屈しないのです。
劇的に展開されるハリウッド流の派手派手しい映画は、ソレはソレで面白いものの、見終わった後は何も残りません。一方、こうしたある意味で単調な映画は、かえって人々の日常生活を現実以上にリアルに描き出すことで、後々までアノ作品は何だったのだろうかと、強い印象を保ち続けるのではないでしょうか?

この映画には大層感銘を受けたものの、問題がないわけではないと思われます。例えば、つまらないことですが、最後の方で、イギリスからやってくる刑事が登場して、マアロンがくすねた鞄を捜し出そうとします。その際にフランスの警察官を使うのですが、管轄が違うのにそんなことが出来るのかなと思ってしまいます(あるいは、今やEUの下で可能なのかも知れませんが)。

なお、評論家の間でも、本作品に対する評価は分かれるようです。
一方で、小梶勝男氏は、「情緒的表現を排した簡潔さをハードボイルドというなら、本作ほどハードボイルドという言葉にふさわしい作品はないだろう。その一方で、湿った空気がスク リーンから流れ出してくるような霧の描写や、光と闇が織りなすモノクロームの映像の美しさは妖しいほどに魅力的だ。傑作といっていい」として、92点もの高得点を与えています。
他方で、福本次郎氏は、「普通の監督ならば20秒くらいに収めてしまうワンカットを、この監督は延々と2~3分(かそれ以上)もかけ」、「30分もあれば語りつくせる内容を2時間20分近い長尺にされても、見ているほうは疲れる」として、50点しか与えていません。
マア、この映画は、お二人の論評の中間あたりに位置するのでは、と考えておいたらいいのでしょう。

★★★☆☆