孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  深セン“政治特区”と小学校級長選挙

2008-06-20 18:09:53 | 世相

(中国 地区組織の党役員かなにかを選出する選挙公示みたいです。候補者の所信表明の後、質疑応答があり、投票が行われるそうです。 等額選挙でしょう。
写真を見ていて思い出しましたが、マンション組合の役員選挙などは比較的日本の選挙に近いイメージで行われているのをTV番組で観たことがあります。
“flickr”より By treasuresthouhast
http://www.flickr.com/photos/74568056@N00/2084086410/)

【異質な社会】
中国社会は日本的な価値基準・習慣・文化から眺めると、随分と異質な面が目立ちます。
その異質性への抵抗感がときに両者の隔たりを大きくし、時に攻撃的になったり、“上から目線”の見下したような反応にもなります。

政治の面で見ると、やはり共産党による一党支配というあの国の根幹から派生する諸問題が、その“異質性”の第一番目にきます。
日本的な価値観から見ると、選挙で立場・意見を異にする複数の者が国民の信任を求めて自由に競うことが、“民主的”な政治の大前提ではないかと思われます。

もっとも、“民主的選挙”なるものの実態は国によって随分異なります。
日本では一般に欧米と同等な“民主的選挙”が行われていると考えられていますが、アメリカの大統領選挙に見る“個人参加の草の根ぶり”や候補者のスピーチなどを見ると、候補者名を連呼するだけの日本の選挙を同じ“民主的選挙”としてくくっていいものか、非常に疑わしいものを感じます。
別に、日本的なものを否定するものではありませんが、要は国・社会によっていろんな背景があって、表に表れる姿には多様性があるということです。

さて、実質的共産党一党支配が“民主的”かどうかという大問題はパスしますが、中国でも複数候補者による選挙を導入しようという動きもあるそうです。

【政治特区】
****中国・深セン「複数候補で選挙」へ 挑戦「政治特区」へ****
【6月20日 産経】
 6月初め、深セン市は市人民代表大会(議会)で選出された市政府人事を発表した。市長1人と副市長9人の構成だが、定員1人のはずの常務副市長に2人が任命された。常務副市長は次期市長の筆頭候補であることから、これまでの常識では考えられない布陣だ。「2人を競争させ、その実績に応じて差額選挙(定員を上回る候補がいる選挙)で次期市長を選ぶのではないか」と分析する知識人が多い。
 中国では、実際は差額選挙が行われることはほとんどなく、党委員会が指定した候補者が、圧倒的多数の信任を得て当選する。候補者選びが不透明のうえ、市民の意見が反映されていないことで不満が多い。
 党官僚の腐敗が深刻化し、国民の政治不信が頂点に達しつつある中国では、政治改革を求める声が高まっている。胡錦濤政権は“経済特区”を進めたトウ小平氏に習い、限定された地域“政治特区”で政治改革の実験を始めようとしているようだ。
 しかし、“政治特区”の実施は共産党政権にとってリスクも大きい。選挙が実施されれば、反体制勢力が当選する可能性もある。中国メディアが深セン市での政治改革の動きをあまり大きく報じず、慎重に扱っているのはこのためだろう。 政治改革に不満を持つ一部の保守系ウェブサイトでは、すでに「(“政治特区”の動きを進めていると思われている)汪洋氏は共産革命を裏切っている」との批判が寄せられている。
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記事にもあるように、中国では差額選挙は殆どなく、“上が選らんだ者”の形式的信任投票が行われる・・・というのは常識でもありますが、その常識を覆す、また、中国における民主主義とは何か?ということを考えさせる非常に印象的な番組を数ヶ月前観ました。

【級長選挙】
「こども民主主義」・・・NHKが33カ国共同で製作した番組で、世界の10人の監督が10カ国それぞれの国の“民主主義”をテーマに撮ったシリーズの1本で、中国武漢のある小学校での級長選挙のドキュメントです。
どこまでがドキュメンタリーで、どこからが“やらせ”なのか判然としませんが、内容は腰を抜かすほど面白く、なんかの賞も受賞した番組です。

先生から選ばれた3名の児童(男子2名と女子1名)がクラスの級長を目指して選挙活動を繰り広げるのですが、なにやら権謀術策をめぐらす腹黒い政治家を思わせるような子、ときに腕っ節にものをいわせる強権リーダーを思わせるような子、それぞれ個性があって笑えます。
いつもは級長は先生の指名によっていたようで、このような選挙は番組のための特別企画のように思われました。

どやってクラスメートの支持を集めるか、各候補が知恵を絞るのですが、これを親が全面的にバックアップします。
“一人っ子政策”のもとでの親子関係の濃密さも窺われますが、何より勝つためには手段を選ばないアドバイス・援助は凄まじいものがあります。
相手候補の欠点をあげつらうネガティブ・キャンペーンの指示はもちろん、親の職場である電車乗車の招待、ちょっとした“プレゼント”のバラマキ・・・職権乱用から金品供与に至るまで何でもありの展開です。

日本人から見て今の中国社会に欠けているのは“モラル”のように思えます。
個人の行動を制約するモラルや社会規範(日本であれば、儒教や仏教に由来するような価値観、現世利益をはかなむ無常観、あるいは武士的な“やせ我慢”などなど)がないところでの、政治的あるいは経済的競争は、手段を選ばない過酷なレースとなり、勝者と敗者の格差は歴然とします。

【それぞれの民主主義へ向けて】
ただ、この番組を観て中国社会を嘲る気持ちはありません。
何事についても、それまでに存在しない価値観が社会に導入される際には、はたから見ると珍妙・奇妙なことが繰り広げられる・・・それは当たり前のことで、日本における“民主主義”導入もそのようなものだったでしょう。
また、今現在の日本でも、後援会会員を温泉に招待したり、政策など無関係な地縁・血縁選挙だったり、議員になれるのは二世・三世ばかりだったり、選挙で応援しないと公共事業から締め出されたり・・・等々のおよそ教科書的な“民主主義”とは別ものの現象もごく当たり前に目にします。“目くそ鼻くそ”の類です。

一番驚いたのは、中国でこのような番組が作成できて、それが海外にオープンにされるということでした。
以前の中国では想像できないことです。
“政治特区”が実現するのか、“級長選挙”が実際に行われるのか・・・そこらはよくわかりませんが、そうしたものへの取り組みの姿勢があれば、やがてはそうした方向へと進む・・・社会がそれを求めるというか、何らか対応しないと旧態依然のシステムでは社会を維持できなくなる・・・そのように思えます。

そこで実現されるものは、先ほどから言っているように、多分に“中国的”なものとなるでしょう。
それは日本の民主主義が極めて“日本的”なのと同様ですし、タイ、フィリピン、インドネシアなど多くのアジアの国々はそれぞれの社会を反映した民主主義を展開しているのと同様です。

もうひとつ、先日の四川大地震の際の寄付金集めに見える中国社会の特徴についても書くつもりでしたが、長くなってきたので、後日とします。




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