(イエメンの首都サヌアでアメリカ大使館のフェンスによじ登る抗議運動の市民ら イエメンでは治安部隊とデモ隊の衝突による死者が4人に達し、34人が負傷しています。 “flickr”より By multimediaimpre http://www.flickr.com/photos/79137904@N07/7982657044/)
【「米国に死を」「預言者を冒とくする者すべての首をはねろ」】
アメリカで制作されたイスラム教預言者ムハンマドを侮辱したとされる映画「イノセンス・オブ・ムスリムズ(イスラム教徒の無邪気さ)」に対する反米抗議行動が世界中のイスラム社会で拡大、多くの死者を出しています。
****反米デモ:死者15人に拡大 11日以降****
イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくした米映画への抗議デモは、宗教心が高揚する金曜礼拝日の14日、各地で警官隊と衝突し死傷者が拡大した。同日の死者数は7人となり、抗議デモが始まった11日以降の死者数は少なくとも15人となった。
AP通信によると、チュニジアの首都チュニスでは群衆が米大使館の壁を乗り越えて乱入。警官隊との衝突でデモ隊の2人が死亡し、約40人が負傷した。スーダンの首都ハルツームでは、数千人のデモ隊によって独大使館が放火されたほか、米大使館にもデモ隊が乱入し、治安部隊との衝突で3人が死亡した。レバノン北部のトリポリでも1人が死亡した。
またエジプト・シナイ半島のイスラエル国境近くにある多国籍軍・監視団(MFO)基地が武装集団に襲撃され、ロイター通信によるとMFOのコロンビア人2人が負傷した。【9月15日 毎日】
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反米抗議行動はアラブ諸国だけでなく、世界のイスラム圏のほぼ全域に広がっています。
“南アジアのインドでも14日、北部ジャム・カシミール州で少なくとも1万5000人がデモを行い、AP通信によると南部チェンナイの米領事館では投石で窓ガラスが割られた。バングラデシュのダッカでも、米大使館前で米国旗を燃やすなどの抗議活動があった。”【9月15日 読売】
“アフガニスタンでは14日、米映画に対する抗議デモが初めて発生し、東部ナンガハル州政府によると、同州で市民数百人が「米国に死を」「カルザイ政権は米国と国交を断絶せよ」などと叫んで行進した。”【9月15日 読売】
“AFP通信によると15日午後、(オーストラリア)シドニーの米総領事館前に子供を含むイスラム教徒数百人が集合。「預言者を冒とくする者すべての首をはねろ」と書かれたプラカードなどを手に、「米国を倒せ」と訴えた。その後、強制排除に乗り出した警官隊とそれに怒ったデモ隊が市内中心部の通りで衝突し、一部が暴徒化。ペットボトルを投げるなど抵抗したため、警官隊が催涙ガスで応戦し、辺りは一時騒然となった。”【9月15日 毎日】
上記の他、イエメン、ヨルダン、イラン、マレーシア、インドネシア、イギリスなどでも抗議行動が起きています。
また、スーダンでは、アメリカに加えドイツとイギリスの大使館も襲撃され、「反米」から「反米欧」に広がる兆候もあります。
【謎が多い問題の映画】
この事態の引き金となった映画「イノセンス・オブ・ムスリムズ(イスラム教徒の無邪気さ)」については、誰が製作したのか、いまだ判然としていません。
なお、“ニューヨーク・タイムズ紙によれば、今になってこの映画に注目が集まったのは、アラビア語のエジプト方言に吹き替えられたバージョンが先週ユーチューブにアップされ、それをエジプトのメディアが報じたためだという。”【9月13日 Newsweek】とのことです。
****反米デモ:引き金の映画製作に謎深まる 監督の正体不明****
イスラム世界における反米デモの引き金となった米映画「イノセンス・オブ・ムスリムズ(イスラム教徒の無邪気さ)」の製作過程を巡る謎が深まっている。監督の正体すら判然とせず、米メディアの報道が過熱している。
今年7月、インターネットの動画投稿サイト「ユーチューブ」に登場した約14分のダイジェスト版映像は「サム・バシル」の名で投稿された。今月11日に米紙ウォールストリート・ジャーナルの電話取材に応じた「サム・バシル」は「イスラエル生まれで、米カリフォルニア州在住の不動産業者」と自己紹介し、「100人のユダヤ人から500万ドルの寄付を集めて映画を監督・製作した」と主張した。
だが、イスラエル外務省報道官は米紙ニューヨーク・タイムズに「彼を知る者は誰もいない」と述べ、イスラエルと映画の関係を全面否定。多くの米メディアは「サム・バシル」の自己紹介の信ぴょう性を疑問視し、監督の正体を巡る報道合戦に拍車がかかった。
AP通信は12日、映画製作の中心になったとされるカリフォルニア州在住の男性に取材し、男性が「ナコウラ・バスリー・ナコウラ」という55歳のキリスト教コプト教徒であることを特定したと報じた。
この男性は取材に「自分ではない」と否定したが、AP通信は「米捜査当局がこの男性を映画の監督と特定した」と報道。男性が詐欺罪などで司法当局の保護観察中で、過去に何度も脱税などの問題を起こしたと伝えた。
映画を巡っては、シリア、イラク、トルコ、パキスタン、イラン、エジプト、米国の出身者ら15人ほどが製作や宣伝に関わったとの証言もある。【9月14日 毎日】
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映画の宣伝には、2年前にコーラン焼却を演出して各地でやはり暴動を引き起こしたアメリカ・フロリダ州のキリスト教牧師、テリー・ジョーンズ氏が関わっており、アフガニスタン駐留米軍に対する攻撃激化を懸念する米軍制服組トップのデンプシー統合参謀本部議長は12日、テリー・ジョーンズ氏に対し、宣伝に加担しないよう電話で異例の要請をしています。【9月13日 毎日より】
製作者がよくわからないだけでなく、ユーチューブにアップされ問題となったアラビア語の十数分のダイジェスト版(予告編)が、オリジナル版から更にゆがめられた内容となった点も指摘されています。
****反米暴動に火をつけたイスラム冒涜映画の中身****
預言者ムハンマドを侮辱してリビアの米領事館襲撃の引き金となった問題作は、誰が何のために作ったのか
(中略)それ以上にわからないことが多いのが、彼が作ったという渦中の映画『イノセンス・オブ・ムスリムズ(無邪気なイスラム教徒)』だ。今年になって、ハリウッドで一度だけ上映されたが、観客はほとんどいなかったという。
7月に動画投稿サイトのユーチューブにアップされた13分のトレーラーから判断すると、この映画は預言者ムハンマドの生涯を「風刺的」に描いているようだ。
問題は、映画としての価値が極めて低いことだけではない。作品中のムハンマドは小児愛者に寛容で、誤った教えを広めようとする頼りない人物という印象を与える。ムハンマドを侮辱するストーリーの合間には、ひげ面の男たちが中東の街でキリスト教系の病院を襲撃したり、若いキリスト教徒の女性を脅迫して殺害するシーンがちりばめられている。
(中略)アラビア語に吹き替えられた際に、内容がゆがめられた可能性もある。一説によれば、オリジナル版の題名は『無邪気なイスラム教徒』ではなく『砂漠の闘士』、「預言者ムハンマド」とされた人物の名は、「マスター・ジョージ」だったという。【9月13日 Newsweek】
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【「米国はひるまない」】
対応次第では大統領選に大きく影響しかねないアメリカ・オバマ大統領は、「暴力には断固として臨む」「米国はひるまない」と強調しています。
****「暴力に断固として臨む」=中東の反米デモ拡大で―オバマ大統領****
オバマ米大統領は14日、リビアの米公館襲撃事件で犠牲になったスティーブンズ大使ら4人の追悼式典に出席し、中東で拡大する反米デモに対して「暴力には断固として臨む。海外で勤務する米国人を保護するため尽力する」と言明した。
追悼式典はワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地で行われた。大統領はこの中で、受け入れ国の協力を得て在外公館の安全態勢を強化し、米国人を傷つける者を裁くと指摘。さらに「米国はひるまない」とも強調した。【9月15日 時事】
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リビア東部のベンガジで11日に米領事館が襲撃され大使ら4人が死亡した件については、ロケット弾を使った組織だった攻撃ということで、一連の群衆が暴徒化した騒ぎとは性格がことなり、反米過激派の関与が指摘されています。リビア捜査当局が13日、容疑者4人の身柄を拘束したことが報じられていますが、詳細はわかりません。
“ロイター通信によると、アメリカ政府は12日、トマホーク巡航ミサイルを搭載可能な駆逐艦2隻をリビア沖に派遣した。「リビア内の標的に対する将来の行動」を視野に入れた展開だという。海兵隊のテロ対策チーム約50人も現地に向かっている”【9月13日 毎日】とのことで、また、アメリカはリビアと合同で無人機を投入した探索を行っています。国内のロムニー陣営などからの“弱腰批判”を封じる思惑もあるのでしょう。
****リビアに無人機投入=過激派拠点に攻撃準備か―米軍****
11日に米領事館が襲撃され大使ら4人が死亡したリビア東部ベンガジの空港が14日、一時的に閉鎖された。ロイター通信によると、米軍が偵察のため無人機を投入したが、イスラム武装勢力が対空砲を発射したため、民間機の安全が確保できないと判断された。
リビア当局者によると、米無人機2機がリビア当局の了解を得て投入された。ベンガジ上空を飛行し、上空から撮影したほか、米領事館襲撃に関与したとみられる過激派の拠点も探った。
現地では、米軍が特殊部隊を展開させ、過激派拠点への攻撃の準備を進めていると観測が流れているという。【9月15日 時事】
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【“譲れない一線” 異なる価値観】
このようにリビアの事件へはある程度の対応も可能ですが、世界中のイスラム社会で拡大する反米抗議行動に関しては対応が困難です。
****「米文化と社会、理解されてない」=中東の抗議デモ拡大で―報道官****
米国務省のヌーランド報道官は13日の記者会見で、米国で制作されたイスラム教預言者ムハンマドを侮辱したとされる映画を理由に中東各地で反米デモが拡大していることについて、「(中東)地域の人々はわれわれの文化と社会を理解していない。そのことを懸念している」と訴えた。
報道官は「映画は個人の制作であって、米政府は無関係だ」と改めて強調。このメッセージを世界中に伝えてほしいと要請した。【9月14日 時事】
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アメリカの国家としての責任を問うイスラムの民衆と、「映画は個人の制作であって、米政府は無関係だ」、「映画に“怒りを扇動する狙い”(クリントン国務長官)があっても差し止めはできない」とする、“表現の自由”を譲れないアメリカの間には大きな文化的ギャップがあります。
****反欧米デモ 「表現の自由尊重」譲れぬ米****
米国がイスラム社会に広がる反米デモを抑えられず、危機感を募らせている。デモの発端となった映画の制作に米国政府は無関係。表現の自由を尊重する国柄もあり、映画に「怒りを扇動する狙い」(クリントン国務長官)があっても差し止めはできない。とはいえ、信仰に関わる問題でイスラムの民衆に「表現の自由」を説いても、理解を得るのは困難で、怒りの炎は広がるばかりだ。
「言語道断の映像が日の目を浴びないよう、なぜ米国が行動しないのか、理解に苦しむ人々がいることは認識している」
クリントン長官は13日、居並ぶカメラを前に、こう述べた上で、米政府が干渉できない理由を説明した。
民間の制作でありインターネットを利用すれば配信の阻止は実質的に不可能と指摘。「自由の境界線には異なる見解がある」としながらも、米国憲法は「どれほど不愉快でも個人の表現の自由を侵害しないこと」を保障している“譲れない一線”を強調した。
クリントン長官の発言について、国務省のヌランド報道官は直後の会見で「(イスラム)地域の人々が、われわれの文化や社会を理解していないことへの懸念」が背景にあると説明した。
事実、米国内には、イスラム教の「信仰を中傷する」(クリントン長官)内容自体を非難する声はあっても、そうした表現を生み出す“土壌”までを批判する声は聞かれない。
事態を制御できない米国の苦境は、中東諸国が「アラブの春」で民主化の道を踏み出した結果として、米国の影響力が減少したこととも無関係ではない。
エジプトやリビアなどで反米デモを強大な権力で鎮圧する政権は相次ぎ崩壊。中東地域でのソーシャルメディアを通じて反米メッセージは瞬時に広がる。一方で、専制国家の“豪腕”を目の当たりにしてきた国民には、世界一の大国である米国が、自国民を制御できないわけがないとの幻想を抱いている節もある。
実際、米国の主要テレビは「巨大な情報機関を持つ米国が映画の情報を知らなかったはずはない。オバマは罪人だ」(CNNテレビ)と連呼する現地からのデモの映像を繰り返し伝えている。大使殺害の衝撃も手伝って、米国がイスラム社会に「異なる価値観」の理解を求めざるを得ない構図に陥っている。【9月15日 産経】
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「異なる価値観」への理解というのは、リビアの大使殺害組織せん滅などより遥かに難しいことです。
アフガニスタンでの泥沼的な事態も、最大の原因はその点にあると思われます。
そうしたなんとも手の打ちようがない事態へ、オバマ大統領も苛立ちを募らせているようです。
****エジプト「同盟国ではない」=米大統領の発言が波紋****
オバマ米大統領がスペイン語放送局テレムンドとのインタビューで、激しい反米デモが続くエジプトについて「同盟国ではない」と発言したことが、波紋を呼んでいる。エジプトは北大西洋条約機構(NATO)非加盟の主要同盟国。イスラム圏で拡大する過激デモへのいら立ちが表れたとの見方もある。
大統領は12日放送された番組で、エジプトを「同盟国とは思わないが、敵とも考えていない」と発言。一部の識者は「大統領の表現や声のトーンは、デモに対するエジプト・モルシ政権の反応への気持ちがにじみ出ている」と指摘する。【9月14日 時事】
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【ジレンマに苦慮するエジプト・モルシ政権】
ただ、オバマ大統領から苛立ちをぶつけられたエジプト・モルシ政権もジレンマを抱えています。
当然ながら、ムスリム同胞団を支持基盤とするモルシ大統領としては、民衆の宗教的な怒りを無視することはできません。しかし、アメリカとの関係もエジプトにとっては重要です。更に、国内のイスラム教徒とコプト教徒の対立は避けたいところです。
*****反欧米デモ エジプトが抱えるジレンマ 民衆行動に理解 対米関係も配慮****
米国で制作の反イスラム的な映画に端を発する米国に対する抗議行動の広がりは、就任から間もないエジプトのモルシー大統領に、対米関係の維持を図りつつも、民衆の抗議活動はある程度容認せざるを得ないというジレンマを突きつけている。
モルシー氏は13日、映画がイスラム教の預言者ムハンマドを侮辱的に描いたのを「エジプト人は決して許さない」と強く非難する半面、外交施設の警備に万全を期す考えを強調した。
ただ、怒った群衆が11日、米大使館に破壊行為を行ったことへの謝罪は避けた上、むしろ米国側に、映画関係者への法的措置を求めたと明らかにした。
モルシー氏がデモ隊に融和的ともとれる態度を示すのは、国内最大のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団出身である自身の信条に加え、民衆の支持を失えば、発足間もない政権の基盤が揺るぎかねないとの懸念があるためだ。
だが同時にエジプトは、1979年にイスラエルと平和条約を結んだのと引き換えに米国から年十数億ドルの軍事・経済援助を受けており、対米関係悪化は避けたいのが本音。政府は、デモの暴徒化を警戒しながら沈静化を図るとみられる。
そんな中、同胞団のシャーティル副団長は14日までに、米紙ニューヨーク・タイムズに「米政府や市民に(映画への)責任はない」とする文章を寄せ、米国側に配慮を示した。緊張緩和の演出を狙った、政権への“援護射撃”といえる。
キリスト教の一派であるコプト教徒でエジプト系とみられる男性が映画制作の中心人物だったのも、頭の痛い問題だ。イスラム教徒が大多数を占めるエジプトでは近年、コプトへの暴力がしばしば発生していて、今回の問題で反コプト感情に拍車がかかれば社会不安が増大する恐れもある。
一方、オバマ大統領は12日、米テレビに「エジプトは同盟国ではないが、敵でもない」と、同国へのいらだちをあらわにした。
この発言は、エジプトを中東政策の柱としてきた従来の外交の転換を示唆するものともみられかねないだけに、カーニー大統領報道官らは「エジプトは緊密なパートナー」だと強調するなど火消しに回った。スエズ運河を擁する戦略的要衝にある同国との関係維持を望むのは米国も同じだ。
今後は両国とも、国内世論をにらみつつ、落とし所を探るデリケートな外交を迫られることになる。【9月15日 産経】
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反米抗議行動に関する“落とし所”があるのであれば、事あるごとに中国で噴き出す反日抗議行動に苦慮する日本も是非参考にしたいところですが・・・。
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